16話 ある教師との出会い
目を開けて、知らない天井だ、なんて思ってみる。
否、知っている。
ここは、医務室だ。
学校に入学してから数回利用したことがある。
覚醒するにつれて全身を強打した痛みが浮かび上がってくるようで、バグは奥歯を噛み締める。
怪我を負った箇所は治療されていて、丁寧に包帯が巻かれていた。
上半身を起こして、周囲を確認する。
しかし、四方をカーテンで囲まれているため、何も分からない。
耳を澄ますと寝息や小さなうめき声が聞こえるので、ここに眠っているのはバグだけではないらしい。
しばらくして、職員がカーテンを開けて入ってくる。
もう帰れそうか、と尋ねられたので「大丈夫です」と返して、ベッドから降りた。
床に足をつけるだけでも痛みが走ったが、歩けないほどではなかった。
医務室から出て、廊下の窓からは夕陽が差し込んでいて、もう下校時間になっていた。
だが、バグは孤児院に帰りたくなかった。
やっぱり今日は医務室に泊まっていけばよかった、と後悔しつつ廊下をゆっくりと歩く。
ふと、目に入ったのは図書館だった。
学校内でも一際、装飾にこだわられた建物で、バグも数度利用したことがある。
図書館と言う事で、うるさい生徒はまず立ち入らないし、様々な種類の本があるので時間を潰すにはもってこいの場所だった。
それでも利用回数はあまり多くない。
理由は、専門的な本を求めに来る教師が多く、気が休まらないためだ。
教師は嫌いではないが、彼らと同じ空間にいると緊張してしまうのだ。
何か話しかけられたらどう返せばいいのか、目を付けられたらどうしよう、など余計なことを杞憂するようになって段々と足が遠のいてしまった。
放課後なら人も少ないだろうし、行ってみようかな、とバグの足は図書館に向かう。
内部は広く、天井も高い。
1階も2階も大量の本棚と、そこに敷き詰められた本がそびえ立っており、いつ見ても圧巻だ。
上の段は高すぎるので、はしごも備え付けられている。
1つの区画を複製し続けたような空間が奥まで続いている光景は、ある種の芸術として見る人も多いのではないだろうか。
そして、予想通り人はいない。少なくともバグの見える範囲では。
さて何読んで時間を潰そうか、と図書館の中を歩く。
しかし、いくら歩いてもバグの興味をそそるような本はなく、子供には理解できないような魔術に関する本や歴史書、その他の学門書ばかりがある。
まあ、背表紙を流し見しているだけなので、真剣に探せばあるのかもしれない。
とは言え、曲がりなりにも学校の図書館なのだから、もっと沢山子供向けの本があってもいいのではないだろうか、と心の中で愚痴を吐く。
ついに中央部分の区画まで到着してしまった。
もし最奥まで歩いても見つからなければ2階に上がるしかない、などと探していると、そこに居た教師と目が合った。
中年で、特にこれといった特徴がなく、目立たないタイプの男の教師だ。
校舎でたまに見たことがある。
確か担当は、魔術だったはず。
高学年の授業を受け持っている教師なので、接点がない。
「おや、模擬戦の傷かな?」
本を閉じて教師が言う。
その声音はとても優しい。
「はい。こてんぱんにやられてしまいました」
「それは辛いな。大勢の前で負けるのだから尚更。ふむ、少し話さないか?」
「あ、はい」
反射的に返してしまう。
教師と何を話せばいいのか分からないのに。
バグと教師は中央通路に一定間隔で設置されているテーブルの1つに向かい合うように座った。
「私もここの卒業生なんだ。その頃から模擬戦はあってね。私も全く勝てなかった」
懐かしむ教師に対してバグは「そうなんですか」と返す。
会話を繋げるための気の利いた質問なんてできない。
「当時の私はよく自分のスキルを恨んだものだ。もっとスキルが強ければ模擬戦でも勝てて、格好悪い様を周りに笑われなかったのに、とか。君もそうなんじゃないか?」
図星を突かれてドキッとする。
バグの胸中を察したのか、
「別に説教をするつもりじゃないよ。誰だって考えることだ。それは決して悪いことじゃない。ちなみに君のスキルは何だい?」
教師の問いに沈黙が走る。
スキル鑑定からバグは自身のスキルを馬鹿にされっぱなしで、すっかり人に話すことを躊躇うようになってしまったのだ。
だが、大人なら、この教師なら笑わないでくれるかもしれない、という思いから口を開く。
「……『虫操作』です」
捻り出したような小さな声だった。
また笑われるかもしれない。
不快なものを見るような顔をされるかもしれない。
「へえ、良いスキルじゃないか」
スキルを他人に褒められたのが初めてで、驚きからバグは顔を上げる。
教師は嫌な笑いを浮かべるわけでもなく、ただただ微笑んでいた。
そこに嘲笑など全くなかった。
「変だとか思わないんですか?」
「思わない思わない。スキルは大抵おかしなものだよ。私の知り合いにはもっと不可思議なスキルを持っている人だって沢山いる」
短いやり取りで、バグはこの人は他とは違うと確信した。
『虫操作』を、ただのスキルの1つとして受け入れてくれる。
こんなに嬉しいことはなかった。
気付けば、緊張で縮こまっていた態度から一変して、教師の話を聞き逃さないよう真剣な眼差しで集中していた。
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