理由があっても罪は罪
「まだちゃんと捕まえたことになんねーよ?」
彼女はちょっと残念そうな顔をしながら俺にそう言った。
「な、なんでよ!
今まさに捕まってるじゃんか!!」
目の前にはグルグル巻きにされたピアーが座っているのだ。
この状況のどこをどう見れば捕まってないことになるのか・・・
「確かに拘束はしてるけど、これは今しがた照明を落としたことに対する拘束だから、あんたの件とはまた違うんだよ」
「あ、そういえば照明は・・・」
照明があるはずのところに目をやると、そこには照明のプラグの差しこみ口だけがあって、照明自体は存在していなかった。
さっき光った時に落ちた音はしなかったのに、どこにいったんだろう?
「照明は一回消した」
「へ?」
「筆法陣で別の場所に保管してるっていうほうが正確な言い方だけど。
一応、あれは物的証拠になるからな。
で、照明ないと暗いから、今は筆法陣で部屋を明るくしてる」
天井を目をこらして見てみると、うっすらと何か線が書いてあるのが見えた。
「あ、そうなんですか。
というか俺、あんまり状況把握できてないや」
俺が目をつぶっていた間にいったい何が起こったというんだろう?
「後で説明してやるから」
彼女はそう言ってピアーに向き合った。
「つぅわけで、ピアー、自分が今なんでその状態になってるか、ちゃんと理解しているな?」
ピアーはうなだれたまま、コクンとうなずいた。
「説明してみろ」
「・・・こっちの世界に危害を加えようとしたから、だろ」
「そうだ。
これはあたし達の世界の基本ルールだ。
たとえどんな理由があろうとも、こっちの世界のものに余計な危害を加えてはならない。
それは物に対しても、人に対しても、だ。
もしあたしが本当にこっちの世界の人間だったなら、大けがさせてるところだったんだぞ」
「・・・」
ピアーは何も言おうとしない。
いや、たぶん言いたいことは山ほどあるのだろうけれど、言ったところでそれが無意味なことだとわかっているのだろう。
「まぁ、いい。
どうであれ、おまえが危害を加えようとしたことは事実だ。
それに対して償いはしてもらうことになる。
だが、おまえには別の疑いがかかっている。
それがなんだか、思い当たる節はあるか?」
彼女がそう問いかけてもピアーは何も言おうとしなかった。
どの世界でも黙秘権というものが存在するのだろうか?
「じゃあはっきり言おう。
あんたには、そこにいる男の人生を狂わせたんじゃねーかっていう疑いがかけられている」
「目撃者でもいるのかよ」
やっとしゃべったと思ったら、まったく反省の色がない発言だ!
さすがの俺もちょっとイライラしてきた。
「逆にいないと思うのか?」
彼女はピアーの発言にまったく動じず、そう聞き返した。
「・・・俺は何も知らない。
何もしてない。
この男のことも知るわけないだろ。
今日初めて会ったんだから。
それともあいつが前にどこかで俺を見たとでもいうのかよ」
ピアーは挑発的な目で俺を見た。
確かに俺は自分の目でピアーの存在を確認していない。
だからピアーの発言に対して、俺は何一つ言い返すことができなかった。
「では、あいつがあたし達の世界の力が強くて、あいつのそばにいると普通だったら触れるはずのないこっちの世界のものを触れるようになることもついさっき知ったと?」
「そうだよ。
力が強いかどうかは近付いてみればわかることだろ?
おまえらが外を歩いている時にそれに気付いて、部屋までついてった。
そしたら俺達のような存在をバカにするような話になった。
ムカついて試しに台所のグラスを触ってみたら、触れたからそのままグラスを落としてやった。
それで照明も落としてやろうと思ったんだよ」
相変わらず悪びれなくピアーは話している。
だいたい照明落とすって相当悪質だぞ。
それなのに俺は悪いことしてないって態度がすごく癪に障った。
「わかった。
あんたはこの男に初めて会って、今までに一度も面識がない。
だから人生を狂わせるなんて話には身に覚えがない、と」
「そうだよ!
何回も同じこと言わせるなよ」
あー!!あったまきたっ!!
さすがの俺も我慢の限界!!
ピアーに一言物申してやろうと思った時、彼女はそれに気付いて手で制止された。
「お前がこいつに言いたいことがあるのはわかる。
だけどそれは今言うべきじゃない。
きちんと後で言わせてやるから、もう少し待ってろ」
そう言った彼女の顔にはすごく余裕があった。
むしろ自信がある、と言ったほうがいいかもしれない。
俺はその顔を見て、彼女の言う通りにしようと思った。
たぶん、彼女はピアーに対して絶対に言い負かす何かを持っているのだ。
「では、おまえのその証言をひとつひとつつぶしていってやるよ。
その前にまず、おまえ、あたしがどんなヤツだかわかってる?」
その質問にさすがのピアーもキョトンとした。
俺にもその意味がよくわからない。
そして、また俺の中で何かがひっかかった。
彼女がどんなヤツなのか?
俺は彼女の何を知っている?
・・・いや、違う。
俺は彼女の『何を知らない』んだ?
「おまえ、あたしのこと、そこらへんにいる筆術師よりちょいと能力があるヤツだと思ってるだろ?
だから適当に言いくるめれば、今しがた危害を加えようとした罪だけで済むと思ってるんだろ?」
「どういう意味だよ」
「これを見ればわかるんじゃね?」
彼女はそう言って、万年筆が入っている胸ポケットからバッジのようなものを取り出して見せた。
ピアーはそれを見た瞬間、顔が凍りついた。
ように俺には見えた。
「ま、まさか、そんなことあるのかよ」
ピアーのその言葉には先ほどまでの勢いはなかった。
むしろおびえているようにも聞こえた。
俺のいる場所からはバッジの正面に何が描かれているのか、わからなかった。
そのバッジがいったいなんだというのだろう。
「ふっ、理解したみたいだな。
つまり、おまえには逃げ場ないってこと。
相手が悪かったなぁ。
さて、このままあたし達の世界へ連れ帰って話を聞いてやってもいいんだが、それじゃあいつが納得できない」
彼女はそう言って、俺のほうを指差した。
「そういうわけで、おまえには今からのあたしの個人的な尋問に付き合ってもらうぞ。
自分の罪の重さを、自分が傷つけてしまった相手の前で思い知らせるのが一番反省するだろ?
それが終わったらすぐに取締部のヤツらに引き渡してやるから」
確かにそれはなかなか酷なことかもしれない。
俺自身は被害者だけど、ピアーの立場を考えるとちょっとだけ同情する。
「さぁ、始めようか」
彼女は今までで一番悪い顔をした。
ちょっとだけ同情するって言ったけど、訂正。
かなり同情するよ、うん。
俺だったら彼女の尋問、耐えられそうにないもの。