4話 初めてのソロクエスト そして、遭遇
雨具を身に纏い、土砂降りのシダカ平原をバグは進む。
スキルの『虫操作』を駆使して、薬草はすぐに見つかった。
屈んで薬草を摘み取り、カゴに入れる。
報酬欲しさに獲りすぎてもいけないので、5本ほどに留めておき、次の群生地まで歩く。
こうして雨の中、最も簡単なクエストに勤しんでいると何だか自分がとても惨めになった気がする。
一人で、話し相手もおらず、しゃがみこんで。
これも立派なクエストなのは承知しているが、それでも情けないことに変わりない。
本来、このようなクエストは、体を動かしにくい高齢者などがするものである。
根ごと取らないと効果が減少するらしいので、丁寧に取りながら考える。
もし、このままパーティーが見つからなかったらどうしよう、と。
そうなったら冒険者を続けるのは難しい。
だったら魔術師だが。
軍に所属するか、研究職に就くか。
有り体に言えば、どちらも嫌だ。
これも我が儘なのだろうか。
余計に気分が沈む。
アレクに土下座でもしてもう一度パーティーに入れてもらおうか。
しかし、そんなことをしたら前以上に冷遇されるかもしれない。
黙々と採取を進めていると、
「――きゃぁああああああああああああ、あはははははははははははははははは、くふふふふうっふふふふふふふふふふふふふぁああああああああああああああああ!!!!!!」
凄まじい声を聞いた。
叫び声。
いや、産声のような何か。しかし赤子が発するには余りにも大きく、鳥肌が立つほどに邪悪だった。
弾かれたようにその方を見る。
化け物がいた。
濁った芋虫のような胴体から無数に生えた手足で平原を転げ回る化け物が、見えた。
その周りには6人の人間がいて、必死に魔術や剣術、スキルを発動している。
だが、化け物はそれらをものともせず、尾を薙いで、人間たちを蹴散らす。
その中には、朝、食堂で話した少女もいた。
つまり、あの化け物と戦っているのは『ドラゴンランク』のメンバーということだ。
加勢するべきか、逃げるべきか。
逃げるべきだろう。
彼らは魔物退治のエキスパート。
それで敵わないのなら自分が行ったところで足手まといになる。
と言うか、行ったら確実に死ぬ。
突如、化け物の胴体の上部が裂けて、そこからさらに細長い腕が伸びる。まるで枝だ。
内一本が、メンバーの体を貫いた。
頑丈そうな、いかにも高級な装備を呆気なく破った。
地面に叩き付けられ、そのメンバーは動かなくなる。
普通の人間なら、この時点で逃げるべき、との判断に至るだろう。
バグだって、いつもなら即座に撤退を選択する。
仮に宝が目の前にあっても、仲間が残っていても。
バグはきっと逃げる。
そういう自分本位の選択をすると自負している。
だが、今日のバグは違った。
やや自暴自棄の思考に傾いた彼が取った行動は、
加勢することだった。
◇
「加勢する!」
バグの狙いは、見返りだった。
もしかすると、協力したことで『ドラゴンランク』のメンバーに入れてくれるかもしれない。
そんな何の保障もない期待が生存本能を上回ったのだ。
「ちょっと貴方、朝の……!」
こちらを見て少女が驚く。
「早く逃げなさい!」
そう忠告しながら化け物の攻撃を躱す。
身のこなしの軽さから、この部隊の中でも特に実力者であることが窺える。
「こいつ、君が朝言っていたテアマトの幼体だろ? そんな危険な奴なら一人でも数はいた方がいいはずだ! 俺も協力する」
「こいつは幼体じゃないわ。成体よ」
バグの近くに降り立った少女は言う。
メンバーがテアマトと距離を取ったことで一時的に攻撃が止まる。
「つまり幼体とは別に、成体の個体がいたってことか?」
「いえ、同一個体よ。額の傷が一致している。つまり、この短時間で何らかの要因により成体になった可能性が高い」
何らかの要因。
それを考える。
勿論テアマトの姿を視界に収めつつ、常に攻撃を回避できるよう備えて。
「スキル……」
「ええ、私たちも同じ結論よ。恐らく何者かがスキルによってこいつを成長させたんだと思う」
「まあ、正解がどうであれ、まずはこいつを倒さないと。こいつ、このまま進んだら街に突っ込む」
「そうね。でもそれは私たちの仕事。貴方は無関係よ。だから――」
「――俺も戦うよ。今は薬草採取をやっているけど、これでもBランクパーティーの元メンバーだ。役に立てる」
「それを早く言いなさいよ! 分かったわ。一緒に戦いましょう」
「ああ」
会話の終わりに丁度よくテアマトが二人を捉え、背から生えた腕で胴体を突き刺さんと伸ばしてくる。
バグと少女はそれを躱す。
「『ファイア』!」
バグは魔術を発動する。
炎が迸り、テアマトの体を焼く。
火属性の基礎魔術だが『ファイアボール』などとは違い形が定まっておらず、掻き消しにくい利点がある。
テアマトの手数の多さを考慮するとこちらの方が都合が良い。基礎的な魔術でも要は使いどころなのだ。
また、体中に燃え広がることで視界を塞ぐ。
隙が生じ、少女が魔術を帯びた剣を振り下ろす。
その切れ味は凄まじく、一振りでテアマトの腕が四本は切断された。
アレクも『剣術強化』のスキルで切れ味を増すことができるが、ここまでは出来ないだろう。
加えて、今の斬撃の威力はスキルの効果によって増したものではなく、単純に魔術と筋力によるもの。
やはり相当な実力者だ。
次いで他のメンバーも魔術を発動して攻撃する。
が、テアマトも黙っていない。
でっぷりとした巨体からは想像もつかない跳躍にて、魔術を回避すると、口を大きく開けながら高速落下する。
着弾点にいた魔術を発動していたメンバーは呆気なく、大口に呑み込まれてしまった。
バキバキと骨を噛み砕く音が微かに聞こえる。
そして、深海魚を思わせる6つの目が付いた顔がゆっくりと、バグの方を向いた。