15話 最悪の模擬戦
退屈な座学が終わって、いよいよ模擬戦の時間だ、と生徒たちは元気よく訓練場に飛んで行った。
バグ含め数人は暗い表情だが。
なぜ嫌なことが後に待っている時、時間が経つのは早いのだろうか。
ため息交じりに、トボトボと歩く。
教師によるいつもの訓練内容の説明や注意事項を聞いて、早速模擬戦が始まった。
3試合同時に行われ、バグはその内1つを見学する。
一方はクラスでも優秀な男子で、もう一方は根暗な男子だった。
人気者と日陰者の対戦であり、当然ながら応援は優秀な男子に集中する。
アウェイな状況に体が硬直する男子は震える手で魔術を発動するも、呆気なく躱されて、肉薄を許し、最後には投げ飛ばされてしまった。
たった数秒で勝負は決した。
スキルも魔術も使うことなく勝利した男子生徒に皆が拍手を送り、バグも流されるように拍手した。
そうして、何試合か見た後にバグの名前が呼ばれた。
心臓が跳ね上がる。
喉から出そうだ。
対戦相手は運の悪いことに、トーレイの取り巻きだった。
マルロという男子で、常にトーレイの後ろを着いて歩き、彼もまた商人の息子だ。
魔術の成績はたいして良くない。
バグと同じくらいである。
問題はスキルで、彼の有する『身体巨大化』が非常に厄介だった。
元々、マルロは運動能力が高く、例えば拳を巨大化をして相手を殴ろうものなら、凄まじい威力である。
これまでの模擬戦の戦績は5勝1敗。
その1敗は、遠距離から魔術の連続攻撃を受けてのことだった。
つまり、彼を倒すには魔術が必要なのだが、バグは魔術が得意ではない。
相対して、まず恐怖が来る。
普段は小突かれたり、軽く叩かれたり、悪口を言われたことはあっても暴力を受けたことはなかった。
だが、これからは、その暴力が許される時間である。
体格はマルロが上、スキルも近接戦闘能力も上、魔術は同等。
勝ち目がない。
開始の合図があるまで、マルロが唇の端を歪め、こちらを見てくるのが怖い。
これまでは、いかにいじめてやろうかという思惑が込められているだけだったが、今回はいかに痛めつけてやろうか、と明確で凶暴な悪意がある。
開始、と教師が告げた瞬間、先に動いたのはマルロだった。
棒立ちのバグに向かって一直線に駆け、拳を巨大化させ、突き出す。
速いながらあまりにも単調な動きなので、バグも飛び退くことで回避できた。
しかし、地面に腹を打ち付けるような隙の大きい回避で、マルロは追撃を加えんと今度は飛び上がって両の拳を握り合わせて振り下ろした。
もはや殺す気か、と思わせるほどの強打をバグは転がることで免れる。
そして、反撃として拳を突き出すも、バグの平凡な筋力から繰り出される打撃などたかが知れていて、マルロもそれを脇腹に受けても平然としていた。
マルロは巨大化した拳の甲を薙ぎ、全身で受けてしまう。
全身を壁に勢いよくぶつけるような衝撃に、バグの体は弾き飛ばされる。
草の上にうつ伏せの姿勢で落ちる。
唇は切れて血が流れ、肩から腰にかけて鈍痛が響く。
たった一撃で動けなくなり、この時点でバグはもう戦意を喪失してしまった。
人生で怪我したことは何度もあるが、ここまで全身くまなく痛みを負うことはなかった。
自然と涙が溢れ、立つ気力すら湧かない。
皆が見ている前で格好悪いとか、そんなことを思う余裕すらない。
頭の中は早くこの地獄が終わってほしい、という願いが埋め尽くしていた。
バグの思いとは裏腹に、マルロはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
心配している様子など微塵もなく、さらに追撃を加えようという魂胆を隠すことなく接近してくる。
今にも閉じてしまいそうな瞼の隙間から、その姿が見えた。
ああ、今日ここで死ぬかもしれない。
本気でそう思った。
逃げ出す体力も気力も残っていない。
そんな状態になると、自分でも不思議なくらい冷静な気持ちで、これからの惨劇を受け入れつつあって、どこか他人事のような境地に到達する。
だが、これ以上痛めつけられることはなかった。
そもそも、どちらかが戦闘不能になれば模擬戦は終了する手筈だったので、教師が終了を告げたのだ。
ホッとしたのと、痛みや疲労でバグの意識はそこで途絶えてしまった。




