8話 犯人の行方
「だが、テアマトを急成長させた奴を一体どうやって探すんだ?」
「その辺は問題ないわ。既に容疑者を絞り込んでいる。この男よ」
と、見せられた写真に映る男は、痩せていてあまり健康的ではないようだ。
写真だけでも何かに怯えている様子が見える。
「この国の国民は皆、10歳になるとスキル鑑定を行う。その記録を漁ればすぐに特定できるわ」
「ああ、なるほど」
スキル鑑定。
名門ライゼル家の初代当主が持つ『鑑定』のスキルを利用し、発現内容を確認する手法。
手法が確立されてから300年が経った現在もスキル鑑定は国の機関を任されたライゼル家が行っている。
初代当主の角膜を培養し、それを器具に取り付けて鑑定は行われるのだが、莫大な利益を得ているらしい。
「それにしても早いな。昨日の今日でここまで調べあげるなんて」
「私たち『ドラゴンランク』は古くから治安維持にも貢献しているの。だから一声かければ国は喜んで協力するし、使う人数もたくさん増やせる」
「ふーん。で、この男の詳細は?」
「カベル・アルバーニ。35歳。職業は不定。西の街に住んでいる。スキルは『成長促進』。でも少し引っかかることがあるの」
「何?」
「カベルのスキルはこんな短期間で生物、あるいは魔物を急成長させる力なんてないはずなの。それにあんな巨大な魔物を成長させるのにはよっぽどの力がいる」
確かに。
だとすれば妙な話だ。
スキルは努力次第で発現した時と比較して、成長することはある。
バグだって地道に同時に操作できる虫の数を増やしていった。
だが、それにも限度はある。
例えば人間がどれだけ筋力トレーニングを積んでも城を持ち上げられないように、山をパンチ1発で破壊できないように、上限はある。
中でも『成長促進』などと生物の理に干渉するスキルなら尚のこと成長幅は小さいはず。
複雑なスキルほど成長は難しく、単純なほど成長は容易であるという研究結果も出ている。
なので、カベルが本当に犯人なのか疑わしくなってくる。
「本当にそのカベルってのが犯人なのか? 実は他国の人間の仕業だったとかもあり得るんじゃないか?」
「そうね、考えられるわ。でも彼には動機があるの」
動機。
つまりは、『ドラゴンランク』を罠にかける理由。
「彼は『皆の雫』のメンバーよ。2年前、私たちが教団を潰した恨みでしょうね」
「カルトか」
『皆の雫』の勧誘はバグも受けたことがある。彼らは人が多く集まる場所に来てはしつこいくらい入会を呼びかけてくるのだ。
余りの鬱陶しさに、かなり強気な言葉で返したことで退散してくれたが、押しに弱い人間はまずはお試しでも、と教団の施設に連れられ、仲間入りしてしまうだろう。
「ここ数年でかなりの信者を集めていて、手がつけられなくなる前に国と協力して叩いたの。そしたら案の定、各支部の地下に大量の武器があって問い詰めたら国家転覆を企てていたってわけ」
「なるほど。恨むには十分な理由だな。じゃあとりあえずカベルを捕まえるとして、どこにいるのか分かるのか?」
「おおよそ検討はついているわ。彼は隣のリーグランの街にいる」
「何でそこにいるって分かるんだ?」
「彼の移動能力からしてそこが限界なの。それ以上は現実的に考えて移動は不可能。馬車が街と街を行き来するには兵士のチェックを通る必要がある。写真から分かるでしょ? 彼はかなりの挙動不審なの。恐らくはいつ捕まるのかに怯えているのでしょうね。そうなると馬車は使えない。歩くしかない」
「疑問なんだけど、そんな捕まることに怯えている奴がテアマトを利用して君らを襲うなんて派手なことするのかな」
「人間は臆病でも、時にとんでもないことをしでかすものよ」
「そうかもしれないな」
「臆病な人間は厄介よ。自分に迫る危険を察知して上手い具合に回避する。まるで小動物みたいに」
大型の生物よりも、小型生物の方が様々な状況下で生き残りやすいのはよく聞く話だ。
「じゃあ早速出発しましょうか」
「今から?」
「当然でしょ。時間が経てば経つほどにカベルの移動範囲は大きくなる。こっちも早く動かないと。ただでさえ、テアマトとの戦闘から1日空いているんだから」
そんなに時間が惜しいのなら、馬車の中で状況を説明して、リーグランで合流した方が良かったのでは? と、疑問を呈したくなるが黙っておこう。
指摘は時に関係性に亀裂を生む。
今回バグをここに呼んだのには、悪意の有無のチェックなど信頼性を確認する目的もあったのだろうし、決して無駄なことではないのだ、と無理やり納得することにした。
しかし、だったらそのスキル持ちが馬車の中にいればいい話なのでは、とさらに疑問を抱くが、もうこれ以上は考えない方がいいだろう。
再び、扉が開く。
「行きましょう」
「ああ」