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いちごミルク  作者: 田島 姫
君と俺との出会い編
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俺の悩み(2)

次の日、かけたはずの目覚ましがなぜか鳴らなかったせいで、開店準備に三十分遅刻した。

その日はたまたま前の職場で一緒だったヤツがヘルプに来てくれる日で、いつもは誰よりも早く出勤しているはずの俺がいないことを不思議に思い、電話をしてきてくれたのだ。

家が近くてよかったと心から思ったのはいうまでもない。


前にも言ったけど、俺は基本前向き思考だ。

なんかミスっても、いい意味でしょうがないと割り切れる。

もう二度と同じ失敗をしないようにすればいいだけだ。

それに過ぎてしまったことは確認のしようもない。

なんで鳴らなかったか考えたところで何の得にもならない。

幸い明日は休みだし、高校の同級生と飲みに出かけるのも夕方からだ。

目覚ましが鳴ろうが鳴るまいがそんなに困ることはない。

俺は残った仕事を済ませて、昨日より早い時間に帰路についた。


風呂からあがって、テレビを見ながらベッドに横になっていると、インターホンが鳴った。

新しい家のインターホンはちょっと古くて、訪問者を確認するにはのぞき穴を見るか、ドアを開けるか、どちらもドアの前まで足を運ばなければならない。

時間は十一時を少し過ぎたところだ。

「こんな時間に誰だよ・・・」

半分夢の世界に足を突っ込んでいたのに、それを邪魔されてさすがにちょっとイライラしながらドアへ向かった。

いつもだったらのぞき穴で確認するのだけれど、めんどくさくてそのままドアを開けた。


ドアを開けた先には誰もいなかった。周りをキョロキョロ確認したけれど、誰かがいる気配もない。

「んだよ。

 今度はピンポンダッシュか」

つい最近自転車のタイヤがパンクしていたことを思い出した。

あれもこれも同じヤツの仕業かもなと思い、俺はあきらめの境地に立っていた。

こういうのは反応すればするほどひどくなっていくケースが多い。

ほっとくのが一番。

そう思い、ベッドに戻った。

するとまたインターホンが鳴る。

だが、今日はこのまま寝ると決心して、それからときたま鳴るインターホンを無視して夢の中へと落ちていった。

これは俺自身が幽霊とかそういう類のものの存在をまったく信じておらず、現実の人間のやっていることだと信じていたからできた行動である。


次の日はしっかり鳴った目覚ましだったけど、その後も時々誤作動を起こし、鳴らないことがあった。

正直また鳴らないかもしれないと思っていたし、それなら自分の力で起きる、という前向きにもほどがある考え方と、日々の生活のリズムから、なんとか同じような時間に起きることができたので、遅刻しそうになることはあっても、本当に遅刻をすることはなかった。


インターホンも人が寝ようとするタイミングで鳴っていたが、俺にとって寝るときに重要なのは音よりも暗闇のほうだったから、睡眠不足になることもなかった。

俺がどうこうよりも、近所迷惑になるからやめてくれないかなぁ、とそっちの心配ばかりだった。


一週間もすれば飽きるだろうと予想していたが、案の定そのくらいでインターホンは鳴らなくなり、なぜか目覚ましの調子も元通りになった。

いたずらが飽きてくれたなら、そろそろ自転車のタイヤ、交換しても大丈夫かなぁとか、のんきに考えていた。


「アノぉ・・・おナカすきまセンか??」

小さい女の子は正面に座る俺と、隣に座る彼女を恐る恐る交互に見ながら聞いた。

俺はその仕草がとてもかわいらしくて、つい笑ってしまった。

「ほれ、お前が緊張感のない発言するから笑われてるぞ」

「ダッテぇ・・・」

「あ、ごめん。

 なんかかわいいなぁって思ってさ」

「ソンナ!わたし、おカシとってきマスね!」

そう言って、猛ダッシュで女の子は最初に入ってきたドアの向こうに消えた。


「あいつ、マジで照れてやんの」

正面に座る彼女は面白いものを見たようにクックックッと笑った。

「いや、本当にかわいらしいと思うよ。

 あの子とはどういう関係なの?」

「んー、まぁそれもいろいろ説明すると長くなる」

「君が言う、そっちの世界の話?」

「そういうこと。

 とりあえずあんたの話を全部聞いて、必要なことがあればこっちからちゃんと話すよ。

 大概にしてこっちの世界のことは筆法陣だとか、あんたらの常識じゃ意味わからんことばっかりだから、あれもこれも聞いてたら、頭おかしくなると思うよ」


そう言われて確かにその通りだと思った。

自分の話を始めてからだいぶ冷静にはなったけど、思い返せば目の前にあるこのカップはつい何分か前までは粉々に割れていたのだ。

それが今では普通にお茶を飲めるカップに、つまり元通りになっている。

俺が住んでいた世界ではありえないことが普通に起こる世界の話をどんどん放り込まれてはこちらの頭がもたない。


「おマタセしまシタ!

 これ、ワタシのてづくりデスヨー」

女の子がおいしそうなクッキーを持って現れた。

「へー、結構料理得意なんだね」

「ドジだけど、家事全般は得意なんだよ。

 さ、誰かさんのお腹はこれで満たされるだろうから、話を戻しますか」

彼女はニヤニヤしながら、女の子を見た。

「おきゃくサマ、ツヅキをどうゾ!」と女の子も彼女に続いて、恥ずかしそうに言った。

俺は二人にそう言われ、クッキーをつまみながら話を始めた。


インターホン事件(勝手に命名)が落ち着きを見せて一週間ほどたった頃、突然大家さんから話があると呼び出された。

電話越しの声で、話の内容があまりいいものではないことはすぐにわかった。

まぁ大家さんの俺に対する評価は、最初からこの見た目のせいであまりいいものではなかったから、態度が冷たかったのはしょうがないとあきらめてもいたけれど。


「夜中に眠れないくらい大きな物音を毎晩たてられて困っている、との苦情が入ったのですが、お心当たりはありますか?」

大家さんからの話は正直俺にはまったく心当たりのないものだった。

うるさいと言われるのならインターホンのことくらいだと思っていた。

大家さんの話ではガタガタという音だったり、壁を叩くような音だったり、とにかく夜中に目が覚めてしまうほどの音らしい。


「申し訳ないんですけど、そんな音を出すようなことをしたりしてません。

 そりゃ、仕事で多少遅い時間に帰ってくることがあるので、それが気になるということでしたら謝りますが、自ら不快になるような音を出したりはしてませんよ」

俺は正直に答えたが、大家さんは認めないのは想定の範囲内だったようだ。

大家さんはそれを聞いて淡々と話を続けた。

「わかりました。

 一応苦情を訴えた人にはそのように説明しておきます。

 今回のことは私も実際に確認したことではありませんので、注意をした、ということで解決したとさせてもらいます。

 ですが、今後また同じような苦情が出た場合にはそれなりの対応をさせていただきますので、そのおつもりで」


言うだけ言って、大家さんはその場から立ち去った。

俺は呆然とそこに残された。

眠れないくらいの物音なら、夜中だから音が響きやすいとはいえ相当の音量だ。

音の説明を聞いた限りでは、生活音とはまったく違う音のようだし、もちろん俺自身だって夜中は爆睡している。

音を出すようなことがあるわけない。

「んー、寝相が悪くて何か蹴っ飛ばしたりしてんのかなぁ・・・」

大家さんにああ言われたものの、どうしたらいいのかさっぱりわからず、途方に暮れていた。


大家さんからのクレームが入った次の日、今度は職場でひと騒ぎがあった。

閉店後に売上金を確認してみると、三万円足りないのだという。

お金を扱っている商売ではどうしても売上金額に不足金、もしくは過剰金が出ることがある。

でも違っていても数百円、大きい時でも何千円だ。

さすがに三万円は額が大きすぎる。


正直ここまでの金額がなくなったとなると、疑いたくはないけれど誰かが盗ったのではないかという考えが出てきてしまう。

どんなに真面目な人でも、それがどんなに罪が重いことか、きちんと理解している人でも、目の前に大量の札束があれば、ついそういうことをしてしまう人もいる。


「んー、とりあえず俺がもう一回確認してみるよ。

 もしかしたらどこかにまぎれてるかもしれないしね!」

まぎれてる可能性なんてないに等しいと心では思っていたけれど、従業員のみんなを不安にさせるようなこともしたくなかったから、あえて明るく言って、その日は退勤してもらった。


「さて、どうしたもんか・・・」

こういうのは責任のある立場になると、どうしても避けられない問題でもある。

うやむやにするのはよくない。

かといって明らかに犯人探しのようなことを始めれば、みんなに不信感を与えてしまう。

もちろんそんなことしたくない。


とりあえずレジ周りをくまなく探したけれど、やっぱり見つからなかった。

他にあるとすれば、金庫の中だ。

金庫の中には今日の売上金を入れる袋と、明日の営業で使うためのお金を入れる袋が入っている。

朝、営業用の袋からレジへお金を移動させて、営業中に警備会社の人が前日の売上を取りにくる。

つまり、閉店後はその袋にはお金が一切入っていない状態でなければおかしい。

そして今日の朝は俺が営業用の袋からお金を取り出したのだ。

その時には万札は入っていなかった。

たとえ入っていたとしても、そういう時はだいたい五千円札か千円札が足りない時で、両替は忙しい時間帯に入る前に近くの銀行で済ませてしまう。


可能性が低いとしても、あるかもしれない場所はすべて確認してみなければと思い、俺は金庫をあけた。

すると金庫の中に違和感を覚えた。

誰かが袋に触ったような跡がある。

もちろん警備会社の人が売上金を取りに来ているのだから、朝とは違った状態になっている。


『売上金の入っていた袋』が問題なんじゃない。

『営業用の袋』のほうが問題なんだ。

俺はいつも営業用の袋からお金を出した後は、四つに畳んで金庫にしまう。

なのに今はきれいに広がっている。

そして袋の口がこちらを向いていて、明らかに誰かが何かをそこに入れたような痕跡がある。

俺は中を確認する前からそこに何があるのかわかってしまった。

だってそれしかないじゃないか。

袋を金庫から取り出し、中に入っているものを取り出すと、そこにはきっちり三万円入っていた。


足りないお金は見つかった。

だからといって問題解決、というわけにはいかない。

問題は『なぜここに売上金である三万円が入っていたのか』だ。

今日出勤していた人の中で、金庫を開けられる人間は俺しかいない。

だから俺がそんなことをしない限り、絶対あり得ないことだ。

そして今日一日の中で金庫を開けたのは、朝と今だけだ。

警備会社の人も金庫を開けられるけれど、今日の売上金をレジから取って、金庫に入れるなんて不可能だ。

第一そんなことする意味がわからない。


少しの間必死で頭を回転させたけど、答えは見つからなかった。

けど、これで従業員のみんなを安心させることができる。

なんでそんなところに入っていたのかと聞かれたなら、俺が朝寝ぼけていて出し忘れた、とか適当なことを言って、みんなに謝ればいい。

正直、従業員の誰かを疑う必要がなくなったことに俺は安堵の気持ちでいっぱいだった。


責任ある立場の人間の仕事は何があっても従業員を守ることだ。

俺も雑貨の仕事を始めて一年くらい経った頃に、お客様とぶつかって、別のお店で買っていたお客様の商品を割ってしまったことがあった。

当時の店長はその時、俺を責めずにひたすらお客様に謝ってくれた。


そして当時の店長は俺にこう言った。

「確かにお前のしたことはよくない。

 だけど、何かあった時に責任とるのが上司の仕事だ。

 そのためにお給料だってみんなより多くもらってるんだよ。

 だからお前はもう二度と同じミスをしないようにすればいい。

 今回のことを差し引いたって、お前の頑張りの貯金はまだたっぷりある。

 こんくらいで見捨るわけないだろ?」


俺は今でもその言葉を忘れない。

そう言われて当時は、もっとここの仕事頑張りたいって思ったし、今はそういうふうに部下を守れる人間でありたいなと思う。


その言葉の影響もあり、この時の俺は自分の身を守ることより、自分以外を守ることに必死になっていた。

もしかしたらそういう自分に少し酔っていたのかもしれないとも思う。

だからこういう事態が起きてもなお、俺は前向きだったんだ。

「ふぅ、最近あんまいいことないけど、これを乗り切ればきっとまた平凡な毎日がやってくるかなー」

そんな淡い期待を胸に、その日は店をあとにした。

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