知らない世界と知らない力
ちょっとシリアスな部分入ります。
でも基本は明るい男なので、そのうちチャラくなる予定です(笑)
彼女の言葉の通りだと思った。
途中いろんなことを考えはしたけれど、あのドアの前に立つまで、ただひたすら歩いていたんだから。
「えっと、そう、ですかね。
なんだかうまく説明できないけど・・・
引き寄せられたっていうか」
「ここに来る人達はいつもそんな感じだよ。
うまく説明できないのはあんたに限ったことじゃない。
で、ここに来る人達はみんな同じような悩みを抱えている」
「同じような悩み?」
「あんたも悩み、あるだろ?」
彼女の問いかけに思い当たることはたくさんあった。
「思い当たることあんだろ?」
念を押してきた彼女の言う通りだったけど、俺は思い当たったその出来事を彼女に話すことを躊躇した。
だってそれはどんなに必死に訴えても、『誰にも信じてもらえなかった』から・・・
「心配すんなよ。
あたしはあんたの話、信じるよ?」
彼女のその言葉に俺は目を丸くした。
この人は人の心を読む能力でもあるんだろうか?
「ふっ、言っとくけど、あたしは人の心とか読めないから。
ここに来る人達の悩みは、そっちの世界の人間には信じがたい内容ばっかりだからね」
「そっちの世界?
それってどういう・・・?」
「ま、あたしとあんたは生きてきた世界が違うってことだよ。
見た目はおんなじような人間だけどな」
「えっと、ごめん、話が見えない・・・」
「まー、口で説明するより、見せたほうが早いわな」
そう言って彼女は、小さい女の子に近くにある冷蔵庫からお茶を取ってくるように伝えた。
そして彼女は話を始める前に、テーブルに置いてあった、割れたカップの乗ったお盆を自分のほうへ引き寄せた。
「あんたの世界の常識じゃ、一度割れたカップは完璧に元には戻らないだろ?」
「え?まぁ破片をくっつけて同じようにすることはできても、元には戻らないでしょ」
彼女はいったい何を言い始めたんだろうか。
さすがに今回ばかしは思いっきり疑いの目で彼女を見た。
「まぁまぁ、そんな目で見んなよ。・・・
お、サンキュ」
そこへ小さな女の子がお茶を持ってやってきた。
そして俺の顔を見て「そんなにコワイかおは、あなたにはニアイマセンよ?」と、首をかしげて真っ直ぐな瞳で見つめられた。
「あ、あぁ、ごめん」
「だいじょうぶデス。
ごシュジンさまはすごいヒトですカラ!」
小さな女の子は、またもとびきりの笑顔でそう言った。
でも何が大丈夫なんだろう?
彼女の何がすごいんだろう?
「じゃ、始めるか」
そんな俺の疑問を知ってか知らずか、楽しそうに彼女はなにやら準備を始めた。
さっきなぜか惹かれた万年筆のうちの一本を、胸ポケットから取り出しキャップを外した。
ボディカラーは白で、ペン先やキャップリングの部分がゴールドでキラキラ輝いている。
知識のまったくない俺でも、それが高級なものだろうことは理解できた。
でも万年筆でどうやってカップを直すっていうんだ?
そういや万年筆の持ち方がなんか変だ。
普通にペンを持つ感じじゃなくて、チョーク持つような・・・
ダメだ、考えても疑問しか出てこない。
そんなことを考えていたら、「ちゃんと見てろよ?」と、彼女は俺に不敵な笑みを見せた。
おもむろに、彼女はお盆に乗った割れたカップの上に万年筆で何かを描き始めた。
カップの上。
そう空中に円を描いている。
彼女が万年筆を走らせると、そこには輝く線が浮かびあがった。
俺は頭がおかしくなったのだろうか?
「普通の人間は、こんなん見たってすぐには信じられないさ」
彼女がまた、俺の心を読んだかのようなタイミングで話し始めた。
「今描いているのは筆法陣と言う。
あんたには、これがただの高級そうな万年筆にしか見えないかもしれないけど、あたしらの世界では筆法陣を描くために必要不可欠なものなんだ」
そんなことを聞いてるうちに、どうやらその『筆法陣』なるものが完成したらしい。
もう俺は、目の前で起きているこの現象を受け入れることに必死だった。
でも頭のどこか隅で、筆法陣ってもっと複雑なのかと思ったけど案外簡単な形なんだな、と冷静に考える俺もいた。
完成した筆法陣をカップの上に浮かせたまま、彼女は話を続けた。
「筆法陣を描くことで、いろんなことができる。
よく魔法使いが火の玉出したりするだろ?
あんなこともできる」
「え!?魔法使えんの!?」
驚いた俺は、つい口調が馴れ馴れしくなってしまった。
でも彼女は特に気に留める様子もなく、話を続けた。
「んー、呪文唱えて出すわけじゃねぇから、ちょっと違う気もするけどな」
「ホカに、ワタシたちのせかいのヒトたちをコチラへよぶコトもできマス!」
「えぇっ!?召喚もできんの!?!?
そこまでいったらゲームの世界の話じゃん!!」
俺があまりに興奮しているので、彼女と小さい女の子は顔を見合わせて笑っていた。
「落ち着けよ(笑)
とにかく『筆法陣を描くこと』が、あたし達の世界の人達が使える力ってこと。
で、カップに話を戻すけど、この筆法陣を使うとカップはどうなるか、よーく見とけよ?」
驚きの連続で若干興奮ぎみの俺を制して、彼女はカップの上に描いた筆法陣を、万年筆の先でちょんと突いた。
するとその筆法陣は淡い光を放ち、カップへゆっくりと落ちていった。
そしてそのままカップを通り抜けた。
・・・と、思った時にはもうカップは元通りになっていた。
割れる前のキレイな状態に。
そして筆法陣はもうそこには存在しなかった。
こん時の俺の頭の中では、とんでもない数のハテナマークが飛び交っていた。
「見ての通り、カップは元通りになった。
今使った筆法陣では、物質の時間をある一定時間前の状態に戻すことができるんだ。
今は一時間前のカップの状態に戻した。
もちろん前の状態に戻すためにはその物質のあるべき部分がすべて必要になる。
だから誰かさんは必死で細かい破片も集めてたわけ。」
「かっぷがもとドオリになりマシタので、おチャをドウゾ、おきゃくサマ!」
「その誰かさんのせいで、ここに来てからお茶出すまでだいぶ時間経っちまったけどな」
「モゥ!それはイワナイおやくそくデスヨ、ごシュジンさま!!」
そんな二人の会話を俺はうつむきながら聞いていた。
俺の頭の中は相変わらずハテナマークが飛び交いっぱなしで、だけど何をどう質問したらいいのかわからずにいた。
小さい女の子が出してくれたお茶を飲むという行動もできないくらいに混乱していたんだ。
あまりにすごいことが立て続けに起こると(それがどんなに良いことであっても)、興奮とかそういうのを通り越して恐怖すら感じるのだと俺はこの時初めて知った。
そんな俺の様子を見て、彼女は少し真面目な声で俺に話しかけた。
「今起こったことをきちんと理解するのは時間がかかると思う。
ここに来た人達が、自分が生きてきた世界と違う世界があるとか、筆法陣があるとか、そういう自分の知らない事実を突き付けられて、混乱してるのを何回も見てきてる。
だからすぐに受け入れろとは言わないよ。
でも、これだけは言える」
彼女はそう言って黙った。
俺はうつむいたまま、その先の言葉を待ったけど、彼女はいっこうに話そうとはしなかった。
沈黙は続く。
きっと彼女は、俺がこの現実にちゃんと向き合うのを待っているのだろう。
この沈黙の時間は、彼女なりの気遣いなのかもしれない。
―逃げたくても逃げられない―
―嘘は一つもない―
―すべてが現実―
―なかったことにはできない―
―もう前に進むしかない―
そう、俺はもう前に進むしかないんだ。
失いたくないもの、たくさん失った。
よく考えたら怖いものなんてもうないのかもしれない。
だから覚悟を決めて顔をあげた。
「あんたが抱えているその悩み、あんたの世界の力では解決できないよ?
それはきっとあたし達の世界の力の影響だから」
真剣な眼差しは刺さるくらいに真っ直ぐで、冗談は一つもないことは明らかだった。
まだどんな悩みかも俺は言ってないのになぁ。
もし彼女ができないのが悩み、とか言ったらどうするつもりなんだろう?
試しに言ってみるか?
そんなくだらないことも考えたけど、俺の中でどうするかははっきり決まっていた。
―たぶん、俺を救ってくれるのは彼女しかいない―
「・・・あのさ、うまく話せるか自信ないけど、俺の悩み、聞いてもらえるかな?」
次の話から彼が何を失ったのかがわかります。