表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いちごミルク  作者: 田島 姫
君と俺との出会い編
16/17

母の願い

文章配分がうまくいかず、ここの話ちょっと長めです

「ではまず、おまえがこっちの世界に来た時のことを教えてもらおうか。

 だいたいでかまわない。

 いつくらいに、どんな方法で、こっちの世界のどこに出た?」

「2011-2-T5からT10くらいだと思う。

 自分の家に帰る途中の野っ原に開世の扉が残ったままになってた。

 ずっとこっちの世界に興味があったから扉の向こうに出てみた。

 場所はこの家の近くの公園」

ピアーは先ほどまでの反抗的な態度から一変、スラスラと答えた。

ピアーが口にした日付らしきものは俺にはさっぱりわからなかったけど、話を止めるのも申し訳なくて、黙って聞いていた。


「知らないと思うから教えるけど、行方不明者ファイルリストにおまえが載ってる。

 行方不明になったとされる日付と場所とおおよそ合ってるからその証言に問題はないだろう。

 ちなみにあんたの母親が申請したものだ」

ピアーは母親という言葉にぴくっと反応したようだったけど、何も言わなかった。

「そうそう、開世の扉を残したまんまにしてた筆術師はすでに捕まって処罰を受けてる。

 おまえが開世の扉を使ってこっちの世界に来ること自体に罪はない。

 たとえそれが本人の意思を持っての行動だとしても、いけないのは扉を残したままにした筆術師だからな」

そういえば根本的な原因を作ったヤツがいることを思い出した。

その筆術師がちゃんと扉を消していてくれたなら、そもそもこんなことにはなってない。


「次におまえはその公園に出て、誰かに接触したか?」

「・・・」

それにはピアーは答えなかった。

観念しているように見えたけど、完璧な敗北を認めるにはプライドが許さないようだった。

「言いたくない、か?

 まぁ正直これに関しては目撃者も証拠もないから別にどうでもいいんだけど」

「いやいや!よくないでしょ!!」

あ、つい突っ込んでしまった。

「いつ出会ったかよりも、いつ危害を加えたかのほうが重要。

 そっちのが決定的だろ?

 それにこいつはあんたに『一度も会ったことがない』って言ったんだ。

 現段階では『一度でも会っている』っていう証拠のほうが大事なんだよ」

「あ、さいですか。

 失礼しました・・・」

もう余計な口をはさむまいと俺は心に決めた。


「で、なんだっけ?

 あ、そうそう、こっちの世界に来てから、おまえはどこで生活していた?」

「基本的にあの公園から出てない。

 こっちの世界じゃまともに力が使えないし、行動しようにも何もできない。

 公園から出たのは今日が初めてだ」

まだこいつはしらを切りとおすつもりなのか!

往生際が悪いヤツはモテないんだぞ!!

と、言ってやりたいが、また余計なこと言って彼女の冷たい視線を浴びるのはこりごりだ。


「ふーん、まだ認めないつもりなんだ。

 さっきあんな感じだったから、あっさり認めると思ったんだけど。

 まぁそんくらいじゃないと張り合いねぇし、つまんねぇからいいけどね」

あー、なんか火ぃついてますけど。

俺のためというか、彼女がこの状況楽しんじゃってますけど。

「ピアー、おまえはこの棚の後ろの壁、触ったか?」

「なんだよ、それ。

 そんなとこ触るわけないだろ」

「そうか」

そう言って、彼女はステンレスの簡易な棚を動かし始めた。

「何するの?」

「この棚、最近動かしただろ?」

「あー、確か六月入ってから模様替えと思って動かしたかな。

 気分転換と思って、月に一回くらいのペースで模様替えするんだよね。」

「その模様替えがおまえのピンチを救うことになる」

彼女は棚をどかし、壁に向かって筆法陣を描き始めた。

「あ!!

 まさか、あんたあれができるのか!!!」

ピアーが突然驚きの声をあげた。

「だからさぁ、おまえ、あたしを誰だと思ってんの?

 あたしにできないことなんて、数える程度しかねぇっつうの。

 さぁ、よーく見てろよ」

彼女はしてやったりって顔をしながら俺に言った。


ドキドキしながら彼女が筆法陣を描くのを見ていた。

その筆法陣は今まで見た中で(ほんの少ししか見ていないけれど)、とても複雑で難しく見えた。

なのに彼女はいとも簡単にその筆法陣を描き上げていく。

そして描き終わるといつも通り、その筆法陣を万年筆の先でちょんと突いた。

ゆっくりと壁に筆法陣が吸い込まれる。

壁がうっすらと光り始め、床に近い部分に手のような形が浮かび上がった。

手の形の中にはざまの部屋で見せてもらった貫通の筆法陣が描かれてあった。

そしてその手の形の周りにはちょうどピアーが通れそうな大きさの丸い線も浮かび上がっていた。


「これはピアーの手の跡、手の中の陣はピアーが持ってる永久筆法陣、この丸い線が実際に貫通させたときにあいた穴の部分だ。

 ここまでくっきり出て、まだおまえはこの部屋に初めて来たと言い切れるか?

 なんならこの手のところに自分の手、合わせてみるか?」

さすがにピアーもここまで決定的な証拠を見せられて言い訳のしようもないだろう。

「さぁ、おまえは本当にここに来たのは今日が初めてなのか?」

「・・・違う」

「ちゃんとはっきり言えよ」

「違う。

 開世の扉を抜けてから、この男のそばにいると俺自身の力がこっちの世界で発揮できるとわかって、それからずっとこの男の近くにいた」


「それで君はなんで俺に嫌がらせを始めたの?」

つい聞いてしまった。

だって、自分の力が発揮できるからって、どうしてそれが俺に嫌がらせすることにつながるのかわからなかったから。

「・・・最初は俺の存在に気付いてほしかっただけだ。

 だけど全然反応ないし、そしたらだんだんバカにされてるみたいでムカついた。

 俺の存在をないものにされたのが許せなかった。」

「なんだよ、それ。

 完全に被害妄想じゃんか」

「こいつ、頭がいいけど性格こんなだから、あたし達の世界でいじめられてたらしい」

彼女がピアーに聞こえないように俺の耳元でぼそっと言った。


なるほど、ピアーは自分の世界で存在を否定されていたのか。

そこが嫌で逃げ出したのに、新しい自分の居場所を見つけるために俺の世界へ来たのに、また自分の存在をないものにされて耐えられなかった。

俺自身はいじめを受けたことがないので、気持ちをすべて理解できない。

それにそういう理由があったとしても、それが誰かを傷つけていい理由にはならない。

だけどかわいそうなヤツだなとは思う。

俺も自分の居場所を失う悲しみを、自分の存在を否定される苦しみを経験したから。


「嫌がらせをするだけならこの部屋だけでもよかったのに、なぜ職場にまで手をかけた?」

彼女がピアーに質問した。

そうだ、なぜそこまでしなければならなかったのか。

「最初はほんとにちょっとした興味でついてっただけだ。

 なんで毎日こんなに大変そうにしてんだろうって。

 大変そうなのに、なんで毎日楽しそうなんだろうって。

 その答えが知りたかった」

「その答えはわかったのか?」

「わからない。

 だけどこの男が楽しそうにしているのはこの場所があるからだってことはわかった。

 俺はこの男なんかより頑張ってるのに、なのに誰も認めてくれない。

 くやしかった。

 俺には力も才能もあるのに、何もないこの男が楽しく生きているなんて不公平だと思った。

 だからこいつから仕事を奪ってやろうと思った」


世の中には自分を中心にすべての物事を考えて行動するヤツがいる。

自分がうまくいかないのは他人がうまくいっているせいだからだと思う。

ピアーは典型的なそれだ。

その考えがいかに愚かでむなしいことであるか気付くことができるかは、結局のところ自分以外の人とどう関わっていくかによるところが大きい。


「それで金を金庫から移したりしたのか?」

「・・・」

「今更黙っても無駄じゃね?

 夜中にこいつの職場行って、また履歴の筆法陣書いたら一発KOだぞ」

「・・・」

突然ピアーは黙りこんでしまった。

俺にはその行動の意図がさっぱりわからなかったが、彼女には思い当たるところがあるらしい。

「それを認めることができないのは父親のことがあるからか?」

彼女がそう言うとピアーはまた体をぴくっと反応させた。

どうやらピアーの中で母親や父親の存在が何かしらあるようだ。


「まぁ言いたくない気持ちはわかるがな。

 でもおまえは結局のところ父親と同じようなことをしたんだ。

 それは今更変えることはできない」

「父親と同じこと・・・?」

「あぁ、こいつの父親も貫通の永久筆法陣を持っていて、それを使って大金を金庫から盗んだ。

 父親のほうはその金を自分のものにした。

 そして父親は姿を消した。

 母親は父親がそんなことをしたとは知らずに行方不明者として申請を出した。

 そしたら実際のところは犯罪を犯していて、自分の意思でいなくなったことがわかった。

 それから母親は体を悪くしている」

「それじゃあ、ピアーのやったことって・・・」


よくある話だ。

大嫌いで恨んで憎んで、こんな人間になんかならないとか、こんな人生送るもんかとか、そう思っていても、結局は同じような道を歩んでいる。

それは本人の意思とはまったく無関係に。

その人の存在に固執し、忘れられないほど、それは強く影響してしまうのかもしれない。


「おまえは職場でこいつが楽しそうに仕事をしているのを見て、不公平だからあんなことをしたと言った。

 でも本当の理由は違うんじゃないのか?

 おまえの父親もあぁいう店で働いていた。

 だから思い出したんだろ?

 今の自分が認められないのは父親のせいだって。

 こいつと父親がたぶったんだろ?

 自分が父親から迷惑かけられた分、仕返ししてやりたいって思ったんじゃないのか?」

「君は復讐・・・したかったの?

 自分とお母さんの人生をめちゃくちゃにした父親に」

そう聞いた時、ピアーは泣き出してしまった。

自分の心を知るのが怖い時は誰しもある。

隠したくても隠せなかった思い。

その思いは時として周りにも、自分にも牙をむいてしまう。


「うっ、う、ほんとに、ほんとにただ、ついてった、だけだったんだ。

 部屋で、嫌がらせ、してる時だって、自分の八つ当たりだって、わかってっ」

泣きながら、ピアーは必死に自分の思いを伝えようとしていた。

「けど、は、働いてる、姿見て、あいつ、思い、出しちゃって。

 そしたら、自分でも、よく、わかんなく、なって。

 何も、何も言わずに、出てって、それきりで。

 母さん、つらそう、なのに、俺、何も、できなくって。

 だから、せめて、代わりに、何か、して、やりたくて」


とぎれとぎれに紡がれる言葉。

それは父親を憎むというよりも母親を助けてあげたいという気持ちのほうがつまっていた。

だけど・・・

「おまえが母親を大事に想ってる気持ちはわかる。

 だがな、逆に母親がおまえに対して何を望んでいたか、考えたことあるか?」

「母さん、が、俺に、望んだ、こと・・・?」

「毎日無事に家に帰ってきてくれること。

 仕事がきついならやめてもかまわない。

 嫌なことがあったのに無理して笑う必要もない。

 家事を手伝うのが面倒ならそれだってやらなくてかまわない。

 自分が生きている間、ただ一つ望むのはそれだけだ。

 そう泣きながら言ってた」


彼女の言い方からするとピアーの母親に会って話を聞いてきたのだろう。

自分の夫が突然姿を消して帰ってこなくなった。

突然息子と二人きりにされて、犯罪者の家族というレッテルを貼られて、相当きつい思いもしてきただろう。

その中できっと多くのことを望むことなんかできなかったはずだ。

それでもただ毎日息子が無事に帰ってくることだけを望んでいた。

それなのに、その息子まで帰らなくなってしまった。

彼までもが罪を犯しているとは知らずに・・・


「で、でも、そんな、もう、いまさら、帰れ、ないよ・・・」

ピアーは消え入りそうな声で言った。

ピアーの気持ちも理解できた。

どんな顔をして母親に逢えばいいのか、わかるはずもない。

「母親には、その時の段階ではあくまで可能性の話だったが、おまえが父親と同じような罪を犯していると話した。

 突然あたしみたいなヤツが家に訪ねてきたら、何かあったということはどうしてもわかっちまうからな。

 そしたらおまえの母親、なんて言ったと思う?」

彼女はピアーに聞いたが、ピアーは答えられないようだった。

一番守りたかった人を裏切った。

その代償としてそれなりの言葉が待っていてもおかしくはない。

それを受け止めるのはたぶん俺が想像する以上に恐ろしいことだろう。


「き、ききたく、ない・・・いやだよ・・・」

「生きてるんですか?

 あの子は無事なんですか?

 そう聞かれたよ」

「・・・え?」

「確実ではないけれど、生きてるだろうって答えたよ。

 生きた状態で捕まえるのがあたしの仕事でもある。

 だがこっちの世界に戻ってきても、当分家には帰してあげられない。

 そこまではっきり伝えた。

 そしたら・・・」


そこで彼女はいったん話をやめた。

黙ってピアーを見つめた。

ピアーの心が落ち着くのを待っているんだ。

ちゃんとお母さんの言葉がピアーの心にきざまれるように。

もう二度と間違いを繰り返させないために。


「たとえどんなに重い罪を犯したとしても私の息子であることに変わりはない。

 だけど罪を犯して逃げるようなこともしてほしくない。

 だから生きて罪を償ってほしい。

 私も一緒に罪を償っていくから。

 一人になんてしない。

 私達は家族なのだから。

 あなたの代わりはどこにもいないの。

 だからお願い、ピアー、帰ってきて」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ