演技も才能の一つ・・・?
扉の先に見えるのは見覚えのある公園だった。
そう、すべてが変わってしまったあの公園だ。
「やり直すって意味ではもってこいの場所だろ?」
彼女はちょっと皮肉っぽく言って、扉の向こう側へ進んだ。
「おきゃくサマ、ワタクシはごイッショできませんので、ココでオワカレです」
女の子が少し寂しそうな目をして言った。
―お気をつけて―
そう聞こえた気がした。
女の子は深くお辞儀をしていた。
俺は覚悟を決めて扉の先へと一歩を踏み出した。
十七時を過ぎても六月も終わろうとしているこの時期はまだ空は明るい。
だけど相変わらずこの公園はこのくらいの時間になると急に暗い雰囲気になる。
人がいなくなるからだ。
「さて、周りは誰もいないな」
彼女は辺りをキョロキョロと確認した。
「この扉を消した瞬間、あたし達はこっちの世界の人間に見えるようになる。
まぁあんたみたいに異常に力が強い人間がいるなら何か感じるかもしれないけどな」
「それ以前にピアーに気付かれたりしないの?」
「普通の筆術師が描く扉だったら見えてるだろうけど、あたしはそこらへんぬかりないから大丈夫」
そう言いながら彼女は万年筆で扉を軽く叩いた。
その瞬間、扉はそこから消えてなくなった。
相変わらず俺には何が大丈夫なのかさっぱりわからない。
「なんか見えてるとか見えてないとか、ピンとこないなぁ。
俺達を見る側からしたら突然人が現れるわけだからびっくりするどころの話じゃないんだろうけど」
「そのために姿を消す服があるんだよ」
そう言いながら彼女はさっき説明していた力を隠す指輪をつけていた。
「そいじゃ作戦開始、だな」
そこから他愛もない話をしながら家へと向かった。
彼女のことを何も知らないわけだから、聞くことには困らなかった。
というより、彼女の演技力は想像以上だった。
「好きな食べ物?
うーん、そうだなぁ。
あんまり食欲ないから、食べ物に対してこだわりはないんだけど、果物とかが好きだよ」
「趣味?
音楽聞いたりするのは結構好き。
あとテレビもよく見るよ。
見るのは情報番組が多いんだぁ」
さっきまでの口調はいったいどこへ?
語尾にちっちゃい「ぁ」とかついてますけど!
さっきまでの偉そうな態度は幻?
顔立ちがやわらかい!
笑顔もかわいい!!
もしかして二重人格なのではと思ってしまうほどの変化っぷり。
そして、どこまでが真実なのだろうという素朴な疑問。
食欲がないっていうのは食べなくても平気って意味だろうし、テレビをよく見るっていうのははざまの部屋での女の子の証言がある。
果物が好きっていうのと音楽を聞くっていうのが通常時の彼女からは想像できない。
さすがに今「それって全部ほんと?」って質問するのはリスクが高すぎるから、落ち着いたら聞いてみようと思った。
そんな感じで彼女と会話をしていたら、あっという間に自分の部屋に着いた。
もしかしなくてもどこかでピアーが見ているのかもしれないと思うと、鍵を開けるのにちょっと緊張してしまった。
彼女も今は力を抑えてしまっているからピアーが見えていない。
こんな状態でいったいどうやって捕まえるっていうんだろうか。
「おじゃましまーす。
わぁ、思ったよりもきれーい」
相変わらず演技派な彼女はかわいい彼女を演じていた。
彼女は俺にただ楽しそうにしていればそれでいいと言っていた。
ここで不安になっていても状況は変わらない。
それなら俺は彼女の言葉を信じるだけだ。
「適当に座ってよ。
今お茶出すから」
「うん、ありがとぉ」
彼女は部屋の中をうろうろしていた。
その姿は普通の人からしてみたら、彼氏の家に初めて来た彼女が興味津津に部屋を見ているようにしか見えないだろう。
けど俺にはその姿が、力を抑えてピアーが見えないながらに何かを探ろうとしているようにも見えた。
俺には気付けないけど、彼女にならわかる何かが部屋には残ってるのかもしれない。
お茶を淹れながら、俺はまた何かにひっかかっていた。
違和感がある。
こっちに戻ってきてからその感覚がだんだん強くなっている。
そしてそれは本来は、とても当たり前のことなのに、とても大事なことなんだ。
そこまではわかるのに、やっぱり頭の中にもやがかかっているような感じで、答えにたどり着けない。
「ねぇ、ほんとにうるさくしちゃったの?」
「え!?」
違和感のことで頭がいっぱいだったせいで彼女が何を聞いたのか、認識できなかった。
「だからぁ、この部屋、出て行かなくちゃいけなくなっちゃったでしょ?
夜中にうるさくするからって」
「あ、あぁ、そうなんだ。
だから明日とか一日かけて準備しないと」
彼女のその質問が何かを導こうとするためのものだとなんとなくわかったけど、改めて質問されると現実が押し寄せてきてむなしくなってくる。
「それにお仕事もクビになっちゃったんでしょう?
ほんとに身に覚えがないことなのに」
「それに関してはまいったよ。
けど状況的に俺しか犯人いないしさ」
「あのね、話聞いてて思ったんだけど・・・
あ、頭がおかしいヤツだなとか思わないでね?」
「うん、言ってみて」
「なんか変なのにとりつかれてるんじゃないかなぁって」
「変なの?」
たぶん彼女的にここからが本題なのだろう。
出発前に彼女が俺に望んだことは、うまく会話をリードしてくれること。
だったら俺はそれに徹するだけだ。
「そう、だってね、おかしいもん。
夜中に物音がうるさいっていうけど、あたしの家で寝てる時は静かだったもん。
暴れたりしなかったよ?」
普通のカップルの会話だったら、ちょっと甘い感じにも聞こえる。
しかしながら実際のところ、あたしの家っていうのははざまの部屋のことだ。
物は言いようっていうのはこのことだなと思う。
「それなのに隣接してる部屋全部からうるさいって苦情くるなんて変だよ。
なんか変なのがいたずらして、うるさくして、その原因をなすりつけてるんだって考えたほうが自然な気がするの」
「うーん、俺としてもいまだに自分がしたことだって自覚が起きないっていうか。
変なことになっちゃったなぁって思ってるけど」
「それにね、職場でのことだって変だよ。
それだってね、変なヤツにつきまとわれてるって考えた方が自然だよ。
そいつがお金を抜いたり、机の中にお金入れたりしたんだよ。
もちろんそれを他の人達に言っても、こっちが頭が変だって思われちゃうけど・・・」
「俺のこと信じてくれてるんだね」
「当たり前だよ。
あたし彼女だもん。
だからその変なヤツもあたしの敵!」
ここまでの話を単純に聞いていればただのバカップルだ。
でも俺はこの時彼女の目の色が変わったのを見逃さなかった。
「そいつ絶対性格悪いよ。
今もどっかでうちらのこと見てるのかも」
「そんなのストーカーじゃん」
「ほんとほんと。
それにやり方が卑怯だよね。
自分が見えないからってやりたい放題やるってさ。
きっと自分のこと、頭いいとか思ってるんだよ。
自分一人の力じゃなんにもできないくせに。
そういうヤツに限って、勘違いするんだよねぇ」
突然ヒートアップし始めた彼女を見て、俺はちょっと苦笑した。
「んもう、自分のことなんだから、もっと怒りなよー!
ってか、ほんとに力があるっていうなら今何かやってみろって思っちゃう。
見えないところでコソコソやるような卑怯なヤツだから、どうせできないだろうけど。
もしかしたら、あたしが一人になってから何かされるのかなぁ。
それしたらほんとに卑怯だよね」
カシャーーーーーーン!!!!
彼女が最後の言葉を言い終わるか終らないかくらいのところで、台所のほうでグラスが割れる音がした。
びっくりして彼女のほうを向くと、彼女もびっくりした顔をしていたけど、一瞬口元がゆるんだのを俺はまたも見逃さなかった。
「まさか・・・ね。
グラスの置き方が悪かったんじゃないのぉ?」
「あ、あぁ、もしかしたらさっきお茶用意する時にぶつかったりしたのかも。
ちょっと片づけてくる」
俺は台所へ向かった。
といってもリビングから台所は見えるのでお互いの姿は認識できる。
「もしこれが変なヤツがやったことだとしたら、ちょっと中途半端だよねぇ。
どうせならこれとか落としてみせればいいのに」
彼女はそう言いながら俺のほうを見て自分の真上にある照明を指差した。
「これが落ちてきたらホンモノだよね!
なんていうか認めざるを得ないっていうか・・・」
俺は割れたグラスを片付けつつ、そう言う彼女のほうを見ていた。
そして視線の先で何かが動いた。
「危ない!!!!」
俺がそう言った瞬間、突然部屋が光って、俺は動けずに目を閉じていた。
少しして目を開けると、そこにはいつも通りの表情を見せる彼女が仁王立ちをしていた。
仁王立ちをしながら見つめる視線の先には、光る紐のようなものでグルグル巻きにされた布をまとったオコジョらしきものが横たわっていた。
「作戦通りってとこかな」
彼女は俺のほうを向いて、ニッと笑った。
「無駄な争いはしたくないって言ってた割には、結構やり方粗くない?」
「無駄な争いの話はこっからだから」
彼女はそう言うと、オコジョらしきものを起こして座らせた。
「く、くそぅ、こんなはずじゃぁ・・・」
「みんな、捕まった時はそう言うんだよ。
あんたの名前はピアーで間違いないな?」
そう言うとグルグル巻きのオコジョらしきものはうなずいた。
つまり、俺の人生を狂わせた犯人ピアーは、無事捕まったのだ!