6 衝撃の事実
「ただいま〜」
「おかえりなさいませ!」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「うん、ただいま」
ん?声が2つ?……お嬢様……?思わずただいまと言ってしまったものの違和感を覚える。
え。と思い廊下の奥の扉を見るとそこからひょっこりと顔を出すアイリスの奥にスーツを着た20代後半くらいに見える男性が1人立っていたのだ。
「……あなた誰?」
「申し遅れました。白石家本家にお仕えしている黒服が1人井沢と申します。白石龍也様の命により参りました。」
「父さんの?」
「ユズリーナ、この者を怒らないでくださいまし!彼は私の身を案じてここまで来てくださったのです!」
両親の過保護発動の気配を感じ取った柚子はまたしても頭を抱えた。まずい、非常にまずい。これはもしや……「柚子ちゃんにお友達ができたわ!是非ともお家に招待しましょう!」と母さんが言ったパターンではなかろうか……。
「えっと……井沢、単刀直入に聞く。目的は何?」
「旦那様はお嬢様がご友人をお家に招かれたと大変喜んでおいでです。その一方でその後友人が本日知り合ったものであることも心配なさっているご様子。」
「やっぱりそうなるか……」
お家に招待とまでは行かなかったが変な方向に曲がったようだ。というかどこからみてたんだそれ。もはや監視じゃん。親の過保護さに改めて恐怖を覚えた柚子である。
おそらく変な虫がつくことを危惧したとかその辺だろ……
「はい。ということで是非とも同棲生活をお手伝いし」
「ストップ、ストップ!待て何故そうなる」
「少し変わったお方であれども受け入れるその姿に私は感動した。その意気を認め彼女との生活を支援してやろう。これからも自身の生活に精進なさいだそうです。」
もう親バカとかいう域ではない。これでも龍也は日本の金融業に深く携わっている。日本の未来が非常に心配になった。
「はぁ……解せぬ。私の周りには狂人しかいないのか……?」
「それはユズリーナ自身がおかしいからで……ひゃっ!?」
「あ、ごめんちょっと手が滑っちゃった」
いつのまにかペンキの代わりに壁に塗らることになったスパゲッティに涙を禁じ得ない。
「それで?具体的に支援って?」
「こちらでございます。」
さすがは龍也が娘のためにと選んだ黒服。ちょっとやそっとのことじゃ動揺しない。
ポーカーフェイスを崩さないまま目の前に大量のファイルと茶色の封筒を出したのである。
「こ、こせき……あなた、これが何か分かってて出してる?」
「もちろんでございます。」
「父さんがおかしいと思わないの?」
「いえ、むしろご自身の最愛のお嬢様にここまで愛を形にしてお伝えしているその姿勢、感服いたします。」
主人が主人なら従者も従者である。
それはそうと目の前に偽装された戸籍書が堂々と出てくれば誰だって驚く。しかも登録されている人物はついさっき8時間前にこの世界に来たばかりなのだ。仕事が早すぎる。偽装戸籍なんてエージェントとか暗殺者など裏社会で生きるものでなければなかなかお目にかかれないはずなのにこんなただの女子高校生が見てもいいのだろうか。
「……こんな短時間でこのクオリティー、一体父さんて何者なんだ……我が父親ながら怖い」
「旦那様は幅広い人脈をお持ちですから。」
怖い。本当に怖い。
間接的に「知り合いに裏社会の人がいます。暗殺だってやろうと思えばできます」と言われたも同然である。柚子は本日何回目かもうわからないが遠い目をした。
「七瀬あやめ……アイリスだからか。」
「ええ、菖蒲の花はラテン語でアイリスでしたもので。七瀬というのは旦那様の発案でございます。」
もしや……しちけんに影響されて……?
柚子の中に自身の父、しちけんプレイヤー説が浮上した。
「続きましてこちら、入学許可証です。」
「……え?」
「はい。入学許可証です。」
「……受験は?」
「すでにされていますので問題ないと奥様が。」
「待って、うちの学校の理事ってもしかして母さんなの?」
「はい。礼儀作法から学業まで特に問題は見られないとおっしゃっていました。」
多くの生徒がかなり努力しなければ入れないはずの学校である。絶望と呆れが一気に来るのを柚子は感じていた。もう怒りなんて感情は今までの驚きが強すぎて湧いてこなかったのだ。
「……ねえ、私、もしかして受験不合格だったりしてないよね?学力足りてないのに親のコネで入学したとか許せないんだけど」
「もちろんでございます。基本的にテストの結果を人工知能が解析し、そのデータを元に決めるとおっしゃていました。奥様は介入しておられませんよ。」
「じゃあアイ……いや、菖蒲は?もう知ってると思うけど今日ここに来たばっかなのに受験なんてできないじゃん。」
「奥様曰く『アイリスちゃん!あなたの活躍はモニター越しに見ていたわ!その成績と吸収力ならばきっとうちでもやっていけるでしょう!頑張ってね♪』だそうです」
モニター越し……確かにゲーム内でアイリスが入学試験でトップ入学し、新入生代表挨拶をするシーンがあった。ゲーム内で勉強面、礼儀面は完璧なキャラだったのだ。
「はあ……」
「ユズリーナのお母様、見どころがありますわね……この私が秘めた才能にお気づきになられるなんて!」
見どころだのそういう話ではないのである。
柚子は確信した。一家みんなしちけんプレイヤーであると。だからこうも飲み込みが早いのだと。おそらく推しを現世に引き留めておきたいのだと。
「というわけでアイリス様改め七瀬菖蒲様には夏休み以後お嬢様と同じ学校に通っていただきます。」
「ユズリーナとの学校生活!楽しみですわ、これからよろしくお願いいたしますわね!」
あまりにも怒号の展開すぎる。なんだこれ。本当に頭が痛かった。自身の両親の狂気ぶりといい、目の前にいるそんな両親に感化されて正常な感覚を失っている黒服といい、厄介ごとをさてつのように引き連れてきそうな磁石といい……本当に頭が痛い。
柚子は確信していた。否、確信してしまった。異世界スローライフなんて目標を掲げた彼女に自分が振り回されないわけない。だがごく普通の平和なんて両親がアレな時点でとっくのとうに崩れ去っていたのだ。受け入れる以外の選択肢など今更持ち合わせてなどいなかった。
こうして穏便な生活が軽快な音を立てて崩れていくのを片耳で聞きながら柚子は覚悟を決めたのだった。
「こうなったら父さんと母さんに直談判ね!しちけんの推しを聞くしかないっ!」
「……絶対にその流れでなかったこと、私でもわかりましてよ?」




