決着です、ロード!
「ぐおあっ?!」
降り注ぐ溶岩の雨にバロルがひるむ。その一瞬の隙を逃すサタンではなかった。すかさずのしかかる腐肉竜の巨体から離脱し、翼を広げ宙へと逃れる。抗力を失った2本の前足はそのままリングを踏み抜いた。
サタンが半ば苦し紛れに放った魔法は受けた方も放った当人も驚くほどの効果を発揮していた。しかしそこは非常に高いintを有するサタン。一瞬のうちに正確に事態を把握、分析、理解し、次の攻撃へと移っていった。
「死の沼へと導け青白い鬼火。抗う道断て葬送の炎。終には灰へと還れ焼却!」
溶岩に肉を焼かれのたうつバロルを無数の小さな青白い炎が取り囲む。更にオレンジ色の灯火が二列に並んでバロルを挟む。サタンの手から放たれた最後の赤い炎がドミノ倒しさながら連鎖的に引火してゆき、バロルを包み込んでいった。
「ぐおああぁぁぁぁっっ!」
竜族は往々にして高い炎属性防御を持ち合わせている。しかし、今のバロルは竜の形をとった屍体。生来の属性防御は失われ、むしろ弱点属性になっていたのだ。それを瞬時に見抜いたサタンは軽い炎魔法を立て続けに放ち、それらを連携させることで短時間のうちに大火力を実現させたのだ。
「睡蓮、団栗、 朝 顔 !種蒔き時より 輪 作 を経て実りの大地まで。花の絨毯の上、繁殖力にて満ちては朽ち、朽ちては満ちよ。そは集い、囲い、拒むもの。絡みて阻め!絡み付く樹根!」
続けて放たれた魔法も多量の連携を成していた。地を割って這い出した無数の細い樹の根がお互いに絡みあい融合し合って太さを増し、それが更に縦横に絡みあって四方からバロルを囲む巨大な壁となった。恐るべきは竜の巨体を覆い尽くすほどのその巨大さだ。通常ならば大盾よりやや大きい程度の規模の絡み付く樹根は十分な下地を得たことで常識を無視したサイズに、それも目にも止まらぬ速さで成長した。
バロルを取り囲んだ絡み付く樹根ももちろん、先の炎の魔法で焼かれていた。しかしそれがむしろサタンの狙いだった。バロルを封じ込めるためだけでなく、火勢を維持するための薪としての役割を併せ持つものとしてそれを呼び出したのだ。焼け落ちた根を糧に新たな根が生じ、その根が焼かれ、再び次の根の糧となる。繁殖力を核とした循環作用を起こして炎と根の壁はいつ消えるとも知れなかった。
内側から突き破ろうと壁を叩くバロルの攻撃は、しかし樹の根に絡め取られて2撃目以降に続かない。それほどの耐久値がある訳ではない壁が、それでも力技では脱出を許さない。文字通りの搦め手だ。
不意に一閃、いや、二閃。金色の光線が|絡み付く樹根を貫いて宙へと消える。穿たれた穴から炎が溢れるが、それも次の瞬間には引いて行った。いや、その部分だけでなく、全体的に炎は引いていた。薪を残したまま炎は消えてしまったかのようだった。
と、次の瞬間、極大火炎球が絡み付く樹根を撃ち抜いてサタンを襲う。上空を滑空してサタンはそれを難なく躱すが、その反撃に、そして絡み付く樹根の戒めを打ち破って現れたその姿に戦慄した。正確に言えばその姿に戦慄したのは会場に居合わせた多くの観客たちで、サタン自身は姿が現れたことに戦慄した。
上位魔法にも到底及ばないであろう火力とはいえ、相手の弱点属性で、しかも長時間に渡って継続的に焼いたのだ。骨まで焼かれて生きている方がおかしい。もっとも、バロルの肉体はとうの昔に死んでいるのだから、それを焼いて殺そうと安易に考える方がおかしいのかもしれない。しかし一般的な屍体ならまだしも、竜の巨体を火葬するには火力が足りなかったのか、バロルは骨まで焼かれて、しかし骨までは焼き尽くされずに、骨だけとなってなおその場に立ち、サタンを睨み据えた。
咆哮が会場を揺らす。
スカル・バロル降臨の瞬間であった。
咆哮が収まった後も両者の睨み合いは続いた。
バロルは自在に宙を舞うサタンを追い詰める手立てが無く、攻めあぐねていた。
サタンはバロルに対する有効打を検索して攻めに出られずにいた。
かといってどちらもここまで来て引く訳にはいかない。
何かが風に煽られたのか両者の間を割るように舞い上がる。それが決闘の合図。死闘の再開を告げる鐘。
とはならなかった。飛び上がってきたそれ――正確には投げ上げられたそれ、豹の伝令官がサタンの顔面にへばりついて高らかに宣言した。
「試合終了!サタン選手の勝利です!!」
判定は場外だった。
!特設会場:解説ブース
「あー、はいココですね。サタン選手が踏みつけから脱出した時点で既に地に足が付いています」
VTRで振り返る竜王を憎々しげに睨むスカル・バロル。骨の髄まで死霊と化してもはや自分が竜族であるという認識はミジンコほどもなさそうだ。
ちなみにスカル・バロルとなってからは人型になろうとしてもうまくいかないようで竜の体型のままだ。
「正直言ってあれ以上やっても試合会場内で収まる手段では勝ち筋が無かったからな。試合に救われたよ」
胸を撫で下ろすサタン。
「んじゃ余所で決着付くまでや」
「お座り!」
その一声にバロルが反射的に居住まいを正す。死霊王の手により死霊化した者は余さずその配下となる。命令には絶対従順。不服そうな顔でバロルが睨む。
「これがあるから……リベンジマッチしたかったのに……」
「そら残念だったな」
「やっぱそれが理由か」
りゅーやんと検討し、予想していたことではあった。
バロルが死してなお生き続ける理由。それは飽くなき闘争本能と、それに基づくプライド。負けたままではいられない。その執念が彼を彼たらしめているのだろうという予想は概ね正しかったようだ。そういった執念、あるいは未練は死霊化した状態を維持していくうえでは必要不可欠なものだ。それを失えば魂は散り失せる。いわゆる成仏だ。バロルがそれほど強い思いを抱いているのであれば、当面は彼の死霊ライフは(ってのも変な言葉だが)安泰であろう。
「それにしても凶暴さが増してない?前はもっとどっしり構えていたと思うんだけど」
「そりゃまーくんが殺したからだ。負けたことでプライド傷付いちゃったし」
グサッ!
「おまけに死霊化したことで隷属関係になっちゃったでしょ」
グサグサッ!
「腐って臭くって皆に嫌われちゃってたもんねぇー」
グサグサグサッ!
骨の身にしかし容赦なく言葉の棘が刺さる。止めて!バロルのHPはもう0なのよ!
「ってのはおいておいても、屍体になったことで肉体への執着はなくなっちゃってるんだろうね。さっきのラッシュは正直ちょっとグロかった」
腐肉をまきちらしながら殴り続ける狂戦士の図がこちらです。
「俺も経験者だから分かるよ。屍体から先は骸骨、幽体って一方通行だからな。やけっぱちってほどでもないけど「あー、もう戻れないんだな―。でもしょうがないんだなー」って。そう思うと、諦めたくないんだけど、諦めるしかなくって、諦めたくない気持ちがうすらいでいくっていうか――」
はたと、静まり返る周囲に気付いてしまい、わざとらしく咳払いする。
「んまぁ、死霊なんて、なるもんじゃないな」
豹の伝令官「サタン選手の巧みな連携でしたね!」
竜王「勝負はついていたけどね。それにしても、アレだね」
豹の伝令官「ええ、アレですね」
「巨大化すると勝てない」




