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いちごミルク  作者: 田島 姫
君と俺との出会い編
13/17

必要な無駄と必要のない無駄

次の日は朝七時に起床した。

女の子の話では彼女は彼女達の世界の役所のようなところに行くらしい。

そこは九時オープンだから、二時間も前に準備を始めればいいと言われていた。

どうやら彼女達の世界と俺の世界の時間の流れは基本的には同じのようだ。


俺が起きた時にはすでに女の子はばっちり起きていた。

「おはよう」

「おはようゴザイマス。

 ヨクねむれマシタか?」

「なんか久々にぐっすり眠れた気がするよ。

 さて、何から手伝えばいいかな」

「ではコレをキッテもらえますか?」

そうして俺達は朝ご飯の支度を進めていった。


彼女が部屋から出てきたのは八時頃だった。

それからみんなで一緒に朝ご飯を食べた。

今日は昨日の和食とは打って変わってモーニングって感じの朝ご飯だ。

彼女曰く「今日はいつも以上に気合の入った朝ご飯」だったそうだ。


「じゃあちょっと行ってくる。

 十七時前には戻る予定だけど、少し遅くなるかもしれない。

 とりあえずあたしが戻ってくるまではここで待っていてくれればいいから」

そう言い残し、彼女が出て行ったのは九時少し前だった。


朝ご飯の片づけが済んでしまうと、特にすることがないからテレビでもどうぞ、と勧められた。

「テレビって普通に見れるの?」

「ハイ。

 このヘヤがハザマをさまよっているトキはミレマセンが、イマみたいにおきゃくサマのセカイのどこかにトドマッテいるトキはミレルのです」

そう説明しながら女の子はテレビをつけた。

そこでは見慣れたアナウンサーが今日のニュースを読み上げていた。

こうしていると自分が自分の世界と知らない世界のはざまにいることを忘れてしまいそうになる。

「なんかテレビ見るのも久しぶりだなぁ。

 二人はいつも見てるの?」

「ワタクシはアマリみません。

 ごシュジンさまはミレルときはミルようにしてイラッシャイマス」

「ふーん。

 テレビが好きってこと?」

「スキというよりはチシキをエルためというホウがアッテイルきがシマス」

「そっか。

 君達にだって俺達の世界のことで知らないこと、たくさんあるよね」


自分の世界と違う世界が存在していると知っているとはいえ、だからってなにもかも知っているということには当然ならない。

俺が生きている世界から彼女の世界へ意思を持って情報を発信することはあり得ないのだから、自分から情報を得ようとするのは当たり前といえば当たり前なのかもしれない。

こうして俺のような人間と会話する時に最低限の知識や情報がなければ、わかりやすく説明することも不可能になってしまう。

彼女なりに見えない努力をたくさんしているのだろう。


そのままテレビを見させてもらっていたら、気付けばお昼になっていた。

自分の世界のことなのに知らないニュースが山ほどあって、食い入るように見てしまっていたらしい。

「知らない世界のこと気にする前に自分の世界に興味持たなきゃだよなぁ」

ちょっと反省しつつ、何か手伝えることがないかと女の子を探した。

女の子は掃除をしていたらしく、昼ご飯の手伝いを申し出ると嬉しそうにした。

「ダレカといっしょにカジをするのはホントウにヒサシブリなのです」


昼ご飯も食べ終わり、テレビをつけたまま、食後のお茶を飲みながら女の子とおしゃべりをした。

女の子曰く、彼女は本当に必要最低限のことしかしないらしい。

『無駄なことをしなさすぎる』のだそうだ。

「ジンセイにおいてすこしクライむだなコトもヒツヨウですよね?」

この子はたまに異常なほど大人びた発言をすることがある。

見た目は子供だけど、中身は俺よりも年上なのかもしれない。

見た目が子供なら中身も子供だなんて常識は通用しない世界の人なのだから。


ふと昨日彼女とした会話を思い出して、疑問に思ったことを聞いてみた。

「あのさ、君の世界の人達は寝なくても平気なんでしょ?

 夜は何してるの?」

そう言うと女の子はきょとんとした。

「あれ?

 昨日彼女がそう言ってたんだよ。

 寝ないってことが元気な証拠だって」

「アァ、ごシュジンさま、またソンナおおげさなイイカタを・・・」

あきれた様子の女の子の反応からして、どこかに間違い、というかオーバーな部分があるようだ。

「マッタクねなくてもヘイキなのは、ごシュジンさまのようにちからがツヨイひとたちダケです」

「じゃあ君は夜はちゃんと寝てるんだ」

「モチロンです。

 たしかにイチニチかフツカねなくてもニチジョウにシショウがでることはアリマセン。

 でもそのジョウタイでちからをツカオウとすればカラダにかなりのフタンがかかってシマイマス」

「力を使いすぎると体力も消耗するから体自体に負担がかかる。

 心臓にも悪いってことだよね?」

「ソウです。

 ちからはムジンゾウではアリマセン。

 フツウはしっかりネテ、しっかりタベテ、ちからをカイフクさせます。

 ちなみにネルよりタベルほうがカイフクははやいデス」

「へぇ、そうなんだ。

 栄養を吸収するからってことなのかな」

「せんもんテキちしきがナイので、それについてハッキリとしたこたえはダセマセンが、とにかくフツウはおきゃくサマとオナジようなセイカツさいくるでいきてイマス」

「だけど彼女は例外」

「ハイ。

 ごシュジンさまはツウジョウのセイカツれべるのちからのショウヒくらいでしたら、ほっておいてもスグにカイフクしてしまいます。

 ヒツホウジンをちょっとエガクくらいもたいしたショウヒにはなりません。

 それはアルいみでごシュジンさまのサイノウです。

 いってしまえば、ちからはムジンゾウにチカイのです」

「君が彼女に対してすごいって言っていたのはそういうのも含まれてるんだね」

「ごシュジンさまはイロイロなサイノウをおもちデス。

 ですが、ソウイウひとほどジブンにたいしてムトンチャクになりがちなのデス」

「寝る必要も食べる必要もないのならそれもしょうがない、か。

 彼女、仕事人間っぽいし、そういう人は特にそうなっちゃうのかもしれないね」

「ワタクシがネテくださいとオネガイをしても、それはナカナカむずかしいのデス。

 ネルというのはホンニンしだいデスから。

 でも、タベルというのはツクッテしまえばコッチのものデス。

 ごシュジンさまもネはやさしいヒトですから、ツクッタものをタベズにすてるというコトはしません」

「君は彼女のことをすごく大切に想っているんだね」

「ハイ、とても。

 ごシュジンさまはワタクシのいのちのオンジンですから」

そう言った女の子はとても穏やかな顔をしていた。

本当に感謝しているのが伝わってきた。


「ですが、サイショはゴハンをつくってもタベテはもらえなかったのデス。

 イマではカンガエられませんが。

 ソウジをしても、そんなフウにしてもイミないってつめたくイワレタものデス」

「何をしても受け入れない的な?」

「ホントウにそんなカンジでした。

 イマもツンツンですが、イマよりもサラにツンツンだったのデス。

 デレのようそがアルだなんて、そのトキはオモイもしませんデシタ」

それを聞いて俺はつい吹き出してしまった。

「どうミテも、ごシュジンさまはつんでれデスよね?」

「いや、まぁ、そうかなとは俺も思ったけど・・・

 ってか君、ツンデレなんて言葉知ってるんだ!

 もしかして君の世界でもツンデレって言葉があるの??」

「イイエ。

 これはごシュジンさまがてれびをミテいるトキに、タマタマいっしょにミタばんぐみでセツメイされていたのデス」

「つまり彼女もツンデレがなんぞや、ということはわかっているんだね?」

「それはリカイされたようデスが、ジブンがつんでれでアルというジカクはナイようでしたヨ。

 コンナやつのナニがいいのか、アタシにはサッパリわかんねー、ってオッシャッテいたので」

「あぁ、さらりと自分否定しちゃったわけだ。

 ツンデレだよって指摘しても絶対認めなそうだなぁ」

「それはおきゃくサマのみのアンゼンをマモルためにも、シテキしないことをオススメいたします」

「うん、俺、まだ生きてたいからやめとく」

そう言って二人で笑いあった。

話が一段落すると、女の子は掃除の続きをすると言って、別の部屋に移動した。

俺はテレビをぼーっと見ていたが、気付いたら眠ってしまっていた。


次に意識が戻ってきた時はおでこをペシッと叩かれた時だった。

「よく眠ってるとこ悪いな。

 そろそろ時間だから起きろ」

どうやら彼女は一仕事を終えて戻ってきたばかりのようだ。

行く時に持っていた書類のバッグを持ったままだった。

自分の腕時計に目をやると十六時半を少しまわったところだ。


「おかえりなさい。

 すごくゆっくりさせてもらっちゃった」

「退屈だったろ?

 これでもかなり早く終わらせてきたんだけど」

「退屈ってことはないよ。

 久しぶりにテレビも見れたし、昼寝もできたし」

「それはなによりだな。

 悪いがもう少し待っててくれ。

 着替えてくる」

そう言って彼女は部屋から出て行った。


部屋に一人になったら、なんだか急に不安になってきてしまた。

ここでピアーを捕まえられなければ俺はどうなるんだろう。

というより捕まえたとして、俺はこの先どうやって生きていけばいいのだろうか。

いろんな考えが頭の中を横切るけど、全然整理できないでいた。

それに頭の中がもやがかかったみたいで、何か大事なことがある気がするのにそこにたどり着けない。

それはとても単純なことのような気がした。

気がするだけで本当にそうなのかはわからないんだけど・・・


そんなふうにグルグル考えていたら、着替えを済ませた彼女が戻ってきた。

それまで着ていたロングコートを脱ぎ、俺達の世界で言う普通の女の子の格好をしていた。

ただ胸のポケットには二本の万年筆が異様なほど輝いていたけれど。

「どうしたの?

 その格好」

「残念ながらあたしにはしっぽや耳が生えてないからあんたらの世界の人間に見えちまうんでな。

 あの格好であんたの世界をうろつくのはちょっとおかしいだろ?」

確かに。

違う世界の服だと思えば何もおかしくはないけれど、俺の世界で言う普通の女の子がする格好ではない。

「逆に姿を消す服もあるんだけど、今回はあえて姿を見せたほうがあっちも動きそうだからな」

そう言いながらパンツのポケットから彼女は指輪を取りだした。

「それからこの指輪はあたし達の世界の力を隠す効果がある。

 これをつけてると服だけじゃなく、あんたの世界の女の子とまったく一緒になるわけだ」

「そうすることが捕まえるために必要だってこと?」

「そういうこと。

 んで、一応あたしの設定はあんたの彼女」

「んえっ!?」

「変に動揺すんなよ。

 彼女が嫌なら友達以上恋人未満でも問題ないけど」

「いや!

 彼女でやらせてもらいます!!」

「気合の入るとこ、おかしくないか?

 まぁいいけど」

ちょっと不思議な顔をしながら彼女は説明を続けた。

「とりあえずその設定であんたと一緒にちょっと離れた場所からあんたの部屋に帰る。

 んでヤツが動き出すまでその部屋で過ごす。

 その時はとにかく楽しそうにすること。

 すごい嫌なことがあったのに全部吹き飛んだ、くらいの勢いで幸せそうにするんだ」

「楽しそうに、だね。

 うん、俺は大丈夫だと思うけど・・・」

「なんだよ、その目は。

 あたしだってやる時はやるから安心しろよ。

 ちゃんと普通の二十代の女性を演じてやる。

 これでもちゃんとテレビ見てるから的外れなことは言わないよ」

こういう時にもテレビの知識は役に立つわけだ。

ただ俺としては彼女がどんな感じで演じるのか想像がつかないから心配だったんだけど。


「ここまであんたは救いようがないくらいの絶望をピアーの手によって味わった。

 ピアーとしても、やってやったという達成感でいっぱいだろう。

 なのに、一日いなくなったと思ったら突然彼女を連れてきて、とっても幸せそうにしている。

 そしたら何か邪魔してやろうと思うだろ?」

「うーん、まぁそんくらいひねくれててもおかしくはないかもね」

「ヤツとしてもいろんなことが自分の思い通りになって浮かれているだろうし、変に自信もついているだろう。

 そこにつけこむ。

 基本的に捕まえるためには現行犯逮捕が理想だしな」

どこの世界でも状況証拠だけでは決定打にはならないということなのかもしれない。

「でもうまくいくかな」

「やるしかない。

 準備は完璧だから、あとはひっかかるのを待つだけだ」

「ダメだったら?」

「その時は実力行使に出るさ。

 ほっとくわけにもいかないからな。

 心配すんな。

 別に捕まえられないわけじゃない。

 ただあたしとしても無駄な争いはしたくない。

 争う前に相手に抵抗する気をなくさせるのも捕まえるのに必要なことだとあたしは思ってる」

無駄なことはしない。

必要最低限で済ます。

彼女はそういう人なのだ。

そして今はまさにそれをいかんなく発揮する場面であることは間違いない。


「さて、何か他に質問あるか。

 あと言っておきたいことがあるなら今のうちにな。

 あんたの部屋に向かい出したら相談とかはできないから」

「うーん・・・ちょっとシュミレーションしてみたけど、正直どうなるのか想像できないや。

 とにかく俺は君と楽しく過ごせばいいんだよね?」

「そうだ。

 他のことは何も気にしなくていい。

 ただ一つ望むことがあるとすれば、うまく会話をリードしてくれること、かな」

「えー、それって結構プレッシャーだなぁ。

 ま、だてに見た目チャラくないですから、頑張っちゃいますけども」

彼女と話しているうちに少し緊張がとけた気がした。

「じゃあ出会ってすぐに付き合ったばっかりの初々しいカップルってことにしよっか。

 そのほうが知らないことがあっても自然だし。

 あとはなるようになるよね!」

俺がそう言うと彼女は笑ってうなずいた。


時間はすでに十七時をまわっていた。


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