ゆだねるゼロの距離
視線がかち合うと、彼女は躰を張り詰めさせた。見間違いなどではない。それから一気に、顔を赤く染める。此れは、もしかして……。
そう。きっと彼女は、私を愛してしまったのだ。
求めていた結果に、歓喜で震える。今直ぐにでもその細い体躯を抱きしめてしまいたい。しかし突然の抱擁は逆効果だろうとなんとか衝動を抑える。一呼吸、まずは落ち着いてから。
私は尋ねた。
「貴女の名前を教えてください」
***
「――――瞳」
何処となく無邪気な嬉しさを滲ませる表情で「名前は」と聞かれれば、答えないという選択肢は見当たらなかった。本名が迷うことなく口をついで出る。「瞳、瞳、瞳……」彼は何度か私の名を繰り返した。呟かれる三文字は、呪縛のように私を甘く締め上げる。
逃げられない。手懐けられてしまった。自覚はしてるのに、その甘美な罪に流されても構わないと平気で思える自分が何よりも恐ろしかった。
けれども。
「うつくしい名だ」
愛情に満ちた声音で云い放たれれば、もうお終い。どうにでもなってしまいたかった。深みに嵌まる感覚を、ひしひしと肌で感じる。今までに向けられた睦言や触れ方が狂言だなんて、ちっとも思わない。だって、ほら。
――――What are little girls made of?
What are little girls made of?
Suger and spice
And all that's nice,
That's What little girls are made of.――――
――――What are young women made of?
What are young women made of?
Ribbons and laces
And sweet pretty faces,
That's What young women are made of.――――
〝愛おしい〟としか受け止められない英語の連なりに、私は何処までも酔わされてしまった。
昨日彼は、私を「甘い」と形容した。でも貴方だって、蜂蜜のように十分甘い。どろどろに熔かされて、もう砂糖漬け。伝えたかった言葉は、静かに重なった唇によって私の知らないところへ霧散した。
後戻りできないくらいに、捕えられてしまった。
出逢って二日弱。
私は伊織に、戀をしてしまった。
文中の英詩はこれまたマザーグースから。タイトルは「男の子って何で出来ている?」の二連目と四連目を拝借しました。貴女は素敵な何もかもを兼ね備えてる~みたいな意味に捉えてください。
この二連の可愛さに騙されちゃいけません。男の扱いがひどすぎて小さい頃の私は世の男子諸君に同情していました。