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いちごミルク  作者: 田島 姫
君と俺との出会い編
9/17

似てるけど別物の容疑者

「この能力を使って、ヤツは隣接する部屋に入り込み、その部屋の住人とあんたが寝入ったところを狙って物音を鳴らした。

 鳴らし方はあくまであたしの想像だが、あんたがいる部屋のほうの壁の近くに置いてあるものをガタガタ揺らしたりしたんだと思う」

「自分の部屋の物が動いた音が、なんで俺の部屋からの音ってことになるわけ??」

「いいか、部屋の住人は寝てるんだぞ?

 寝てる時に音がして、それが何の音でどこから鳴っているのかすぐに理解できるか?」

「うーん、さすがにそれは無理かも・・・」

「とりあえず音がして目が覚めたら、その音がした方向に意識を集中させるだろ?

 部屋の住人が起きるまで、その方法で音を出す。

 最初のうちは何度かその住人の目を覚まさせることを徹底していただろう。

 眠りを妨害されるっていう行為はストレスを与えやすいしな」


ここまで話を聞いたら、逆にその物音を聞いてなぜ俺の方こそ目が覚めなかったのかという疑問が出てきそうなものだが、その答えははっきりしていた。

俺は基本的に目覚ましが鳴るまで、たとえ近くで風船が割れようとも目覚めることはない。

だからインターホンが鳴り続けたって俺にはなんの問題なかったわけだ。

相手がずる賢いヤツなら、インターホンの件もあって俺がちょっとした音じゃ起きないのもわかっての犯行だったんだろう。

そう考えると何も知らずにのんきに寝ていた自分がちょっと嫌になる。


「そういうことが何回か続けば、眠りを妨害された人間が次に起こす行動は大抵決まってる。

 音が鳴るほうに近づいてみるんだ。

 そして壁に近づいてきたことを確認すると、ヤツは永久筆法陣を使って、あんたの部屋へ移動し、壁を叩いた。

 ここまできたらそんなに強く叩かなくても、むこうに音が伝わる程度で十分な効果がある」

「たった一回でも俺が物音の犯人だと思いこませればよかったってことか・・・」

「そうだ。

 人間ってのはたった一回でも悪いイメージがついちまうと、そのイメージが変わることはそうない。

 そうなったらちょっとしたことでも、悪いほう悪いほうへ話が進んでいく。

 ただでさえあんたは見た目の印象が悪い方向へ取られやすいからな」


こういう時、見た目の印象というのは本当に厄介だなと思う。

俺自身近所付き合いは割と好きなタイプなんだけど、引っ越してきて三カ月くらいしか経ってないし、そのうえ毎日早く出勤して遅くまで仕事という生活だったから、ご近所さんと関わるきっかけもなかなか見つからなかった。

それが余計に裏目に出てしまったということだ。


「ヤツは毎晩それを続けて、隣接する住人にストレスを与え続けていったんだろう。

 一週間近くそんな行為をされれば、そりゃ大家さんに苦情を申し立てるさ。

 しかも寝れないストレスから、実際の物音よりもオーバーに説明している可能性が高い。

 ボリュームが一しか出てないものでも十出ているかのようにね」

「負のスパイラル状態・・・」

「そしてヤツは隣接する住人の嫌がらせをしている間に次の嫌がらせを考え付いたんだろう。

 それが職場での金銭が消える事件だ。

 さっきも言ったが、ヤツの所有する永久筆法陣を使えば金庫の中はもちろんレジの中のお金だって抜くことができる」

「でもさ、レジの中を触ったりできたとして、お金はこっちの世界に存在するものだから消えたりしないよね?」

「そのまま手に握ってたりすれば、お札が宙に浮いた状態で見えちまうけど、もしヤツが服を着てる、もしくは布をまとっていれば、その内側に隠せば見えなくなる」

「つまりレジに人がいないタイミングさえ狙えば、他はたいした問題じゃないってことか」

「そういうことだ。

 ただ三万円を金庫に移した時は、ヤツが金庫の袋の意味をきちんと判断できていたかはわからない」


彼女が珍しく意味深な発言をした。

「どういうこと?」

「もちろんあたし達の世界だって店はある。

 買い物の流れだってあんたの世界とそう変わらないさ。

 けどお店によってお金の管理の仕方がまったく一緒ではないだろ?

 レジのお金はその店の売上が入っているのは誰が考えてもわかる。

 そしてそのお金がただ消えただけでは、解決しない奇妙な事件で終わってしまう。

 あんたに嫌がらせをするのが一番の目的なのに、ちょっと意味合いがそれてしまう」

「それでレジから取ったお金を金庫の中にしまったってこと?

 にしてもあの入れ方は現実的じゃない気がするけど」

「だから判断できてたかどうかわからないって言ったんだよ。

 金庫の中に袋が二つある理由はわからなかったにしても、売上金を取りに来たのを見ていたとすれば、そっちに入れるのは現実的ではないと考えるだろう。

 あんただけがターゲットなのに、警備会社の人を巻き込んじまう可能性がある。

 ヤツが相当プライドが高いと仮定するなら、ターゲット以外に疑いをかけるのは許せなかったとも考えられる」

「なんかほんと、俺、そいつのこと好きになれない」

「だからヤツの中でとりあえずあんたが変に思ったとしても、売上金がなぜか金庫にあった、という事実を作ろうと考えた。

 それがあの結果だ。

 そしてヤツはどうするのが一番ダメージを与えられるのかを考えだす。

 そのためにはまずあんたの働く店の仕組みをきちんと把握しないとダメだと考えたとするなら、数週間の間、店のほうで何事もなかったことの理由に筋が通る」


ようするに三万円失踪事件は結果的にヤツにとっては相乗効果として働いたということだ。

俺が勝手に自分のミスだとみんなに言ったわけだし、たとえ正直にそのことをみんなに話していたとしても、金庫を開けられる人間は俺だけだったわけだから、ちょっとお疲れなんだと思われただけだったろう。

たまにいるんだよなぁ。

的狙ってないのにど真ん中打ち抜いてくれちゃうヤツ。

「三万円の件からヤツは日中あんたが働いている間は職場を観察し、寝てからは隣接する部屋の住人への嫌がらせを続けた。

 またも、知らない間にあんたを置きざりにして話は悪い方向へと進んでいたわけ。

 職場での嫌がらせは一番最悪になるようにタイミングを見計らっていたんだろうな。

 そんなときに大家さんからのあの提案という名の強制退去の話だ。

 ヤツは待ってましたと言わんばかりに行動に移ったんだろう。

 そのタイミングもあんたにとっては最悪、ヤツにとっては最高のものになってしまった」


「筋が通りすぎてて、もはや逆に拒否したいんだけど」

「ザンネンながらソウはいきマセン。

 やはりごシュジンさまのよそうドオリでした」

先ほど出て行ったドアから、女の子は俺を憐れむ目で見つめながら何かファイルのようなものを持って現れた。

「やっぱりな。

 つぅかなんで入ってこなかったんだよ。

 五分くらい前からドアんとこいたろ?」

「たいみんぐのモンダイです。

 カイワのじゃまをしてはいけマセンから」

そう言いながら、女の子はそれを机の上で広げた。


そこにはどこかで見たことのあるような動物が体に布をまとっていて、左の手の平をこちらに向けて、二本の足で直立している写真が貼ってあった。

確かこれは・・・

「オコジョ・・・?」

「見た目は似てるけどな。

 二足歩行するし、しゃべるから全然別物だよ」

「こいつが俺に嫌がらせをしてる容疑者?」

「名前はピアーだそうだ。

 手の平にはさっき書いた貫通の能力を持つ筆法陣が描かれてる。

 ちなみにこれがなんのリストかわかるか?」

「さっきの話でこいつが君の世界で優秀だったんなら、悪いリストではないんでしょ?」

「セイカイはこちらデス」

そう言って女の子はそのファイルの表紙を俺に見せた。

そこには『最新版 行方不明者ファイルリスト』と書かれていた。

「これはあんたの世界でいうと六月上旬に更新されたものだ」

彼女はもう一度容疑者と思われるオコジョらしきもののページを開いた。

「そして現段階で最も重要となるのが行方不明になった日付だ。

 あんたの世界の日付とは表記が異なるから、あんたが見てもさっぱりだと思うけどな」

「で、行方不明になったのは?」

「あんたの世界でいう五月十日あたりから約五日間。

 つまりあんたが公園を通った時期とほぼ一致する」


仮定の話だったとはいえ、ここまで条件がそろえばたぶんこのピアーってヤツに間違いないんだろう。

女の子の話では俺が公園を通った時期に行方不明になったのはピアーだけだったそうだ。

でもどんなに疑わしいヤツでも、きちんとした証拠をつかむまではあくまで容疑者であって犯人ではない。

それは彼女も重々承知しているようだった。

「今まで話したこともピアーが犯人かもしれないってことも、全部あくまで仮定の話だ。

 それでも相手がどんなヤツなのかをある程度わかっていれば策も練れるってもんだ」

「でもさ、想像してた相手と全然違うヤツだったらどうするの?」

「は?どうもこうもしねーよ。

 相手が誰だろうと捕まえるだけだし。

 それがあたしの役目だしな」

「ソウです!

 ごシュジンさまはドンナあいてでもまけたりシマセン!!」

「それは頼もしい限りです・・・」

カップを直す筆法陣を見る前にも女の子は『すごいヒト』って言ってたし、彼女はいったい何者なんだ?

筆術師とやらがいるなら筆法陣を使えるだけですごいことにはならないだろうし、開世の扉を開けられる筆術師も彼女の他にそれなりの数いるようだし、この根拠のない自信はいったいどこからやってくるんだろうか?


「確かにあんたは春先から今に至るまでにとてつもなく運が悪かった。

 だけどな、あたしのところにたどり着いたのはその中で唯一の幸運だ」

おぉ、ここまで言えるならいっそ清々(すがすが)しい気もしてくるな。

「だいぶ前にこれだけは言えるって言っちゃったけど、もう一個はっきり言えることがある。

 ドアを開けた時点であんたの悩みは解決されたも同然だから。

 だから何も心配すんな。

 あんたは何も考えなくていい。

 あたし達を信じてくれれば、それだけでいい」

彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられ、彼女達の根拠のない自信の理由を考えるのをやめることにした。

言われただろ?

考えなくていい、ってさ。

だって俺ができることなんてたった一つしかないんだから。

「わかった。

 信じるよ。

 もう俺の人生、君に賭けるから!

 ダメだった時は責任とってね!」

俺がわざとらしくニッと笑うと、彼女も応えるように笑った。


俺がこの笑顔で彼女に惚れちゃったのもここだけの秘密にしておこうと思った。


はい、惚れたー(笑)

でも君と俺との出会い編ではそんなに恋愛色は出てこないかもです。

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