陛下、これが私の全力です!!
・黒水晶は魔王城:幽玄の間の他に竜宮殿にもあり、同様に天使像の許へと導かれる(ただしそちらは黒水晶も天使像も若干仕様が異なる)
・黒水晶に魔力を込めた者が天使像に攻撃できる。
・与えたダメージに応じて人族への神の加護を低減できる、らしい?
・一度ダメージを与えると当面黒水晶は機能を休止する
「――と、大体分かってるのはこの辺まで。試せる機会が少ないからとにかくサンプルがねぇー……文献もほとんど残ってないし。俺はりゅーやんとコネがあったおかげで竜宮殿にも同じものがあるのを知って、調べる機会にも恵まれたけど。たけど、歴代の魔王はそうはいかなかったんじゃないかなー?知らないままなんとなーくルーチンワークとしてこなしていたり」
「或は下剋上しちゃったヤツなんかは存在そのものを知らなかったりしたかもね」
蒼天の下、天使像を囲んで骸骨と悪魔と竜王が語らう草原――ファンシーと言うか、ファンタジーと言うか。なんともまぁ、平和な絵面がそこにはあった。
「それほど重要なものが何故、忘れられかけているのですか?」
サタンの言う通り、現在では幽玄の間について正確なところを知る者はほとんどいない。一般大衆に至ってはもはや半ば伝説扱いになっている。
「積極的に使えるものでも使うものでもないからね」
「一度使えば冷却期間が必要になるからそうそう使えない、というのは分かります。しかし……使うものでもない?」
「一応、リスクもあるんだ」
「まず第一に、ヘボい攻撃をしてしまったら。次に解放されるまで人族のウザさが増す」
りゅーやんの言葉を追って説明する。
「もう一つ。天使像に攻撃を加えると反撃が来る」
「反撃?」
「それが豹の伝令官を部屋に入れなかった理由だね。まぁ、やってみれば分かると思うよ」
訝しげにサタンが天使像を睨む。こちらがこれだけのんびりと語らっている間も天使像は攻撃を仕掛けてくるようなこともなく静かに佇んでいるが。その実、反撃でMOBを一掃するほどの性能を秘めている。数年前に挑んだ時、記録を取ろうと従えてきたイビル・アイ(亜種)を全滅させてしまったことは記憶に新しい。
「それでは……」
サタンの両腕の文様が煌めき、紅蓮の炎が溢れだす。奈落の烙印。彼がその身に宿した地獄の炎が解放されたのだ。
「全力で行きます。陛下、少し下がっていて下さい」
「あぁっと。全力はいいけど」
ヤル気満々のサタンを一旦制する。もう一点、結構重要な注意事項があるのだった。
「ソイツ、完全物理無効っぽいからな」
「破滅への序曲を奏でよ、火焔の賛歌。
暗黒の儀式もて織りなせ。
紅蓮には漆黒を、火焔には暗黒を――」
天使像からは随分と距離をとってサタンが詠唱する。現れたのは無数の火焔球と暗黒球。規則正しく並んで天使像を半球ドーム状に取り囲む。その下には巨大な魔法陣が描かれていた。その内周に沿って、小さな魔法陣がきれいに並んでいる。サタンが下がれと言ったのはなんのことはない、この大規模な魔法陣の中に居られては邪魔になるからだ。巻き添えなんて心配するハズもない。純粋な魔法攻撃ならば例えどれほどの威力をもっていたとしても、この漆黒の法衣によってシャットアウトされるのだから。
「病の名に導かれ重ね伏せよ。
そは希望絶つ門、絶望穿つ杭。
永遠の淑女に見えること能わず――」
詠唱が進むとそれに導かれるようにゆっくりと火焔球と暗黒球が動き出す。円を描くように見えるが実際には少しづつその半径を縮めている。
「崩れゆく煉獄山!!」
球体の動きが一気に加速する。天使像に接近するにつれ球体は圧縮され点になり、耳鳴りのような甲高い音を響かせながらさらに加速し、その中心の一点に収束していく。
一閃。
爆ぜた魔法が周囲に激しい閃光を放つ。一瞬の間をおいて爆音と熱風がそれを追いかけ、駆け抜けていく。豹の伝令官あたりだったら、その余波だけでもジ・エンドだったかもしれない。もちろん今ここにいる面子にとってはどうということはない。俺には漆黒の法衣があるし、他の二人は元々耐性が強い。MOBを屠る熱閃であっても、せいぜい強風にあおられて一瞬踏ん張る程度のことだ。
それにしても崩れゆく煉獄山、恐るべき技だ。全てを焼き払う炎魔法と、あらゆるものを瓦解させる闇魔法のバイブリッド。本来は抹消のような広域殲滅魔法を得意とするサタンが無数の魔法を丹念に練り上げた、破壊の極みと呼んでなんら差支えない一撃だった。魔法陣があった一帯は大きく地面が抉られて、まるで巨大な隕石でも落ちたかのような有様だった。その中心、舞い上がる煙の合間からは攻撃対象であった天使像が窺える。首から上を残して焼け焦げたように真っ黒に染め上げられているのが見えた。
「あれで砕けないだと……?んむっ!?」
次の瞬間、天使像が白い閃光を放った。




