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そして闇の栄光へ  作者: 瀬古剣一郎
第一章
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蟲毒の檻

《登場人物》

ダズト

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。


リィナ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。


ロキ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。

 ヤマダ君、スズキ君との遭遇戦から二日。東大陸に渡った一行はまず東廻りと西廻り、どちらのルートでアポロデアに向かうのか決める事になった。

 大陸南方に位置するアポロデア、しかし途中には非常に険しいミネガン山脈がありそのまま南下する事は出来なかったためである。東と西どちらの道で迂回するのか、一行は議論していた。


「西廻りの方が近いんだから、そっちでいいんじゃないの?」

夜営中、丁度良い石に腰掛けてリィナは保存食のクッキーを食べていた。ドライフルーツをふんだんに使った優しい甘味のクッキーである。サクサクとした小気味よい音が、リィナの薄いピンク色の唇から漏れ響く。

「距離的にはそうですね。しかしミネガン山脈程標高は高くないですが、山地を幾つか越えなければなりません。東廻りは遠回りにはなりますが、比較的平地が多いですね」

ロキは上品に野菜スープをスプーンで口に運びながら答えた。その膝には地図が広げられている。スープはやや塩味が強かったが、旅を続けるロキにとっては丁度良い塩梅(あんばい)でもあった。

「どっちも一長一短なのね、ダズトはどう思うのかしら?」

「あ?興味がねぇ、好きにしろよ」

リィナに話を振られたダズトは焚き火で(あぶ)った干肉(ほしにく)を齧りながら、適当に返事をする。干肉は偏食家のダズトにとって数少ない好きな食べ物であった。焼けた肉の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。

「あなたねぇ……お肉ばっかり食べてないで、お野菜もちゃんと食べなさいな。体力の回復にはバランスの取れた食事が大切なんだからね」

「チッ!うるせぇな、大きなお世話だ」

元より返事の内容に期待していなかったリィナは、ダズトの偏食の方を注意する始末であった。

 ヤマダ君との戦闘で負った傷は浅くは無かったが、既にリィナの治癒魔法を受けてほぼ完治していた。しかし体力までは魔法では回復する事が出来ない、やはり食事と睡眠は大切なのである。

 更にダズトはスキットルを取り出してウィスキーを口に含める。

「もう!言ってるそばから、お酒も程々にしときなさい。ヤマダ君みたいになるわよ」

ダズトはリィナの小言にうんざりしながらロキの方へ話を向ける。

「おいロキ、東と西……結局どっちがいいんだ?」

「ふぅむ……難しい所ですね」

ロキは飲み終わったスープの器を横に置き、拳に(あご)を乗せて地図と睨み合いを続けていた。

「ほら私のクッキー一つあげるわ☆はい、あ~ん」

「おいやめろ、いらねぇつってんだろ。ロキ、どちらでもいいから早く決めろ!」

ダズトはリィナとの話の矛先を変えようとしてロキをせっつく。

「う~む……やはりここは、申し訳ありませんがダズトさんに決めて頂いてもよろしいですか?」

ロキは顔を上げると、ダズトに決定権を投げかけた。

「ふん、らしくねぇな。何をそんなに迷ってやがる」

リィナをシッシッと追い払うと、ダズトはロキに理由(わけ)を聞く。

「東も西もアポロデアに行くだけなら大差は無いのです。ならばもう一つの目的、道中での『神の欠片』の捜索……こればかりは私では見当が付きません。しかし欠片に魅入られたダズトさんならば(ある)いは。宿命……とは言い過ぎですが、何か感じるモノがあるのではないかと思いまして」

「テメェでも宿命だとか運命だとか、くだらねぇ物を気にすんるんだな」

ダズトは馬鹿馬鹿しいといった顔をしながら、噛んだ干肉を飲み込んだ。

「……まあ、(げん)(かつ)ぐようなものでしょうか。如何(いかが)でしょう?」

 再び口に入れた干肉を噛みほぐしながら、ダズトは辺りを見回すかのような仕草をする。ふとリィナと目が合ったダズトは、反対に顔を向けて顎を上に向けた。

「しょうがねぇ……こっちだな」

「……東ですか、分かりました。決まりですね、ありがとうございます」

意外とすんなりダズトが決めてくれたので、ひとまずロキは胸を撫で下ろす。

「ちょっと、私が居ない方に顔を向けただけじゃないでしょうね」

「考え過ぎだ。……ま、理由としては十分だがな」

不機嫌そうに視線を送るリィナの横で、ダズトは気にする素振りも見せず、干肉を食べながら皮肉を述べるのであった。


 古都ウル・ホルン。この街は数千年前から存在し、歴史のある街として有名であった。街の北部には森と共に古代の遺跡が数多く残っており、また街も遺跡を保存する運動に力を入れていた。

 遺跡には許可された者しか立ち入る事を許されず、普段のパトロールは勿論、盗掘対策に魔法で結界を幾重(いくえ)にも張り巡らせる徹底ぶりであった。

 ダズト一行は道すがら偶然この街に足を運ぶ事になる。東廻りのルートでは数少ない峠道で落石があり街道が(しばら)く不通になってしまったのだ。そのため開通するまで一週間程、どこか近くの街に滞在する事になったのである。


「ここがウル・ホルンね。へ~、古都って云うだけあって結構良い雰囲気じゃない」

パワースポット巡りが好きだというリィナにとって、この街はとても魅力的であった。自然とリィナの足取りは軽くなり声も弾んでくる。

「一週間は居るんでしょ?うふふ、色んなとこ観光しちゃお~っと♪」

そんなリィナを苦々しく思ってなのか、ダズトは街に着いてから酷く機嫌が悪い。

「チッ!お気楽なものだな、テメェはよ」

唾を吐き捨て如何(いか)にも(いら)ついた態度のダズトだったが、自分でも何故こんなに不快な気分なのかが分からなかった。不思議と心がざわつき違和感がしこりの様に引っ掛かる。その事が余計に虫の居所を悪くしていたのだ。

「ダズトさんどうしたんですかね?」

心配したロキは小声でリィナに話し掛ける。

「さあ?後で美味しいお酒が飲めるバーにでも連れていけば、機嫌も直るんじゃないかしら」

リィナは始め特に気にするでもなかったが、ふと思い当たってダズトを見つめる。

「ああ?何だよ、おい」

眉間に深い溝を作って苛つきを隠す事も無く、ダズトはリィナに凄んだ。

「……ダズト、ちょっと『神の欠片』を出してご覧なさい」

リィナにそう言われてダズトもまさかという気持ちで、急いで懐から「神の欠片」を取り出した。

「……こいつは!」

三人は息を呑んだ。ダズトの手中には柔らかな光を放っている「神の欠片」があったのだ。

 ……キィィィイーン……

 いつか聴いた音がダズトの頭の中で鳴り響いた。

「……チッ!」

一瞬、気が遠くなりかけるもダズトは「神の欠片」を抑え込む様に、強く握り締めて意識を保つ。

 不快感の原因を理解したダズトは、その根源を目の当たりにして何を思うのであろうか。リィナとロキは顔を見合わせた。

「大丈夫なのダズト?」

「ダズトさん、どうかお気を確かに」

リィナは気遣う声を掛ける(かたわ)ら、万が一に備えてバリアを張るための魔力を両手に集中させる。その辺りは一度死にかけているだけあって、抜かりは無かった。

 欠片を取り出してから数秒。その光は徐々に弱くなり、更に数秒経つと完全に欠片は常態に戻っていた。

「……クソが!ふざけやがって……!」

ダズトは忸怩(じくじ)たる思いをぶつけるかの様に、より一層強い力で欠片を握る。その手からは血が滲み出し、(したた)った数滴が地面に吸い込まれていった。

「ダズト、あなた……」

リィナは何か言いかけるも、少し躊躇(ためら)う。

 それからダズトは一度大きく深呼吸すると血の付いた欠片を服で(ぬぐ)い、懐にしまい直した。

「……理屈は知らねぇ、だが近くにあるぜ……『神の欠片』がよ」

ダズトが言うならばそういう事なのだろう、とリィナとロキは思った。無言で頷き続く言葉を待つ。

 今のダズトの表情に苛立ちは見られなかった。むしろ何かを深く考え込んでいるのであろう、心此処(ここ)に在らずといった雰囲気である。

「……先に宿へ行く、テメェらは適当にやってろ」

そう一言だけ言うと、ダズトは二人を置いてさっさと歩いて行ってしまった。

「どうするロキ君?」

離れていくダズトの背中を遠くに見つつ、リィナはロキに今後の行動を(たず)ねた。

「リィナさんはダズトさんに付いていてあげて下さい。欠片と共鳴した影響でしょう、少し情緒が不安定になっている様に見受けられます」

「……そうね、あんなダズトを見るのは私も初めてよ。ロキ君は?」

「私がこの街で『神の欠片』に関する情報を調べてきましょう。二、三日で戻りますよ」

「了解よ、ロキ君も気を付けなさいね」

 こうしてリィナとロキも二手に別れる事となった。愛想の良い笑顔で手を振りながら去って行くリィナを見送った後、ロキは顎に手を当てて一人考える。

(私に魔力は殆ど無いが、アレが魔力も含めた途轍(とてつ)も無い力を有しているのは感じ取れた。しかしあの力……何者かの意志を感じるのは気のせいだろうか?『神の欠片』……神とは一体?)

しかし幾ら考えても結論など出るはずもなかった。ひとまずこの件は置いておき、ロキはこの街で「神の欠片」に繋がる情報を探すべく、雑踏の中に消えていくのであった。


 いつか見たことがある景色であった。いや、景色というには余りにも何も無いのであるが、延々と続く暗黒の闇にダズトは居た。

 前と同じならば、何処(どこ)かにアレも在るはずだ。そう考えたダズトは上下も左右も判らぬ場所で視線を巡らせる。そして――それは在った。

 真っ赤な炎がまるで意志を持っているかの様に、ゆらゆらと(うごめ)いている。一つ以前と違うのは、一回り炎が大きくなっていた事であった。怪しく揺らめく炎をダズトは眼前に見据える。

「……オレに何をさせたいのかは知らねぇが、答は変わらん。オレの戦いはオレが決める」

ダズトの言葉に炎の揺らめきが大きくなった。

「戦う理由もやり方も、全てだ」

そう言うとダズトは既に握り潰せるような大きさではなくなっている炎の中に手を広げて突っ込んだ。

 その瞬間、ダズトの身に焦がすような熱気と苦痛が襲い掛かって来る。しかしダズトはそれを意に介す事なく、広げた手を炎の中心で一気に握り締めた。

「もう一度言うぞ、オレに指図するんじゃあ……ねぇ!」

赤い炎が四散し火の粉が舞う。再び訪れた闇、漆黒の空間。ダズトは拳を握り締めたまま、自分に向けてゆっくりと手を開く。そこから白い光が放たれると、辺りを包み込む様に緩やかに広がっていった。


 目を覚ましたダズトは起き上がり、まず窓の外を見た。日が大分(だいぶん)傾いているのが分かり、まずは顔を洗うために洗面台へと向かう。顔を洗っている途中、夢の中で炎を握った手を見つめた。特に普段と変わらない、いつもの自分の(てのひら)である。果たして、この手でどれ程の数の敵を斬ってきたのであろうか。勿論ダズト自身はそんな疑問を考える事などある訳ないのだが。

 ある程度の身支度(みじたく)を終えると、ダズトは宿の部屋から外に出た。

「お出掛けかしら?」

 扉を開けたダズトが廊下に一歩足を踏み出すと、扉の横でリィナが壁にもたれかかっていた。ダズトは一瞥すると、特に話す訳でも無く横を通り過ぎて行く。

「あなた丸一日以上寝ていたのよ」

ダズトの後ろを付いて歩きつつ、リィナは既に次の日の夕方になっている事を告げた。

「何?……そうか、そんなに眠っていたか」

これにはダズトも少し驚いて足を止める。

 リィナはダズトの横に並ぶとその顔を覗き込んだ。

「……少しは気分良くなったかしらね、顔色は悪くないようだけど」

「ふん、問題無ぇよ」

普段と変わらぬ全く愛想の無い、ぶっきらぼうな物言いでダズトは応えた。

「なら良かったわ、塞ぎ込んでたらどうしようかと思ってたもの」

リィナは微笑んで、ダズトの頬に手を当てる。

「チッ!(がら)でも無ぇ」

リィナの手を払い落とすとダズトは再び歩き出した。リィナも並んで付いて行く。

「……その内、気に入らねぇモンは叩き潰してやるさ『ダーク・ギルド』も『神の欠片』も……全てな」

まるで組織への造反をほのめかすような言葉にもリィナはダズトを諫める事なく、むしろクスクスと笑い出した。

「フフ……やっと、らしくなってきたじゃない。やっぱり、ダズトはそうでなくちゃあね☆」

褒められているのか(けな)されているのか、ダズトは複雑な表情でリィナを横目で見る。

「今はロキ君がこの街で『神の欠片』の事を調べてるのよ。もうそろそろ……多分、今夜か明日の朝くらいに戻ってくるんじゃないかしら」

(そういえば確かにロキの姿が見えないな)とダズトは思った。

「ダズトは?これからどうするつもりなのかしら?」

ダズトの歩幅に合わせるよう大股で歩きながらリィナは問い掛ける。

「腹が減った……後は酒だな」

歩を進めながら顔を持ち上げ、差し当たってダズトは空腹を満たす事にした。

 その言葉を聞いて、リィナは人差し指を立てた手を、自分の顔の前に持ってくる。

「そう思って☆美味しいお酒が揃えてある良さげなお店、探しておいたわ♪」

「ふん、珍しく気が利くじゃねぇか」

美味しい酒というワードに興味を示したのか、ダズトは口角を上げてリィナの方に目を向けた。

「あら?古今東西見渡しても、私ほど美しくて気が利く良い女はなかなかいないわよ」

「……自分で言う事かよ」

一転して、ややゲンナリとした顔をしたダズトは軽く溜め息を()く。

「……でも、二人っきりで飲むのは久しぶりね!今日は最後まで付き合ってあげるわ☆」

リィナは嬉しさを隠そうともせず、ダズトの肩に手を置いた。

「誰が一緒に飲むと言った。誰が」

「照れなくてもいいじゃない、(いや)って言っても勝手に付いていくわよ」

「……チッ」

迷惑そうな顔をしながらもダズトはことさら拒否はせず、二人は街中を抜けて繁華街の方へと向かって行く。

 日は既に西へと沈みつつあり、代わりに白かった月が山吹色の光を纏って、夜の闇を照らし出していった。


「どうも、遅くなりまして申し訳ありません」

ロキが戻ってきたのは翌日の昼前であった。三人は合流すると宿のロビーに腰を落ち着ける。

 ロキは席に着くと同時にダズトの顔色に目をやった。

「……どうやら体調は良くなったようですね、安心しました」

何か吹っ切れスッキリした雰囲気のあるダズトに、ロキは明るく語り掛ける。

「……ふん、お前の方こそ遅くなった分は何か掴んできたんだろうな」

以前と変わらぬ憎まれ口を叩くダズトに目を細めると、ロキは二人を見回した。

「はい、おそらくは北方に広がる遺跡……ここの何処かに『神の欠片』が在るのではないかと」

「遺跡に?あそこは保存する為に立ち入り禁止なんでしょ?」

人が居ない場所に何故「神の欠片」が在ると判ったのか。リィナは疑問を口にした。

「それがですね遺跡は保存の為に立ち入り禁止なのでは無く、実の所は得体の知れぬ化け物が住み着いており、そいつが人を襲うから立ち入り禁止なのだそうです」

「化け物ねぇ……」

リィナは半信半疑といった風で首を(かし)げた。

「問題は化け物の存在の有無ではありません。昔、この遺跡では人が何かに魅入られたかのように、何処かに吸い寄せられては消えていったそうです」

「魅入られる……だと?」

ダズトはにわかに反応を示し柳眉(りゅうび)を上げる。ロキはダズトに首肯(しゅこう)すると話を続けていく。

「はい、消えた者達は殆どが戻る事が無かったそうですが、極稀に正気を取り戻し生還する者がいたと。そういった者達が語るには、気が付いたら見知らぬ遺跡の奥に辿り着いており、其処(そこ)には光る石のような物と化け物が居た……と伝えられているそうです」

「光る石……『神の欠片』か」

ダズトは腕を組んだままで虚空を睨んだ。

「これはビンゴじゃない?流石(さすが)ロキ君ね!それで、それはどれぐらい前の話なのかしら?」

リィナは自分の正面で一度手を叩いてから身を乗り出す。

「この話はざっと二千五百年程、昔の話だそうです」

「に、二千五百年!?それまだ在るのかしら……」

正面で手を合わせたままリィナは目を丸くさせた。

「そのため二千年程前から、遺跡を保存する名目で結界を施して一般の者達が近づけないようにし……今に至る。と、いう事です」

「なる程な」

姿勢は変えないまま短い言葉を返して、ダズトはロキと目を合わせる。

「そして最後に。これは未確認の情報ではありますが、今でも主にパトロールに携わる者が居なくなる事件が稀にある……と聞きました」

ロキの説明が終わると、リィナは期待を込めた笑顔を作り、ダズトを見つめた。

「……決まりね、早速(さっそく)遺跡に行ってみましょうよ☆」

「……確かに、行く価値は有るかもな」

組んでいた腕を(ほど)きダズトが立ち上がると、それにリィナとロキも続く。三人は街の北部に広がる遺跡群に向けて出発していった。


現地に到着すると、まずは広大な遺跡全周を囲む土塁(どるい)が、文字通り壁となって一行に立ちはだかった。

 二千年前から人々が立ち入る事が出来ないように、数百年掛けて造られた巨大な土塁であるが、それ自体は大した障害ではない。むしろ土塁に幾重にも施された結界が厄介であった。

「おい、まだかリィナ」

ダズトの急かす声が聞こえる。なるべく目立たない場所から侵入を試みてはいるが、いつパトロールの者達が来るかも知れないのだ。

「もう少し待って、まあまあ高度な術式が七重に……いえ八重も掛かっているのよ」

リィナは目を閉じながら土塁に手を当てて、魔力探知を行っていた。

 張り巡らされた結界を解析して、無力化するためである。

「早くしねぇと、そろそろ見廻りの奴らが来るぞ」

ロキからの情報でパトロールの時間とルートは把握しており、空いた時間を見計らってはいたものの、如何(いかん)せん強力な結界のためリィナも多少は手間取っている様であった。

「う~ん……はい、完成よ。今から五、六分は結界は発動しないわ」

リィナは閉じた目を開くと、土塁の壁に添わせていた手を離した。

「五分か、余裕だな。ロキ」

「承知しました」

ロキは背中に背負っていた物を地面に降ろした。小型の投げ槍が十本、その内一本を握ると、ロキはその剛力で土塁の壁面に投げつける。ドッという音と共に槍が深々と壁に突き刺さった。次の槍を掴み、先に投げた槍より五十センチ程上に投擲する。更にもう一本、もう一本と上に向かって次々に突き刺していく。こうして突き刺さった槍を足場にして、三人は壁面を越えていった。


 先にダズトが内側に降り立つ。そこには二千年もの間、人間の侵入を拒んできた世界が広がっていた。続いてロキがダズトの横に着地する。

「いやはや、これは遺跡というより樹海ですね」

圧倒される程に鬱蒼(うっそう)と生い茂る濃い緑、しかし奥の方にはかつて人々が居たであろう痕跡が確かに見て取れた。崩れ落ちて完全に瓦礫と化した建造物が所々に残っている。

 しかし面積にして五百平方キロメートル近くもある、この遺跡群から如何にして、小さな欠片を見つける事が出来るのであろうか。

「きゃあっ!」

降りる時にバランスを崩したリィナが、斜面を滑り落ちて尻餅をついた。

「いった~……うわっ、こんなのジャングルじゃない。こんな所から本当に探し出せるのかしら?」

「さてな」

リィナの心配をよそにダズトは剣を抜くと、枝や蔦を切り払いながら森の中へと入って行った。

 何か確信めいたものが有るのか、ダズトの足取りに迷いは感じられない。余りにも真っ直ぐ森へ向かって行くダズトにリィナは少し懸念を感じる。

「……いやに張り切ってるわね」

「それだけダズトさんが元気になった、という事でしょう。さ、我々も続くとしましょうか」

ロキに(うなが)されてリィナもダズトの後に続いて行った。

 一行は森の奥へ奥へと進んでいく。どれだけ進んだのであろうか、すでにかなり奥地まで来たはずであった。

 ここまで、至る所に遺跡らしい崩れた石柱や石畳が残ってはいた。しかし未だに「これは」……と思える物には出会えてはいない。とはいえ、この青々とした広大な樹海の中では無理の無い事でもあろう。そもそも何を目標として進めばよいのかも、一行には分かってはいないのだから。

 ただダズトだけが、何かに導かれるかの如く、ある一点を目指して進んでいる様であった。

「はぁ~……ちょっと疲れてきたわね。いっそのこと火炎魔法で焼き払っちゃえばいいんじゃない?」

疲労を隠せないリィナは足を止めて、手を膝に当てる。

「そうしたいのはやまやまですが、下手に延焼して森林火災を引き起こす可能性もありますし。やはり、お勧めは出来ませんね」

「やっぱダメよね~。ねぇダズト、一体何処まで行くつもりなのよ」

ロキに森を焼き払うのを止められてリィナは肩を落とす。そして少し先を進むダズトに声を掛けた。

「オレが知るか。……ただ此処(ここ)をもう少し行った所に、欠片の存在を感じる気がすんだよ」

ダズトの言動に、やはり不穏な空気を感じたリィナは怪訝(けげん)な表情を浮かべる。

「まさかと思うけど……あなた欠片の力に操られてるんじゃ無いでしょうね?」

リィナの言葉に眉をひそめると、ダズトは足を一旦止めて振り返った。

「舐めるんじゃねぇよ、これはオレの意志だ。だいたい不本意とはいえ『神の欠片』を回収するのがオレ達の任務だろうが」

「……それもそうね、悪かったわ。忘れてちょうだい」

ダズトの言うことは(もっと)もであった。ロキが無言でリィナの肩に手を乗せると、リィナは休むのを止めて、再びダズトの後を歩き出し始めた。


 突如、森が開けた空間が現れる。其処には今までの、どの遺跡よりも遥に巨大な古代の建築物が、崩れる事無く綺麗に残されていた。

「こいつは……?」

「大きい……何の遺跡かしら?」

「ほう、これはなかなか……興味深いですね。神殿……?でしょうか」

そのスケールの大きさと荘厳な雰囲気に、三人は(しば)し足を止めて息を押し殺す。

 その時であった。

 ……キィン……

 微かに例の音が頭の中で鳴った。反射的にダズトは左手で側頭部を押さえる。

「欠片の共鳴……!ダズト、大丈夫?」

ダズトの様子と、その(ふところ)から僅かに漏れ出た魔力を察知したリィナが、慌てて駆け寄って来た。

「……チッ!どうやらこの建物内に欠片があるようだぜ」

「へ~、そんな正確に分かるの?結構便利ね」

意外な程、詳細に『神の欠片』の居場所を探知するダズトに、リィナは驚きの声を上げる。

 当然、ダズト自身も何故そんな事が分かるのかは理解出来てはいない。ただ頭の中に響く音を聴くと、何かの意志の様なモノが、近くにある欠片の位置を教えてくれる……そんな感覚がするのだ。

 そして同時に、リィナはこの状況に疑問を抱き始めていた。

「……でも、本当に欠片が見つかるなんて、ちょっと出来過ぎよね。ご都合主義もいいとこだわ」

ロキも(いささ)か、事が上手く運び過ぎている気がしだしていた。どうにも引っ掛かる思いがして、(うつむ)いて顎を摘まむ。

「ふぅむ、私が発案した事ですが、確かに出来過ぎている気はしますね」

「そうよね~……」

どこか釈然としない顔の二人にダズトは痺れを切らしたのか、二人の間を抜け出ると、一人で神殿らしき遺跡に向かって歩き出していった。

「あ?なんだテメェら、ビビってんのか?何ならこの中にはオレ独りで行くから、ここに残っても構わねぇぞ」

「また、そんなこと言って。ちゃんと付いて行くから安心なさい」

悪態を()きながら歩くダズトの背中を追って、リィナも遺跡に向かって行く。小走りしてダズトに追い付くと、ちょんと肘で小突いた。

「ふん!ならグダグダ言うんじゃねぇよ」

 ダズトとリィナの受け答えを見ながら、ロキもまた神殿の遺跡へと歩を進めて行った。

 ロキは思う。

(果たして、どこまでが偶然で、どこからが必然なのか?)


 遺跡の内部は湿度が高く、ジメジメとした不快感が肌にまとわり付いてきた。まだ日は高く開けた場所とはいえ、只でさえ薄暗い樹海の中での建物内は、光が殆ど射し込んでこない。ダズトは以前したように、剣先に炎を灯して内部を探索していった。

 雰囲気に加えてそういった環境の悪さのせいなのか、一行はまるで巨大な生物の(はら)の中に居るかの如く、じっとりとした感触を覚える。

「うわぁ……何か見たことの無い、気色の悪い植物が生えてるわね」

緑と紫が混じった巨大な(つる)性植物が、遺跡全体を覆い尽くす様に、壁や床を取り巻いていた。

「新種でしょうか、私もこの様な植物は初めて見ますね」

ロキも至る所から生えている、この不思議な植物に興味を示す。

 蔓はかなり太くリィナの腕周りくらいはあろうか、葉は少ないが一枚一枚がかなり大きく、蔓と同様に毒々しい色をしていた。特筆すべきは花であった、(つぼみ)ですらリィナの顔くらいの大きさがあり、花弁が広がれば更に三倍以上にはなるであろう。しかし、見える範囲内に咲いている花は無い。

 一方、ダズトはそんな植物には一切の興味も示さず、淡々と遺跡を歩き進んで行った。

「おっと、こんな事をしている場合ではありませんか」

少し離されてしまったロキは、急ぎダズトを追って通り過ぎてゆく。

 足音が遠く過ぎ去り、無人となった廊下を植物の蔓が蠢動(しゅんどう)する。まるでダズト達を監視しているのか、その蕾が一斉に一行が進んで行った方へと向けられていた。


 崩れた壁や階段に阻まれながらも、ダズトは迷いを見せる事無く入り組んだ遺跡を進み続ける。暫くの後、前方に光が差し込む場所が見えてきた。

 四方が壁に囲まれた吹き抜けの空間、かつては美しい庭園であったのであろうが、今は例の不気味な植物の森となり果てていた。

「ここは……中庭でしょうか」

ダズトに追い付いたロキが、久し振りの日の光に手を(かざ)した。目が慣れてくると、そこそこ広い庭園なのが分かる。怪しい草が蔓延(はびこ)る中、庭園の中心部は小高い丘になっていた。

 ダズトは剣を振り上げると、蔓を切り払って丘を目指す。ここまで来れば、リィナとロキも何となくだが、行くべき場所が分かってきていた。ダズトと共に草を切断しつつ、一行はついに丘の(ふもと)まで到着する。

 そして、その丘の中央。祭壇らしき台の上にそれはあった。

「見つけたぜ『神の欠片』だ」

見上げながら、ダズトは感情を表に出す事無く言った。

 丘の上は蔓は殆ど生えておらず、割と遠目からでも、祭壇に整然と置かれている「神の欠片」が確認できる。

「実際、半信半疑でここまで来たけど……本当にあったわね」

リィナは「神の欠片」を目の前にして、ダズトの力に息を呑んだ。

「ですね、良くも悪くもダズトさんのお力は本物の様です。しかし、この状況はどうにも……」

ロキも驚いてはいたが、やはり何者かの手が加えられているのか「神の欠片」が置かれている付近が、余りにも綺麗過ぎる事が気に掛かっていた。


 ……キイィィン……

「何だ!共鳴!?」

ダズトが叫ぶ。だがこれはダズトの持っている欠片ではない。祭壇に置かれている方の「神の欠片」が、にわかに強い光を発し出したのだ。その青緑色の光は、たちまち凝視出来ない程に強くなり、三人は堪えきれずに目を閉じた。

 ほんの一瞬であった。光は直ぐに収まるも、次に瞳を開いた時には「神の欠片」は祭壇の上から姿を消し。代わりに巨大な異形の怪物が、丘の上からダズト達を見下ろしていたのだ。

「……これはこれは」

 異形が口を開く。まるで複数人で喋っているかの如く、奇妙に反響した声であった。喋っているのは真っ白な人間の上半身なのだが、問題はその下半身の様相だった。

 例えるなら、直径は約四メートル、長さは十メートル近くもある巨大な芋虫と形容すればいいのか。更に下の方には足の代わりであろう、人間の手が数百本と生えて(うごめ)いている。

「どっから現れやがった?まさか欠片からか!?」

ダズトは即座に抜剣すると、盾を突き出して戦闘態勢に移行する。

「モンスター!?いや人語を話せている?」

「なにコイツ?キモっ!」

ロキとリィナも急な怪物の出現に驚くも、直ぐに身構え戦闘態勢を取った。

 本来、魔物(モンスター)と呼ばれるモノは言葉を話さない異形の総称であるため、この場合は当てはまらないのかもしれない。

 一方のリィナは、その醜悪な姿を単純に嫌悪していた。

「……人間風情(ふぜい)が、無礼であろう。余は神であるぞ」

「はぁ?何言ってんだテメェ」

巨大な異形は不満を(あら)わにすると、自らを神と名乗った。しかし、ダズトはそんな怪物の言葉を一蹴してしまう。

 ここで怪物はダズトに関心を向けたのか、何かをを見定めるかの如くジロジロと見回した。

「……ほう?貴様、余と同じ力を持っておるのか。だがおかしきかな、何故その力を解放せぬのだ?」

怪物は身を乗り出して問い掛けるも、ダズトは呆れた様子でその問いにも耳を貸さない。

「言葉は話せるみてぇだが、てんで会話にならねぇな。意味が解らん」

 ロキはこれまでの話と状況を推測して、ある仮説を立てる。

「ひょっとしてこの者は『神の欠片』に魅入られた人間の成れの果てでは?」

「あ~……なる程ね~」

納得したリィナは、顔をしかめながら頷いた。

「嫌あね、ダズトもその内こんなキモくなっちゃうのかしら……」

「チッ!こんなもんに誰がなるかよ」

リィナの憂いをダズトは苦々しく吐き捨てる。

 三人に好き勝手に言われ放題の怪物もまた、一方的に話を続けていった。

「使えぬ力であるならば、余が貰ってやろう。褒美に貴様達を我が血肉としてやる、光栄に思うがよい」

怪物から尋常ではない魔力が放出されていくと、三人は改めて臨戦態勢を取り直す。

「ふん!欠片なんぞに取り込まれた雑魚(ざこ)が!テメェの方こそ剣の(さび)にしてやるぜ」

自称とはいえ、神を名乗る者に対して、ダズトは不遜な態度で言い放った。


 怪物がその巨体を(うな)らせて、猛スピードで丘から下り降りてくる!ズシン!という重い音と共に勢いよく砂埃(すなぼこり)が舞い上がった!

 外套で砂埃から顔をカバーしつつ、ダズトは右手に飛び退く!怪物は欠片を持つダズトに狙いを定めているのか、立ち込める砂煙の中でその姿を探していた!

 リィナとロキはダズトとは反対側、左手方向に飛んで回避した!激しい砂埃に辟易(へきえき)しながら見上げると、ダズトを追っていった怪物の巨体が、此方(こちら)に背を向けているではないか!

「うふふ、チャンスじゃない」

リィナは一気に決着を付けようと、両手を構え巨大な火球を作り出した!途端!リィナの魔力に反応したのか!周りを取り巻いていた不気味な植物の蕾が開き、一斉にリィナに襲い掛かって来た!花弁の中には牙を模した、鋭い棘が無数に生えている!

 恐らくはこの植物はあの怪物と一体の存在であり、怪物の魔力で操作されているのであろう!

「させません!」

ロキがリィナを守る為に槍を旋回させる!槍の間合いに入った植物は瞬時に切り刻まれた!

 そして巨大な火球がリィナの手を離れて怪物に向けて放たれる!その飛翔する灼熱の紅玉が、怪物に着弾する直前!バリアが張られていたか、火球が見えない壁に阻まれる!しかし火球はここで霧散する事なく、逆に勢いそのままリィナへと方向を変えた!

「ヤバっ!反射魔法障壁(リジェクトウォール)!?」

 反射魔法は使用した瞬間に、反射の成否に関わらず膨大な魔力を消費する。そのため本来はタイミングを合わせてピンポイントに使用するのだが、準備動作が非常に読まれ易い欠点があった。魔法に少し緩急をつけられるだけで対策される為に扱いが難しく、効果の割に余り使われないのが現状であった。

 しかし、怪物は「神の欠片」から溢れ出る莫大な魔力を利用して、常時周囲に反射魔法を展開していたのだ!

 両手で魔法を繰り出したためリィナはバリアを張る余裕がない!ロキもこの巨大な火球は、闘気でも完全に消し飛ばせないと判断!二人は後方へと大きく跳ねて火球を回避する!地面に落ちたリィナの火球が爆発!襲い来る植物をも巻き込んで、二人を吹き飛ばした!

「きゃあっ!」

「むぅっ!」

 ロキは体勢を崩す事無く着地!だが、リィナは上手く着地出来ずに転倒してしまった!そこに数多(あまた)の人喰い花が、牙を向けて襲い掛かる!

「リィナさん!」

もう一度跳躍したロキが闘気を込めた槍を一閃!リィナを(かば)いガード!しかし僅かに切断を免れた一本の花が、ロキの左腕に噛み付いた!それでも表情を何一つ変えずに、ロキはすかさず腕力で花を引きちぎる!

「……ロキ君!このぉ!」

怒ったリィナが小型の火炎弾を撃って、ロキの腕に噛み付いたままの花のみを燃やした!

「やってくれたわね!」

リィナが手を左右に大きく広げる!冷たい魔力がリィナとロキを中心に渦を巻いた!魔力で極寒の吹雪を起こし、およそ半径二十メートル以内にいる植物は、一瞬で凍り付き砕け散った!

「ごめんなさいロキ君!私を庇って傷を……!」

謝罪をしながら急いでリィナはロキに駆け寄る。

「ご無事で何より、この程度かすり傷にもなりません。どうかお気になさらず……ぐっ……!」

始め涼しい顔をしていたロキが突然、口から血を流した。

「……うぐっ!……これは……!毒!?」

真っ青な顔をして(うずくま)ったロキの口から更なる血が吐かれる。

「いけない!」

リィナは直ぐに治癒魔法を唱えた。何とか吐血が止まり、幾ばくか顔色も戻るが、なおも激しい苦痛は取れない。

 それでもどうにか立ち上がれるようになると、ロキはリィナの肩を借りて中庭から脱し、一先(ひとま)ず神殿の中へと避難した。その間もずっとリィナはロキに治癒魔法を唱え続けている。

「こうして治癒魔法を掛け続けていれば死ぬ事はないけど……私、毒を直接治療する魔法は使えないのよ、ごめんなさい。このまま毒が代謝されるのを待つしかないわ」

「……リィナさん……申し訳ありません」

建物内に入り再び片膝を付いたロキが、今度はリィナに陳謝する。

「私が油断したからよ、本当にごめんねロキ君」

「しかし私の事よりも、早くダズトさんを援護してあげて下さい」

「何言ってるの、これ間違い無く致死性の猛毒よ。あの気持ち悪いヤツもダズトを狙っているみたいだし、ここはダズトに任せましょう?」

青い顔をしながら、明らかに無理をして気丈に振る舞うロキに対し、リィナは(さと)すように話し掛けた。

「しかし、このままではダズトさんも毒にやられてしまうやもしれません……」

「ああ、それなら大丈夫よ。ダズトに毒は効かないから」

ダズトを心配するロキに、リィナはさらっと答えた。それを聞いてロキは青い顔色のままで、不思議そうな表情を浮かべる。

「……?毒が……効かない?」


 怪物がダズトを追って迫り来る!

「ふん、でけぇ図体の割にはすばしっこいな」

ダズトはなるべく間合いを取りながら、如何にしてこの巨大な怪物を倒すか思案する!しかし、ここで例の植物が後方から襲い掛かった!

「チッ!洒落臭(しゃらくさ)い!」

剣を(ひるがえ)し人喰い花を数本切り落とすも、ダズトはついに怪物に追い詰められる!

「くははは!人間、もはや逃げ場は無いぞ」

上方からいやに反響する声を放ちつつ、ジリジリと怪物が距離を詰めてくる!

「ふん……確かにもう飽きたな、見下されるのは」

そう言うとダズトは、足元の地面に片手を付いた!異能(スキル)を発動し自身の直下で地獄の岩石を召喚!岩石の上に乗ると隆起する勢いを利用して、カタパルトめいて上空へ飛び上がった!

「何だと!ぐあっ!」

驚きの声を発する怪物の先端上部、真っ白な人を模した上半身に肉迫したダズトが、すれ違い様に斬りつける!しかし、手応えは薄い!僅かに胸の皮膚一枚程度を裂いたのみ!そのままダズトは勢いが止まらず、更にもう少し上空へと到達した!

「チッ、初めから上手くはいかんか……だが、どうだ?人間に見下される気分はよ」

「き、貴様っ!」

憤怒(ふんぬ)の表情で怪物がダズトを見上げる!続いてダズトは落下時の勢いをも利用して、巨大な胴体部を突き刺しにいった!但し、ここは硬い物がぶつかる音がしてダズトの剣が弾かれる!見た目芋虫の様な胴体であるが、上空背面側はぶ厚い装甲で覆われていたのだ!

「これを貫くのは面倒だな……まあ、いい。柔らかい箇所から削り殺してやる」

 怪物の側面に降り立ったダズトが、間髪入れずに手薄な怪物の腹部に剣を突き立てた!

「ぐぉっ……!人間がぁ!余は貴様を決して許さぬ!」

苦悶(くもん)しながら胴を曲げて怪物がダズトを睨み付ける!地面が震えた!それこそ遺跡中の人喰い花がダズトに集まって来たのか!凄まじい本数の花がダズトを囲み襲い掛かる!

 ダズトは地獄の赤黒い炎を剣とその身に纏わせると、快刀乱麻を断つが如く!斬りまくり、そして燃やしまくった!

「オラぁ!やってみろよ!」

(いき)り立つダズト!だが多勢に無勢か!数本の人喰い花がダズトの手足に牙を立てる!その瞬間に地獄の炎で焼かれて炭と化すが、確実に多少の手傷を負わせていた!

「くくく、いつまで持つかな人間よ」

その様子を見て怪物がほくそ笑む!僅かな傷からでも、毒は注入されるはずである!毒がダズトを侵すのを期待しているのか!しかし、ダズトは一向に止まらない!

(馬鹿な!何故だ、この人間は毒が効かぬのか?)

毒の気配を微塵も感じさせぬダズトに、怪物からはいつしか余裕の笑みが消えていく!

 結局、ダズトは襲い来る全ての花を切り刻み燃やし尽くしてしまった!

 多少、息が上がってはいたものの、全ての花を始末したダズトが怪物を見て不敵な笑みを浮かべる!

「……へぇ、何で毒が効かないんだって顔してやがるな」

「……っく!」

図星を突かれて怪物は巨体を震わせ狼狽(ろうばい)した!


「ダズトって人並みの魔力は持ってるけど攻撃魔法の適性が無いのよね。あ、この前はなんか無理やり使ってたけど。……じゃあ何の魔法が使えるかって言うと、回復魔法……特に毒とかを治療する魔法が得意なのよ」

リィナの語った事実に、ロキは驚きの余り言葉を無くし目を丸くする。

「ああ見えて、私程じゃないけど普通の治癒魔法も使えるしね」

 毒のせいで相変わらず顔色は悪かったが、ロキは暫し呆気(あっけ)に取られていた。

「……いやはや、ここ十年くらいで一番驚いたかもしれません。ダズトさんには大変失礼なのですが……めちゃくちゃ意外ですね」

真顔で口を開いたロキの驚きように、リィナは笑いが抑えられなかった。

「あはははは、ホントよね~☆だから本人もキャラに合わないの気にして、普通の治癒魔法はどんなにピンチだろうと意地でも絶対に使わないのよ。馬鹿みたいでしょ?」

「まさか……とはいえ、そこはダズトさんらしい、と言えばらしいですか」

「それにダズトって、どれだけお酒飲んでも二日酔いにならないでしょう。あれはこっそりと魔法でアルコールの毒気を抜いてるのよ」

本当とも冗談ともつかぬ話を明るい笑顔で語るリィナに、ロキもつられて笑顔を見せる。リィナの明るさに毒の苦痛も多少は和らいだ気がした。

「……しかし、幾ら毒が効かないとはいえ、あの巨大な怪物を一人で相手にするのは荷が重いのでは?」

尚もロキはダズトの身を案じる。

「あらあら、そんな言葉ダズトが聞いたら怒っちゃうわよ。心配しなくても大丈夫、あんなキモいのダズト一人でやっつけちゃうわ」

 当然、並大抵の敵ではない事は承知していた。()りとて何故だかリィナには、ダズトがあの怪物に負ける想像が付かなかったのだ。所謂(いわゆる)、女の勘であろうか。

「……ダズトさんを信用なさっているのですね」

 チッチッと立てた人差し指を横に振りながらリィナが言う。

「違うわロキ君……信頼、よ♪」


「っくしゅっ!……ちくしょう、さっき刈った花の花粉か?」

 噂されているせいか、くしゃみを一つ!ダズトはヒットアンドアウェイを繰り返しながら、怪物を斬り刻み続けていた!剣が通り易い部分を集中的に狙って斬撃を繰り出す!怪物の胴体は既に何十ヶ所と痛々しく血が流れてはいるが、この巨体である!致命傷には全く至ってはいない!

「この痴れ者がぁああ!」

怪物が怒りに身を任せて、「神の欠片」から凄まじい魔力を放出した!直径十メートル程の雷雲が作られると、そこから無数の雷撃が(ほとばし)る!しかし、狙いが定まってないのか、辺りを縦横無尽に走り回ってダズトはこれを回避!

「魔力と図体はでけぇが、色々と制御しきれて無いようだなコイツ。……大方(おおかた)、二千年以上まともに戦ったことが無いんじゃねぇか?」

 一旦、距離を取ったダズトが剣を振り上げる!赤黒い炎の渦が地を這って怪物に向かっていった!

「その様な魔法、弾き返してくれる!」

「……やはりな、コイツは理性も戦いの知識も無ぇ、欠片の力だけを頼りに雑魚を狩っていただけの雑魚だ」

 反射魔法障壁を張っている怪物は悠然と構えるが、魔法ではない異能(スキル)の炎には通用しない!そのまま怪物と接触すると大きな火柱を上げた!

 通常のバリアは魔力制御で魔法や物理そして戦技など、あらゆる攻撃を防ぐ事が可能だが、反射魔法はあくまでも魔力のみをはね返すものであった!魔法で戦闘を行う者にとってそれは常識であったが、怪物にはそういった知識が余り無い事をダズトは見抜いたのだ!

「あがが……!あ、熱い……熱い~!何だこの炎は!何なんだこの人間は!」

怪物の顔が恐怖に(おのの)く!そしてダズトは炎の後を追って怪物に急接近!再度斬撃を試みる!剣を振りかぶったその時!ダズトの目の前!怪物の白い体に十人程の人の顔が浮かび上がった!ダズトは何事か警戒して後方へ一度引く!

「おぉぉ……、た……助けて……助けて……たす……け……」

浮上してきた幾つもの顔が苦痛に歪み、ダズトを見ては助けてを求めてきた!

「こいつは……」

ダズトは眉間に深い溝を作り身構える!

「くっははは!こやつらは余の供物の残滓(ざんし)よ、(たわむ)れに自我を残して遊んでおるのだ。どうする人間?余を攻撃する事は貴様の同朋を攻撃する事と同義ぞ!」

なんという卑劣!そして残虐!だがダズトにそんなものは関係ない!痛烈な一撃が人間の顔諸共(もろとも)、怪物の腹部をかっ(さば)いた!

「あがっ!貴様っ!なんという……!」

「ぐぉぉぉ!痛いぃぃ……痛いぃ、助けてくれぇ……助けてえぇぇ……」

怪物と人の悲鳴が同時に響き渡る!

「どうせ助からねぇんだろ?さっさと引導渡してやった方が親切ってもんだ」

一切の感情を見せぬ冷たい声と眼差しで、ダズトは一層苛烈な剣を打ち込み続けた!

「あががが……!貴様っ!貴様っ!貴様~~っ!」

 怪物は血だらけとなった巨大な胴体をくねらせて飛び跳ねると、間合いを取ってダズトを鬼の形相で見下ろした!

「許せぬ!許せぬ!許せぬ~!貴様だけは!貴様だけは~っ!」

口から泡を吹きながら、怪物は錯乱したかの様に頭を振り回す!そしてこれまでとは比べものにならない、恐ろしいまでの魔力が渦を巻き始めた!

 広い中庭の空、その全てを分厚い魔力の雷雲が覆ってゆく!

「チッ!最後は力任せか!」

ダズトも空を見上げて舌打ちした!

 「神の欠片」から溢れ出た無尽蔵とも思える魔力が空を包み込んでゆく!まさに絨毯(じゅうたん)爆撃ならぬ絨毯雷撃!かつて無い(いかずち)の群がスコールの様に中庭全体に降り注いだ!

 激しい轟音と閃光!あれほどひしめいていた植物の蔓は跡形も無くなり、今や中庭には(すす)と剥き出しの地面が露わになっているに過ぎない!

「くふー!くふー!無礼な人間め!余を愚弄するから罰を受けたのだ!」

興奮しながら頭を振り回し、怪物が這いずり廻りながら勝ち誇る!

 ふと、怪物はここで足元に小さな赤い砂丘があることに気付く!

「……む?いつの間にこんな物が……?」

 そう思うが早いか、砂丘から岩石が突出!同時に砂からダズトが飛び出し、剣を振り上げて怪物に迫る!

 そう!ダズトは呼び出した地獄の土砂の中に自らを埋もれさせて、あの激しい雷撃の雨をやり過ごしたのだ!

 そして上空へ飛翔したダズトが炎を纏わせた剣で(もっ)て、一気に怪物を肩口から地面へ斬り下ろした!傷口から赤黒い炎が広がり、怪物全体を覆い尽くしてゆく!

「今度は狙い通りだ。ドンピシャだぜ」

「……ぐああぁぁあ、ば……馬鹿な。神である余が、何かの間違いだ……!」

 怪物が消えぬ地獄の炎に焼かれながら、身を(よじ)らせてのたうち回る!

「けっ!なにが神だ、口程にもねぇ。まだヤマダ達の方が歯応(はごた)えがあるぜ」

意外にもここでダズトはヤマダ君を引き合いに出した!なんだかんだ、彼らの実力は認めているのであろう!

 怪物も決して弱くは無かった!攻撃は植物を操り、毒を駆使し、無尽蔵の魔力もあった!防御ではその魔力を使って反射魔法を常に展開もしていた!しかし!毒はダズトに効かず、逆にダズトの炎を怪物は防ぐ手立てを持てなかった!

 つまりダズトにとってすこぶる相性の良い相手であり、怪物としては運が無かったとしか言いようがない!


「……!ぐはっ!」

 一頻(ひとしき)り転げ回った怪物はやがて動かなくなり、最期に短く断末魔の叫びを上げると遂に事切れる。それでも尚、炎は消える事無く怪物の(からだ)を燃やし続けていたが、程なくして巨大な亡骸(なきがら)は溶けるように地面に沈み込んで消えていった。

 残った炎が地表で揺らめく、ダズトはその中心にて淡い光を放つ「神の欠片」を見つけると剣を収めた。同時に揺らいでいた炎が消失し、ダズトは欠片に近づいて拾い上げる。

 ダズトは無言で欠片を見つめていた。その内に欠片の光が消えた事を確認すると、既に持っている欠片が入った袋の中に放り込んで懐に収める。

「いよいよ二つ目の欠片ね」

背後から様子を見ていたのか、リィナが声を掛けてきた。ダズトは首だけを動かしてジロリと其方(そちら)を見やる。

何処(どこ)ほっつき歩いてんだ、テメェら」

 特に怒っている訳では無いようだが、抑揚を余り感じさせずにダズトが言葉を投げつけてきた。

 ばつの悪そうな顔をしたリィナが、横に寄り添っているロキへ目配せをする。

「……その、ロキ君が私を庇って……」

「いえ、私の不手際に因るものです。申し訳ありません」

リィナの台詞に被せるように、槍を杖代わりにしたロキが詫びを入れた。まだ毒が抜けきっていないのであろう、覇気の無い土気色の顔を見て、ダズトは何となく状況を察する。

「……チッ」

ダズトは軽く舌打ちすると、ロキの傍らを抜けてすれ違った。その時、一瞬ロキの肩に手を触れる。

 時を移さず、ロキは自身の肉体が急速に軽くなるのを感じた。地に足を着けて立ち、槍を手放すと、掌を自身に向けて何度か結び開いて握力を確かめる。毒は身体から完全に消え去ったみたいであった。

 「……体が!すみませんダズトさん、ありがとうございます」

ロキは直ぐに振り返り、丁寧に頭を下げてダズトに謝辞を述べた。既に数歩先にいたダズトは、ここでふと立ち止まる。そして何かを考えるように空を見上げた。

「オレは先に帰るが……ヘマした代わりに、ロキお前一人でこのクソみてぇな建物を燃やしておけ」

一呼吸()をおいてそう言い残し、ダズトは一人でさっさと出て行ってしまった。

「……もう!ダズトったら意地悪ね、何でそんな事をさせるのかしら。ロキ君、私も手伝うわ」

ダズトの背中を不満気に見送ったリィナが頬を膨らませる。

 ロキも顎に拳を当てながら、同じく去っていくダズトを見つめていた。

「……ありがとうございます。しかし、それには及びません。私一人でやりましょう」

「何でよ?私の魔法ならこんな建物すぐに燃やせるわ」

リィナの申し出を丁寧に固辞すると、ロキは火を起こす準備を始めた。

 中庭の蔓は先の雷撃によって跡形も無く消滅していたが、幸いにも遺跡の内部にはまだまだ例の植物が大いに残されている。しかも怪物が死んだ影響であろう、いつの間にか枯れ果てており、大変良く燃えそうであった。

「リィナさん、これはきっと(とむら)いなのですよ。……ここで『神の欠片』に呼ばれて、その命を落としていった者達への」

ロキは枯れ草を集めながらリィナに告げた。

「…………えっ?……えっ!え~~っ!」

最初「は?」という顔をしていたリィナだが、ロキの言葉の意味に気付くと先刻のロキと同じかそれ以上に驚愕する。

「いやいや!あのダズトがそんな事を考えるかしら?ロキ君の思い過ごしじゃなくて?……いや、でも……う~ん」

 この世界に於いて、死者を埋葬する時に魔法、またはそれに準ずる物で起こした炎を使用するのは、信仰上の理由で禁忌とされていた。もしそれらの炎を用いてしまった場合は、再度改めて普通の炎で焼かなければならない。そうする事で(ようや)く、魂が在るべき所へ行けると信じられていたのだ。

「きっと戦いの中で何かあったのでしょう。ダズトさんは私に、あの怪物の……引いては『神の欠片』によって、犠牲になった者達を弔うように言ったのだと思います」

「……あのダズトがねぇ。私はにわかには信じられないけど……まあ、いいわ。そっちは任せるとして、他に手伝える事はないかしら?」

リィナは未だに疑っていたが、もう深く考えないようロキのサポートをする事にした。

「でしたら火がこの遺跡の外まで延焼しないように、結界を張って頂けませんか?」

リィナの再度の申し出を、ロキはにこやかに受け取り感謝する。

「お安い御用よ、任せなさい☆」

遺跡にリィナの明るい声が響き渡った。


 遺跡群を取り囲む土塁を越える時、ふと気になったロキは後ろを振り返った。あの神殿が燃えているのであろう、遥か向こうに僅かな火の手が見える。どうやら周りには延焼していない様であった。

 安心したロキが、そこから天へと立ち上る白い煙を目で追いながら空を見上げる。それはまるで、あの場所で命を散らした者達の魂が空へ帰って行く様に見えた。

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