真ノ黒
《登場人物》
ダズト
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。
リィナ
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。
修羅と魔王。この世界の命運を懸けた一戦は、其の名に相応しく熾烈を極めた。不死身を誇る魔王に修羅とその伴侶たる羅刹女は苦戦を強いられるも、やがて修羅が取った捨て身の戦法に呼応した羅刹女の一撃が決定打となりて、堂々と激闘の幕は引かれた……かに見えた。
手酷い重傷を負いながらも、リィナの治癒魔法で急速な回復を果たすダズト。ものの数分で失くした左腕もすっかり元通りとなり、もう立ち上がっても大丈夫な程に復活を成し遂げていた。
「調子はどう?身体は大方回復したと思うけど……異能もちゃんと使える?」
「ああ、別に普段通りだ」
傷が癒えて早々やたらと身を案じてくるリィナに、ダズトは誇示する様に全身の力を漲らせる。そして復活した左手から異能で小さな地獄の炎を召喚すると、そのままま一思いに握り潰した。
「なら良いんだけど、何か急に欠片の力が使え無くなっちゃったから……心配したわ」
「そうかよ、言って元々オレの力って訳でもねぇしな」
「あっさりしてるわね〜」
出し抜けて素知らぬ振る舞いのダズトに対して、呆れ顔のリィナは取越苦労した気分になる。そんなリィナには目もくれず、ダズトは不審気味に辺りを見渡した。
「それよりも……これは、どういうこった?カイザルドはぶっ殺した筈、なのに何で奴が構築した結界から解放されていない」
「あ、そういえば……」
ダズトの言葉に釣られてリィナも不思議そうに周囲を眺める。今頃気付いたのは、それだけダズトを救けるのに必死だったからであろう。
(……奴が持っていた筈の欠片も、一つも見当たらねぇのは明らかにおかしい……)
二人は暫時様子を窺っていたが、ほんの些末な変化でさえも起こる気配は一向に無かった。こうした状況下でダズトは仏頂面で腕を組み、リィナは立てた人差し指を頬に当てて首を傾げる。
「……考えられる理由は二つだ」
二人共に尚も暫しの黙考を経た所で、漸くダズトが重い口を開いた。
「一つは奴が死ぬ間際の最期っ屁で、この結界内にオレ達を封印し閉じ込めたか……」
「もう一つは?」
続く言葉に嫌な予感を覚えて顔を上げたリィナも、ダズト同様に強張った表情をしている。考えたくも無い事が、どうしても頭から離れない……そういった類の面持ちであった。
「もう一つは、五つもの欠片を従えたあの野郎にとって……肉体の滅びイコール〝死〟じゃあねぇって可能性だ」
ダズトがそう言い終えるとほぼ同時!其れまでセピア色をしていた結界内が急激に闇に呑まれ、二人は宙に投げ出される感覚に陥る!
「!?急に何なの!?」
「!?此処は……!」
青天の霹靂めいた展開に、身構えるダズトとリィナ!全てが漆黒と虚無に閉ざされる空間!そしてダズトはこの情景に見覚えがあった!
(此処は……この場所は、あの気色悪い夢そっくりじゃねぇか……!)
そう!それは何時か幾度かダズトが見た夢〝星のない宇宙〟と瓜二つであったのだ!
「きゃあっ!」
いきなり隣に居たリィナから悲鳴が上がる!突如としてリィナの身体が後方へ吹っ飛んだのだ!
「リィナ!」
「ダズト!」
お互い咄嗟に手を伸ばすも、指先が僅かに触れるので精一杯!視えない謎の力に突き飛ばされたリィナは、凄まじい速さで遠ざかって行き!瞬く間に宇宙の彼方へ消え去ってしまった!
「くそっ!どうなってやがる!」
虚しく腕を伸ばしたまま、リィナが飛んで行った方向を睨み付け!ダズトは歯を食い縛りながら虚空を握り締める!と、その時!背中にゾクリとした悪寒が走った!
「チッ!今度は何だ!?」
背後に只ならぬ気配を感じ取って振り向くと、なんと暗黒の空間に亀裂が生じているではないか!ダズトから見て縦方向に巨大な時空の裂け目が出現し、更にそれは徐々に大きくなりつつある!しかもその裂け目からは!本来なら有り得ぬ程の邪悪な気が、止めどなく漏れ出していた!
「……!この瘴気は!」
又してもダズトを既視感が襲う!そう!裂け目の向こう側は、ダズトが駆使する異能の根源たる地!地獄と呼ばれる世界であったのだ!
「ふざけやがって!一体何が起こってんだ……!」
とても理解が追い付かず、ダズトは苛立ちを隠せない!しかしまだまだ!こんな物では無い!ダズトを驚愕させる出来事は更に続いた!
「……何だあれは……巨大な、手……だと?」
裂け目より何かが這い出して来る!それは薄緑色をしているが、確かに巨大な手らしき形をしていた!禍々しい鋭い爪が印象的な巨大な手が二つ!上下に互い違うと、それぞれが外側に力を入れ始める!これは見るからに!巨大な手が裂け目を押し広げようとして、抉じ開けているのは明らかであった!
この異常事態に透かさず臨戦態勢を取るダズト!しかし現在ダズトが持ち得る武器といえば、そこかしこ刃が欠けてボロボロになった剣が一振りあるだけである!そうしている間にも、じりじりと地獄へと繋がる亀裂は破孔を広げ!地獄の濃厚な瘴気が溢れ出すと共に、遂に巨大な手の持ち主が姿を現した!但し彼の者は余りにも巨大過ぎる為、抉じ開けた裂け目から顔を覗かせているだけに等しい!
「誰だ……テメェ!」
未だ全貌すらも見えず、言葉が通じる相手なのかも不明ではあるが!ダズトは臆する事無く誰何を叫んだ!
現れたのは凶悪な髑髏めいた異形の者!手と同じく全体的に薄緑色をした皮膚に!剥き出しの牙!眼窩は深淵の闇に満たされ!そして頭には山羊に似た角が、悪魔めいて生えていた!
「グググ……ダズト……見付ケタゾ」
異形は暗黒に漂うダズトに焦点を合わせると!鋭い牙を震わせながら、くぐもった声でダズトの名を呼ぶ!ダズトは一瞬だけ驚くも、相も変わらず不遜な態度で異形を睨み付けた!
「あ?何処のどいつか知らねぇが、テメェみたいなバケモンと知り合った覚えは無いぜ……耳障りなダミ声で、気安くオレの名を呼ぶんじゃねぇよ」
「私ガ判ラヌカ?……シカシ、ヨモヤ忘レタトハ言ワサヌ。今コソ私ハ新タナ秩序ヲ築キ、コノ世界ノ神ト成ルノダ」
「神だと?テメェまさか……!」
想定していた最悪の状況に絶句するダズト!しかし悪い予感とは斯くも当たる物なのか!
「ソウダ私ハ〝カイザルド〟ダ……驚イタカネ?」
何と矢張り!この異形の者はカイザルドの成れの果て!ともすれば不死身だという恐ろしい事実は、常人ならば絶望に身を捩っても不思議では無いであろう!
しかしダズトは「ふぅ」と一息吐くと、以前にも増して一段と挑戦的な表情となった!
「ふん……通りで秩序だの何だの、くだらねぇ台詞を吐く訳だ。所で何だその形は?ざまぁねぇな、だが醜悪な格好はお似合いだぜ」
「……コノ世界ノ肉体ハ君達ニ滅ボサレタガ、此ノ『神の欠片』ニ選バレタ魂ハ不滅。私ハ地獄デ転生シ、ヨリ強イ肉体ヲ得ルニ至ッタノダ」
「そうかよ、そりゃあ良かったじゃねぇか。要件が済んだのなら、さっさと地獄へ帰んな」
毅然と啖呵を切る姿がいっそ清々しく!相手が例え神であろうと悪魔あろうと何者であろうと!ダズトは今日も平常運転だ!
「……ソウハ行カヌ、私ガ創造スル世界ニ君ノ存在ハ不要ダ。思イ上ガッタ其ノ身ヲ、新世界ヘノ贄トシテ捧ゲテクレヨウ」
「は!やってみやがれ!」
そう叫ぶや否や!ダズトは自身に地獄の炎を纏わせる!目の前で地獄の大穴が開いているのもあり、その色はドス黒い黒炎であった!文字通り黒い火の玉と化したダズトが!漆黒の光芒を引きつつ、魔神に変貌したカイザルドへ突き進む!
「愚カ者メ……今ノ私ニ、ソンナ攻撃ガ通ジルトデモ?」
「なっ!?うぐぁ……!」
カイザルドは微動だにすらしなかった!ほんの僅かダズトを一睨みしただけで、纏っていた地獄の炎が消し飛び!目には見えない力が働きダズトの身体を拘束する!
「篤クト見ルガイイ、コレガ新タナル神ノ力ダ」
「……!!がああぁぁ!」
いきなりダズトが激しく苦しみ出した!全身を仰け反らせて痙攣!眼球が飛び出そうな程に、血走った目を見開き!眼、耳、鼻、口!顔面の穴という穴から出血!どう見ても尋常ならざる様子は、極めて危機的な状況を証明している!
「ハハハハハ!苦シカロウ?痛カロウ?辛カロウ?人間ノ肉体デ知覚出来ル最大限ノ苦痛ヲ、脳ニ直接与エタノダ。命アル限リ、タップリト楽シミ給エ」
「がはぁっ…!ぐううぅ!」
呼吸する事すら忘れて悶え苦しむダズト!歪みに歪んだ表情が、心身を襲う凄まじい苦痛を物語っていた!
「フハハハハハ!ソウダ!私ガ見タカッタノハ其ノ顔ダ!」
「ぐあぁ……がっ!ク、クソったれが……!」
「サア、君ガ終ワレバ次ハ〝リィナ〟ダ。同様ニ汎ユル苦痛ト恐怖ヲ身体ニ刻ミ付ケ、コノ世カラ存在ヲ抹消シテ呉レヨウ」
「!!っ……させるか、よ……!」
カイザルドが牙を震わせて嘲笑う中!ダズトは全身の力を振り絞り、気力だけで身体を奮い立たせる!圧倒的力の差!肉体は限界!一見すれば絶望的なこの状況!
しかし!だがしかし!ダズトの瞳に宿る闘志は、より一層燃え盛っていった!想像を絶する激痛と苦しみの中で、尚もダズトは焼き付いた自分の剣を握り締める!そして再び地獄の業火を我が身に纏うと、哄笑するカイザルドに灼熱の切っ先を向けた!
「……黒だ、もっと……黒く……真っ黒……!」
魘される様なダズトの呟きに呼応して、ドス黒い黒炎は次第に密度を増して行き、最終的な色彩は炎というより〝闇〟その物となる!
「……!?何ダソレハ……ソンナ力、私ハ知ラナイ……!」
余りにも暗く禍々し過ぎる炎は、魔神カイザルドですら身震いを隠せなかった!
「……知ラヌ、知ラヌガ……何ヲシヨウト、ドウセ私ニハ効カヌ!」
「うおおおおお!」
咆哮したダズトがカイザルドに吶喊!だが切迫するダズトを阻まんとして、カイザルドからはより強力な念が発せられる!
……キイィィン……
青緑色の発光、其れは「神の欠片」が共鳴する光。
「!グアア……!ドウシタ事ダ!?ワ、私ノ『神の欠片』ガ……!何故!?」
突然光を帯びたカイザルドの身体が青緑色に明滅!其れに伴って魔神の力が急速に失われて行った!何が起こったのかは定かでは無いが、この隙を見逃すダズトでは無い!
「はあああああ!」
「マサカ……!欠片ヨ!私ヲ裏切ル気カ!?……ア、熱イ!黒イ炎ガ、熱イイィ!」
ブラック・サン!ダズトが繰り出した乾坤一擲の一撃!直撃を受けたカイザルドが燦々たる闇の炎に呑まれる!この悍ましい黒き太陽の中で、カイザルドの肉体が俄に崩れ出し始めた!
「欠片ヨ何故!何故、私ヲ見捨テル!此ノ力サエアレバ、私ハ何度デモ転生シ甦レルトイウノニ!」
「解らねぇか?転生などとほざく以前に、一回でも死んだ時点でテメェは負けてんだよ。あのけったいな欠片共が一敗地に塗れた負け犬に、延々と従属し続けるとでも思ってたんなら片腹痛いぜ」
「……ソ、ソンナ馬鹿ナ!ワ、私ガ……神ニ選バレシ、コノ私ガ……!」
「……誰だろうが人生は一度きりだ、何度でもやり直しが利くなどと……驕り高ぶった末路を知りやがれ」
新たに生まれ変わった魔神の肉体諸共、魂自体が滅びつつあるカイザルドを前にして、ダズトはふと思い至る。
(地獄と呼ばれし向こう側の世界……オレが異能であの世界のエネルギーを引き出せるのは偶然かも知れねぇが、一度死んだカイザルドの転生先になったのは仕組まれているとしか思えん。もしあの世界が欠片の出自だとしたら、全ての辻褄も或いは合わせられるか……そうなるとオレが欠片に魅入られた理由も、其の辺に在るのかもな)
未だ推測の域は出なかったが、ダズトは自分の中で一切が繋がった気がした。
(だとすればだ、あの欠片がオレにさせたい事とは……)
その時!藻掻き苦しむカイザルドの絶叫が、ダズトの耳に逆らって入り込む!更に考察を深めようとしていたダズトであったが、此処は一旦我に返えり感情を胸の内に閉じた!
「はん……いい加減その不細工な顔も見飽きたな、そろそろ燃え尽きて死ね」
「ヤ、ヤメロ……ヤメテクレ!ダズトォオオォ!ガアアッ……!グ、グオオオォォォオオ!!」
常闇の宇宙に煌めいて浮かぶ、真っ黒な禍津星に赫奕と焼かれ!不気味な叫びを上げながら、朽ち果てて逝くカイザルド!そして恐怖と絶望の表情を浮かべると、最後には魂すらも焼き尽くされ完璧に消滅した!
其の様子を冷淡な眼差しで眺め、終焉まで見届けたダズトが静かに口を開く!
「クソ欠片共も言ってるぜ……世界を統べるには、テメェ如きじゃあ不足だとよ……」
無愛想にそう吐き捨てた次の瞬間、遂に結界が崩壊!漸く異空間から解放され、ダズト達は現実へと帰還を果たしたのだった!
以前と変わらぬモダンな執務室。映し出されたモニターも、高級そうな回転椅子も、ブラッチーが焼けた痕でさえも、そっくりそのままであった。一つ違うのは執務室奥に置かれた大きな机には、十三個もの「神の欠片」が無造作に転がっていた事だろう。
「う〜ん……」
聞き慣れた声にダズトが振り返ると、リィナが入り口付近に倒れていた。傍目には外傷等も見受けられず、どうやら気を失っているだけの様である。
「……チッ、いい気なもんだぜ」
憚らず憎まれ口を叩くダズトであったが、その口調は心做しか普段より穏やかであった。
今度こそ「神の欠片」を巡る争いに終止符が打たれる!それは完全決着!そしてダズト達の完全勝利であった!




