第2話 精霊の正体
今にも風で吹き飛ばされそうなボロ家に入ると、中に老婆が一人いた。
「ピピ。お客さんかい? 珍しいね」
「おばあちゃん、ラナお姉ちゃんとモックだよ」
「お邪魔します」
二人は座って老婆から話を聞くことに。ピピが気を使って出してくれたお水はドロドロで濁っていた。とても飲み水とは言えない。これがこの家……否、この村ができる精一杯のもてなしなのだろう。
「ここも昔はとても豊かな大地や澄んだ川、生い茂る樹々と山々で満ちた素晴らしい村だったんですよ。その頃のフィールディア王国の国王、王妃そして王女まで皆様本当に素晴らしいお方で。王都だけでなく、領地内すべての街や村々をよく気に掛けてくださっていた。本当に良い国だったんです」
「……どうしてここまで変わり果ててしまったのですか?」
「……その当時、フィールディア王国周辺の国が次々と《魔天気》で気候を操作し始めたのです」
『魔天気?』
頷く祖母。
「ある時は作物の豊作を求め、魔法によって一部の地域に豊かな光の恵みを与える。またある時は寒さに耐えがたい王族が暖かい風を吹かせて気候を変えるなど、自然の摂理に背いてきたのです」
「なるほど……それで天空の気があんなに《空》になっていたのか…………」
『ん? ラナ?』
「モック。すべてわかったわ。どうして天国が生まれ、地国がこんなにも荒れ果てたのか。どうして精霊が生まれたのかも。そして私たちは……」
「精霊って何? ラナお姉ちゃん」
ラナは焦って話をそらす。そして祖母に尋ねる。
「王家が滅ぼされたのは他国との戦争で?」
「いえ、内乱です。他国に負けぬ強大な魔天気をフィールディア王国にも取り入れるべきだと主張する家臣が大勢おりまして」
『なるほどな。それで政権が変わったわけか。で、誰が国王になったんだ?』
「ドスグロッテというものです。今もこの国を支配しています」
『悪そうな名前だな……でも魔天気を数十年前から使っていて、なんでこの村はこんなに枯渇して死にかけなんだ?』
祖母が怒りともため息とも言えない反応の後、諦めたような顔で答える。
「先代国王の言うことは正しかったのです。魔天気を使うべきではなかった。アレで周囲の街や村はここポポロ村のように枯れてしまったのです。王都以外。」
わけがわからないという顔のモックにラナが代わりに答える。
「多分魔天気は周辺地域の気に含まれるエネルギーを使って対象となる地域の天候を操るのよ。もともと大気には植物や生命の源となる《栄気》が含まれているわ。同じように雨を降らせる《雨気》、風を起こす《風気》、そして《雷気》とかもね。きっとそこから適当に吸い出して利用する魔法なのよ」
ラナは何故か天候を読み取る力と気に対する理解や操る能力が精霊の中で圧倒的に優れていた。他の精霊たちのように浮くこともできない重過ぎて間抜けな精霊ではあるが、その分この才能を持てたのだとモックは思っていた。
そしてラナが話を続ける。
「ある日、魔法によって自国の天候を都合がいいように変える王国が現れた。そしてその国の周辺地域の《気》がどんどん空になって乾涸びていく。乾涸びた大地を元に戻そうと再び大魔法を唱えるが、更に周囲の気を吸い取ることに繋がっていく」
祖母が目を大きく開けて驚いている。
「魔天気により狂わされた自然の秩序は隣国との争いとなり、やがて戦争へと発展する。奪い合うのは魔天気に晒されていない地域。多分フィールディア王国も争いに巻き込まれて……」
『おい、ラナ!』
モックの言葉にハッとするラナ。
「無理に天候を魔法で操ることから魔天気って呼んだのね。実際の状況がここまで悲惨だったなんて 。天国からじゃ全く見えなかったから……」
「ねぇ、ラナお姉ちゃん本当に天国からきたの?」
「え! まぁ、そうなの。落っこちてきたのは本当よ……ハハハ」
「ねぇ! 天国ってどんな場所? ピピも行ってみたいなぁ」
モックと目を合わせるラナ。なんと言えばいいのかわからない。地国の民は天国が素敵な場所だと思っているらしい。しかし実際は……
『て、天国も悪くない所だぜ! ピピもいつかきっと行けるさ!』
その日、ラナたちはピピの家で一晩過ごすことに。
ピピが寝た後、ラナは祖母からピピの両親が王国に魔天気制度の廃止を求めたところ、処罰されて亡くなったと聞かされた。そして同じような境遇の村人はいくらでもいると。
その言葉が頭から離れないラナは翌日からモックと周辺の村を見て回ることに。数日かけてラナたちが目にした状況はどこも同じだった。たった一箇所、王都を除いて。
『どうして毎日こんなに暗いんだ? 太陽の光、弱くないか?』
モックの質問にラナが寂しげな眼差しで空を見上げて答える。
「それはね。天空の大地、クラウ土のせいよ」
『え? クラウ土? アレって光を遮っているのか? じゃあ、天国の……俺たち精霊のせいなのか?』
軽く笑って首を振るラナ。
「落下したときにじっくり見てたの。クラウ土とその下の空の状況を。そしたらね。クラウドの真下の空は《空っぽ》だったのよ」
『……は? 意味がわかんねぇよ』
「えっと……気に何も含まれていなかったの。多分魔天気の影響で地国上空の大気一体が《空っぽ》の状態になったのね。魔法によって栄気や雨気やらが吸われて、空っぽの気が生成される。そして空の気である空気が上空へ上がっていく。単純に質量の差から軽いほう(空気)がどんどん上昇したんだわ」
『それで上空一帯に空気の集まりができたとして、何が問題なんだ?』
ラナの表情が硬くなる。
「その空気に地国の民の魂……いや、思念が吸収されて結晶化されたもの。それがクラウ土なのよ」
『ほんとかよ! じゃあ、俺たちは思念の上で暮らしていたってことか? いやいや、だったら何故、俺たちは空気から吸われずにクラウ土を通り抜けて精霊化したんだよ?』
「吸われたのよ。でも全然消えなかった。あまりにも思念が強過ぎて」
『……』
「この魔天気が使われる以前、地国の民の魂はすべて天空へと昇って太陽の恵みと共に新しい生命へと生まれ変われていた。思念が強すぎるなんて起こり得ない事だったはず。それが魔天気制度の後に強い思念体となる魂が生まれてしまった。クラウ土の上に出たのはいいが、皮肉なことに太陽の恵みを受け取れない状態だった」
『そして精霊へと変化した。今の俺たちのように……』




