物書きのイブ
――小説を書き始めてから数年が経った。
この場所には誰も訪れない。――当たり前だ。
この世界にはもはや私しかいないのだから。
『世界終末図書館』――結晶化が進み、唯一残った図書館。
もう、私しか通っていないのだが唯一結晶化による汚染に侵されていない建造物。
中に入るとステンドグラスが幾つも並んでいて色とりどりの光が差し込んでいる。
美しい装飾が施された棚に収められていたのは、銀色の革表紙の本。
キラキラと太陽の光で反射し、幻想的に光る。
私はいつもここにこもって小説を書いている。
誰もいなくなった世界での物語を、誰にも読まれない物語を、永遠に書き続けている。
まだ人がいた世界の物語、少年少女の物語、戦いの物語、音だけの物語。
私がいなくなったあと、この物語達は自然に消えて行くだろう。
それでも、私は描き続ける。
この、何もない世界を。
いつものある日。
図書館にある入ったことのない場所にたどり着く。
その場所は、『外』とは違って結晶化に侵されていない、花園が広がっていた。
私は風に煽られながら一歩ずつ前へ進む。
蝶が空中を舞い、花たちに止まってゆく。
奥へ進むに連れ、少しずつ結晶化が見られ始める。
――花園の中心。
そこにあったのは巨大な結晶と、その前に白骨化した、人間。
何か握り締めているのに気づいて、私はそっとその白骨の手元から取り出す。
紙を開くと、そこには文章が綴られていた。
――それは物語。
世界が終わったあとの世界が綴られた物語。
読んでいくうちに、涙が止まらなくなった。
巨大な結晶を見上げ、私はポタポタとしずくを落とす。
巨大な結晶にあったのは――。
この人が綴った、世界が終わったあとの物語の世界。
それは始まりの世界。
私は小説を握りしめ、崩れ落ちる。
物語は終わりじゃない。
永遠に、終わりがあるからこそ始まりがある。
世界は決して、終わらない。
私が生き続けている限り、あの、半透明の結晶の中の世界のような世界を、私が描き続けよう。
【――この物語を読んでいる君は生き続けるべきだ。生き続け、幸せを掴め。私達にできなかった――人生を送ってくれ。生き続けるということは当たり前のことかもしれない。だが、当たり前のことが、我々人には難しかったのだ。どうか、どうか、君が。幸せな時を過ごせますように】
――かつてこの世界は、人間同士による戦争のせいで、結晶化と呼ばれる異常現象が起き始めた。
結晶は世界を飲み込み、壊してゆく。
神は人間たちを見放し、後に残ったのはイブと呼ばれる人間達をモチーフにした神たちが創りだした少女。
彼女は世界を創りだす女神としてこの世界を任される。
そして、崩壊しかけた世界を歩んでいくうちに見た、人間たちの業に、彼女は感激し、新たな世界を描き創った。
それは誰もが幸福になれる世界。
幸福になれることを許された世界。
時に怒り、時に涙を流し、時に憎しみを抱いたその先を乗り越えた者たちに優しい世界。
全ての人が、祝福された世界。
そんな世界を、彼女は描き創った。
「――そしていまも、彼女は描き続けている。世界は彼女によって平等に、幸せが描き続けられているんだよ。だから、だからもう泣かないで」
蹲る少年に、私は微笑みながら手を差し伸べる。
少年は顔を上げ、その泣きはらした目で見つめる。
「本当?本当に、幸せになれる?」
「――うん。生きることを諦めない限り、イブは祝福を与える。もちろん、全ての人にね」




