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いちごミルク  作者: 田島 姫
君と俺との出会い編
6/17

俺の悩み(3)

そんな淡い期待はもろくも崩れ去ることになる。


「三万円失踪事件」(またも勝手に命名)は俺がやらかしてしまった、ということで従業員のみんなもホッとしたようだった。

「もー、店長、しっかりしてくださいよ~」

「ほんと焦った!

 犯人探しとかされちゃうのかと思ったもん!!」

「マジでごめんなぁ。

 これからほんっとに気をつけるから!」

こういうことがあって、逆に従業員のみんなと距離が近づけた気がした。

ゆっくり話すこともできないし、どんなに見た目がチャラくたって、向こうからしてみれば店長という名の上司なわけで、なかなか突っ込んだことは言いにくいものだ。


それから数週間の間は穏やかな日々が続いた。

でもそう思っていたのはどうやら俺だけだったらしい。

またも、大家さんから呼び出しをくらったのだ。


「なぜ、またこうして直接お話しをさせていただいているか、おわかりになりますか?」

正直言ったらわからなかったけど、前回のことを踏まえたら一つしか思い当たらなかった。

「えっと、物音がうるさい件・・・ですか?」

「おわかりになっているということは自覚があると?」

「いえ!そういうことじゃなくて!」

なんだか嫌な流れだ・・・。

「前回は前にも言った通り、私は実際にその音を確認していませんでしたので、注意だけで済ませました。

 ですが、今回は二回目ということもあり、苦情のあったお部屋で本当に音がするのかを確かめさせていただきました」

たぶん、この流れからは逃げられない。

「ちょうど寝付いた頃くらいから、大きな物音がして目が覚めました。

 音のする方にあるのはあなたの部屋でした。

 一体夜中に何をなさっているんですか?」

絶対信じてはもらえないのも承知で、「その時間は寝てます」って答えた。

だってそれしか答えようがない。

大家さんから聞かされた具体的な時刻には本当に寝入っていたんだから。


「正直にお話させていただきますが、あなたのお部屋に隣接している部屋の住人すべてから苦情がきています。

 そして私自身もこの耳で聞きました。

 ここまでのことがあって、寝てますと言われても、はいそうですかと信じることはできません」

ここで言い返すことだってできたけど、たぶん言い返したところで話は何一つ変わらなかっただろう。

むしろ大家さんの機嫌をさらに損ねるだけだ。

だから俺は黙って大家さんの話を聞いていた。


「このままの状態が続くのであれば、あなたを訴えるとおっしゃっている方もいます。

 私としても自分の管理しているアパート内で裁判沙汰なんてごめんです。

 あなたもそうでしょう?」

そんなの当たり前だ。

何もしてないのに訴えられる?

そんな話あってたまるかよ。

さすがにちょっと口に出そうになったけど、ぐっと我慢した。

「ですから、提案です。

 私が強制退去を命じることもこの場合可能かもしれませんが、それをしてしまうとお互い嫌な気持ちが残ってしまう。

 ここは一つ、あなたの意思で退去してはいただけませんか?」

ここまで言われて、俺は反抗する気持ちが完全に失せていた。

「こんなことになって、あなたもあの部屋では生活しにくいでしょう?

 それに訴えるとおっしゃっている方は一週間以内に出て行ってほしい。

 それができないなら本気で考えるとも言っていました。

 私としては強くは言えませんが、出来る限りその条件をのんでいただければと思っています。

 こんな状況ですし、一度実家に帰って、ゆっくり新しい部屋を探してみてはいかがですか?」


怒濤のように大家さんにまくしたてられて、俺にはもう選択肢は一つしかなくなっていた。

たぶん、大家さんも俺を部屋から退去させないと訴える、とでも言われたんだろう。

しかも俺に対しても言葉をわきまえないと、下手したら俺から訴えられる、と思っているのかもしれない。

大家さんもかわいそうな人だ。

「・・・わかりました。

 一週間以内に出ていけるように、どうにかします。

 いろいろご迷惑かけてすみませんでした」


俺がそう言うと、大家さんは明らかにホッとしたようだった。

「ではその旨を苦情のあった方々にお伝えしようと思います。

 かまいませんね?

 後日手続きの書面のほうを送らせていただきますので。

 では失礼します」

大家さんは捨て台詞のようにその言葉を吐き捨てて帰って行った。

俺は前回と同じように呆然とそこに残された。


なんだか頭がクラクラする。

自分の知らないところで一体何が起こっているんだろう?

さすがの前向きな俺でもここまでわけのわからないことが続けば、気持ちの切り替えもうまくできない。

ただはっきりとしていることは一つだけ。


俺はあの部屋を一週間以内に出て行かなければいけない。


「出て行くってどこにだよ・・・」

大家さんは一度実家に帰れ、なんて簡単に言ってくれたけど、正直実家には帰れない。

前にも話したけど、父親との仲は別に悪くない。

だからそれが理由ではない。

父親には新しい家族がある。

これもよくある話だ。

一人暮らしを始めて、仕事も順調にこなし、俺も一応なりにも一人前になったわけだ。

父親の肩の荷がおりたっていうのもあったろうし、父親の人生だってまだまだ先は長い。

第二の人生を歩み始めたって何の問題もない。

ただ、父親の新しい相手を母親として接するには俺自身がだいぶ大人になってしまっていたし、二人の間に子供ができたとなると、俺の存在は邪魔者以外の何物でもないのは明確な事実だ。

だから極力実家には行かないようにしている。


そんなわけで俺には一週間先に自分がどこで何しているのか、まったく想像できないでいた。

それでも片づけを始めなきゃな・・・なんて前向きに考えてしまうあたりが怖い、と自分で自分に飽きれてしまった。

とりあえずその日は夕方から出勤だったので、一度この話は置いておいて、仕事の準備をするために家に帰った。


そして大家さんからの宣告を受けた次の日、俺の人生にとって致命的ともいえる事件が起こる。


その日も俺は夕方から出勤だった。

いつも通り営業していた。なんら変わらない日常だった。

なのに、たった一本の電話がすべてを変えた。


「お電話ありがとうございます!

 ・・・はい、はい、えっ?少々お待ちください」

バイトの子が俺を呼んだ。

「警備会社の人からです。

 なんか今日の売上金について話があるから、店長に変わってほしいって」

胸騒ぎってこういうことを言うんだな。

それだけ聞いて、俺は電話に出るのをすごくためらった。

だいたい警備会社から電話がかかってくるなんて、いい話なわけがない。

だからといって電話に出ないわけにもいかない。

俺は覚悟を決めて電話に出た。


軽い挨拶が入り、いきなり本題を告げられた。

「あのですね、今日集金した売上金が、そちらから入力されていた金額と合わないんですよ。

 しかもですね、その金額があまりにも高額だったので、そちらでいろいろとご確認いただきたいと思いましてお電話させてもらいました」


もうこれはミスとかのレベルではない。

確実にそこからお金を盗っている。

とりあえず警備会社の人からの電話を切った。

すぐに金庫を確認しに行ったけど、中には袋が二つあるだけで他には何もなかった。

閉店までは残り一時間を過ぎていたし、お客様ももういなかったので、今日は早めに店を閉めた。

従業員のみんなはただならぬその雰囲気に、俺が話し始めるのを待っていた。


「実は昨日の売上金が五万足りなかったと警備会社から連絡が入った。

 さすがにここまでの金額がないとなると、どうしてもはっきりさせなければならないことが出てくる。

 俺としてもみんなを疑いたくはない。

 みんなが犯人ではないと信じているからこそ協力してほしいんだ」

ここまでの事態だ。

嫌です、なんて言える人は一人もいなかった。


昨日は俺とバイトの男の子二人でレジを閉めた。

その時はきちんとお金はあったし、彼がお金を抜く様子は見受けられなかった。

つまり可能性としては朝から警備会社の人が集金に来るまでの間に五万円が抜かれたことになる。

そうするとまず疑われてしまうのは朝、金庫を開けた人間だ。

それは最近異動してきた社員の男の子だった。

「俺、盗んでなんかいません!!」

自分が周りから疑われてることに気付き、必死で訴える彼を制し、俺は言った。

「特定の誰かを疑うことはしない。

 とりあえず従業員全員のロッカーをみんなで確認したいと思う。

 それから出勤している人の荷物もできれば確認させてほしい。

 どうかな?」


もちろん拒否なんてできる雰囲気ではなかったので、みんな素直に従った。

そこにいる人達全員で確認していった。

そこから五万円が見つかることはなかった。


「協力ありがとう。

 助かりました」

そうみんなにお礼を言うと、社員の男の子が俺にかみつくように言った。

「ってか店長の机の中とか、荷物は確認しないんですか?

 俺達だけ疑われて気分悪いです。

 店長だから確認しないとか不公平だと思います」

彼の言うことはもっともだ。

しかも真っ先に疑われたのだから、他の人よりそういう気持ちが強くて当然だ。

「確かにそうだね。

 じゃあみんなで確認してもらってもいいかな?」


俺にはロッカーはない。

その代わりに店長室がある。

そこも鍵がかかっていて、店長室は俺以外では絶対に開けられない。

もちろん俺は自らを陥れるようなバカな真似なんてしない。

でも逆にここで見つかったとしたら俺は言い逃れのしようがないのだが。


まずは俺の荷物を確認し始めた。

確かに疑いの目で荷物の中身を見られるのは気分のいいものではない。

「荷物の中は入ってないな。

 じゃあ次は机の中を見させてもらいます」

机の中も基本的には書類しか入っていない。

みんなが丁寧に一枚ずつ間を確認していったけれどそこにもなかった。


「じゃあ最後にここ開けてもらえますか?」

社員の彼が言った場所は机の中で鍵のかけられる一番上の引き出しだ。

俺は彼に鍵を渡した。

その時俺は、ここで万が一五万円出てきたら俺の人生終わったな、なんて不謹慎なことを考えていた。


「あっ!!!」

「これ・・・」

「マジかよ・・・」


突然みんなの声が重なり、視線が俺に集中した。

俺はそのバカげた考えにふけっていたので一瞬なんのことだかわからなかった。

そしてそんな俺に社員の彼が睨みながら言った。

「これはどういうことなのか、説明してもらえますか?」

そう言った彼の手の中にはきっちり五万円がにぎられていた。


俺は頭が真っ白になった。

こういう時、人はほんとに何も考えられなくなる。

少しでも自分に非があると自覚している場合のほうが、ごまかしたり否定したりしようとするのかもしれない。


「何も言わないってことは、店長がやったってことなんですか?」

そう言われて我に返った。

「違う!

 俺じゃない!!」

「だったらなんでここから出てくるんです?

 いつもここに五万円いれてるとでも言うんですか?

 それとも誰かがここに五万円いれたとでも?

 店長しか開けられないこの部屋で?」


彼の言うことは正論だ。

鍵のかかっている店長室の鍵のかかった机の中から出てきたんだ。

他の誰かがやっただなんて不可能だ。

「・・・いや、ここには俺しか出入りできない」

「じゃあ、やっぱりこの五万円を盗んだのは店長ってことですよね?」

「・・・本当に違うんだ。

 俺は何もしてない」

「こんなにちゃんとした証拠があるのにまだしらを切るっていうんですか?

 ってかよくよく考えれば店長だって昨日金庫にお金をしまってるんだから、盗むタイミングちゃんとあったんじゃないですか。

 それなのに真っ先に俺らを疑うなんてひどすぎやしませんか?

 ばれないとでも思ったんですか?」

彼に続いて周りの子達も発言し始めた。

「そういえばこの前三万円足りなかった時も店長が一人でお金見つけたんだよね?

 あれって盗もうとしてばれたから、見つかったってことにしたんじゃない?」

「マジ最悪。

 ここで店長がやったってわかってなかったら、今度はうちらの財布のお金とか盗られてたかもよ」


責めたてられて、俺はもう何も言えなくなっていた。

周りにいたバイトの子達が軽蔑した目で俺を見ている。

だから俺はすぐに悟った。


もう俺の居場所はここにはない、と。

俺はたったの二日間で済む場所と働く場所の二つを失ったんだ。

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