冷戦-第一部「連邦の悲劇」
第一話「国王の勅命」
この物語は、史実を元にしてはいますが内容は全くのフィクションです。
時は1945年、第二次世界大戦が終了し連合国が辛うじて勝利を掴んだ。史実の歴史とは違い、ドイツ率いる枢軸国は連合国軍の攻撃を史実の国境線で耐え続け連合国は多大な損害を被ったため、事実上の講和を申し出たのである。
1945年6月-イタリア王國-ローマのとあるカフェ跡にて、一人の男が待ち合わせをしている。その男の名前はダルタニアス・オルタ。イタリア王國空軍の元英雄である。
このカフェには戦前よく来ており、待ち合わせ場所としてよく使っていた。しかし、連合国軍の無差別爆撃により瓦礫の山になっており、ダルタニアスは待っている最中に瓦礫の山を見つめながら、一刻も早い再建を望んだ。
待ち合わせ場所に、軍用車が到着し、そこからイタリア王國国防軍のマーナ上級将校が降りてきた。
マーナ上級将校「ダルタニアス・オルタ様お待たせしました。」
ダルタニアス「様なんてとんでもない、貴方の方が私より階級上じゃないですか。」
マーナ上級将校「王宮まで向かいます。さぁ、乗ってください。」
マーナ上級将校に案内されて軍用車に乗り込み、ダルタニアスは道中で、今回呼ばれた理由を聞いた。
ダルタニアス「なぜ今回私のような退役軍人を呼んだのですか?」
そう聞くとマーナ上級将校は難しい顔をしながら言った。
マーナ上級将校「と言われましても、今回の件は国王陛下と首相閣下の特殊密命でして、私は内容までは知りません。」
ダルタニアスは戦争が終わり、自分が国王や首相に呼ばれることはないと考えていたが、呼ばれたということは近いうちに戦争があるのかという不安やまた現役に戻されるのか苦悩を抱えることになると思い憂鬱になった。ダルタニアスは心の中で決意した。
"この任務は自分には適任ではないからという理由で断ろう。もうあんな悲惨な戦争はこりごりだ。"
しかし、上級将校からの一言によりその安易な考えは崩れることになる。
上級将校「そうそう、今回の任務は断らない方が身のためにですよ。断れば死ぬ覚悟をしておけと国王陛下と首相閣下が言ってましたんで」
ダルタニアスは頭の中が真っ白になった。
そういうやりとりをしているうちに車は王宮及び政府本庁舎と入っていく、ダルタニアスは緊張と不安に押しつぶされそうになった。イタリア王宮及びイタリア王國政府本庁舎に到着して車から降りるように言われ、ダルタニアスは車から降りたが足取りが重い。
面倒なことになることを実感しながら、王宮の階段を登るのだった。
-イタリア王宮-謁見の間
ダルタニアスは謁見の間に通されるとそこにはかつての上司である。ポットラーレ中将とサヴォイアII世とムッス首相がいた。サヴォイアII世がダルタニアスを見るなら近づいてくる、そして強く手を握って言った。
サヴォイアII世「ダルタニアス、戦争が終わったばかりでもう任務つきたくないだろうが、すまないな。」
ダルタニアス「いえ、お呼びいただき感謝の極み、また何か国家の非常事態ですか?私を呼ぶということは...」
というとサヴォイアII世は申し訳ない顔をしながら言った。
サヴォイアII世「いやそういうわけじゃないんだけど、君の力をまた借りたい、君の力と名声を信じて、イタリア王國の任務を受けてほしい。」
ダルタニアスは諦めながら一言。
ダルタニアス「わかりました。国王陛下の勅命とあらば。」
サヴォイアII世は目を輝かせながら言った。
サヴォイアII世「ありがとうダルタニアス‼︎」
サヴォイアII世はムッス首相とポットラーレ中将に威厳のある声で命令した。
サヴォイアII世「首相とポットラーレ中将!!任務の内容を説明せよ。」
首相は淡々と説明する。
ムッス首相「今回の任務は、1945年の10月に行われるソ連の戦勝記念パレードに出席して、ソ連の書記長である、ベリヤと会談してきてくれ。」
ダルタニアスは疑問を呈した
ダルタニアス「なぜ私が会談をすべきなのでしょうか。本来なら首相閣下や内閣の仕事ではありませんか?」
首相は何故を会談するべきなのかを説明してくれた。
ムッス首相「知っての通り、イタリアは枢軸国の一員として連合国と戦った。しかし、我々は事実上の敗北をしたため、本来であれば、戦勝記念パレードには出席できないのだが、ソ連の書記長であるベリヤは敵味方関係なく英雄的活躍した軍人を呼んで鎮魂をすべきだ。と宣言した。それで、我が国の中で白羽の矢が立ったのが君だったわけだ。」
それを聞いたダルタニアスはため息をつきながら、首相に問いかける。
ダルタニアス「それは名のある外交官に任せるべきであって、私のような退役将校に頼むべきじゃないですよ?首相がだいたいそれをいう時って裏があると思うんですけど。」
首相は笑いながら
ムッス首相「やはり、お前は変わらんな。君が指名された理由は国王がそれを望まれたからである。一番の理由は我が王国はソ連などと友好的な関係を築くことやソ連の正教会やカトリック教会からとある組織の排除をしてソ連国内の教会の影響力を高める狙いがあるのさ。具体的には任務書に書いてある。」
ダルタニアスは困惑して立ち尽くしていると、首相が屈強な衛兵を呼びダルタニアスは両脇を抱えられ車に乗せられてしまったのだった。
車の中で政治将校から今回の任務について書かれた国王勅命書を渡される
国王勅命書には以下のように書いてあった。
ダルタニアス・オルタへ
今回の任務遂行にあたり、君をイタリア国防軍大将に任命し、同時にイタリア国防軍軍事顧問団の統合指揮官に任命する。貴官は以下の任務を達成するように求める
"通常任務:イタリア王国空軍の英雄である貴官は独ソ戦の時に敵でありながらソ連に讃えられたのをきっかけにソ連の戦勝記念パレードに出席をすることを認められた。貴官の通常任務はイタリア王国の味方にソ連を引き入れるため、ソ連指導者ベリヤと会談することである。"
"国王密命:貴官はイタリア王国諜報機関CCIの諜報員である。貴官はイタリア王国の外交方針に基づき、異教徒同盟のメンバーを殺害することを命じられた。貴官の密命はその命令を完遂することである。"
と書いてあり、CCIという機関に思い当たる節がなかったダルタニアス・オルタは国王密命について政治将校に聞いた。
ダルタニアス「CCI?この任務は何ですか?」
政治将校「文書の下を見てください」
ダルタニアス・オルタは下の方を見るそこには驚くべき文が添えられていた。
追伸
この国王密命は正確にはバチカン市国や正教会騎士団の依頼でもある。もし、任務が達成できる自信がなければ、出国前にバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂に寄って教皇と枢機卿に質問するといい。
イタリア王国国王ヴィットーリオ・サヴォイア
ダルタニアス・オルタは、この任務に大きな不安を抱き出していた。
第二話に続く
第二話「バチカンの依頼」
この物語は、史実を元にしてはいますが内容は全くのフィクションです。
バチカン市国-サン・ピエトロ大聖堂-
-教皇執務室-
教皇執務室の電話が鳴る。枢機卿が電話を取る。
枢機卿「もしもし、こちら枢機卿。いま教皇猊下は執務中だぞ!」
イタリア政府高等外務官「こちらイタリア政府高等外務官です。件の空軍英雄が任務に難儀を示しておりまして、是非ともそちらで説得をお願いしたい。」
枢機卿「なんだと?国王陛下と首相閣下でも説得できなかったものを、教皇庁に持ち込むつもりか。図々しいにも程がある。」
イタリア政府高等外務官「枢機卿猊下もご存知でしょう、この密命をよこしたのはそもそも貴方方バチカンだ。国王も首相も、あくまで代行に過ぎない。本来説得すべきはそちらのはずです。」
枢機卿は一瞬、言葉に詰まる。
枢機卿「……ふん、屁理屈をこねるな。だが、まぁいい。少し待て。」
枢機卿は受話器を保留にし、執務室の奥にいる教皇の元へ歩み寄る。
枢機卿「猊下、イタリア政府から連絡が。例のダルタニアス・オルタの件で、説得に難儀していると。こちらにも助力を求めてきております。」
教皇は書類から目を上げる。
教皇「……とうとう来たか。想定していたことだ。彼が迷うであろうことは、勅命書を送った時点で織り込み済みだった。」
枢機卿「猊下、正直に申し上げますと、私はまだ腑に落ちておりません。なぜ一介の退役軍人一人にここまで固執されるのですか。異教徒同盟の排除であれば、我々の手の者を直接送り込む方が確実では?」
教皇は静かに首を振る。
教皇「彼でなければならない理由がある。ソ連の内部に、疑われず、しかも英雄として堂々と足を踏み入れられる人間など、そう多くはない。それに……あれの正体を知っている工作員を送れば、向こうに気取られる。ダルタニアスは何も知らぬ、ただの功労者として招かれた。それこそが最大の武器だ。」
枢機卿「異教徒同盟について、彼にはどこまでお話しになるおつもりですか。」
教皇「まだ全ては明かせぬ。ソ連国内に巣食う、正統な信仰を装いながら、実際には人知を超えたものを崇める者たちがいる、それだけで十分だ。真実を知れば、正気を保てる人間の方が少ない。」
枢機卿は僅かに顔を曇らせるが、頷く。
枢機卿「かしこまりました。……して、いかがなさいますか。」
教皇「使者を呼び戻せ。彼が出国する前に、必ずここへ立ち寄るよう勅命書に記させたはずだ。ここで直接会って話す。」
枢機卿「はっ。イタリア政府に伝えます。」
枢機卿は受話器を取り上げる。
枢機卿「もしもし、聞いていたか。教皇猊下が直々にお会いになる。ダルタニアス・オルタを、出国前にこちらへ寄越せ。」
イタリア政府高等外務官「……承知しました。手配いたします。」
電話が切れる。教皇は窓の外、ローマの空を見つめながら呟いた。
教皇「長い旅の始まりだ。彼がそれを知るのは、まだ先の話だが。」
-数日後-
サン・ピエトロ大聖堂-
軍用車が大聖堂前に停まる。中からダルタニアス・オルタが降りてくる。国王勅命書の追伸に従い、出国前にここへ立ち寄ったのだった。彼の表情には隠しきれない緊張があった。
案内役の司祭に連れられ、大聖堂の奥、教皇の私室へと通される。そこには教皇と、先ほどの枢機卿が待っていた。
ダルタニアス「イタリア王國空軍、ダルタニアス・オルタです。国王陛下の勅命により参上いたしました。」
教皇はゆっくりと立ち上がり、ダルタニアスに歩み寄る。
教皇「よく来てくれた、ダルタニアス。座りなさい。長い話になる。」
ダルタニアスは促されるまま椅子に腰を下ろす。しかし落ち着かない様子で、視線が定まらない。
ダルタニアス「猊下、率直に申し上げます。私はこの任務に……自信がありません。勅命書には、異教徒同盟なる組織のメンバーを殺害せよとありました。私は戦争で人を殺めてきましたが、それは戦場でのことです。密命での暗殺など、私には……」
教皇は静かに頷く。
教皇「その迷い、当然のことだ。だが聞いてほしい。これは国家間の争いではない。もっと大きなものの話だ。」
ダルタニアス「大きなもの、とは。」
教皇「異教徒同盟は、ただの異端宗教組織ではない。正統な信仰の名を騙りながら、人知の及ばぬ、忌むべきものを崇める者たちの集まりだ。彼らがソ連国内で力を持てば、教会だけでなく、あの国そのものが、いや……もっと広い範囲が、取り返しのつかない事態に陥りかねない。」
ダルタニアスは眉をひそめる。
ダルタニアス「猊下、それは一体……」
教皇「今、全てを話すことはできない。話せば、君は正気を保てなくなるかもしれない。ただ、これだけは信じてほしい。君に託された任務は、イタリアのためでも、バチカンのためだけでもない。もっと多くの、名もなき人々の平穏のためだ。」
枢機卿がその隣で付け加える。
枢機卿「ダルタニアス殿、貴殿が英雄として名を馳せたのは、決して偶然ではない。神は貴殿にこの役目を与えるために、あの戦場を生き延びさせたのやもしれぬ。」
ダルタニアスはしばらく沈黙する。窓から差し込む光が、彼の疲れた顔を照らしていた。
ダルタニアス「……分かりました。まだ、心から納得したわけではありません。恐ろしくもあります。ですが、教皇猊下がそこまで仰るのなら、私は任務を全うします。」
教皇は微笑み、ダルタニアスの肩に手を置く。
教皇「感謝する、ダルタニアス。神の御加護があらんことを。」
ダルタニアスは大聖堂を後にし、再び軍用車に乗り込む。車窓からサン・ピエトロ大聖堂の巨大なドームを見上げながら、彼は小さくため息をついた。
ダルタニアス(心の声)「……一体、私はこれから何と向き合うことになるのだろうか。」
車はローマの街を抜け、港へと向かう。その先に、ソ連という未知の大地、そして彼がまだ知らない、あまりに長く、過酷な旅路が待ち受けていることを——この時のダルタニアスは、まだ知る由もなかった。
第三話へ続く
第三話「赤の広場」
この物語は、史実を元にしてはいますが内容は全くのフィクションです。
-1945年10月-モスクワ上空-
イタリア王國空軍が用意した輸送機は、長い航路の果てにようやくソ連領内へと入っていた。ダルタニアスは窓の外に広がる赤茶けた大地と、点在する軍事施設らしき影を見下ろしながら、バチカンでの教皇との対話を思い返していた。
ダルタニアス(心の声)「……異教徒同盟、か。結局、あれが何なのか、はっきりとは教えてもらえなかったな。」
隣に座る政治将校が声をかける。
政治将校「オルタ閣下、もうすぐモスクワです。到着後は代表団としての歓迎式典に参加していただきます。」
ダルタニアス「分かりました。……ときに、ソ連側にはこちらの正式な肩書きはどう伝わっているのですか?」
政治将校「イタリア王國国防軍大将、軍事顧問団統合指揮官、そして戦勝記念パレードへの招待客としてです。国王密命の件はもちろん伏せてあります。」
ダルタニアスは小さく頷き、再び窓の外に目をやった。眼下に、モスクワの街並みが見え始めていた。
-モスクワ-ヴヌーコヴォ空港-
輸送機が滑走路に着陸する。タラップを降りると、冷たい秋の風がダルタニアスの頬を打った。空港には赤軍の儀仗兵が整列しており、その向こうにソ連の国旗と、諸外国の代表団を歓迎する横断幕が掲げられている。
出迎えの赤軍将校が歩み寄ってくる。
赤軍将校「イタリア王國代表、ダルタニアス・オルタ閣下でお間違いありませんか。」
ダルタニアス「その通りです。」
赤軍将校「ようこそモスクワへ。ソ連邦は、敵味方を問わず勇敢に戦った軍人に敬意を表します。戦勝記念パレードまでの間、閣下には市内のホテルにご滞在いただきます。まずは表敬のため、赤の広場へご案内いたします。」
ダルタニアスは表向きは丁重に、しかし内心では緊張を隠せぬまま、用意された車に乗り込んだ。
車列がモスクワの中心部へと向かう道すがら、ダルタニアスは車窓から見える景色に目を奪われていた。戦火の爪痕が残る建物もあれば、既に再建工事が進む一角もある。道行く市民の表情は、戦勝の高揚と、長い戦争による疲労とが入り混じっているように見えた。
-モスクワ-赤の広場-
車が止まり、ダルタニアスは降り立つ。目の前には、聖ワシリイ大聖堂の色鮮やかな尖塔と、クレムリンの赤い城壁が広がっていた。広場には各国から招かれた代表団や、パレードの準備をする兵士たちの姿がある。
ダルタニアス(心の声)「……これが赤の広場か。写真では何度も見たが、実物はまるで違う。」
赤軍将校「いかがですか、閣下。」
ダルタニアス「壮観ですね。……しかし、正直に言えば、少し落ち着きません。私はつい先日まで、この国と戦っていた身ですから。」
赤軍将校は僅かに笑みを浮かべる。
赤軍将校「戦争は終わりました。今日、ここにいる代表団の方々は皆、新しい時代の証人です。閣下もその一人だ。」
そう言うと、赤軍将校は他の代表団への挨拶に呼ばれ、その場を離れていった。一人残されたダルタニアスは、広場の喧騒の中に立ち尽くす。
ふと視線を感じ、ダルタニアスは周囲を見回した。広場の隅、聖ワシリイ大聖堂の陰になった場所に、黒い外套を着た人物が佇み、こちらをじっと見つめているような気がした。しかし瞬きをした次の瞬間には、その姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。
ダルタニアス(心の声)「……気のせいか?いや、しかし……」
胸の内で、国王勅命書の追伸の一文が蘇る。
——出国前にバチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂に寄って教皇と枢機卿に質問するといい。
ダルタニアスは無意識のうちに、上着の内側、密命の詳細が記された書類を収めた場所に手を触れていた。まだ何も始まっていない。それでも、彼はこの広場に流れる空気の中に、何か得体の知れないものの気配を感じ取っていた。
赤の広場には、戦勝を祝う旗と歓声が満ちている。しかしその華やかさの裏で、ダルタニアスの任務——そして、この国に潜む「異教徒同盟」との邂逅は、静かに幕を開けようとしていた。
第四話に続く
第四話「ポーランドの研究所」
この物語は、史実を元にしてはいますが内容は全くのフィクションです。
-モスクワ-代表団宿舎-
赤の広場での表敬から数日、ダルタニアスは代表団宿舎の一室で、政治将校から新たな指示を受けていた。戦勝記念パレードは十月に予定されている。それまでの空白期間、代表団の一部は各国の視察という名目で東欧各地へ派遣されることになっていた。
政治将校「オルタ閣下、こちらが今回の視察先です。」
差し出された書類には、「ポーランド-兵器研究所視察」と記されている。
ダルタニアス「視察、ですか。」
政治将校「表向きは、です。閣下もお分かりかと思いますが。」
ダルタニアスは書類の余白に、CCIの暗号で小さく書き添えられた一文に気づいた。
——異教徒同盟の関係者、当該研究所に潜伏の疑いあり。
ダルタニアス(心の声)「……とうとう、本題か。」
-ポーランド-とある兵器研究所-
数日後、ダルタニアスは軍用車でポーランドの奥地にある兵器研究所へと向かっていた。戦後復興の途上にあるこの国は、道路のあちこちに戦争の傷跡が残っている。研究所は、旧ドイツ軍が接収していた施設をソ連が引き継いだもので、周囲は有刺鉄線と歩哨で厳重に囲われていた。
出迎えたのは、白衣を纏った初老の研究員だった。
研究員「ようこそ、オルタ閣下。私はここの主任研究員、ノヴァクと申します。視察のご案内をいたしましょう。」
ダルタニアス「よろしくお願いします。……ずいぶんと物々しい警備ですね。」
ノヴァク「戦時中の兵器技術の流出を防ぐためです。ご理解いただければ。」
案内されるまま、ダルタニアスは施設の各所を見て回った。旧式の戦車のエンジンや、対空砲の設計図などが並ぶ、一見すると普通の軍需研究施設だった。しかし、地下へと続く階段の前で、ノヴァクは足を止めた。
ノヴァク「ここから先は、機密区域です。……閣下は、特別な許可をお持ちだとうかがっておりますが。」
ダルタニアスは一瞬、言葉に詰まる。CCIから渡された身分証を提示すると、ノヴァクの表情が僅かに変わった。
ノヴァク「……なるほど。それでは、ご案内いたします。」
-兵器研究所-地下区域-
地下へ降りると、空気が急に冷たく、そして重くなった。壁には見慣れない紋様が刻まれた金属板が並び、通常の兵器研究とは明らかに異質な雰囲気が漂っている。
ダルタニアス(心の声)「……これは。」
ノヴァクは声を潜めて言った。
ノヴァク「ここだけの話ですが……我々が本当に研究しているのは、通常兵器ではありません。ソ連上層部の一部、そして、我々が『同盟』と呼ぶ協力者たちが持ち込んだ、ある種の……"技術"です。」
ダルタニアス「同盟、とは。」
ノヴァクは一瞬躊躇したが、やがて低い声で続けた。
ノヴァク「閣下がここに来られた本当の理由を、我々は存じ上げております。異教徒同盟について調べに来られたのでしょう。……ご忠告申し上げます。深入りなさらぬ方がよろしいかと。この国では、知りすぎた者から姿を消していきますので。」
その言葉と同時に、奥の扉の向こうから、低く、地の底から響くような音が聞こえてきた。ダルタニアスは思わず身構える。
ダルタニアス「今のは……」
ノヴァク「気にされませんように。実験の音です。」
ノヴァクの表情には、明らかな作り笑いが浮かんでいた。ダルタニアスはそれ以上追及することを一旦諦め、地下区域を後にすることにした。
-兵器研究所-出口付近-
施設を出る際、ダルタニアスは車に乗り込む直前、先ほどの奥の扉の方角を振り返った。灰色の建物の壁が見えるだけで、他には何も見えない。それでも、何者かに見られているような感覚を、彼は拭い去ることができなかった。
ダルタニアス(心の声)「……異教徒同盟は、ソ連の兵器研究にまで食い込んでいるのか。バチカンが恐れていたのは、まさにこれか。」
車が走り出す。ダルタニアスは懐から、教皇からの言葉を思い出すように、静かに目を閉じた。
——これは国家間の争いではない。もっと大きなものの話だ。
その言葉の意味を、ダルタニアスは今、少しずつ理解し始めていた。しかし、まだ全貌は見えない。彼の視察の旅は、東欧の他の国々へと続いていく。
第五話に続く
第五話「赤い閲兵式」
この物語は、史実を元にしてはいますが内容は全くのフィクションです。
-1945年10月-モスクワ-赤の広場-
地鳴りのような足音が、石畳を通してダルタニアスの足の裏にまで伝わってくる。数万の軍靴が一糸乱れず刻む歩調、その振動が心臓の鼓動と重なり合い、ダルタニアスは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。
冷たい十月の空気の中に、火薬の匂いと油の匂いが混じっている。頭上を戦闘機の編隊が低空で通過するたび、耳をつんざく轟音が広場全体を揺らし、群衆の歓声がその轟音に負けじと沸き上がる。T-34戦車の隊列がキャタピラの軋む音を響かせながら目の前を通過していく。ダルタニアスはその鋼鉄の壁のような光景に、思わず息を呑んだ。
ダルタニアス(心の声)「……これが、戦勝国の力か。イタリアが、いや、枢軸国全体が敵に回した力の総量が、これか。」
代表団席に立つダルタニアスの周囲では、各国の外交官たちが小さくどよめきながら、この光景を見つめていた。しかしダルタニアスの意識は、周囲の熱狂とは裏腹に、ひどく冷えていた。掌に滲む汗を、彼は上着の裾でそっと拭う。
隣に立つ政治将校が、緊張した声で囁く。
政治将校「閣下、まもなくベリヤ書記長が閲兵台に上がります。会談の予定通り、式典後に別室へご案内されるはずです。」
ダルタニアス「分かっています。……ですが、任務はそれだけではない。」
上着の内側、拳銃を収めたホルスターに指先が触れる。冷たい金属の感触が、これから起こることの重さを、否応なく彼に思い出させた。国王密命——異教徒同盟のメンバーを殺害せよという命令が、いよいよ実行の時を迎えようとしていた。
閲兵台にラヴレンチー・ベリヤが姿を現すと、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。片眼鏡越しに広場を睥睨するその姿は、拡声器から響く抑揚のない声とあいまって、ダルタニアスの背筋に得体の知れない威圧感を刻みつける。
ダルタニアスは演説の内容をほとんど聞いていなかった。彼の目は、群衆の合間、代表団席の隙間、報道陣のカメラの陰——あらゆる場所を這うように動いていた。ポーランドの研究所でノヴァクが匂わせた「同盟」の関係者が、この広場のどこかに紛れ込んでいるはずだった。
代表団席の後方に、ひときわ大きな体躯の男がいるのにダルタニアスは気づいた。仕立ての良いスーツに身を包んではいるが、その盛り上がった肩と、隙のない立ち姿は、明らかにただの外交官のものではない。男は双眼鏡を目に当て、閲兵台近くに立つ、黒い革のケースを抱えた技術次官らしき人物を凝視していた。
ダルタニアス(心の声)「……あの男、只者ではないな。」
そう思った次の瞬間、視界の端を黒い影が過ぎった。外套。あの外套だ。赤の広場で最初に見かけた、あの気配。
心臓が跳ねる。ダルタニアスは反射的に代表団席を離れ、群衆の合間を縫うようにその影を追った。背後で政治将校が何か言いかけたが、ダルタニアスは振り返らずに手だけを上げ、単独行動を示した。
人混みをかき分けるたび、肩や肘が誰かにぶつかる。怒声、笑い声、旗の擦れる音——祝祭の喧騒の中を、ダルタニアスはひたすら黒い影を追い続けた。
-赤の広場裏-路地-
聖ワシリイ大聖堂の裏手、光の届かない路地に飛び込んだ瞬間、外の喧騒が嘘のように遠のいた。ダルタニアスの荒い息だけが、石壁に反響する。
路地の奥、黒い外套の人物が壁を背に追い詰められていた。その前には、先ほど見た大柄なイギリス人の男が、消音器付きの拳銃をまっすぐに構えている。
大男「動くな。貴様が"同盟"の連絡員だというのは、こちらも掴んでいる。」
ダルタニアスは物陰から、思わず声を上げていた。
ダルタニアス「待ってください!ここで殺せば、こちらの調べていることまで消えてしまう!」
大男の視線がちらりとこちらへ向く。しかし銃口は微動だにしない。
大男「……お前、イタリア代表団の男か。ヴィクターだ、イギリスMI6所属。まぁ、皆はBOSSと呼ぶがな。」
ダルタニアス「ダルタニアス・オルタです。……貴方も、この男を追っていたのですか。」
BOSS「追っていた、というより獲物の一部だ。技術次官の設計図を狙っていたら、こいつの妙な動きが目についてな。」
謎の人物が、両者の隙をついて低く笑う。
謎の人物「英国の犬とイタリアの犬が、揃って我々を狩ろうとは。滑稽なことだ。だが貴様らのどちらも、まだ何も理解していない。」
BOSS「講釈は結構だ。」
BOSSが引き金にかけた指に力を込めた、その瞬間——路地の奥の闇が、生き物のように蠢いた。輪郭の定まらない、人の形をしていない何かの気配。ダルタニアスの喉が、ひとりでに引き攣る。冷たい汗が背中を伝った。
ダルタニアス(心の声)「これが……教皇の言っていた"人知を超えたもの"か。」
謎の人物「怯えるがいい。それが正しい反応だ。」
謎の人物はその闇に紛れるように後退り、瞬く間に姿を消した。BOSSが即座に発砲するが、弾丸は虚しく石壁に着弾し、火花を散らすだけだった。
静寂が戻った路地に、硝煙の匂いだけが漂う。BOSSは舌打ちをしながら拳銃をしまった。
BOSS「逃したか。……だが、収穫はあった。奴らが人間離れした何かを使っているのは、これで確信が持てた。」
ダルタニアス「貴方も、"同盟"について調べていたのですか。」
BOSS「表向きの任務は別だ。ソ連要人の始末と、ロマノフの血を引く囚われ人の救出。だが、パレードに紛れ込んでいる異様な連中の存在は、うちの本国でも把握しきれていない。……お前さんは、どういう筋でこの件に首を突っ込んでいる?」
ダルタニアスは一瞬、言葉を選んだ。バチカンの密命について、どこまで明かすべきか。心臓がまだ早鐘を打っている。
ダルタニアス「……詳しくは言えませんが、私も同じものを追っています。」
BOSSはしばらくダルタニアスを見つめていたが、やがて口の端を上げて笑った。
BOSS「いいだろう。今日のところは、それで十分だ。同じ獲物を追う者同士、しばらくは邪魔をしないでおいてやる。……だが、次に会う時は敵かもしれんぞ、イタリアの英雄殿。」
そう言い残すと、BOSSは大股で路地を後にし、群衆の中へと消えていった。
-赤の広場-代表団席-
ダルタニアスが代表団席に戻ると、パレードは佳境を迎えていた。祝砲が連続して轟き、地面が震える。ベリヤとの会談の時間が近づいている。政治将校が心配そうな顔で駆け寄ってきた。
政治将校「閣下、どこに行っておられたのですか。もうすぐベリヤ書記長との会談が始まります。」
ダルタニアス「……失礼しました。少し、確認したいことがあったので。」
荒くなった息を整えながら、ダルタニアスは遠くの閲兵台に立つベリヤの姿を見つめた。手のひらにはまだ、拳銃のホルスターの感触と、あの闇の気配の記憶が残っている。
ダルタニアス(心の声)「……この任務、思っていたよりもずっと深い。私一人の手に負えるものではないのかもしれない。」
赤の広場に鳴り響く祝砲の音が、まるで新たな戦いの号砲のように、ダルタニアスの耳の奥で長く尾を引いていた。
第六話に続く
第六話「連邦の悲劇」
この物語は、史実を元にしてはいますが内容は全くのフィクションです。
-回想-東欧諸国-移動中の列車内-
——ポーランドの兵器研究所を後にした数日後、ダルタニアスはチェコスロバキアへ向かう列車の中にいた。夜半、車窓の外に遠い閃光が瞬いた。
ダルタニアス(心の声)「……あれは。」
同乗していた護衛の兵士が、双眼鏡を覗きながら呟いた。
護衛兵「対空砲の光です。ドイツ軍の残存部隊でしょう。講和したとはいえ、あちこちにまだ、投降していない部隊が潜んでいるらしい。」
ダルタニアス「講和したはずでは……」
護衛兵「表向きは、ですよ閣下。枢軸国の正規軍は矛を収めましたが、忠誠を誓ったままの飛行隊や、私兵化した部隊が、今もヨーロッパの空を飛び回っているという噂です。」
遠くの空に、翼の影が一瞬よぎったように見えた。ダルタニアスはその夜、なかなか寝付くことができなかった。胸の奥に、言いようのない不穏な予感がわだかまっていた。
-1945年10月-モスクワ-赤の広場-クライマックス-
——その予感は、戦勝記念パレードの最中に、現実のものとなった。
祝砲が鳴り止み、ベリヤの演説が終わろうとしていたその時、広場全体に低い、地を這うような轟音が響き始めた。群衆がざわめき、誰もが空を見上げる。
ダルタニアスも反射的に顔を上げた。雲間から、幾つもの黒い機影が姿を現す。全体翼を持つ、見慣れぬ形状の爆撃機の編隊だった。
誰かが叫んだ。
群衆の声「ドイツの爆撃機だ――!」
その一言で、赤の広場は瞬く間に阿鼻叫喚と化した。悲鳴、怒声、将校たちの怒鳴り声。対空砲が咆哮を上げ、赤軍兵士たちが慌てて配置につく。ダルタニアスの耳の中で、心臓の音と砲声が入り混じって轟いていた。
ダルタニアス(心の声)「講和は、名目だけだったのか……!」
爆撃機の編隊から、黒い塊がいくつも投下される。次の瞬間、広場の一角で大爆発が起こり、閲兵台の近くにいた兵士たちが吹き飛ばされた。土煙と悲鳴が入り混じる中、ダルタニアスは咄嗟に近くの市民を庇いながら地に伏せた。
爆炎の照り返しの中、ダルタニアスは顔を上げる。閲兵台では、護衛たちがベリヤを守りながら地下壕へと避難させようとしていた。その混乱の隙を突くように、黒い外套の人影が群衆の中を駆け抜けていくのが見えた。
ダルタニアス(心の声)「――今しかない!」
拳銃を抜き、ダルタニアスは全力で駆け出した。爆撃の轟音と悲鳴が渦巻く広場を、瓦礫を避けながら突き進む。
黒い外套の男は、崩れた露店の陰に追い詰められていた。振り返ったその顔には、もはや余裕の笑みはない。
謎の人物「――貴様、この混乱に乗じて……!」
ダルタニアス「終わりだ。国王陛下の勅命、そしてバチカンの密命により、貴様をここで討つ!」
謎の人物は懐から奇妙な形をした短剣を抜き放ち、身構える。しかしその瞬間、真上に爆撃機の落とした爆弾が炸裂し、爆風が二人を吹き飛ばした。
土埃の中、ダルタニアスは咳き込みながら体を起こす。目の前には、瓦礫の下敷きになった謎の人物の姿があった。既に虫の息だったが、その口はまだ動いていた。
謎の人物「……我々は、消えはしない。同盟は、また芽吹く……」
そう言い残し、男は事切れた。ダルタニアスはその場に立ち尽くし、荒い息を整えながら、握りしめた拳銃を下ろした。
ダルタニアス(心の声)「密命は……果たした、のか。」
同じ頃、広場の反対側では、BOSSが技術次官を組み伏せ、黒い革のケースを奪い取っていた。設計図「SOV-BERIYA-USSR1945」を懐に収めると、BOSSは瓦礫の中から一人の若い女性を抱え上げ、避難する群衆に紛れて広場を後にしていく。その背中を、ダルタニアスは遠目に見送った。
ダルタニアス(心の声)「彼も、彼の使命を果たしたようだ。」
爆撃機の編隊は、対空砲の猛烈な反撃と、緊急発進したソ連軍戦闘機によって、やがて空の彼方へ撃退されていった。轟音が遠ざかり、代わりに広場には、負傷者の呻き声と、崩れた建物の煙が立ち込めていた。
-赤の広場-クライマックス後-
パレードは中断され、戦勝記念式典は混乱のうちに幕を閉じた。ダルタニアスは瓦礫の中を歩きながら、政治将校と合流する。
政治将校「閣下、ご無事で何よりです……。ベリヤ書記長も無事に避難されました。会談は延期になりましたが、後日改めて設定されるとのことです。」
ダルタニアス「そうですか。……この事態、イタリアにはどう伝わるのでしょうね。」
政治将校「『連邦の悲劇』、とでも呼ばれるのでしょう。ソ連にとっても、我々にとっても。」
ダルタニアスは焼け焦げた広場を見渡した。数時間前まで祝砲と歓声に包まれていた場所が、今は煙と瓦礫に覆われている。その光景の中に、彼はバチカンで教皇が語った言葉を思い出していた。
——これは国家間の争いではない。もっと大きなものの話だ。
異教徒同盟の連絡員は、この手で討った。しかし、彼が最後に残した言葉——同盟は、また芽吹く——が、ダルタニアスの胸に重くのしかかっていた。
数日後、ダルタニアスはモスクワを発つ準備を整えていた。輸送機のタラップに足をかける前、彼は一度だけ、遠くに見えるクレムリンの赤い城壁を振り返った。
ダルタニアス(心の声)「……この任務は、終わっていない。むしろ、始まったばかりなのかもしれない。」
イタリアへ帰還する彼を待つのは、束の間の平穏か、それとも新たな密命か。ダルタニアス・オルタの戦いは、赤の広場に立ち込めた硝煙とともに、まだその幕を下ろしてはいなかった。
(第一部「連邦の悲劇」完)




