孤狼逆乱
《登場人物》
ダズト
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。
リィナ
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。
ブラッチー
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の幹部。打算的な野心家だが、組織には忠誠を誓っている。
さてシャッツォ一派との抗争を制したブラッチー達。現在一行が歩を進めているのは、いとも殺風景でやたらと長く続く通路であった。天井に疎らに灯る薄暗い魔力灯の光が、並び立つ三つの黒い影を床に映し出している。本来は静寂を保っている筈の場所で、三つの足音と何やらがさついた会話が聞こえてきた。
「いいかぁ?お前ら身嗜みはきちっとしておけよ!」
サングラスを掛け、黒いダブルのスーツを着た男。ブラッチーはビシッと襟を正すと、トレードマークであるテンガロンハットを改めて深く被り直す。普段はへらへらとした笑いを顔に張り付けている彼だが、この時は珍しく緊張感を呈した真顔であった。
「それはいいけど……そんな畏まって結局何処へ行く訳?私達何も知らされてないんだけど?」
ブラッチーの注意を不満そうに聞き流しながら、リィナはついさっき新調したばかりの外套を身に付けている。先立っての戦闘でリィナの外套は破棄され、ダズトも返り血で汚れた服を、強制的に着替えさせられていた。勿論ブラッチーの指示の為、経費は組織持ちである。
カジノで行われた戦闘から、既に二時間以上が経過していた。一行は小綺麗に仕立てられると、いよいよ目的地へと訪れようとしていたのである。
「そりゃあ、今からボスの元に馳せ参じるのさ!決まっているだろ!」
たった今知らされた事実を、さも予め伝えていたかの様に振る舞うブラッチーに対して、無言でダズトの舌打ちが鳴り響いた。リィナもダズトと同様に苦々しい顔であったが、取り敢えず主旨だけでも聞いておこうと訊ねてみる。
「はあ?ボスって……どういう事?」
「なんだボスも知らないのか?我が組織のリーダーであり総帥!首領かつ指導者!つまりダーク・ギルドの頂点に立つ御方だ!」
分かりきった当たり前の事だけを、妙に得意気に話すブラッチーにリィナは口を尖らせた。
「そんなの分かってるわよ。だから何でまた私達が、そのボスとやらに会う必要が有る訳?」
「それはボスがお前らに会うのを所望されているからだぜ。喜べよ、ボス直々のお達しだ」
「組織のトップが、私とダズトに会いたがっている……?」
先程から興味無さそうに無視していたダズトも、これにはリィナと共に訝しんで顔を上げる。しかし此処でブラッチーは、やれやれと言わんばかりに首を振った。
「でなけりゃ何でこのオレがお前らみたいな三下を、崇高なボスに引き合わせなきゃならんのだ。ボスの勅命でなけりゃ有り得んぜ」
余りの言い様にダズトは言わずもがな、リィナでさえも気分を害して歯を食い縛る。当のブラッチーは全然気にしていないが、二人からの信用は疾うに地に落ちて久しい。
(……でも組織のトップが、私達に一体何の用かしら?雰囲気的に出世させてくれる感じでも無さそうだし……勘だけど、あんまし良い予感がしないわね……)
一抹の不安を感じたリィナは、横でポケットに手を突っ込んだまま歩くダズトを見やる。視線に気付いたダズトと一瞬目が合うも、ダズトは直ぐに目線を逸らして詰まらなそうに俯いた。
「さあ着いたぞ!ボスの執務室へ直行する、専用の転送装置だ!」
癪に障るブラッチーの大声が上がり、二人は目的地に到着した事を知る。
一行が行き着いた先は、一台の転送装置だけが、中央に置かれている小部屋。早くもブラッチーが制御盤に手を乗せて、魔力で行き先を設定し始める。リィナはその様子を窺いながら、ダズトに顔を寄せてそっと耳打ちした。
「いいことダズト、油断してはダメよ?それから短気を起こしての軽率な行動は控えなさいね」
「知るか。オレに命令するんじゃねぇよ」
普段より案じてくるリィナに、ダズトはらしく素っ気ない返事をする。だがやはり少し気まずく思ったのか、億劫そうに頭を掻いた。
「チッ……まぁ向こうの出方次第だ」
この言葉に幾分か安堵の表情を浮かべたリィナは、入力を終えたブラッチーに倣って装置へと踏み入れる。ダズトも追って歩き出すと、僅かに懐が熱くなっているのに気付いた。
(欠片の共鳴?……いや違うな。こいつは……ひょっとして怯えていやがるのか?)
ダズトは周囲に異変を気取られまいと、あくまでも平静を装う。しかし突如として流れ込んできた「神の欠片」の感情らしき物に、少なからず動揺してしまった。
「どうしたのダズト?」
「おっ、もしかして今更気後れしてるのかぁ?」
「……何でもねぇ、新しい靴が歩きにくいだけだ」
心配するリィナも野次を飛ばすブラッチーにも目もくれず、澄ましたダズトは取り繕って装置に乗り込む。
(欠片が怯える……何にだ?まさか組織のボスとやらにか?)
そう思い至った時、ダズトが図らずもニヤリと口角を上げた。これまで殆ど興味がなかった「ダーク・ギルド」という組織に、そしてそれを束ねる人物に対して、ダズトはある種の好奇心を抱いたのだ。
「ふん、どんな奴だかな……」
「おいおいおい、ダズトぉ!呉々も粗相をするんじゃないぞ!」
思わず口から出た不敬な呟きを拾ったブラッチーが、そんなダズトの尊大な態度に危惧を深める。だがこれ以上ダズトを叱り付ける時間はもう残されていない。覚悟を決めたブラッチーは一度深呼吸をすると、装置を起動させボスの元へと転送を開始するのであった。
「幹部ブラッチーとその手下!以下三名、参上致しました!」
真っ暗闇の空間に向けてブラッチーが挨拶をすると不意に照明が灯る。先程迄とは打って変わり、かなり広々としたモダンな執務室が浮かび上がってきた。
部屋の奥に置かれている大きな机に座っていた人影が立ち上がると、ブラッチーは気を引き締めて直立不動となる。ダズトとリィナもブラッチーの横に並び立つが、特に緊張感の無いリラックスした体勢であった。そしてやおら近付いて来る一人の人物に、三人の視線が一斉に注がれる。
「ふ、待ち兼ねたぞブラッチー……まあ楽にしたまえ」
「は!」
男は極めて穏やかな口調で話し始めるも、ブラッチーは尚一層と心を張り詰めたのか、ダズトとリィナにもピリピリとした空気が伝わってきた。普段は威張り散らしているブラッチーが、今や従順な奉公人の如く振る舞っているのを見るに、確かにこの男がダーク・ギルドのトップなのだと認識する。
(こいつが……)
ジロジロと品定めをする様なダズトの眼差しを察知したか。男はダズトとリィナの前まで進むと、まるで友人と接する様な爽やかな笑顔で二人にも話し掛けた。
「君達がダズトとリィナか。活躍は聞いている、会いたかったぞ」
「えっ私達の名前を知ってるの?」
意外に思ったリィナが驚きの声を上げる。世界中に轟く秘密結社の長が、単なる末端エージェントである自分達の名前を、まさか把握しているとは思ってもみなかったのだ。
「ははは、組織を束ねる者として当然だよ。私がダーク・ギルドの代表〝カイザルド〟だ。以後お見知り置き願おう」
カイザルドと名乗った男。スマートな長身に裏世界のボスらしからぬカジュアルなスーツを着こなし、襟足の長い金髪をオールバックに固めている。柔和な笑みと穏やかな話し方はロキをも彷彿とさせるが、眼光の奥底にある得体の知れない気配が、やはり闇の世界の住人である事を醸し出していた。
このカイザルドの出で立ちを眺めていたリィナは、人差し指を唇に当てると興味深そうに首を捻る。
「……何だろう?雰囲気が少しダズトに似てるような……」
「どこがだよ」
ふと口を衝いて出たリィナの言葉に、ダズトが迷惑そうに反応した。
実際ダズトの言う通り、それ程外見が似ている訳では無いし、性格も少なくとも表面上は違って見える。しかしリィナは思う、この二人の心底には途轍もなく巨大な化物が棲んでいるのではないかと。
「さて、何やらカジノの方が騒がしかった様子だが……弁明はあるかね?」
挨拶もそこそこにして、カイザルドが再びブラッチーに転じる。ブラッチーはやたらと大袈裟な身振りを交えつつ、態とらしく神妙な顔を作ってカイザルドへと向けた。
「カイザルド様のお耳を汚してしまい、恥ずかしい限りでありますが……実はシャッツォ本人とその一派の主だった者達が、不慮の事故で亡くなってしまいまして……」
「ほう?」
必死に言い訳するブラッチーであったが、恐らく真実を知っているのであろう、カイザルドの表情が一切変わる事はない。しかしブラッチーはここぞとばかりに、語気を強めて釈明を続けた。
「そこで幹部の中でも刎頚の交わりであったこのブラッチーめが、不肖ながらシャッツォの事業を引き継がせて頂いた次第です」
(私も人の事言えた義理じゃないけど……よく舌が回るわねぇ)
ブラッチーの言い訳を聴いていたリィナは、これには呆れるよりも少し感心する。ブラッチーの自己保身能力の高さは、権力に対する執着心と相まって、他の誰にも比肩出来る物では無いのを認めたのだ。
「少々引き継ぎ作業に混乱が生じてしまった事、この場にてお詫び申し上げます。誠に惜しい男を亡くしました」
清々しい程の大嘘を吐いて頭を垂れるブラッチーに、それ迄表情を固めていたカイザルドにも変化が生じる。
「ふふふ……まあ良かろう、力有る者こそが正義だ。君がシャッツォの事業を引き継ぐ事を、正式に承認する。これからも組織の為に尽力してくれたまえ」
「おおっ!ありがとうございます!」
口の端を歪めて笑うカイザルドの言葉に、功を奏したブラッチーが明るい顔を上げた。
そのままカイザルドは微笑を浮かべたまま、一度踵を返して三人を見渡せる位置に移動する。
「さて……そろそろ本題に移ろうか。早速だがブラッチーよ『神の欠片』を此方へ渡して貰おう」
「はっ此処に!どうぞ御納め下さい!」
ブラッチーは待ってましたと言わんばかりに背筋を伸ばし、そして治安維持機構本部から奪った三つの「神の欠片」が入った袋を、恭しくカイザルドに手渡した。
……キィィィイーン……
カイザルドが欠片の入った袋を手にした瞬間、中の三つの欠片が一様に光を放ち、袋自体を淡く輝かせる。これに北叟笑むカイザルドとは対称的に、ダズトが眉根を寄せるのをリィナは見逃さなかった。
(ちょっとダズト……はやまらないでよ……)
カイザルドに「神の欠片」が反応を示しているのを見るに、この男も欠片に選ばれし者なのであろうか……とリィナは思ったが、今この場でその真偽を調べる手立ては無い。ダズトなら何か解るかもしれないが……
「ふむ、確かに『神の欠片』に間違い無い」
「ははっ!これで漸く、我が組織の大願である世界征服が成し得ます!欠片もカイザルド様の手中で、さぞ喜んでいる事でしょう!」
中身を確認したカイザルドが袋を閉じた所で、ブラッチーが揉み手をしながらおべっかを使う。権力者に媚びへつらう太鼓持ちも、れっきとしたブラッチーの才能なのだ。
「ふ、分かり易い男だ……だがそういう者は嫌いでは無いぞ」
含みを持たせるカイザルドの言い様に、ブラッチーの内心は期待に高揚する。
「……ブラッチーよ、今回君の功績は甚だ大きい。よかろう……君を私に次ぐ組織のナンバーツーに指名する。その力、大いに頼りにさせて貰うとしよう」
「こ、これは!恐悦至極に御座います!必ずや御期待に添えますよう精進する所存です!」
カイザルドの発言によりブラッチーの声が一際大きくなった。感極まったブラッチーの身体が、小刻みに震えているのが分かる。ブラッチーの悲願は此処に果たされたのだ。
「うむ、その前に……最後の『神の欠片』も渡してもらわねばな」
「そ、そうでした!おいダズトぉ!早くお前の持っている欠片も出すんだ!」
カイザルドが横目でダズトに視線を送ると、ハッとしたブラッチーが急いでダズトに詰め寄る。このブラッチーの行動にかなり苛ついたのか、ダズトが憚らずに大きく舌打ちをした。
「チッ!触るなクズが」
ダズトは渋面を隠そうともせずブラッチーを押し退けると、ふてぶてしい態度でカイザルドの前へと立塞がる。だが相対したカイザルドは少しも動じず、至って余裕の面持ちであった。
(ああ~もう!ハラハラするったらないわね!)
いつダズトが癇癪を起こすのか気が気でならいリィナを余所に、意外にもダズトはそのまま懐に手を入れる。そして有ろう事か素直にも「神の欠片」を取り出すと、黙したまま欠片を握った手をカイザルドへと伸ばしたのだ。
ダズトとカイザルド、不意に二人の視線が交錯する。だがカイザルドも欠片を受け取るべく手を差し出した所で、欠片を持つダズトの腕がピタリと止まった。
「おい、世界征服だの大言壮語を吐くのは構わねえが……テメェはこいつをどうするつもりだ?」
「かっダズトお前ぇ!も、申し訳有りませんカイザルド様!どうにも目上への言葉遣いを知らない奴でして……!」
ダズトは不遜な物言いながら、真っ直ぐにカイザルドを見据える。突然の発言に面食らったブラッチーは、直ぐ様ダズトを咎めるべく二人の間に割って入ろうとするも、カイザルドは悠然と片手を上げてそれを制した。
「構わん。私としてもダズトとは、一度直接話をしてみたいと思っていたのだ」
この返答にブラッチーはカイザルドとダズトを交互に見やり、結局肩を落としてすごすごと引き下がる。
そして逆に、ダズトは不敵な薄ら笑いを浮かべた。
「へぇ殊勝な心掛けじゃねぇか……なら質問には答えてくれるんだろうな?」
「当然だよ、私はこの世界の神となるのだから」
「は!オレが言うのも何だがな……自分を神だとか言う奴にロクな人間は居ねぇぞ」
全く要領を得ないカイザルドの返答に、ダズトは冷やかす様に嘲け罵る。
「これは比喩では無い、現実に私は神となるのだ。そしてその為の『神の欠片』だよ」
それでも尚の事、カイザルドは微笑みを以てダズトの瞳を凝視した。カイザルドの考えを測りかねたダズトは、流石に不審に思って口を真一文字に結ぶ。
「……とても正気の沙汰とは思えんな」
「正気も正気だ。私も始めは君と同様……欠片に魅入られた身でね、しかし今となっては既に五つの欠片を従えている」
「欠片を……従える、ですって?」
カイザルドの言葉の意味を理解仕切れず、リィナも唖然として戸惑うしかなかった。隣に立っているブラッチー唯一人だけが、カイザルドの台詞に感激して何度も頷いている。
「そうだ私の意識は欠片の意志に打ち勝ち、屈服させる事に成功したのだ。そうして得た力を足掛かりに、順繰りに他の欠片も支配しつつある。ダズトよ……君も欠片の意志に呑み込まれていない所を見るに、君の精神もその欠片を制圧したのではないのかね?」
「ふん、オレはこんな物にどうこうされないし……するつもりも無い。テメェとは違う」
カイザルドの問い掛けに対して、ダズトは露骨に不快感を示した。とはいえダズトとしても、何がこうまで心に波風を立たせるのか、自分でも不思議に思う。
しかしよくよくと思い起こしてみれば、魅入られずに欠片の力を引き出す方法があると、確かにヒュージも以前に言っていた。その方法とは詰まり、強靭な精神力で欠片の意志をねじ伏せる、という力業だったのであろうか。
「ふふふ、それは残念。欠片を従えた者同士、話が合うかと思ったが……」
「さっきから肝心な部分が見えてこねぇな」
のらりくらりと煮え切らない発言を繰り返すカイザルドに、ダズトは明らかに敵意の籠もった鋭い眼差しを向けた。
「理解らないかね?全ての欠片を支配下に置ければ、それは全世界を支配する事と同義なのだよ」
(この世界が『神の欠片』で形作られ、拠り所としているなら……確かにそう言えるかもね。だけど……)
リィナも心做しか、面白く無さそうに自分の髪に触れる。どうやらリィナの目指す世界征服と、カイザルドが謳う世界征服とでは趣が違う様だ。
「……そしてそれを成し得るのは、私以外には存在しない」
「無論です!カイザルド様が果たせずに、他の何者が出来るのでしょうか!カイザルド様が五つの欠片を従えているという事は、もう既に世界の三分の一以上を支配している様な物です!」
ダズトとリィナそれぞれの思いを知ってか知らずか、カイザルドは己の正当性と取るべき手段を説き続ける。その上で合いの手を打ってきたブラッチーに、満足そうに大きく頷いた。
「私が『神の欠片』に代わって、この世界に新たな秩序を築こうと云うのだ」
重ねてカイザルドは全てを見透かすかの如き碧眼で、峻峭たるダズトの瞳を凝視する。二人の間で言葉では言い表せない、感情の奔流が渦巻いたかに見えた。
未だ寡黙を貫くダズトの決断に、リィナとブラッチーから否が応でも注目が集まる。
「理解ったかね?であれば、その『神の欠片』を大人しく差し出したまえ」
幼子を諭す様な優しい論調であったが、より一層にカイザルドの迫力と存在感は増大していた。
「なる程な……よく理解ったぜ」
大きな息を一つ吐き出すと、ダズトは諦念めいて目を閉じた。もう怒りや苛立ちは消え失せたのか、其処は彼と無くさっぱりとした顔付きである。やっと欠片を渡す気になったのかと、ブラッチーは緊張で流れた額の汗を拭った。
再びゆっくりと瞼を開けたダズトは、欠片を持つ手に目を落とす。これを見たリィナも思いの外冷静なダズトに、一先ずは胸を撫で下ろしたのも束の間。
「それじゃあ尚更!テメェにこいつは渡せねぇな!」
突然!ダズトは欠片を持っていない方の腕で剣を抜刀!カイザルドに斬り掛かった!
意表を突いた超高速の刺突は!カイザルドの眉間を撃ち貫くかと思われたが!カイザルドは顔色一つ変えず!何時の間にか手にしていたサーベルで、ダズトの放った必殺の一撃をガード!
「何ッ!?」
ダズトが驚声を上げた!渾身の突きを防がれてしまったのは素より!カイザルドはダズトが刺突を繰り出すよりも前に、サーベルを構えていた様に思えたからである!
(しかも、この野郎……!)
ダズトの顔が苦渋に満ちる!防がれたダズトの剣は、そのままカイザルドの剣に固定され!押す事も引く事も適わなくなってしまったのだ!しかもこれは魔法や異能では無く、単純な剣技のなせる業!まさか組織の首魁たるカイザルドが、ダズトにも引けを取らない剣の腕前を有しているとは!全く驚きである!
「ダ、ダズトぉ!何て事をしでかしやがったぁ!」
「ダズト……!」
「仔細無い、他の者は下がっていろ。手出しは無用だ」
ブラッチーとリィナは急転直下の出来事に狼狽!しかしカイザルドは落ち着き払い、慌てる二人をその場から退がらせた!
「舐めるな!」
膠着した状況を打開するべく、ダズトが異能を発動させる!赤黒い炎が展開し、周囲を激しい熱気が包んだ!
「甘いな、二手遅い」
……キィィィイーン……
カイザルドから「神の欠片」の共鳴が鳴り響く!外部からの力でダズトの異能を抑圧しているのか!急激にダズトの炎が弱まり鎮静していった!
「……!オレの炎が……!?」
複数の「神の欠片」から溢れる途方も無いエネルギーが!見る見る内にカイザルドに凝縮されていく!
「これが世界を支配する力だ」
カイザルドが固定していたサーベルを軽く弾くと!ただそれだけでダズトは勢い良く吹き飛ばされ、受け身を取る暇も無く反対側の壁に激突!
「がはぁっ!!」
堅い壁に罅が入る程の衝撃を受け、ダズトが床に倒れ込む!同時にダズトの持つ「神の欠片」が零れ落ちた!
「ふっ、未来の神に喰らい付くか……その怯えた目で」
「テメェ!オレが怯えているだと?ふざけやがって……!」
ダズトは起き上がろうと藻掻くが!見えない力に抑え付けられて、どうしても立ち上がる事が出来ない!それでも刃より鋭い眼光だけは、些かも陰りを見せはしなかった!
「ふはは!並みの者ならば、とっくに圧死していると云うのに。ブラッチーの報告書では〝狂犬の如き男〟とあったが、狂犬というより餓狼だな……其の飽くなき闘争心も、確かに欠片に魅入られるだけはある」
カイザルドは突伏したダズトに近寄り、見下しながら手を翳す!傍目にも恐るべきエネルギーが渦巻くのが分かった!
「だが神への反逆は大罪だ、暫し反省するがいい」
「がッ!!」
一段と強力な力が上からのし掛かり、徐々にダズトの意識が遠退き始める!
行動の一切を封じられたダズトに、最早為す術は無かった!
「いや~流石はカイザルド様!鮮やかなお手並みで御座います!」
「ダズト……あなたは……」
戦闘がほぼ終結したのを見届けて、カイザルドに摺り寄るのはブラッチー。そしてリィナは複雑な面持ちで、床に伏すダズトを見やる。どうにかして声を掛けようとするも、自身まで巻き込まれては目も当てられない為、今は下手に動く事が出来無かった。
カイザルドはダズトから転がった「神の欠片」を拾い上げると、感慨深く強く握り締める。それは求めていた最後のピースが揃った故の行為であったが、ここでカイザルドは少し驚いた様な表情に変わった。
「ふふふ……この期に及んで私を否定するとは、中々服従させ甲斐のある欠片ではないか」
(ち、畜生がッ……!オレは、こんな……所で……!)
打ち拉がれ、臍を噛むダズトは見た。カイザルドが手にした「神の欠片」が淡い光を放つ瞬間を。
儚い光は蛍の如く、細く消え入りそうな明滅は、見る者に悲哀すら感じさせる……そして此処で、ダズトの意識はぷつりと途切れるのであった。