幽霊とは違う存在
「頭あげてよ。
君が悪いわけじゃないんだしさ」
ここまでいろんな非現実的な話が出てきていたけど、彼女の言うことを否定する気は一切なかった。
彼女の話はきちんと筋は通っていたし、なにより一つ思い当たることもあった。
俺は幽霊の存在を一切信じない。
その一番の理由は幽霊を見たことがないからだ。
だけど、妖精とかの類はもしかしたらいるのかもしれないって気持ちがずっとあった。
それらしきものを何度か目撃しているから。
それは時にとても美しいものだったり、ちっさいおじさんみたいだったり、さまざまな姿だった。
疲れている時に必ずではないけれど見ることが多かったので、目の錯覚だとも思っていたが、今の話を聞くとどうやらそれはこっちにまぎれこんでしまったあちらの世界の住人が見えていたということだろう。
「でも一番罪が重いのは、あんたの力の影響を受けて嫌がらせをしてるヤツだ」
頭をあげた彼女が今度は怒りをあらわにして言った。
「最初のヤツの嫌がらせは目覚まし。
それからインターホン。
さっきも軽く話したが、本来であれば筆術師以外の住人は能力を発揮する以前にあんたの世界の物体を触ることはできても動かすことはできない。
扉すら開けることはできない。
部屋に入るのだって誰かが開けた隙を狙わなきゃならない」
「意外と不便だね。
でも俺のそばだと話が変わってくる」
「そういうこと。
力の影響を受けて物体に触れるようになったヤツは、鳴るはずだった目覚ましを止め、インターホンを押した。
最初のうちはあんたをちょっと困らせてやろうってくらいのことだったと思う。
その困った反応を見て楽しもう、くらいのね」
そう言われて、ふと俺は自分自身がどう対応したかを思い出していた。
その二つの嫌がらせに対して、俺は完全に無視するという姿勢を取った。
無視するというより気にしない、というほうが正しいかもしれないけど。
「だが、あんたはその行為に対してまったく動じなかった。
少しも困った様子を見せなかった。
それがたぶん逆にヤツの癪に障ったんだろう。
そういうタイプだったんだ。
あんたとヤツの相性が悪すぎたんだろうな・・・」
「確かに気は合わなそうだよ・・・」
「そうしてヤツはもっとひどいことをして、あんたを困らせてやろうと考えた。
もしかしたら自分の存在をバカにされたくらいの考えまで持っていたかもしれない。
目覚ましとインターホンの嫌がらせから一週間何もない期間があったと言っていたが、その間にヤツは次の行動に移った。
それが隣接する部屋からの苦情だ」
そう、ここらへんから俺の手に負えなそうな物事がたくさん起き始めたんだ。
「ヤツはあんたのそばにいることで力の影響を受け、さらに能力を発揮していったんだと思う。
最初のうちは部屋への出入りもあんたが帰ったタイミングでしていたはずだ。
鍵のかかった部屋には入れないし、かかってなかったとしても勝手に扉が開くのは変だからな。
そういう変なことは起きなかったろ?」
「うん、扉が勝手に開いたりすることはなかった。
でもさ、突然勝手に扉が開いたりするほうがびっくりするし、恐怖心煽られるけどなぁ」
「もしかしたらそういう怪奇現象みたいなことをするのはプライドが許さなかったのかもしれない。
こっちの住人はそういうふうに扱われるのをひどく嫌うヤツもいる。
自分は幽霊みたいな不確かな存在ではない、ってな。
だから嫌がらせの内容がひどく現実的なんだよ」
「目覚ましが鳴らないのは壊れたから。
インターホンが鳴るのはピンポンダッシュしてる人がいるから。
どっちも怪奇現象と結び付けるより、そう考えた方がしっくりくるね」
「その二つもそうだし、物音の苦情もそうだ。
ただ不思議な物音がしたりするだけならポルターガイストみたいになっちまう。
それを自分と同じ人間がやっていると思わせて、その現象の犯人が誰なのかを明確にする。
結果犯人扱いされた人間は勝手に罪を着せられる。
より現実的な方法で、より確実に対象者を苦しめることができる」
なんとまぁ、俺は性質の悪いヤツに目をつけられてしまったんだか。
今まで特に運が悪いなと思うことのなかった、平凡でも幸せな人生を送ってきたツケでも回ってきたんだろうか。
「それを可能にする能力がヤツには備わっている。
それがなければ今回のことははっきり言って実現不可能だったはずだ」
「それは・・・?」
「ヤツの手には永久筆法陣が描かれている可能性が高い」
「えいきゅうひつほうじん???」
「名前の通り永久に残る筆法陣だ。
普通の筆法陣はその能力を発揮し終えると消える。
さっきカップ直した時もそうだったろ?」
「あぁ!確かに!」
俺は一時間ばかし前に起こった出来事を思い返して、ちょっと興奮しながら答えた。
「だけどある条件が満たされれば、筆術師以外の住人も筆法陣を一つ持つことができる。
条件は知る必要がないから説明しないけど、それを持つことができる住人は基本的にあたし達の世界では周りから優秀だと思われてる」
「えっ!?優秀って・・・
やってること極悪だけど」
「頭がよけりゃ本当の性格がどんなんでもとりあえず大半が優秀って評価されるだろ?
あんたの世界でだって、殺人事件の犯人の知り合いとかが、こんなことするような人だと思いませんでしたーってよくテレビで言ってるじゃん」
彼女の言う通りだ。
今の世の中、真面目そうに見えたって実際は何を思い、何をしてるのかなんてわからない。
人の本質というのは見た目の裏に隠れてなかなか出てこようとはしないものだから。
それよりも彼女が俺の世界のニュースとかを見ているという事実のほうに興味をそそられたけど、話の腰を折る雰囲気じゃなかったから聞くのは我慢した。
「この場合、優秀っていうよりずる賢いのほうが正確な表現な気もするけどな。
だからあたし達の世界ではどちらかと言えば悪いこととは無縁の存在だったはずだ。
持っている能力もむこうではもっと人の役に立つようなことに使っていたかもしれない」
「で、その能力ってどんな能力なの?」
「その永久筆法陣を使えば、どんな場所でも通過できるし、金庫の中身だって抜くことも可能になる。
たぶん描かれているのは貫通の能力を持った陣だろう」
そう言って彼女は先ほどカップを直した万年筆を胸ポケットから取り出し、また机の上に何かを描き始めた。
その筆法陣はカップを直した筆法陣よりももっとシンプルなものだった。
描き終わるとさっきのように万年筆の先で筆法陣を軽く突いた。
ゆっくりと机に向かって筆法陣が落ちていき、机にたどり着くと筆法陣と同じだけの大きさの穴が開いた。
「うぉ!?」
「頭でわかってても実際に見るのはまだ慣れないみたいだな。
これが物体を貫通させることができる陣だ。
生きているものには使えない。
人間はもちろんだし、動物も植物もな。
普通はほっとくと数秒で元に戻る」
そう彼女が話している間に穴はどんどん小さくなり、机は元通りになった。
「永久筆法陣だと、所有者の意思で貫通させた部分を開けっぱなしにしたり、元通りにしたりできる。
もちろん普通の人間には見えない。
だけどそこが開いていることは事実だから、触ったりすると普通の人間でも抜けちまう。
だから基本的に開けっぱなしにすることはないし、開けてあるということ自体を忘れても貫通させたところの穴は消える。
永久筆法陣は所有者との意識でつながってるものなんだ。
あと永久のほうは貫通させられる場所は一か所だけだから、同時に何か所も貫通させておくことは不可能。
筆術師が描く分にはいくつもできるけど、穴を維持させるには万年筆でその穴に触れ続けなければならないってゆう制約がある。
何事もメリットデメリットがあるってことだ」
「べ、勉強になります」
そうは言ったけど、この話が俺の人生において先々役に立つのかは未知数だった。