そして「闇の栄光」へ
※このエピソードは第四章「真ノ黒」からの続きになります。
蓋し、我々が存在する〝この世界〟とは、何と虚ろで頼り無い物であろう。其れまで当たり前であった物が、次の瞬間より立ち消えてしまう事とて少なくない。また明日が来るという保証など、何処にも無いのだ。しかしそんな事を考えた所で、詮無いのもまた事実。凡そ万物は、その世界の法則に従い、常に姿形を変える。識者はこの事象を〝時刻〟と呼び、恰も永遠に続く物と勘違いするのだ。
諸行は無常だと人は言う。
それでは〝現世〟とは、其処に存在する万物は、何の意味も持た無いのであろうか?それも又正確とは言い難い。例え全てが儚く虚構であったとしても、少なくともその世界の住人にしてみれば、確かに物質は存在し、生命は息づいているのだ。だから明日がどうであれ、人々は歩み続け、営みを止める事は決して無い。この世界の神が何者なのか、どの様な目的や意図を有しているのか、善なる者か悪しき者か、はたまた神自体が存在しているのか……答えなど何処にも無いし、理解する事も知覚する事も、大多数の者には不可能である。
そして今、この世界の神となる資格を得た人物は、傲慢かつ不遜で不敵、粗暴にして悪辣な無頼漢、更には面倒臭がりで大酒飲みという、人物として実に未熟で世俗的な男であったのだ。
「おい、起きろリィナ。何時まで寝てやがる」
カイザルドとの戦闘終結直後、ダズトは真っ先に倒れているリィナの元へと向かった。しかし近付いて声を掛けるも、リィナが何か反応を示したり目を開ける様子は無い。これにダズトは気ダルそうに舌打つと、軽く足を踏み鳴らした。
「チッ、どうせ狸寝入りだろうが」
「てへっ☆バレてたか♪」
とうとうリィナはペロリと舌を出すと、照れくさそうに目を開ける。悪戯っぽく目を細めて笑うリィナを、ダズトがうんざりとした顔で見やった。
「当たり前だ、何年テメェと連んでると思っていやがる」
「四年と少しかしら?そういえばあれから随分と経ったものね……ねぇダズトは憶えてる?私とあなたが初めて出逢った日」
「あ、まだ寝惚けてんのか?そんなもん憶えてる訳ねぇだろ」
「うふふ……そうね☆ダズトならそう言うと思ったわ♪」
唐突なリィナからの質問に、素っ気無い返事を即答するダズト。本来なら気分を害しそうな対応だが、余りにも想定していた通りの返答に、リィナは寧ろ微笑ましさすら感じてしまう。妙に機嫌の良いリィナを前にして、反対にダズトの方が怪訝な表情をする始末であった。
「……ふん、まあいい。早く立て、もうこんな場所に用は無い……とっとと行くぞ」
「行くって……何処へよ?」
今度はリィナ側がダズトの唐突な発言に訝しむ番である。たった今この世界の在り方を一新する死闘を終えたばかりだというのに、直ぐに又これから一体何処へ向かおうと言うのであろうか。
尤もダズトの目的は至極単純な物であった。
「さあな、腹も減ったし……取り敢えずは何か美味い飯でも食いに行くか、勿論酒もな」
「あら、良いわね〜……って『神の欠片』はどうするの?」
ダズトの提案にリィナは二つ返事で乗り気になるも、やっとの思いで手に入れた「神の欠片」の取り扱い方に気を掛ける。曲がりなりにも「神の欠片」はこの世界の根幹であり、森羅万象の理を司る最重要アイテムなのだから。
所が当事者である筈のダズトは欠片には見向きもせず、興味無さそうにポケットへ手を突っ込むと出口へ向かって歩き出した。
「暫く放って置け……あんな物、誰も盗りゃしねぇだろ。おら、行くぞ」
「あ、もう!ちょっと待ってよ〜」
言葉ではリィナを促しつつも、決して足は止めない辺りがダズトらしい。そして急いで立ち上がったリィナが、慌ててその背中を追い掛けて行く……それは往時と変わらぬ、彼らの日常的な風景であった。
在りし日、ブラッチーは言っていた。「神の欠片」の正体はこの世界に混ざり切らなかったエネルギーの残留物が、更に十三個に分裂して生まれた物であると。程無くして其れらは世界中に散らばり、長い年月を経てそれぞれが意思を持つに至ったのだと。
散り際、ヒュージ・ゲンダイは言っていた。「神の欠片」とは世界が背負わねばならぬ業であり、全てを集めた時にこの世界は最期を迎えると。
溶け込んだエネルギーはこの世界に光と闇を与えると共に、魔法を始めとして繁栄を築く大きな動力源を齎した。だが取り残された「神の欠片」達に意思が在るとしたら、悠久の刻の中で何を思い、又は考え、そして感じていたのであろうか。其のバラバラだった意思が統合されし時こそ、ヒュージの危惧していた事態が起こるのではなかろうか。
しかし未だ神という存在の全貌は疎か意思でさえ、この世界の行く末すらもが不明瞭であった。欠片の意思を垣間見たダズトであれば、もしかすれば何か解るのかもしれないが……。
「そんな事オレが知るか」
ダズトは言い切った。
「欠片共の思惑なんざどうでもいいし、ましてや神もへったくれもあるかよ。オレに力を寄越すってんなら利用してやる、邪魔をするならぶった斬る……それだけだ」
一人の青年が厳かな宮殿らしき建物を歩いていた。肩で風を切り凛々しく闊歩する姿は、若さと自信に満ち溢れ誠に堂々としている。
そして青年は一際大きい扉の前で立ち止まると、意を決した表情で門扉を推し開けた。
「この場所に、あいつが……!」
中に踏み入った青年が、思わず意気込みを口にする。内部は数百人は擁せるであろう、巨大なダンスホールめいた空間が広がり、青年は広間の中央へと爪先を向けて進んで行った。其処に佇む一人の人影が目的なのは一目瞭然であり、辿り着いた青年は柳眉を大きく持ち上げる……それと同時にじっと立ち留まっていた人影もゆっくりと動き始め、照明の下に入った事で一人の男が正体を現した。
「テメェが相手か、随分と待たせやがって」
如何にも柄の悪い横柄な態度の男が、見た目通りの無愛想な言葉を放つ。
待ち受けて居たのは……空色の短髪に少し浅黒い肌、精悍な顔立ちながら左頬に付いた一条の刀傷。そして名工に研ぎ澄まされた刃の如き眼光が目を引く男……そう、ダズトであった。
「遂に姿を現したな!悪政と重税で領民を苦しめる悪代官め!」
「悪代官だと?……チッ、今回はそういう設定なのか。リィナの奴め、もっとマシな役柄を考えやがれってんだ……」
初めて耳にする役職で呼ばれたダズトは僅かに困惑するも、直ぐに得心すると何故かリィナへの不満を呟く。
「何をぶつくさ言っている!もし自分より強い者がいれば、税を軽くするというのは嘘ではないな!?僕がお前を倒して、必ずここの領民を救ってみせる!覚悟しろ!」
青年はそう叫ぶと両手を交差させ、両腰に下げていた二本の剣を抜き放った。
「……ふん、威勢は及第点だ。後は実力を見せてみろ」
青年の抜刀を待って、ダズトも鞘からぬるりと剣を引き抜く。
二刀流の青年は片手を上段に持って行き、もう一方は下段へ置く独特な構えを取った。対してダズトは剣は後ろ手に、盾を前方へ突き出す普段通りの構え……その刹那、二人は無事に激突した。
「雑魚が……」
数十秒後……茫然自失として床に這い蹲る青年を、ダズトは剣を肩に担いだ格好で見下げていた。傍らには青年の剣が二本共……今の青年の精神状態を表しているかの如く、鍔元で圧し折られて転がっている。
「な、なんて強さだ!僕の魔法双剣が全く通じないなんて……!」
「は!何が魔法双剣だ、単に属性の異なる魔法剣を両手に持っただけじゃねぇか。力、速度、技量……まるで足りん。器用貧乏もいいとこだぜ」
項垂れる青年が床に付いた手を震わせる中、手厳しいダズトのダメ出しが頭上から降り注いだ。そして青年の眼から溢れた涙が流れ落ちると、ぽたりぽたりと床に暗い染みが広がってゆく。その様子をダズトは退屈そうに仏頂面で眺めていた。
「く、くそう……僕は……僕では、みんなを救う事が出来ないのか……」
辺りに憚らず嗚咽を漏らす青年。ダズトであれば更なる罵声を浴びせるのだろうと思いきや、続く台詞は大方の予想に反して穏便な物であった。
「ふん……だが技の発想自体は悪くねぇ、体幹もそれなりだ」
「へ?」
圧倒的実力差を見せ付けられた上に、ボロカスに扱き下ろされた青年であったが、急に評価される言葉を投げられピタリと震えを止める。
「おい、テメェ……先ずは体力を付けろ、魔法も使うんなら魔力制御の修練も怠るな。オレに舐めた口を聞けるくらいなら胆力は問題無ぇだろう……後は兎に角も実戦で鍛え続けやがれ。剣に充填出来る魔力が、今の五倍になったら又遊んでやるよ」
「はあ……」
言い方はかなりぶっきらぼうではあったが、妙に的確なアドバイスをしてくる悪代官に青年は泣き腫らした顔を向けた。
「温い返事してんじゃねぇぞ、其れまで領地の税は軽くしといてやる」
「えっ、いいんですか!?し、しかし僕が負けたのに何故?」
「一々はしゃぐな鬱陶しい、今回はそういう設定なんだよ」
「せ、設定……?」
「テメェにゃ関係の無い話しだ。そんな事よりも……いいかおい、そもそも剣の業というのはな……」
キョトンとして戸惑う青年を無視し、そのままダズトは剣技について捲し立て始めるのであった。
「……あ〜あ、また始まっちゃったわ。ダズトったら、ああやって一度火が付くと話し長いのよね〜」
陰で一連の出来事を見ていたリィナは、頬に手を当てつつ小さい溜息を吐いていた。そんな物憂げな表情を浮かべるリィナに、いそいそと背後から近付く恰幅の良い男がいる。
「あ、こんな所に居ましたかボス〜!ちょいと宜しいでっしゃろうか?」
「もうグッツェ……だからボスは止めなさいって何度も言ってるでしょ。私はあくまでも代行であって、ダズトが組織のボスなんだからね……一応」
ボスと呼ばれて振り向いたリィナであったが、立てた人差し指を振ってボスという呼称をやんわりと否定した。そしてリィナをボスと呼んだのは……嘗ての上司の副官であり、肥満体を誇りつつも、器用に仕事をこなす事で定評のある男〝グッツェ〟である。
「そがな事言ったって、実質リィナが取り仕切ってるじゃあなかですか……もういっそ二人共にボスでええでっしゃろ。ダズトが表のボスなら、リィナが裏のボスじゃね」
「裏ボス?……ちょっと良い響じゃない」
満更でも無さそうにリィナが掌で口元を覆う一方で、グッツェは広間の中央部で何やら悪目立ちしているダズトを見付けた。
「おんや、そんで表のボスは……あそこで誰と、何をしとるんですかい?」
「いつもの道楽よ〜」
リィナは横目でダズトを見ながら、呆れた様にひらひらと両手を上げる。
「武芸に見所がある人を招いては、自分に挑戦させてるの……暇潰しにね。前々回はダズトが伝説の剣豪って設定で、剣術トーナメントを開いて強い人を集めたの。前回は最高額の賞金首って設定で、腕に覚えのある人達をお金で釣ってみたんだけど……これはあんましお気に召さなかったみたい。だから今回のダズトは悪い代官って事にして、義憤に燃える強者を募集してみたのよ」
「ははあ……中々に手の込んだ芝居でんすなぁ」
リィナの丁寧な説明に、なまじ感心する仕草でダズトを見るグッツェ。それに釣られてリィナも、やや遠くで若者に講釈を垂れているダズトを見やった。
「この世界を牛耳る神様が、まさかこんな事して遊んでるなんて……世間に知られる訳にもねぇ」
「そりゃあ、そうでっしゃろうとも」
「それでグッツェ、私に何か用事が有るのではなくて?」
今度はリィナの方が向き直り、グッツェに話し掛けて来た理由を訊ねる。すると何か大切な要件を思い出したのか、グッツェは大きな腹を揺らして両手を打った。
「あ!そうですた、そうですた!なかんずく東大陸の北方で、昨年から続いてる天候不順についてなんすが……やっぱり今後暫くは、其処ら一帯で大規模な不作が予想されてますな」
「あらあら、それは一大事ね……先ずは当該地域の国の税金を緩和させなさい、それから余裕のある周辺国からは食べ物を供出して貰って、可能な限り人的被害を少なくするのよ……肝心の天候の方は、後で私が『神の欠片』の力で何とかするわ。出来れば自然には介入したく無いけれど、食糧難ではそうも言ってられないしね……当面の対策はそれで大丈夫かしら?残りの細かい作業はよろしくね」
報告を受けたリィナはテキパキと指示を飛ばすと、例を見ない真剣な顔をしてグッツェに事後を託した。
「アイアイサーでさぁ。……しかし変われば変わるもんすなぁ〜」
軽く敬礼して委細を承知したグッツェであったが、直後に目線を斜めに向けてぼそりと独り言ちる。
このグッツェの独り言を小耳に挟んだリィナが不思議そうに首を傾げた。
「何がよ?」
「そりゃあもう『ダーク・ギルド』がでんす。いつん間にか世界を征服すたと思ったら、やってる事がまんま世界政府じゃなかですか。しかもなるべく平等かつ正しい手段で、民衆からの評判も上々ときたもんだ。今や真面目で優良な世界を運営する大企業……一時代前は恐れられていた闇の秘密結社も、すっかり丸くなっちまったもんで」
「だってしょうが無いじゃない、世界治安維持機構も壊滅させちゃったし……誰かがやらないといけないんだから。それに、私を善人みたく思って?ちゃ〜んと私腹は肥やしてるわよ」
リィナは澄ました顔の前で、親指と人差し指で輪っかを作る。
「恐怖政治で民衆から搾り取ったりするより、皆に気持ち良く生活して貰って経済を回した方が、よっぽど組織の利益になるし……私の財布も潤うんだから」
「そがな事分かっとりますがな、慈善事業じゃあるまいし。でもそれも役得言いますか、こんだけ世界に貢献してりゃあ正当報酬でっしゃろ。そいつを差し引いても、リィナはようやっとると思いますがね」
グッツェはまるで「私腹を肥やすとはこういう事だ」と言わんばかりに、脂肪で弛んだ腹を大きく弾ませた。
しかしリィナは賛美する言葉のみを甘受して、手放しで喜んだりする程に迂闊ではない。
「ふ〜ん……やっぱり今の組織の遣り様や在り方に、グッツェは不満を持ってたりするの?」
予期せぬリィナの問い掛けに、グッツェは慌てて両手を振った。
「嫌々とんでもねぇ!一度は野に下ったわしだども、今度こそ人様のお役に立てるってんなら、こんな嬉しい事はありゃあしません!」
「なら良いんだけどね……でもグッツェがそう思っていても、全員が全員納得している訳でも無いでしょうから」
少し考え込む様子を見せるリィナに、グッツェはもう一つ言葉を付け加える。
「あ〜、多分問題無いんじゃなかとですか?組織の給与や待遇は以前より格段に改善しますたし、何よりも逆らう不穏分子はダズト……表のボスが事前に粛清しちまいましたから。内心はどうであれ皆、納得せざるを得んでっしゃろ」
「まあ信賞必罰を基本方針にして、飴と鞭の使い分けは重要よね……それでもやっぱり世界を安定させるのは大変だし、これで良かったのかと不安は残るのものなのよ」
矢張り闇の組織の名残なのか、粛清やら何やら剣呑な言葉が飛び交うのは御愛嬌であった。伴い往々にして困り顔を作るリィナには、グッツェもついつい苦笑いしてしまう。
「世界の支配者となっても、悩みの種は延々と尽きないもんすなぁ」
「ホントよねぇ……ダズトも毎日お酒ばかり飲んでないで、多少は私の手伝いもして欲しいものだわ」
「テメェの始めた物語だろうが、最後までテメェで責任を持ちやがれってんだ」
不用意に不満を漏らすリィナの背後から声が響く、何時の間にやらダズトが戻って来ていたのだ。
「あらダズト、やっとお説教……もとい御高説が終わったのね。今回の彼はどう?お眼鏡に適えたかしら?」
「ふん……まだまだな、青二才にも程があるぜ」
「つまり今後に期待って事ね。成長すればヤマダ君みたいに、ダズトの良き好敵手になれるかもしれないわよ」
「けっ、オレにライバルなんて必要無いぜ……しかしヤマダといえば、例の件はどうなってやがる?」
急にダズトから話を振られたリィナは、何の事かと思い少しだけ逡巡した。
「あ〜次元転移の話しね、残念だけどそっちは全然進んでないわ。そもそも無限に存在する並行世界の内の一つを特定するなんて、それこそ雲を掴む様な話なのよ」
「チッ、雲を掴む話……じゃねぇ、オレがやれと言ったらやるんだよ」
リィナの返答を受けたダズトは明白にムッとする。とはいえ当のリィナはダズトの扱いには手慣れた物、これ以上の不興を買わないよう、直ぐに次善の展望をやんわりと答えた。
「はいはい、ダズトたってのお願いだもの……頑張るわ。幸いにも過去に一回以上は転移してるから痕跡はあるのだけど、でもそこから転移先を洗い出すのには『神の欠片』の力を使ってもかなり骨が折れそうね」
二人の交わす余りにも怪し気な会話に、どうにもきな臭さい匂いを感じるグッツェ。恐る恐るではあったが、怖い物見たさならぬ……怖い話し聞きたさで、内容を訊かずには居られなかった。
「おんやぁ、一体何の話しでっしゃろか?」
「もう聞いてよグッツェ。ダズトったらこの世界だけじゃ飽き足らず、『神の欠片』を礎にして他の差異次元……並行世界にも進出しようとしているのよ」
「それはもしかすて……此処とは違う別の世界を侵攻・侵略、もしくは征服するっつう事ですかい?」
これでもかと目を見開いて驚くグッツェを他所に、リィナは然も有りなんといった軽い口振りである。気にせず目配せするダズトに合わせて、リィナも立てた人差し指を唇にくっつけた。
「場合によってはそうなるのかもね〜。とは言え最初に向かう世界は、ロキ君達が転移して行った世界って決めてるの……だからまだ当分先の話しにはなるんだけどね」
「ロキがサリバンをぶっ殺したか確かめる必要もあるし、オレもヤマダとは決着を付けなきゃならねぇからな」
「私もスズキ君には沢山お返ししなきゃなの☆色んな意味で♪」
「主な目的はそんなとこだ……後の諸々は序だな」
しかし序で侵攻されては、並行世界も堪った物では無いであろう。
しれっと腕を組みながら尤もらしい理屈を述べるダズトに、リィナは何か言いたそうに目を向けた。
(本心では、また皆と飲みに行きたいって思っているくせに……ホント素直じゃないんだから)
間違ってもダズトには悟られぬ様、心の中でふんわりと笑うリィナなのであった。
「いんや〜魂消たなぁ……」
驚愕で口を開けたままのグッツェが、呆気に取られた声を上げる。
「規模がデカ過ぎて何がなんやら……まあ、わしは言われた通りの仕事をするだけでさぁな」
グッツェはぶつくさと独白しながら踵を返すと、ふらふらとした足取りで持ち場へと戻って行った。
揺れる巨体を暫く見送っていたリィナだったが、ふと後方を顧みるとダズトも背を向けてこの場を立ち去ろうとしている。
「うん?ダズトも何処か出掛けるの?」
「オレが何処へ行こうが関係ねぇだろ、保護者かよテメェは」
追い掛けてきたリィナの声を、必要以上に冷たくあしらうダズト。しかし直後に無言の圧力を感じ取ると、渋々と立ち止まって顔だけを横に向けた。
「チッ、今期のウイスキーの出来具合いを見に行くだけだ」
「あら、それなら私も付いて行こうかしら〜♪」
「断る……って引っ付くんじゃねぇ!」
拒否したにも拘らず腕に組み付いて来るリィナを、ダズトは振り解くべくポケットから手を引き抜こうとする。
「ねぇ、ダズト知ってる?あなた巷じゃあ〝お酒の神様〟って呼ばれて、半ば都市伝説と化してるらしいわよ」
「あ?」
やや上目遣いでダズトの顔を見つつ、リィナは急に話題を変えた。
「世界中のバーや酒場に出没している『目付きが悪くて空色の髪をした、頬に傷のある男』ってダズトの事でしょ」
「……」
「何でも其の無愛想な男がボトルを空にしたお酒は、評判が爆上がりして滅法人気になるそうよ。物によっては生産量が追い付かなくて、プレミア価格が付くのもあるみたい。……その神出鬼没振りから〝お酒の神様〟と称されて、その動向が酒造関係者や飲食店に注目されてるらしいわ」
リィナが説明している途中、ダズトの顔色に変化は見られない。しかし敢えてリィナと目を合わさず無言を貫く様が、この話が真実である事を暗に告げていた。
「ここ最近ちょいちょい姿を晦ますと思ったら、まさか全国を飲み歩いていたなんてね〜」
「ああ……それは、あれだ……オレに良く似た誰かじゃねぇのか?」
自ずとバツが悪そうに言い訳するダズトを、リィナは何となく面白く感じる。
「うふふ、別に責めてる訳じゃないのよ?只この世界の神様が、意図せず本当に皆から『神様』と呼ばれているのが可笑しいだけ☆」
「そもそもオレは神なんぞに成った覚えはねぇ、テメェや周りが勝手に言っているだけだろうが」
「ま、それもそうね☆そもそもダズトは神様に成ろうが成るまいが関係無く、昔っから神懸かって傍若無人な立ち振る舞いだったもんね♪」
痛烈なリィナの皮肉に閉口したダズトは、言い返すのも面倒になりそのまま黙ってしまった。逆にリィナが満足そうなのは言い負かした事実よりも、腕を組み続ける作戦に成功したからであろう。
「……でも良かったの?あなたと共鳴した一個、それ以外の『神の欠片』は全部封印しちゃって」
一転してリィナは神妙な顔を作ると、再び話題を変更してダズトに振った。
「不服か?テメェが世界を支配するには十分だろうが」
「ううん、私は別に構わないけれど……意外に無欲なんだな〜って思ってさ」
「は!馬鹿言え、欲は力だ……欲した分だけ強くなる。だが共鳴したあの一つは別としてもだ、他の欠片共なんざ信用出来るものかよ……カイザルドの例を見ても、とてもオレ達に味方するとは思えん」
「まあ、以前『過ぎた力は身を滅ぼす』って自分で言ってたもんね、力に溺れず自重出来るのは立派だわ。ただ折角莫大なエネルギーを持っているのに、殆どが私達の自由に使えないのは……何か勿体無い気がするけどね」
真顔で言い終えたリィナだったが、ここで途端に声のトーンを変える。
「……けどダズト、いつの間にあの子とそんなに仲良くなったの?気付かない内に親密度と好感度が爆上がりしてるじゃない、幾ら私が正妻ポジだとしても……ちょっとジェラシー感じちゃうわ〜」
冗談めかしてリィナが複雑な胸の内を吐露するも、ダズトは当たり前の如く後半の台詞を完全に無視だ。
「いずれ他の欠片の力が必要になった時は、そん時に屈服させて従わせるさ……オレ自身の力でな」
「もしかしたらダズトでは無い誰かが封印してある『神の欠片』と共鳴して、私達に反旗を翻すかもしれなくてよ?」
「そいつは好都合だぜ、その方が退屈しなくて済む」
如何にも恐れ知らずな言い様が実にダズトらしく、今度はリィナの方が口を噤む番である。但し其の顔は満面の笑みに彩られていた。
「……何を笑ってやがる、気持ち悪ぃ」
「ん〜別に〜☆」
今の会話の流れで、リィナがやけに嬉しそうにするのは何故なのだろうか……理解に苦しむダズトは不気味に思って眉根を寄せる。そんな困惑するダズトを余所に、リィナはより一層楽しそうに頬を緩めるのであった。
「さあ、今日は久し振りに朝まで飲むわよ♪」
「だから何でテメェと一緒に飲む前提なんだ……」
「文句言わないの!偶には私に付き合いなさい」
「チッ、マジか……」
テンションを上げてきたリィナが、組んだ腕を引っ張って足を早める。これにダズトはすこぶる嫌そうな顔をしながらも、観念したのかもう拒否する言葉は出さず、半ば引き摺られる姿勢で歩を進めた。そうして建屋の出口に差し掛かった時、日の光が二人の前途を明るく照らし出す。
「そうそう、飲むペースも少しは私に合わせてね」
眩しさを誤魔化すみたいにウインクすると、リィナはダズトの横顔へと視線を送った。しかし丁度逆光となって陰が掛かり、その表情を直視する事が出来ない。逆にダズトからはリィナの明るい笑顔が、より輝いて見えている事であろう。
「ふん、いつも言ってんだろ……オレに指図すんなってな」
無愛想な声が届くと同時にリィナの瞳に映ったのは、普段と同じくニヤリと不敵に笑うダズトなのであった。
闇の者が光の道を進み出し、正も邪も溶けて新たな世界の始まりを告げる。
そして「闇の栄光」へ――完




