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36話 異常

レビュー、評価、ブックマークなどしていただけると、ありがたいです。

 男はダンジョンを走る。

 睡眠薬で意識を失ったサトウ・ユウトを肩に担ぎ、奥へ奥へと進む。

 今回の任務はサトウ・ユウトを捕獲し、本国に持ち帰ること。

 それを達成した暁には最上級魔術師の地位が与えられると餌をぶら下げられ、まんまとそれに食い付いたのだ。

 これまで自身の【透明化】のスキルを活かして数々の依頼をこなしてきた。

 今回もあらかじめダンジョン内を探索し、脱出経路は開拓している。

 抜かりはない。

 そもそも【透明化】を発動した時点で追手が辿り着けるわけがない。

 これに加えて自慢の脚力もある。

 サトウ・ユウトを捕えた時点で依頼成功も同然だ。


 と、思っていたのに、こちらを追ってくる足音が一向に離れない。

 振り切れない。

 段々と焦りが生まれてくる。

 こちらはダンジョンのルートを完璧に把握して、どこを通るのが最適か理解した上での逃走なのに、なぜ距離が離れないのか。

 何か追跡に特化したスキル持ちがいたか。

 いや、だとしても【透明化】は自分でなく触れた対象も透明化するので、視認できないはずだ。

 とするなら、匂いか。

 はたまた別のスキルか。

 何にせよ止まることは許されない。

 捕まれば彼らに殺されるし、任務に失敗して国に帰れば、それも殺される。

 サトウ・ユウトのスキル【兵器創造】の性能は諜報員から聞いている。

 現代の技術では考えられない高性能な武器を大量に創造できるらしい。

 是非とも我が国の手中に収めたいというのが、長の考えだ。

 本国が召還した異世界の人間のスキルは強力ではあるが、戦闘用ではない。

 次の戦争に備え、このサトウ・ユウトは絶対に掌握しなければならないのである。


「――はっ、はぁっ」


 全力疾走を15分も続けると、流石に息が切れる。

 血のような味が喉から上ってくる。

【透明化】は姿を消すだけで、音には効果がないので出来るだけで声は抑えたいのだが、限界が近い。

 しかし、脚を止めることは出来ない。

 まだ聞こえるのだ。

 追手の足音が。

 男は本国でも屈指の走力を誇っていた。

 サトウ・ユウトを担いでいるとはいえ、おかしい。

 よほど、先ほどの連中の身体能力が優れていたのか。

 しかし、希望もある。

 足音の数が徐々に減ってきている。

 最初は5人だったのに、今は2人になっている。

 あと少し、あと少しで――筋肉が攣りそうになりながらも駆ける。


 そんな時、なぜか唐突に道が終わり、開けた場所に出た。

 これまで狭い通路で泥や湿気でドロドロになっていたような場所から、見渡す限りとまではいかなくても地面に草が生い茂り、どこか爽やかな印象のある天井が高く丸い空間に男は辿り着いた。

 事前調査ではこんな場所はなかったはず。

 それとも、軽い調査だったので見逃していたのか。

 異様な空間に男は足を止めてしまった。

 そして、一度止めてしまったのでもう走る気力が残っていなかった。

 サトウ・ユウトを地面に置く。

 ふと、空間の中央付近に目を向けると、1軒の家屋があった。

 何の変哲もなく、ごく普通の大きさだ。

 しかし、場所がおかしい。

 なぜこんな場所に家があるのか。

 人が住んでいるとは考えにくい。

 何せここはダンジョンの中なのだ。

 ダンジョンに居住する人間など聞いたことがないし、そんな危険な行為を国が許すわけがない。

 近づくべきではない。

 何か嫌な予感がする。

 男はすぐに離れようとした。

 が、振り返ろうとした矢先、目の端で彼は見てしまった。


 家屋の窓の奥で、こちらに向かって手招きする母の姿を。


 穏やかな笑顔を浮かべ、おいで、おいでと手を動かしている。

 そんなはずがない。

 心の中でキッパリと否定する。

 母は6年前に死んだはずだ。

 この目で見届けたのだから。

 あり得ない。


 なのに、ではあれは、と気づけば一歩一歩、脚が家屋の方に向かっている。

 家屋が近づくたびに、何故だろう、心が穏やかになっていく気がする。

 母は実は死んでいなかったのかもしれない。

 死んだのは別の人で、本当の母はここで静かに暮らしていたのかもしれない。

 自分を待ってくれていたのかもしれない。

 母に再び会える喜びに、自然と涙が頬を伝う。

 怪しんだ自分が情けない。

 母はこれまで嘘を吐いたことはなかったではないか。

 だから、息子としてもう一度会って、ゆっくり話そう。

 謝りたいことも沢山あった。

 今度はちゃんと伝えよう。

 そう決めて、ドアノブを回した。

 木製のドアは簡単に開いた。


「母さ――」



「時は満ちた」


 最後に聞いたのは、ひどくしわがれた決して母ではない何者かの声だった。

読んでいただきありがとうございました。

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