21話 決戦、トーレイ
「始め!」
と、教師による宣言がかかった直後、トーレイがスキルを発動した。
バグの立つ地面が急激に盛り上がって、体勢を崩してしまい、転倒する。
続いて、素早く地面から剣を作り出してそれを携えて、襲い掛かってくる。
刃があるわけでもなく、石や鉱物でもないので頑丈さや鋭さこそ控えめだが、細く固められた土で思いっきりぶん殴られれば、かなり痛いのは間違いない。
加えて、トーレイは剣術にも長けているので、避けるのは困難。
近づかれると不味い。
ここで使うべきだろう。
「『ファイアボール』」
発せられた小さく歪な球体の火に、トーレイは飛び退いた。
縮んでいた距離がまた開く。
バグが『ファイアボール』を発動したことで、観客の生徒たちが盛り上がりを見せる。
クラスでも落ちこぼれに類し、先の模擬戦で呆気なくやられた者が、初等部の内では比較的難しい魔術を使ったことが要因だろう。
分かりやすくトーレイの顔に苛立ちが見える。
自分がバグに退かされたこと、バグが良い意味で注目を集めていることが気に入らないのだろう。
トーレイが持っていた剣がボロボロと崩れ落ちたかと思えば、今度はその土が4つの球体に変形する。
そして、それらをバグに向かって射出した。
魔術の『テラボール』をスキルで再現したのだ。
『ファイアボール』を撃たれたことへの報復か。
飛来する土の塊を横に走ることで一度は回避して内2つは地面に激突するも、残りはバグを追尾し、背中に受けて倒れ込んでしまった。
もはや石のように重く硬い土塊はバグの呼吸を忘れさせる。
うつ伏せの姿勢から、トーレイが迫り来るのが見えた。
「『ファイア』」
バグの周辺に火が出現し、それが壁となる。
火に突っ込む度胸はトーレイにもなかったようで、追撃はされなかった。
咳き込みつつも立ち上がり、呼吸を整える。
背中に痛みはあるが、まだ闘える。
うねる火の隙間からトーレイがこちらの様子を窺っているのが見えた。
距離は近い。
だったら、ここは仕掛けるべきだ。
躊躇を抑えて、バグは火に向かって駆け出した。
「なっ――」
トーレイが困惑の声を上げた。
『ファイア』が消えるまでは硬直状態が続くと思っていたのだろう。
そんな中、まさか火からバグが飛び出してくるなんて予想していなかったのだろう。
バグの渾身の頭突きが、トーレイの顔面に炸裂する。
一切の加減はしなかった。
元々、彼だってバグを痛めつけようとしていたのだから、当然こちらも気を遣う必要なんてないのだ。
グシャッと鈍い感触が頭に伝わってきた。
トーレイの鼻が折れる音だ。
「あぁああああああ、ぐぅうううううううううっ」
血が流れる鼻を押さえて、トーレイは両膝を突いて泣き崩れた。
相当な痛みだったようで、対戦相手のバグのことなんて気にする様子もなく、体を縮こませる。
観戦していた生徒たちも、大量に流れる血を見てからか委縮してしまっている。
一方で、教師陣は中止の合図を出すことなく、傍観するのみだ。
バグも追撃を加えた方が良いことは分かっていながら、近づけないでいた。
心情的に、例え嫌いな相手でもこうも泣き喚かれれば攻撃意欲が削がれてしまう。
なので、とりあえず距離を空けることにした。
遠目から、トーレイの様子を観察していると、そう時間は経たないうちに彼は立ち上がった。
鼻の血も少しは止まったようで、殺意すら抱いていると思わせる凄まじい目つきでこちらを睨みつけてくる。
彼がこれまで手を抜いていたかは定かではないが、ここからは間違いなく手加減などない本気の攻撃に打って出るのは明らかだった。
なので、バグは先手を打つ。
「『ファイアボール』」
再び、火の球体を放つ。それも4つ。
1つ1つは小さいながらに、当たれば少々の火傷は負うだろう。
すると、トーレイはスキルによって自身前方の地面を盛り上がらせて壁を作る。
火の球は土壁によって阻まれてしまった。
が、ここまでは計算通りだ。
「うわっ」
壁の奥で悲鳴が上がった。
トーレイが驚いたことで、スキルが解除される。
魔術が集中力を要するように、スキルもまた今のように過度に驚いたり、感情が乱れた際には発動や維持に失敗してしまうことがあるのだ。
元々、鼻を骨折したことで、精神面がやや乱れていたのも影響しているだろう。
トーレイは必死に体に付着する何かを払っていた。
その正体をバグは知っている。
彼の体に群がっているモノの正体は、単なる『アリ』である。
だが、いくら虫を触れる者だって、大量のアリが自身の体を上ってこられたら気持ち悪いし、振り払いたくなるだろう。
しかし、虫を群がらせてスキルを解除させることだけが狙いではない。
バグは告げる。
「トーレイ。君の体に集まっているアリ。それが何か知っているか?」
「はあ? 知らねえよ!」
と、返しながらトーレイはまだ振り落としている。
「名前は『モウドクアカアリ』。背中の一部が赤いだろう? だからその名前なんだ」
「だから、それが――」
そう言いかけて、トーレイは目を見開いて動きを止めた。
アリの名前から何かを察したのだろう。
「そうだ。君も分かったかもしれないが、そのアリは強力な毒を持っている。噛まれれば即座に全身に毒が回って数分の間に呼吸困難になる。その危険なアリが君の体に何百匹と付いている。この意味が分かるか?」
「お、お前……」
「俺がそいつらに命令すれば一斉に君を噛む。そうすればお前は間違いなく死ぬ。1匹に噛まれただけでもヤバいんだ。間違いなく助からない。でも、降伏すれば命令はしない。さあ、どうする!」
無論、嘘である。
トーレイに付着しているアリはどこにでもいる人間にとって無害な種類だし、そもそも『モウドクアカアリ』なんてアリは存在しない。
即興で適当に考えただけだ。
しかし、トーレイも負けてはいない。
「やってみろよ!」
と、声を裏返させながらも挑発する。
これも計算通り。
毒があると口で脅されても、人はそう信用しない。
なので、
「そこのムカデを見てみろ」
と、地面を指差す。
そこには、ムカデがいて、すぐさま大量のアリが群がっていき、もがいた後に黒い塊となった。
アリが去って残ったのは、力尽きたように丸まったムカデの死骸だった。
生物がモノになる過程を見て、流石のトーレイもすっかり信じてしまったようだ。
当然、これも彼に信じさせるための罠だ。
このムカデは死んでいない。
バグが命令したのは、縮こまって動くな、というものだった。
だが、そんなことを知っているのはバグだけで、トーレイからすればアリがムカデを毒で殺したという事実だけがあるのだ。
「10数える。それまでに降伏しないと、お前もそこのムカデと同じ目に遭うことになる」
そう脅して「10、9、8――」とカウントを始める。
しかし、これはバグにとっても危険な賭けなのだ。
これでも「やってみろ」などと言われると打つ手がない。
毒なんてないのだから、その時点で詰みなのだ。
だから、結論を急かせる。
「――7」
死か、敗北か。
「――6」
トーレイは微動だにせず、脳をフル回転させているのか、瞬きすらしていなかった。
「――5」
バグも動けない。
こちらの焦りを悟られてはいけない。
「――4」
当然ながら、この状況で『ファイアボール』などの追撃は出来ない。
それをした時点で、アリに毒があることが嘘であると見破られかねない。
「――3」
ここは我慢の時だ。
そして、
「分かった! 分かったよ。俺の負けだ!」
遂にトーレイは観念した。
その瞬間、「それまで。勝者、バグ・ノートラス」と教師が終了を告げた。
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