ご褒美ですか、陛下?
!王都ジストピア:中央広場->裏通り
♪重ねて魔女は問いかける。
「何故に小麦粉が要るのか?」と。
娘は笑って答えます。
「美味しいパンを焼くのです」
真っ直ぐ伸ばした後ろ手の指先を組んで歌うサーシャは今日もご機嫌だった。今日は朝からサーシャとちょっとそこまでお出かけだった。なお、お出かけにはデートとかのルビは振られない。
「悪いな、仕事中に連れ出して」
「いえいえ、朝の一番忙しい時間帯は過ぎてましたし。それにもともとお店は一人でも回せるらしいですよ?」
問題ないとサーシャが言う反面、彼女を連行していった時のパン屋の主人の顔はションボリ至極だった。しかし王様権限により反論はその存在すら許されなかった。
「だいぶ慣れてきたみたいだな。仕事も生活も」
「えぇ。豹戦士さんもオットーさんも親切にしてくださりますし、不便なんてないですよ?」
オットーさんとは言わずと知れたパン屋の主人だ。白すぎて人間にしか見えないと定評のある彼だが、その実は真っ黒である。実際のところサーシャがいつ頂きますされても不思議ではない。
「あぁ、でも週に1回くらいは水浴びしたいかなぁ……禊の時以来してないんですよねぇ……」
そう言って眉をひそめ、二の腕を顔に近付けて匂う。そういうところ気にする辺り、年頃の女の子なんだなぁと、妙に感心してしまう。どうもあの脱ぎっぷりのせいで変なバイアスかかっているけど、認識を改める必要がありそうだ。
「そう言えばこの街って、公衆浴場とかってなかったな……作ってみるか?」
「おぉっ!公共施設の充実ですね?流石、王様!」
サーシャが真顔で感心しているが、残念ながら九分九厘、ノリと勢いで言っているだけだ。その辺掘って温泉が出てくれれば話は楽なんだが、そう上手くはいかないだろう。魔法を駆使してお湯を沸かして…ってのが現実的か?そうなると維持が大変だし、出来ても衛生面の問題もあるわな。
結論。面倒ぃ、パス。いくら王様でも思い付きで何でもしちゃうわけではないのだ。
「ま、なんなら魔王城来いや。風呂ぐらい貸すぞ」
「あははっ。そんな理由で行っていいものなんですか、魔王城って」
サーシャが声に出して笑った。
「時に魔王様。豹戦士さんは大丈夫なんですか?戦闘が激しくなってきてるんですか?」
「アイツは今夜辺りがヤマだな。人間との戦闘はまだまだぬるいくらいだけど」
サーシャが神妙な面持ちで頷く。ぬるい戦闘で傷だらけになっている豹戦士、やっぱMOB。みたいな話に聞こえなくもないが、彼が残念なのは…あれ?戦闘方面も残念だった。
実際のところ戦闘は骸骨騎士一人で1PT撃退できてしまう程度ってのが現状だ。余裕綽々。でなければこんなにしょっちゅう市内視察に出たり出来ないだろう。
そうこうしているうちに目的地に到着。裏通りの長屋、そのうちの一軒の扉を叩く。
「あら、ようこそおいで下さいました、陛下。また何か御入用ですか?……ん?」
扉を開いたのは薄茶色の体毛に斑に点の入った山猫の獣人。大柄な身体に相応しい大きなまん丸を2つ備えている。丈の短い腰布を巻いただけの格好だったが、そこは獣人。全身毛むくじゃらなので余裕でセーフだ。ぽっちとか見えるはずもない。
背後に半分隠れたサーシャの姿を見付けてその鼻がひくっ!と動く。サーシャの顔を覗き込み、舐め回すように見つめた。
べろじょりん
「きゃぁっ!?」
ってゆーか、モロ舐めた。猫科特有のやすりのような舌で頬を舐め上げられたサーシャが悲鳴を上げて飛び退く。
「ひょっとして、先日のご褒美ですか?」
「ちゃうわ!!」
目を輝かせる獣人にすかさずつっこむ。本日二人目のションボリ至極面がそこにはあった。しかし、二人目のションボリーヌはあっさり立ち直る。
「その服、そうかとは思ってはいましたけどね」
「まぁ、そゆこと」
「?」
立ち上がり服に付いた土を払うサーシャの頭には疑問符が付いていた。手短に紹介する。
「サーシャ、こちらがその服を仕立ててくれたニヤニヤ笑いのオオヤマネコの」
「いゃあ、嬉しいねぇ!こんな可愛い子に、こんなにも可愛く着てもらえるなんて。アタシも頑張って仕立てた甲斐があったってもんだよ」
喜色満面で長いひげを揺らしながら、他己紹介はご本人様の手によりぶった切られた。差し出された手をサーシャが握り返す。むにむにの肉球と握手とか、ちょっとどころでなく羨ましい。
「今回は急がせて悪かったな」
「ほんと、陛下の下さる仕事はいっつも大変なんですから!今回は偶々素材があったからいい様なものを……期限だって無茶苦茶言うし」
「無理は言ってないだろ?」
「えぇ、一応出来ましたもんね。無理ではなかったですよ?結果的には」
笑顔で繰り広げられる愚痴&悪態。あれ?俺、王様なんだけど?ロードとか、魔王様とか、陛下とか言われていても結局のトコはこんなもんである。
「それにしても、我ながらいい仕事したわ~。アタシも舐めなきゃ人間だって確信持てなかったわよ」
「?どういうことですか?」
サーシャが首を捻る。
サーシャが今着ているこの白ワンピ、実は特注品である。一種の認識阻害効果を持たせてあるのだ。
「嗅覚阻害、つまり人間臭さを消しているの。視覚阻害は時間的にも実装出来なかったし、嗅覚阻害だけでどれだけ誤魔化せるか心配だったんだけどね。いやはや、意外と…」
「だから言ったろ?吸血鬼とか、魔女とか。血の薄い獣人もだけど、人っぽいナリのヤツはけっこういるんだし、視覚的なモンはそもそもそれほど問題じゃないんだよ」
魔王城に奉納された時にしっかり身バレしてはいるが。それはそれで事情を知っているから、魔王様の手前~とかってのと、部族同士の睨み合いでおいそれとは手を出せない。むしろ一般市民の方が危険だった。それも匂いに敏感な獣族の鼻さえ掻い潜れば、サーシャの身は割りと安全だったのだ。
「なんだかイイ匂いがするなー、とは思っていたんですけど、そんな効果があったんですね。お姉さんも魔王様も、ありがとうございます」
然り気無く自分を守っていたものの存在を知ってサーシャが深くお辞儀する。それをまた可愛いと、毛むくじゃらの頬っぺたが頬擦りする。すりすりすりすりすり………
「……ん?」
マーキングの如き執拗な頬擦りが急に止まる。
「えーっと……サーシャちゃん…だっけ?」
「はい」
「もっぺんだけ舐めさせて?」
「はいぃ?」
面喰らうサーシャ。流石の彼女もたじろぐことあるんだー、と変なところで感心しながら成り行きを見守る。
「ちょっ、ちょっとだけなら……その……優しくして下さいね?」
と、目を瞑り頬を差し出す。流石は総受けサーシャ、拒否るはずもなかった。
ちろり
今度はえらく控えめに舌先がそっと頬を撫でる。ふぅっ!と声が漏れ、サーシャの身体が小さく震える。目の前で展開されるほんのりと百合ぃ光景に不思議と胸が高鳴る。いや、ムネなんてない。ないんだけどな。
「ん~…あぁ~…そっか、そーゆーこと……」
「どうかしましたか?」
「あ。うん、まぁ、こっちの話。それよりもサーシャちゃん、実は銀糸のイイのが入ってるんだ。良かったらその服に刺繍を入れてあげようか?」
「素敵!お願いしてもいいですか?」
「あ、でも」
言いかけた時には既にサーシャは脱ぎ終えていた。下着も着けていなかったので電光石火ですっぽんぽんだった。
「あーっと、同じ様な服はないから出来上がるまでは外に出られなくなるけど、平気?」
「 お仕事はお休み頂いてますから、大丈夫です。横で見ててもいいですか?」
満面の笑みでさっきまで着ていた服を差し出す全裸少女がそこにはいた。
「あー、そりゃいいけど……ソッチにアタシのシャツがあるから。ちょっと大きいだろうけど、取敢えずはそれ着てな。でないと…」
そう言って溜め息をつく彼女の気持ちが、分からなくはない。
「でないと、食べたくなっちまう」
やっぱ、ワカンネ。そりゃ、どっちの意味でだ?
キャラ紹介#003
ニヤニヤ笑いのオオヤマネコ,グリン
王都ジストピアで仕立て屋を営む獣人(雌)。ワイルドな見た目とは裏腹に魔法付与をこなしたり、刺繍をこなしたりと、かなり手先が器用。肉食。
主な使用スキル
・猫爪スライサー…単分子スライサーも真っ青の切れ味。
・猫ぱんち…ATK8倍ダメージ。人によってはその肉球で一撃死出来る、恐るべき攻撃スキル。
・フェレンゲルシュターデン…禁断のスキル、その1。彼女が見詰める先には何もない。ないはずだが……
・ロードーシス…禁断のスキル、その2。回避不能。
骸骨騎士「このキャラ紹介って、どういう基準で選んでるんッスか?」
ロード「適当!」
骸骨騎士「確かに毎回フォーマットも違うし。ほんと、ただ単にノリでやってるッスよね…」
ロード「一応幾つか決め事はあるけどな。非戦闘要員でも使用スキルを並べるとか、豹戦士は絶対出さないとか」




