17話 アドバイス
「この世には虫を苦手とする人間は非常に多い。戦略次第では、戦いにおける心理的アドバンテージを君は得られるんだ」
教師はそう言う。
少し難しいが、虫嫌いの人が多いので怖がらせれば有利になるかもしれない、ということだろうか。
「例えば、地面から大量の虫を出して相手に纏わりつかせるとか、蚊やハエを相手の周囲に集めるとか、毒を持つ虫で脅すとか。生き死にが関わる状況なら別かもしれないけど、授業の一環の模擬戦なら効果は十分にあると思う」
教師は続ける。
「スキルは使いようだ。どんなものだって全く役に立たないなんてことはない。そもそも魔力を消費しないのだから、あるだけ得だ。それに、工夫すれば強力な武器にもなり得る。だけど、まだ足りないかな」
まさか、その足りないものは自分で探してみなさい、とか促すつもりなんじゃないか、と邪推するも彼はそこも話してくれる。
「君のスキルは直接相手にダメージを与えられるものではない。少なくとも今の段階では。だから、短期間で勝つためにすべきことは、やっぱり魔術の特訓だ」
魔術教師のアドバイスなのだから、まあ、そのような答えになるだろう。
しかし、まだ本格的に魔術の授業が始まっていないが、バグは自分が魔術が苦手であると理解している。
アレクを始め、孤児院の皆は基本的な魔術の発動が出来、さらにはそれを攻撃手段としても活用する段階にいる。
一方で、バグは火属性の基本である『ファイア』を発動はできるものの、時間はかかるし、燃えカスのような火力、規模しかなく、それを放つことも出来ていない。
『ファイア』で発生する炎は形が定まっていないため、形を保つとか標的を狙い撃つとか依然の問題なのだろう。
言うなれば、火力不足。
初歩の初歩である魔力消費が上手く出来ていない証拠だ。
例えるなら、物を投げる時どこにどれくらいの力を入れればボールが飛ぶのかすら分からない状況だ。
その旨を教師に伝えると、彼は楽しそうに笑う。
「いいさ、いいさ。君は授業を受けていないんだ。出来ない方が当たり前で、他の子どもたちが多少覚えるのが早いだけだよ。むしろ独学で、極小規模でも魔術を発動できたことがもう凄い。普通は発動することすら出来ない生徒はいるんだから。そこは自信を持ってほしい」
そして、彼は少し悩んだような顔をしつつも、
「これは魔術の教師である私が話すべきことではないのかもしれないけど、授業で評価される魔術と、実戦で役に立つ魔術は必ずしも一致するわけじゃない。そうだな、『ファイア』が使えるらしいね」
「はい」
「あれは君も分かっている通り火属性の基本魔術だ。それが出来たら次は火を球体状に保つ『ファイアボール』を習得する。他の魔術も概ね同じ流れだ。そして、その評価基準の1つとして火の大きさがある。球体が大きければ大きいほど評価も高くなる。しかし戦闘において、それは絶対に重要というわけではない。大きいほど相手が避けにくかったり、威力が上がったり利点もあるが、形を保つための魔力消費も激しくなるから、かえって不利になるかもしれないからね」
「確かに」
「加えて、いかに球体に近いかという評価も私は意味がないと考えている。別に丸くなくても形が保てていればそれでいいんだ。本当のボールじゃないんだから、別に歪でも問題はない」
言われればその通りだ。
「うん。だから、模擬戦で大切なのはいかに魔力消費を抑えて相手の戦意を喪失させるかだ。君はスキルで心理的な面ではそれを達成している。後は身体的な方だ」
身体的に戦意を喪失させる。
つまり、
「私も生徒同士が傷つけ合ってほしくはないが、授業だからね。仕方がない。君の次の模擬戦はいつだい?」
「2週間後です」
「そうか。2週間……まあ、いけるだろう」
と、教師は何やら計算した後、ボリュームを上げて気合の入った声音で突き付ける。
「2週間で『ファイア』と『ファイアボール』を実戦で使えるようにしよう!」
突然の宣言に、バグは動揺する。
「む、無理ですよ。俺、火も碌に出せないのに『ファイア』はまだしも『ファイアボール』なんて……」
「遠方の標的に届きさえすれば良いんだ。この際、授業評価は無視しよう。合格基準になっている人間の頭程度の大きさの『ファイアボール』を、この期間で覚えるのは確かに無理がある。でも、小石程度の大きさなら可能だ。さっきも言っただろう? 授業で評価されるものと、実戦で使えるものは必ずしも一致しない、と。小石くらいなら魔力消費も少なく、保ちやすい。形も歪でいい。これなら出来そうじゃないか?」
目標が明確に定められると、確かに自分でもやれそうな気がしてきた。
それに、何か動かなければ2週間後、また今日のように大勢の前で惨めな負け姿を晒すだけだ。
だったら、
「頑張ってみます!」
「その意気だ」
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