9話 道中の会話
先ほどの『ドラゴンランク』に向かう時に比べて、馬車内の雰囲気は明るいものだった。
「どう? いいでしょう? この車内」
「うん。ずっと座っていても疲れないのは快適だ」
「もし私たちの仲間入りできたら毎日使えるわよ」
「それは嬉しい限りだ。でもこういうのってパーティーの中でも高位の人間しか使えないんじゃないか?」
「そうでもないわ。数はあるから。何ならこれ以上にグレードの高い馬車もあるわ」
自慢げなレイネが可愛らしいな、と思いつつ、ここまで贅沢なパーティー事情を聞いた上で採用されなかったら惨めになるのでこれ以上は聞きたくないという思いもあった。
「『ドラゴンランク』は良いパーティーよ。私も拾われてからもう8年くらい経つけど、実力があれば評価してくれる。活躍に見合う報酬をくれる。当たり前だけど幸せなことだと思うの」
「レイネさんはーー」
「レイネでいいわ。私たち歳近いんだし。私も貴方のことバグって呼ぶから」
いきなり呼び捨てとは難易度が高いが、彼女が良いというのだから、その好意を無下にすることはできない。
「分かった。レイネはパーティーに入る前は何を?」
「普通に学生だったわ。イヴェールの家を継ぐための勉強ばかりして毎日を過ごして、それに嫌気が差して飛び出したの」
「俺はそういう家を継ぐとかなかったからよく分からないけど、大変なんだな」
「苦痛だった。どんなに努力しても親は褒めてくれないし、何より楽しくなかった。このまま続けて幸せになるとは思えなかった。でも、私が家出してから当主も兄が継ぐようになったらしいから、結果的にこれで良かったんだと思う」
レイネは少し寂しそうな笑顔を見せて言う。
「バグは普通の家の生まれ?」
「どうなんだろう。物心ついた頃から孤児院にいたから。そこでアレクとも知り合ったんだ。俺のいた院は貧しかったから毎日の空腹感は辛かったな」
「あの子もそうなんだ」
「アレクのこと?」
「ええ。貴方の情報を聞き出す時、結構苦労したのよ。生意気だし喧嘩っ早いし。まぁ態度の割に戦闘能力はそれほどでもなかったらしいけど」
「その評価を聞いたらさらに怒るだろうな」
アレクはリーダー気質ではあるものの、彼女が言うようにやや暴力的な一面もあった。
しかし、頭も良く、頼り甲斐もあるので近くにいたバグから見て友人はかなり多かったと記憶している。
「パーティーメンバーも大変よ。あんなのがリーダーだと」
「いや、俺以外は結構楽しくやっていたようだしそこは大丈夫だと思うよ」
「それも彼から聞いたわ。貴方、結構ひどい扱いを受けていたらしいわね」
「それなりに。でも良いんだ。済んだ話だ」
「バグってもっとこう、愚痴とか吐きたくならないの?」
「あんまりならないな。愚痴を吐いても別に現状は解決しないし、聞いている方も嫌だろう?」
「そうやって不満を明かさないから、前のパーティーでもずっと冷遇されてきたんじゃないの?」
「そうかもな」
「不満を漏らさず、冷遇にも耐え、でも最後には賭け事で解雇」
「賭け事?」
「何でも酒の場で、貴方を解雇するかしないかで遊んでいたらしいの。それで当たりが出たから解雇したんだって。その場のノリで。まぁ、元から人気集めとかするのに邪魔になるからって近い内に追い出すことは考えていたらしいわよ」
「ははは」
バグは乾いた笑いをあげる。
「悲しくならないの?」
レイネが心配そうな顔をする。
「悲しいというか、そんな理由とは思わなくて、呆れの方が大きいかな。追放理由は何となく見当はついていたけど、まさか遊びだったとはね」
バグは続ける。
「でも良かったよ。そんな理由なら、なおさら未練はない。前に進める」
「前向きなんだ」
「いや、どちらかと言えば俺はネガティブだよ。きっとこれからも時々思い出しては辛くなると思う。だからハッピーなことで重ね塗りするんだ。そのためには『ドラゴンランク』に入れないと」
「過去の悲しさを、これからの嬉しさで重ね塗る。私、その考え結構好きよ。じゃあ入るためにも頑張らないとね。さて、着いたわよ」
馬車が止まる。
「カベルの潜伏先の宿よ」