18話 特訓
教師にアドバイスを受けた翌日からバグは早速『ファイアボール』習得に向けての特訓を開始した。
特訓に際して、バグは教師からある助言をもらった。
それは、少なくともクラスの人間には特訓のことを話さないことである。
何をしているのか明かしてしまえば、戦い方を知られてしまうからだ。
昨日の模擬戦でバグの実力は知られており、特訓の成果を対策されてしまうとなす術はない。
だから、こっそりやるのだ。
特訓開始から3日が経ってようやく芽が出始める。
これまで『ファイア』の発動にも30秒以上要していたのが、10秒にまで短縮できたのだ。
目に見えて成長が現れると、人はもっと上を目指そうとするもので、モチベーションを維持することが出来ていた。
昼食の時間、早々に食べ終えて、校舎裏で人目を気にしながら基本である『ファイア』を発動する。
手の平にポッと小さな火が出る。
『ファイアボール』を習得するには、まずこれをある程度の火力にした上で形を保つ必要がある。
教師は小さくても良いし、形は歪でも良いとは言ってくれたものの、それでも難易度は高い。
魔力の巡りを意識する。
手の平に意識を集中させ、魔力を手から溢れさせるイメージを強く持つ。
図書館の本に書いてあった通りに、発動を焦らず、じっくりと魔力が集まったと感じてから――
ボオッ、と炎が燃え上がった。
今まで見たことのない火柱に、バグは驚く。
が、今の間隔を忘れないように、すぐさまもう一度『ファイア』を発動する。
そして、次もまた同じくらいの火力で炎が燃え上がる。
一度コツを掴んでしまえば、こちらのもので2回目、3回目、難なく発動できる。
「そこで何をしているの?」
声を掛けられてバグは振り返る。
「カンナさ――」
そう呼ぼうとして、カンナが「ん?」と聞き返すように微笑む。
「――姉さん」
「うんうん」
と、納得したようで嬉しそうに頷く。
カンナはバグの姉というわけではない。
彼女は孤児院の近くの家に住んでおり、小さい頃からアレク達と一緒によく遊んでもらっていたのだ。
孤児院の男子にとって、カンナはちょっとした憧れの存在なのである。
誰にでも優しく、金色の髪をサラリとなびかせながら歩く姿は10人中10人が振り返るほどに綺麗で、学校ではトップクラスの成績と、正に非の打ちどころがない。
無論、バグもカンナに憧れを抱いている男子の例に漏れない。
「それで、こんなところで魔術なんて発動させて何してるの?」
カンナに話して大丈夫なのか少し考える。
が、彼女はバグよりも上の学年だし、秘密にしてほしいと言えば約束は守ると思われるので正直に明かす。
「なるほど。模擬戦のための秘密の特訓ってわけね」
「うん。誰にも言わないでよ」
「言わないから安心して。でも凄いね。特訓3日目で『ファイア』がそこまで出来るようになるなんて」
「そうかな……皆はとっくに出来てることだし」
「他の人は他の人。バグがたったの3日で成長したのが凄いの。じゃあ、ノール先生の言う通り次は『ファイアボール』を覚えないとね」
「あの先生、ノールって名前なんだ」
そう言えば彼の名前を聞いていなかったし、バグも自分の名前を話していなかった。
「そう。結構評判良いんだよ。何て言うんだろ。教科書通りじゃないって言うか、枠にとらわれないって感じの人。この学校の先生って頭が固い人が多いんだけど、ノール先生ってそこらへん柔軟なのよ。まあ、テストの難しさはもう少し優しくしてほしいけど。それは置いといて、とりあえずやってみなよ」
「うん」
と、まずは『ファイア』を発動して火を出し、それを球体状にするイメージを脳内で作り上げる。
完全な球体でなく、歪でも構わないので、とりあえずは形状を維持したい。
しかし、当然ながら上手く行かず、火は消えてしまう。
「あー」
残念そうな声をカンナが出す。
「ちょっと見てて」
するとカンナは手本を見せるらしく『ファイア』を発動し、それを球体状にする。
いとも簡単に『ファイアボール』を形成させられる上級生の、カンナの実力の高さを感じる。
「バグの今の段階は例えるなら重いものを一瞬持っただけ。持った状態を維持しないと。もう1回発動して見て」
指示されて、バグはそれに従う。
手の平に点火したタイミングで、「消さないで!」と声が飛ぶ。
そうか。
ここで、バグは自身の認識の誤りに気付く。
『ファイア』で一瞬だけ大きな火柱が出ただけでは駄目なのだ。
一定時間、火を出し続けなければならないのだ。
彼女の言う通り、重いものを一瞬だけ持ち上げることは出来ても、それを維持するのは中々に難しい。
火がどんどん弱まっていくのではなく、パッと消えてしまう。
弱まっていくことすら出来ない。
数回やっても結果は変わらなかった。
そして、授業開始5分前を告げる鐘の音が聞こえてしまった。
「あっ」
「ここまでね。放課後もやるの?」
「そのつもり」
「分かった。じゃあ、私も来るから」
「来てくれるの?」
「もちろん。皆を見返したいバグの気持ち、私も分かるから。頑張ろうね」
そう残して、カンナは自分の教室に戻っていった。
残ったバグは、自分の手の平を見つめる。
一歩一歩、出来ることは増えているし、課題も見え、改善策だって掴めている。
着実に成長している。
カンナだって特訓に付き合うと言ってくれている。
だから、
「頑張らないと……」
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