26話 懐かしい名前
そうして始まった城下町の案内だったが、居心地が悪い。
前方を仲良さげに歩くレイネとユウト、その後を歩くバグ。
スキルによる脳の酷使のせいか、少々の苛立ちが募る。
仕事なので不愛想に対応するわけないのだが、それが分かっていても男女二人が仲良く歩く様は見ていて気分の良いものではない。
そもそも、彼の正体は周知されていないのだから何らかの敵に狙わるわけもないし、案内もわざわざ冒険者パーティーに依頼する必要などあるのだろうか。
などと、不満を抱きつつバグは2人に遅れないよう付いて行く。
「結構歩いたことだし、食事にしましょうか」
レイネの提案に、ユウトが「はい。是非」と受け入れる。
「バグも良いよね?」
「ああ」
レイネが選んだのは、庶民向けながらグレードの高い食堂だった。
流石に食事を取る場所で虫を操作するのは、衛生的にも問題だろうし、かえって目立つかもしれないので一旦解除する。
締め付けられるような頭痛から解放され、大きく息を吐く。
中に入ってみると、確かに小綺麗な客ばかりだ。
提供されている料理も、豪華とまではいかなくても、堅実なものばかりだ。
丸いテーブル席に案内される。
「異世界でも食事を取る場所はあんまり変わらないんですね」
「同じ人間である以上、多少の生活様式が異なっているとしても、基本的な部分は同じですよ」
「それもそうですね」
ここでバグも話に加わる。
「ちなみに、サトウさんが以前暮らしていた世界はどんな場所だったんですか?」
彼は少し考える素振りをしてから、
「僕が住んでいたのは日本という国なんです。その中でも僕が暮らしていた場所は、とにかく建物がひしめき合っていて、人も密集していて、息苦しいところでした。便利ではあるんですけどね」
「高いってどれくらいなんですか?」
「そうですね。それこそ見上げても足りないくらいの高さです。あと、ここと違う点と言えばインターネットとかの通信技術でしょうか」
「インターネット?」
聞いたことのない単語にレイネが反応する。
「はい。僕も専門家じゃないんで詳しいことはよく分からないんですけど、はるか遠くに住む人と連絡を取ったり、情報を共有したり、買い物ができたり、その他にも色々なことができる空間なのかな? まあ、そんな感じのものです」
つまりは、手紙や図書館がより発展したようなものだろうか。
「でも、スキルは僕の世界にはありませんでした。これがあるだけでも、僕はこっちの方が魅力的ですよ。多少不便でも自分だけの特別な力がある世界って心が躍りません?」
「ええ、分かります」
と、同調する一方で、こちらの世界をどこか見下しているかのように感じた。
「じゃあ、もしかして魔術も存在しなかったんですか?」
「ありませんでしたね。魔術の類は大昔に否定されていましたし。丁度、ここと同じくらいの時代に。少し違いますけど、街並みとか服装とか授業や物語で見た中世ヨーロッパに似ているんですよね。もしかして、僕も魔術が使えるかもしれないんですか?」
この世界は彼にとって大昔と同等と認識されているのだろうか。
やはり、彼の言動、態度は一見無害ながらに不快だ。
「それは分かりません。でも、魔力を持たない生物はいないので多分出来ると思いますよ」
「へえ、帰ってノールさんに聞いてみます」
ユウトの言葉に、バグは耳を疑った。
「今、ノールさんって言いました?」
「え、あ、はい。僕を召喚した人で、宮廷魔術師らしいですよ。前は教師をやっていたとか話してましたね」
間違いない。
あのノール先生だ。
名前を聞くまで、すっかり忘れていた。
招聘されたと聞いていたが、宮廷魔術師にまでなっているとは思わなかった。
しかし、確かに彼は他の教師とは何か違った。
それにしても、まさか宮廷魔術師とは。
と言うか、彼がサトウ・ユウトを召喚したのか。
懐かしい人物を思い出し、バグは食事の味を堪能するよりも、図書館でノールと話した時間、カンナとの特訓、模擬戦での敗北とリベンジなどを回顧していた。
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