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10話 逃走

 宿に到着して、受付にレイネが尋ねる。


「すみません。この男が宿に泊まっていると思うんですが、もう出ましたか?」


 写真を受け取った受付の男は老眼なのか目を細めたり、近づけたりとしながらカベルの顔を確認する。


「ああ、この人なら――ほら、あそこに」


 と、指差した方をレイネとバグは素早く見る。

 するとそこには、バッグを肩にかけ今にも発ちそうなカベルの姿があった。

 写真の印象通り、いかにも何らかの隠し事を抱えているような挙動不審っぷりで、事情を知らない人間でも怪しむだろう。

 そして常に周りを警戒している男が二人の男女に注目されたことを気づかないはずがない。

 目が合った。

 次の瞬間、カベルが獣のような俊敏さで玄関に走った。

 細身の割に凄まじい速度で、反応が遅れたバグは追いつけなかったが、レイネは流石の身体能力でカベルを後ろから押し倒した。

 グウッと声を漏らしつつ、カベルは懐からナイフを取り出してレイネに斬りかかる。

 てっきり近接戦が苦手とばかり予想していたが、存外かなりの実力者のようだ。

 長い腕を鞭のようにしならせて、先端の手からナイフにかけては、風切り音すら聞こえるようだ。


「毒が塗られてるかもしれない!」

「分かってるわ」


 レイネは飛び退き、これでカベルとの距離が離れてしまう。

 初動を誤ってしまった。

 受付から聞いた時点で彼を見るべきではなかった。見るにしても気づかれず慎重に観察すべきだった。バグは猛省する。

 ジリジリとレイネが距離を詰め、近づくごとにカベルが離れて行く。

 一方でバグは悟られないよう、一匹の極小の虫型魔物を操作してカベルの脚に取り付けた。

 この魔物は蚊のような外見ながら、クモのように細い透明性の糸を放出する習性があり、その糸はバグの人差し指に巻き付き、カベルの体と繋がっている。

 が、それで間が縮まるわけではない。

 あくまで逃げられた時の保険だ。

 硬直状態が続く中、カベルが両の手を叩き合わせ、粉塵が拡散する。

『合わせ粉塵』の術だ。

 目隠しにも使えるし、この術後にちょっとした火花でも起これば爆発が起きかねず行動が制限される。当然ながら火属性魔術なんて絶対に使えない。

 この粉塵に乗じて攻撃をすることはあるが、今回は明らかな逃走用。

 なので、レイネは粉塵の中を果敢に突き進むも、カベルは既に宿の玄関から外に出てしまっていた。


「追うわよ!」


 2人は人混みの中、駆ける。


「さっきカベルの体に糸を出す虫を付けた。これでどこまでも追える」

「やるじゃない」


 素直に褒められたことは嬉しいが、今はその余韻に浸っている場合ではないことは承知している。

 バグは糸が進む方向に走り、レイネも続く。

 そう時間が経たず、カベルの背中が見えた。

 むしろ数秒の早く動いたとはいえ、現役の冒険者2人相手に短い時間でも追い付かせない脚力は賞賛に値するだろう。

 また、どうやらカベルはこの街の地理を把握しているようで、走っている間にどんどん人通りはなくなっており、景色も徐々に汚くなっている。

 何だか誘い込まれているような気がしないでもないが、かと言って見逃すわけにもいかない。

 そして、カベルは所狭しと並び立つ家のドアに転げ込むように入った。

 バタンッと閉じられる。

 バグがドアの前に立ち、レイネがその横に。


「俺が開ける」

「分かった」


 ここで勇敢なところを見せることでポイントが上がるだろう。

 ドアノブに手を掛けながら、いかなる攻撃が来ても即座に動けるように身構える。

 思った通り、ほんの少しだけ開けたタイミングで、カベルが家の中からドアをこじ開けてナイフを突き出してきた。

 が、ナイフが体に到達するよりも、バグの強烈の蹴りが早かった。

 腹部に蹴りを受けたカベルは壁まで勢いよく飛ばされる。

 2人は薄暗い家の中に入る。


「大人しく捕まった方が身のためだ、カベル・アルバーニ」


 みぞおちに蹴りが入ったことで数回咳き込み、おまけに長い距離を走ったことで息切れを起こしつつも彼は満足げな様子で言う。


「そうだろうな。あんたら『ドラゴンランク』に楯突いて逃げられるわけもないか」

「どうして私たちを罠にかけたの。やっぱり『皆の雫』を潰されたことへの復讐?」


 決して荒れたものではないが、レイネの口調には確かな怒りが込められている。


「復讐? むしろ俺はあんたらに感謝してるぜ? あそこを抜け出せるきっかけになったからな」

「だったら何であんなことをしたの!」

「ただの実験だ。俺のスキルの力を確かめたくてな。で、お前らがテアマトの力を測るには打って付けだったってわけだ」


 やはり、テアマトはスキルによって急激に成長していたのだ。


「ちなみに、お前らにテアマトの幼体がいると伝えたのも俺が仕向けた。お前ら、農民からテアマトのこと聞いただろ? あの農民に俺が金で頼んだんだよ」

「もうその辺はどうでもいいわ。気になるのは、貴方のスキルは確かに成長を促進させるもの。でも、あそこまで急激に生物を成長させることはできないはず。どうしてそんなことが出来たの」

「ああ。ご存じの通り、俺の本来のスキルは少しだけ成長を促すものだ。ほんの少しだけな。だが、これを手に入れてから格段に強力なスキルに生まれ変わったんだ!」


 ポケットから取り出したのは、小さく丸めた紙。

 それが何かは外見からは分からない。

 しかし、カベルのこれまでの発言から、紙の中身は恐らくスキルの効果を向上させる何か。


「気を付けて。あの紙の中身も相当ヤバいはずだ」

「ええ」

「丁度いい。お前らでも確かめてやる。俺のスキルがどれほど強化されたのか!」

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