未来息子、魔導馬車で断罪をぶっ壊す――モブ父、母の冤罪を暴き英雄になる
※各話パラレル構成のため、単独でも楽しめます。
白亜の広間に、重たい沈黙が落ちた。
王太子の声が響く――その瞬間、どこかで小さく“ミシ”と音がした。
誰も気づかないまま、断罪の儀が始まろうとしていた。
「本日をもって、我はお前――エレオノーラとの婚約を破棄する!
証人も揃っている! この証文こそが、お前の罪を示す動かぬ証拠だ!」
金糸のような髪を揺らす令嬢エレオノーラは、唇を噛みしめる。紫の瞳は震えていた。
手に掲げられた羊皮紙には、彼女が侍女を買収し毒を盛ったという罪が記されているらしい。もちろん、事実無根だ。
(どうして……私が……)
抗弁しようとした、その時だった。
――ゴゴゴゴ……!
「な、なんだ!?」
「床が揺れてるぞ!」
次の瞬間、広間の壁が派手に吹き飛んだ。
光と煙、歯車と魔導石。馬のいない馬車が轟音を立てて突っ込んでくる。
会場は大混乱だ。
「馬車!?」
「いや馬いない!!」
「城の管理人が泣くぞ!!」
魔導馬車がぎゅいーんと停止し、光と煙を散らしながら扉が開いた。
そこから颯爽と飛び降りてきたのは、一人の少年。
金の光を浴びた栗色の髪、漆黒の瞳。
エレオノーラの気品をそのまま写したような端正な顔立ちに、広間は一瞬息を呑む。
「――その断罪、待った!!」
少年は胸を張り、朗々と名乗った。
「僕は未来から来ました!
……エレオノーラ母上の子、エリオットです!」
広間がざわめきで爆発した。
「そ、そっくりだ……!」
「顔立ちは彼女そのものだ!」
観衆の視線が一斉にエレオノーラへと集まる。彼女は紫の瞳を大きく揺らし、言葉を失っていた。
だが次の瞬間、エリオットは誇らしげに腕を伸ばし――
壁際で存在感ゼロだった一人の男をビシィッと指さす。
「そして、あそこにいる――ハルト父上が僕の父上です!!」
「……は?」
指された男は間抜けな声を漏らした。
焦げ茶髪に黒い瞳、どこにでもいそうな凡庸な顔。貴族の三男坊で、普段は誰の記憶にも残らない――ハルトその人だった。
「……え、俺!? いやいやいや、似てないだろ!?」
「似てますとも! この髪と瞳は父上譲り、僕の誇りです!!」
「色だけだろ!? 顔は完全に母さんじゃないか!」
「誰?」
「え、あのモブ顔が?」
「イケメン息子と釣り合わなすぎ!」
場内がどっと沸き返る。
エリオットは胸を張り、さらに声を張り上げた。
「それに! この魔導馬車=タイムマシンを思いついたのも、父上の発想が元なんです!!
偉大なる父上がいなければ、僕は未来からここへ来られなかった!」
「待て待て待て……タイムマシン? いや確かに前世で〇らえもんで見たことはあるけどさ……」
ハルトのぼそっとした独り言は、小声すぎて意味をなさなかった。
だがかろうじて聞き取った観衆が首を傾げる。
「〇らえもん?」
「……何語だ?」
「さすが父上! やはり未来を知るお方だ!」
「……テレビで見ただけだよ!! っていうか説明すんのもめんどい!」
「未来を知る方は、謙遜まで未来的なんですね!」
「……聞けよ人の話!!」
広間がざわざわと揺れ、王太子は顔を真っ赤にして、証文を置いた机に拳を叩きつけた。
「黙れ! この場を引っかき回すな!」
エリオットがぐいっとハルトの腕を引っ張り、壇上へと押し出した。
「父上! お願いします! ここで母上の無実を証明してください!」
「いやいや! 俺ただのモブだぞ!? 三男で空気だぞ!?」
「未来では、父上が母上の無実を証明していました! だから今もできます!」
「無茶ぶりすぎるだろ! 俺を何だと思ってる!?」
「僕の尊敬する偉大なる父上です!!」
「……ハードル上げすぎだっての!」
ハルトは額を押さえ、ため息をひとつ。
その横で王太子が、従者から受け取った羊皮紙を得意げに掲げた。
「見よ!この証文こそが動かぬ証拠だ! エレオノーラ、お前の罪は明白――」
「はいはい、貸してみろ」
ハルトは投げやりに手を伸ばし、証文をひったくる。
光にかざし、表を眺め、裏に透かす。わずか数秒。
「……うん。インクの色が違うな。署名と本文、別の瓶を使ってる」
羊皮紙を指で叩きながら、ぼそっと続ける。
「それと、この裏写り――保存環境じゃ説明つかない。……後から書き足した偽造だろ」
しん。
広間が水を打ったように静まり返った。
王太子の口が半開きになり、観衆が一斉に息をのむ。
「……え、今なんて?」
「一目で?」
「あのモブ顔が……?」
静寂を破ったのは、エリオットの歓声だった。
「やっぱり父上は最高です!!」
がばっと抱きつかれ、ハルトはよろめく。
「いや俺はただ……ちょっと見ただけだって!」
彼は肩をすくめ、羊皮紙をひらひらと裏返した。
そして、観衆がざわつき始める中――小さく、しかしよく通る声でつぶやいた。
「……それに、証人も怪しいな」
広間がぴたりと凍りつく。
「な、何だと?」
王太子が声を裏返した。
ハルトは面倒くさそうに指先でこめかみを押さえながら、ぼそぼそと続ける。
「こういう婚約破棄の場だと、たいてい証人は買収されてる。
金の流れでも、身内の縁でも、どこかに綻びが出るはずだ。……調べ直せばいい」
……ざわ……ざわ……
「証人が金を受け取ったと聞いたぞ」
「いや、王太子の従兄と懇意だと……」
どよめきが広がり、王太子の顔色がみるみる蒼白になっていく。
「な、なにを根拠にそんな――!」
「根拠?」
ハルトは口元だけで笑った。
「最初の嘘が雑だったんだ。最初が雑なら、次も雑だろ」
トン、と指先で羊皮紙の角を叩く。
それだけで広間の空気が一気に傾いた。
「……すげぇ……」
「モブ顔なのに……」
「あいつ、ただ者じゃねえ!」
「父上ぇぇぇ! やっぱり父上は世界一です!!」
エリオットが飛びつき、勢いよくハルトにしがみついた。
「やめろ! 俺は世界一でもなんでもない! ただのモブだ!」
「何言ってるんですか!父上こそ、本当の主役です!!」
観衆の笑いと混乱が渦巻く中、ハルトはふとエレオノーラを見やった。
黒い瞳が、真っ直ぐに彼女を射抜く。
「……本当はこの後、君をこっそり逃がすつもりだったんだ。
こうなることは…ある程度予想できてたし。
君が望むなら、後で冤罪も必ず晴らすつもりだった。」
ハルトはわずかに目を伏せ、苦笑を浮かべる。
「……君が泣くんじゃないかと思うと、どうにも落ち着かなくてさ。」
その声音は淡々としているのに、妙に優しかった。
エレオノーラの胸に、じんわりと熱が広がっていく。
彼は、最初から彼女を救おうとしていたのだ。
エリオットは父の首にぶら下がり、「父上最高!」と無邪気に笑っている。
その光景が、彼女の胸をさらに揺らした。
(この人との息子が、ここにいる……)
荒唐無稽な話のはずなのに――今なら信じられる気がした。
確かに、この未来があるのかもしれないと。
エレオノーラは、そっと微笑んだ。
恋の予感が、静かに芽生えたのを、自分でもはっきりと感じながら。




