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そして闇の栄光へ  作者: 瀬古剣一郎
第三章
17/24

訣別

《登場人物》

ダズト

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。


リィナ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。


ロキ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。


ブラッチー

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の幹部。打算的な野心家だが、組織には忠誠を誓っている。


ヤマダ君

特殊部隊「ホワイト・ダガー」のA級戦闘員。秀麗な外見だが気弱な性格。酒癖が悪い。


スズキ君

特殊部隊「ホワイト・ダガー」のA級戦闘員。ヤマダ君の相棒。魔道具の扱いに長けている。

「……ふ~ん、そんな事があったのね。じゃあ結局サリバンとの決着は付けられなかったんだ」

「折角お二人が背中を押して下さったのに……面目が立たず、一言(いちごん)も御座いません」

穏やかな朝の日差しの下で、一行は海岸線の街道を急ぎ進んでいた。リィナとロキの会話はダズトの耳にも入ってきていたが、ダズトはほんの一瞬ロキを見やっただけで特に反応を示す様子は無い。

「しかし封印や単なる亜空間への転移でも無く、まさかパラレルワールドへの次元転移とはなぁ……ヒュージもとんでもない事を思い付くもんだぜ」

ダズトの代わりといってはなんだが、ブラッチーはいたく関心を持ってロキの話に聞き入っていた。格が違い過ぎるとはいえブラッチーも同系列の魔法を使う端くれ、時空間魔法の持つ可能性に興味は尽きない様である。

 ふとブラッチーはヒュージ最期の言葉を思い出した。

「恐らくだが、ヒュージは少しでも『神の欠片』の力を削ごうとしていたのかもな。何やら欠片を集める事を警戒していた節があるし、ゆくゆくは自分が転移する事も考えていたのかも知れん……まぁ今となっては確かめる(すべ)も無いが」

「思い付くだけじゃなく、実際にその魔法を編み出してしまう辺り……最強の魔道士と呼ばれているのは、伊達では無かったみたいね」

リィナの返しにブラッチーは掛けているサングラスをキラリと光らせ、得意気な笑みと共に流し目でリィナを見やる。

「はっはー!そんな最強の魔道士をオレ達は倒したんだ!もっと胸を張ってもいいんだぞリィナ!」

(別に気後れしているつもりは無いんだけど……そもそも手を貸したのは事実としても、直接倒したのはダズトとダズトの『神の欠片』だし……)

モヤる気持ちの表れか頬を引きつらせるリィナは、ウザったそうにブラッチーから目線を切った。


 少し現在の状況を整理しよう。

 ヒュージを撃破した直後で合流を果たしたロキを伴い、一行は即座に地上に舞い戻ると破壊活動を再開。世界治安維持機構統合本部を徹底的に打ちのめし、事実上の壊滅に追い込む事に成功。未だ各支部は健在な為、世界治安維持機構が消滅した訳では無いが、これは大変な大事件であった。

 ブラッチーはこの未曽有の大戦果を引っさげて凱旋するべく、ダズト達を引き連れてダーク・ギルドの本拠地に向かっている最中である。そしてどうやらダーク・ギルドの本拠地は西大陸に在るらしく、今は海峡を渡る為に港を目指していた。

「海に出さえすれば妨害は有るまい、既に連絡して船は手配済みだ。急ぐぞお前らぁ!」

 そんな訳もあり、まだ朝も早い中で一行は、海沿いの街道を驀進中である。

 リィナが眠たそうに眼を(こす)って欠伸をした。(かた)やウッキウキなブラッチーとは裏腹に、ダズトは相変わらずの仏頂面である。もしかしたら久し振りに船に乗るという事で、鬱屈した気持ちになっているのかも知れない。

 そしてメランコリックな男がもう一人、思い詰めた表情のロキが(おもむろ)に口を開いた。

「……ブラッチー殿。藪から棒ではありますが、折り入ってお願いしたい事が御座います」

「ん?ああサリバンの件か……集めた『神の欠片』の力で自分も次元転移したい、と言うんだろう?」

「はい、可能でしょうか?」

ロキの質問にブラッチーが一体何と答えるのか、ダズトとリィナも俄にブラッチーに注目する。

 後一歩の所でサリバンを並行世界に逃がしてしまったロキは、何としてでもサリバンを追う必要があった。ヒュージが先の戦闘で死亡した今、その為には「神の欠片」の力が必須であるのは言うまでも無い。

「さあて『神の欠片』の力を引き出すにも色々準備が要るしなぁ……まあ他ならぬロキの頼みだ、ボスには掛け合ってやろう。そしてその為には、これまで以上に組織に貢献せねば……なぁロキ?」

「……無論」

歯を見せて嗤うブラッチーに対し、ロキは俯きながら短く応えた。その嫌味ったらしいブラッチーの言動は、当の言われたロキでは無く、ダズトとリィナの不興を大いに買う事となる。

「騙されちゃダメよロキ君、どうせ組織のいいように使われるだけに決まっているわ。大体ブラッチーがそんな口約束守ると思って?」

「その通りだ、こんなクソみてぇな組織に頼るなんてナンセンスだぜ。焦るのは分かるが、もう少し考え直すこった。テメェらしくもねぇ……」

「おいおいおい!余り失礼な事を言うんじゃないぜ二人とも!今日は機嫌が良いから許してやるが、本当なら減棒処分もんだぞ!それにオレはジェントルメン!約束は必ず守る男さ!」

普段以上に辛辣な物言いをされたブラッチーであるが、今回ばかりは功績の大きさもあってか、かなり精神的な余裕を覗かせていた。「ふふん」と鼻を鳴らすと、誇らし気に親指を立てる。この驚くばかりの胡散臭ささに、思わずダズトは唾を吐き捨て、リィナは眉を顰めて閉口した。

 変わってリィナは無言のままのロキを見ると、心配そうにダズトへと顔を寄せひそひそと話し掛ける。

「ねえダズトが持つ欠片の方で何とかならないの?あの力を使えばワームホールだって作れるんじゃなくて?」

「……ふん、そうしてやりてぇのは山々だがな。仮に欠片から力を引き出せたとしてもだ、その力を制御して次元転移させる……そんなノウハウが有ると思うか?悪いがオレにどうこう出来る話じゃあねぇぜ」

「そうよねぇ……」

頬に手を当てたリィナが、残念そうに小さく嘆息した。時空間魔法が使えないダズトが例え「神の欠片」の力でロキを転移させる事が出来たとしても、その行き先はサリバンの居る並行世界などではなく、ダズトの異能(スキル)の根源たる〝地獄〟に行き着くであろう事が容易に想像出来てしまう。

(そうなったら目も当てられないもの……あ、でもロキ君なら地獄でも生きていけそうね……何なら地獄も武力で制覇しちゃいそうだわ)

リィナはロキの境遇は案じても、生存能力の心配は一切していない。むしろロキが送り込まれた後の地獄を懸念する始末であった。

 そのままリィナは気無しに、ダズトの横顔を見つめる。精悍だが不機嫌そうないつもの顔が、リィナの大きな瞳に映し出された。

(……ってかダズトも随分と変わったわね。他人の心配をするなんて、一昔前のダズトでは考えられなくてよ。ロキ君は勿論だけど……ヤマダ君やスズキ君との交流で思う所があったのかしらん?朱に交われば赤くなる、とはよく言ったものだわ)

リィナから珍妙な視線を向けられている事に気付いたダズトは、最初は無視しようと試みるも、結局は不快感を露呈して睨み返す。

「……あんだよテメェ、何ガン付けてやがんだ」

「んふふ~別に何でもないわ♪やっぱ持つべき物は良き友人って事なのね☆」

「あぁん?」

剃刀の如く凄まれているのにも拘わらず、やけに嬉しそうに微笑むリィナに毒気を抜かれたか。ダズトは呆れた様に眉間に皺を寄せると、もうそれ以上何も言う事は無かった。


「……む」

「うおっとぉ!止まれお前らぁ!」

先を急ぐ一行の前方に、不穏な気配を放つ二つの影が現れる。初めに気付いたのはロキであるが、号令を掛けて全員を停止させたのはブラッチーであった。

「なんだ!?誰だ!?待ち伏せ!?もう追っ手が来たっていうのか!?」

「あの方々は……」

「ふん」

「あらあら」

動揺するブラッチーの傍らで、他の三人は至って淡々としていた。其れも其の筈。行く手に立ち塞がっていたのは彼らには見慣れた面々、此処まで来ると旧知の仲と言って差し支え無い。

「遂に来たな!今度という今度は許さないぞ!」

朝の光を浴びて仁王立ちするヤマダ君が、何時もの弱気な姿からは想像出来ない大声を出した。その横には当然の如くスズキ君も佇んでいるが、此方も普段とは違って表情は暗い。そして見た限りはどちらも、先日の戦闘で負った怪我は、粗方回復している様子であった。

「いよぉヤマダぁ……今日は珍しく威勢がいいじゃねぇか。もう酔っ払ってやがるのか?」

先程までの仏頂面とは打って変わって、愉しそうに口角を上げるダズト。リィナの言った通り、それはさながら往年の友人と出会ったかの様であった。

「なんだぁ?知り合いか?」

異様な雰囲気を怪しんだブラッチーが、サングラス越しにダズトとヤマダ君達を交互に見つめる。

「特殊部隊ホワイト・ダガーのA級戦闘員、ヤマダ君とスズキ君よ。彼らとはこれ迄に幾度も、私達と戦火を交えているわ」

「……ほーん、ホワイト・ダガーのねぇ」

リィナの説明を聞いたブラッチーは何か含みを持たせ、まじまじとホワイト・ダガーだという二人を観察した。

 先ずはダズトにヤマダと呼ばれた銀髪の美青年が、プリプリと怒りを露わにして口を開く。僅かに頬が赤みがかっている所を見ると、ダズトの言う通り少し酒が入っているのか。

「ヒック!ダズさん達のせいで統合本部は壊滅!ホワイト・ダガーも解散ですよ!どうしてくれるんですか!?」

「つまり僕らはクビ……職を失ってしまったんです。ヤマダ君なんて昼間から自棄(やけ)酒して大変なんスから、でもヤマダ君の気持ちも分かるなぁ……はぁ。僕も一体どうすればいいのやら……取り敢えず明日は職安に行ってみないと……」

栗色の癖っ毛が特徴のスズキ君も、不安そうに遠い目をして答えた。

「は!そんなオレの知った事じゃねぇんだよ……それで?わざわざそんな文句を言う為に、テメェらはこんな所で待っていやがったのか?」

意地の悪い笑みを浮かべつつダズトは、これまた意地の悪い台詞で二人を挑発する。

「そ、それはそのう……」

「くくく……まあ待てダズト。ホワイト・ダガーのA級戦闘員、ヤマダとスズキと言ったか?お前らと度々やり合って生きているという事は、それなりの実力者なんだろうな」

スズキ君が口ごもって俯く中、ブラッチーがニヤニヤと歯を見せながら割って入ってきた。

「はい。お二人共ダズトさんやリィナさんにも、勝るとも劣らぬ強さをお持ちですよ」

「チッ余計な事を……おいロキ、こんな酔っ払いと一緒にするな」

「ん~これだけ戦ってるんだもの、確かに好敵手(ライバル)と言えるのかもね~」

ブラッチーの質問に答えたのはロキだが、これにダズトは難色を示しリィナはそれなりに肯定的に捉える。そしてこの言葉を受けて、ブラッチーは満足そうに頷いた。

「なる程~悪くは無さそうだな……ホワイト・ダガーの二人よ!今なら漏れ無くオレの部下にしてやるぞ!仕事を探してるのなら悪い話しではないだろう?どうだ!」

「え~!それって二人をスカウトするって事かしら!?」

「今回の功績でオレが出世するのは、まず確実だからな。そうなれば部下も増やす必要が出てくるって事さ、まして強い奴なら大歓迎だぜ」

ブラッチーのまさかの提案に、此処に会する一同皆が驚愕する。

「えっえっ……?本当に?」

「ま、本気っスか!?」

ヤマダ君は一気に酔いが醒め、長い睫毛をぱちくりとさせた。当たり前だがこれに一番驚いたのは、ヤマダ君とスズキ君である。予想だにしない展開に戸惑いを隠せず、お互い顔を見合わせては右往左往させた。

「ほう……お二人がお味方になれば、心強いのは間違いありませんね」

「まぁいいんじゃない?彼らの強さは私も保証するわよ」

敵ながら悪い印象も無く、つい先日は仲良く(さかづき)も酌み交わした間柄である。そんな二人が仲間になってくれるというなら、リィナやロキにとっても朗報と言えよう。

「い~やったぁ!神様は僕達を見捨てていなかった!」

「良かったねヤマダ君!ホント一時はどうなる事かと思ったよ、いい歳して無職はマズいもんね!」

喜びの歓声を上げて、盛り上がるヤマダ君とスズキ君。しかしダズトだけは只一人、口をへの字に折り曲げて如何にも不満そうであった。元々無愛想な男ではあるが、それでも何時(いつ)もとは少し様子が違う。それに気付いたリィナが不思議そうに、ムスッとするダズトの顔を覗き込んだ。

「どうしたのダズト?変な顔しちゃって……あんまし嬉しそうじゃ無いわね」

「……テメェらはそれでいいのか?」

「!?」

覗き込んだリィナを躱して一歩前に出たダズトが、ヤマダ君とスズキ君を鋭い視線で射抜く。

「……テメェらがどんな経緯でホワイト・ダガーに参加したのかは前に聞いたがよ、それでも初めは理想や信念があったんじゃねぇか?この腐った世界を……少しでもマシにしようと思ったりしなかったのかよ?」

リィナは不意に後退(あとずさる)ると、ロキの袖口を引っ張って小声で叫んだ。

(ちょ、ちょ、ちょっとロキ君!ダズトが何か物凄い事言ってるわよ!悪い物でも食べたんじゃなくて!?)

(わ、私も大変驚いております!)

ロキも戦闘では見た事が無い程、強い驚きの表情を以て、静かに大きな声を出す。

 だが困惑したのはリィナとロキだけでは無かった。ダズトの言葉がヤマダ君とスズキ君の琴線に触れたのか、二人は直ぐハッとした後に、妙に郷愁めいた寂し気な顔を浮かべる。

「……あ、そりゃあ……ぼ、僕だって司令官が認めてくれて……それで……」

「……あの時は嬉しかったね、ヤマダ君。毎日ひもじい思いをしてたけど、もうこれでお腹一杯食べれるんだってさ……」

「……そうだ、それで僕らは思ったんだ。僕らが頑張って平和になれば、ちょっとは僕らみたいな戦災孤児が減るんじゃないかって……」

「あの頃は二人でよく言ってたなぁ……僕らを拾ってくれた司令官みたいに、偉くなって世の中を変えてやる!ってさ……」

直前のハイテンション振りは何処へやら、すっかり二人はしんみりと黄昏てしまうのであった。


「はっはー!何をぶつくさ言っているんだ二人共!こんな好条件に迷う事も無かろう!大人しくダーク・ギルドの軍門に降るがいいさ!」

「スズキ君、ごめん……やっぱり僕は……」

「うん……ヤマダ君、僕も同じ意見さ」

此処で空気の読めないブラッチーが、両手を広げて前に出て来る!すると頷き合ったヤマダ君とスズキ君が顔を引き締め、改めてブラッチーに向き直った!

「とても素晴らしいお誘い、誠にありがとうございます。しかし申し上げ難いのですが、この度は慎んで辞退させて頂きます」

「なッ断るだとぉ!?」

丁寧に固辞したヤマダ君に続いて、スズキ君もブラッチーに頭を下げる!

「……かくなる上は司令官の遺志を引き継ぎ、ホワイト・ダガーとしての職責を全うしようと思います……どうぞお覚悟下さい」

「は!そうだ、それでこそだ……!これでテメェらも心置きなく死ねるな、先回のケリを付けるとしようぜ!」

二人の言葉を聞いたダズトは、嬉々として剣に手を添えた!しかし、そんなダズトにもヤマダ君は残念そうな顔を向ける!

「……すみませんダズさん、それも不可能です」

「何だと?……チッこいつは!」

ヤマダ君がダズトに謝罪した次の瞬間!ダズト達一行の足下が、いきなり激しく発光!

罠魔法陣(マジックトラップ)!でも……この魔法は!」

「これは……!ヒュージの空間固定魔法だとぉ!?う、動けねぇ!」

この急転直下の事態に、リィナとブラッチーも慌てて戦闘態勢を取ろうとするが!既に空間は固定され、身体を動かす事が出来ない!同様にダズトも歯軋りをして、二人を睨み付けるのが精一杯だ!

「この為に待ち構えていやがったか!抜け目の無ぇこったぜ……クソったれ!」

魔法で固まった一行を前にして、スズキ君は腰のポーチを(まさぐ)る!

「……ヒュージ司令官は万が一の事態に備えて『我が身に何かあった時は、これで世界の脅威を無くせ』と、ちょっと前から僕達にコイツを渡していました」

そして取り出したるは、拳より一回り大きい透き通った球体!スズキ君は感慨深かくそれを眺めると、横に居るヤマダ君に手渡した!

「申し訳ありませんが皆さんには、この世界から強制的に退去して頂きます」

ヤマダ君は受け取った球体を握り締めると、野球のピッチャー宜しく大きく振りかぶる!どうやら一行に投げ付ける気だ!

「あ、あれは……!」

リィナの瞳に映るその球体は、直径十五センチを超える透明な魔法珠!忽ちロキの視線も釘付けとなる!

(……あの魔法珠は!!……そうか!二つあったのか!一方はサリバンに、もう一方はあの二人に託して……!)

ふっとダズトとリィナに目線を移すロキ!魔法珠の正体に気が付いたリィナと目が合うと、ロキは瞼を閉じて何かを逡巡した!

 ドワォ!

 刹那!闘気を爆発させたロキが、自身を束縛していた魔力を断ち切ったかと思うと!驚異的な加速で以てヤマダ君に肉迫!

「えっ!どうやって空間固定魔法の拘束を!?……あっ!」

ヤマダ君とスズキ君は知らないが、ロキがこの魔法を食らうのはこれで三回目!武の化身たるロキに通用する魔法では、既に全く無かったのだ!

「ヤマダ君、スズキ君……先にお詫びを申し上げます」

ロキの剛槍が!ヤマダ君の持つ魔法珠を貫く!砕け散った魔法珠から力場が発生し、ロキそしてヤマダ君とスズキ君を包み込んだ!

「わあ!せ、先生!何故こんな事を!」

「こ、これじゃあ僕達が平行世界に飛ばされてしまう……!」

「お二人を私の身勝手なエゴに巻き込んでしまって……本当に申し訳ありません」

仰天するヤマダ君とスズキ君に対し、ロキは心から謝罪を述べる!しかし!もう何をしても手遅れ!これは平行世界への片道切符!三人は運命の列車に完全に閉じ込められてしまったのだ!発車オーライ!

「ロキ!」

「ロキ君!」

「ロ、ロキぃ!」

驚いたのはヤマダ君とスズキ君だけでは無い!ダズト、リィナ、ブラッチーもロキの行動に息を呑んだ!

「ダズトさんリィナさん、今まで本当にありがとうございました」

魔力の渦に包まれながら、ロキは少し哀しい笑顔を作る!

「こんな形でのお別れとなってしまい、何も恩返しも出来ず心苦しい限りですが……私は征かねばなりません」

「おいおいおい!お前は幹部候補の筆頭なんだぞ!何でこんな無茶を……!」

「別に良いじゃないの……元々ロキ君はサリバンを倒す為に、行動を共にしてたんだから」

「そういうこったな、何でもテメェの思い通りに行くと思うんじゃねぇぞ」

ロキの闘気で魔法陣は破壊され、自由を取り戻した一行!両手で頭を抱えたブラッチーが、勝手な振る舞いをしたロキに文句を垂れるも!ロキを擁護するリィナとダズトに、当然の如く冷たくあしらわれてしまった!

「さあダズト、後輩の記念すべき門出よ☆笑顔で見送ってあげましょうか♪」

リィナの呼び掛けにダズトは面倒臭そうに一度息を吐いたが、仕方無く思い後頭部を掻き上げながらロキを見据える!

「……チッ、おいロキ!三度目の正直だ、今度こそサリバンをぶっ殺せなければ男が廃るぜ……テメェがどれだけ強くてもな」

「じゃあね~ロキ君!元気で頑張るのよ♪あ!ヤマダ君とスズキ君も息災でね☆」

「えっ!?ちょ、姉さん!?」

「これマジでマジのマジっスかぁ!?ドッキリとかじゃなくて!?」

(まさ)に自分達の身に起こっている出来事を、未だに理解仕切れていないのか!ヤマダ君とスズキ君は半ば放心状態、半ばパニックとなりて、てんやわんやしている!だがこれ程の急展開では、思考が追い付いて行かないのも無理はなし!

「そういえば、そいつらも一緒か……不本意だが勝負は持ち越してやる。命拾いしたじゃねぇかヤマダぁ、次会う時まで足掻いておけよ」

「有り難いような、有り難く無いような!いやでも!僕らどうなっちゃうんですか!?どぅわ~!」

「や、ヤマダ君!お、落ち着いて!落ち着いて……!って流石に無理だよね、これは!あわ、あわわわわ!」

ロキの後ろで慌てふためく二人を見て、リィナは何だか微笑ましく思う!

「賑やかねぇ」

「まぁお陰でロキも退屈はしねぇだろ、オレとしても厄介な連中が消えて清々するぜ」

「あらあら、強がっちゃって……あの二人が居なくなったら、実はダズトも寂しい癖に~」

「誰が……」

「ダズさ~ん!もう少し悲しんでくれてもいいじゃないですか~!」

「姉さんもですよー!」

刻一刻と転移の光が強まっていく中で、ヤマダ君とスズキ君の嘆きの声が響き渡る!実際もう彼らの実体は、既にこの空間には無く!会話出来る猶予は殆ど残されてはいない筈だ!

「やかましい、テメェらが招いた事態だろうが……とっとと失せろ」

「もう、口が悪いわよダズト!二人共ごめんなさいね♪でも向こうでロキ君の邪魔をしたらダメよ☆」

ダズトを諫めつつリィナは、精一杯の笑顔を作って、ヤマダ君とスズキ君にも手を振った!もうこれにはヤマダ君スズキ君共に、鳩が豆鉄砲を食らった顔をする他は無い!

「……くっくく……ははははは!」

「先生?」

転移の最終段階!もう力場の内部は殆ど光に沈む中で、堪え切れずに吹き出したロキの笑い声が木霊(こだま)した!同時に何が面白いのかと、スズキ君の訝しむ声も聞こえる!

「……いやはや、最後の最後まで本当に楽しい旅でした。ダズトさん、リィナさん……またいずれ。次も笑顔でお会い致しましょう」

「ふん、じゃあな……」

「バイバイ、ロキ君☆ヤマダ君とスズキ君もまったね~♪」

「いやいやいや!えっえ~!?」

「後生が悪いにも程がありますよ!これで僕らの出番終わりなんですか!?」

とうとう全てが眩い光に呑まれ、ロキ達の姿が完全に消え去った!最終的にその場に残されたのは、終始困惑し続けていたヤマダ君とスズキ君が発した無念の残響のみ!無限に存在する平行世界への旅立!思いもよらぬ新天地で、彼らは何を成し得るのであろうか!?

 そしてロキはサリバンを倒して、見事に過去を清算する事が出来るのであろうか!?これはまた別のお話である!


「行っちゃったわね……でも、あのまま魔法珠を投げつけられても転移出来たのに、何でロキ君はヤマダ君とスズキ君の方を巻き込んでいったのかしら?」

次元転移の光……その一筋が消え去る瞬間までリィナは手を振っていたが、辺りを包んでいた魔力が失われると真顔に戻って不思議そうにダズトに尋ねた。

「さあな……いや、テメェも分かってんだろ。あいつの事だ、オレ達に気を使ったんだろうぜ」

「……そうね、その通りだわ」

「あいつらが生きてりゃ、また会う機会もあるだろうよ」

切り換えが早いと言うか何と言うか、ダズトはもう背を向けてこの場を離れている途中である。リィナに肩越しに返答しながら、只前だけを見つめて進んでいた。

「……お、お前らぁ~!」

リィナが小走りしてダズトに並んだ所で、脱いだ帽子を胸に抱えたブラッチーが行く手を塞いだ。体を不自然に震わせる様子から、相当の怒気を滲ませているのがはっきりと分かる。

(あ~……ロキ君が居なくなっちゃったから、また私がダズトとの間を取り持たなくちゃならないのね……)

リィナは早速にして、ロキが離脱した弊害を噛み締める羽目になった。

「オレの計画が台無しじゃないか!どうしてこうなった!?誰が責任を取るんだ!ええ!?」

「お前の計画なんぞ知るか……そんな事より組織の本拠地へ急ぐんだろうが」

怒り心頭のブラッチーを適当にあしらい、何事も無かったみたいにダズトは街道を進み出す。これ以上無い塩対応に、ブラッチーは完全に頭にきてしまった。

「ダズト!お前ぇ~!今回ばかりは我慢ならん!組織の規則に則り、断罪してやる!」

「へぇ……テメェ如きがか?」

怒号を吠えるブラッチーを歯牙にも掛けず、ダズトは白い目で一応剣の柄に手を添える。恐らくはダズトがその気になれば、この騒ぎも大した時間を掛けずに終息するであろう。

 優柔不断かつ日和見なブラッチーとて、曲がりなりにも秘密結社ダーク・ギルドの幹部だ。それなりに手練れの戦士ではあるが、今のダズトに勝負を挑んだ所で、勝ち目が無いのは火を見るより明らかである。だが見境の無くなったブラッチーは、無謀にもダズトを粛清するべくガンホルダーに手を伸ばした。

「ほらほらブラッチー、少し落ち着きなさいな……あのままだと私達の方が、強制的に平行世界へ転移させられていたのよ?」

状況を見兼ねたリィナが仕方無く二人の間に割って入ると、ブラッチーを宥め(すか)して説得を始める。

「そ、それはそうかも知れんが……他にやりようもあっただろうが!」

「ロキ君を失った事は確かに痛手だけどね……それでも考え方次第では、あなたにもプラスに働くわ」

「何っ!なぜだ!?」

中々怒りが収まらないが、ブラッチーも本当は解っているのだ。ロキのお陰で最悪の事態が避けられたという事を……それでも打算的な商人気質であるブラッチーは、どうしても自分が損してしまったと考えてしまうのである。

 リィナはその様なブラッチーの性格を考慮し、あくまでもポジティブな意見で丸め込む様に諭していった。

「だってロキ君はこの世界で最強の存在なんでしょ?今はブラッチーの部下をやっていても、ゆくゆくは組織内であなたの立場を(おびや)かす可能性も有るんじゃなくて?……場合によっては、早い内にライバルが減って良かったと思うわよ」

「む、むぅ……!」

やや強引ではあるもののブラッチーは説明を受けて、次第に声のトーンを下げていく。これを見たリィナはここぞとばかりに籠絡に掛かかり出した。更に続く台詞において、完全に風向きは変わる事になる。

「それにヒュージは兎も角も……サリバンはブラッチーが倒した事にして、そのままあなたの手柄にすればいいじゃない」

「!?」

この言葉はブラッチーにとって目から鱗であった。何にせよロキとサリバンは文字通りこの世に存在しないのだから、いっその事自分の手柄にしてしまえば良い。寧ろどうして今まで考え付かなかったのであろうか。

 同意を求めたのであろう、リィナが伺う様にダズトに目配せした。ダズトは「勝手にしろ」と言った風に、不愉快そうにそっぽを向くと、一人で先に進み始めてしまう。

「はっはー!ダズトぉ!今回の件は特別に水に流してやろう!オレはとても寛容な男だからな!なっはっはっ!」

この場から離れ行くダズトの背中を目掛けて、ブラッチーが大声で不問を叫んだ。もうブラッチーに怒りの色は見えず、却って溌剌としているのを察するに不満は解消した様である。


 ダズトに続いてブラッチーも街道を御機嫌で進み出した事で、今やリィナ一人だけがロキ達が転移していった跡地に残っていた。特に何か痕跡がある訳でも無い場所で、リィナは自分の荷物から一枚の写真を取り出す。

「ふ~それにしても……短い間に色々あったわね~……次にこの五人で飲みに行けるのは、何時になるのかしら?」

微笑みながら独り言ちるリィナが持つそれは、以前「桜鶴亭」で撮った写真であった。つい最近の出来事だというのに、不思議と懐かしさが込み上げて来るのは何故だろう。

「少しノスタルジーに感じるのは……何でかしらね?ダズト×ロキ君やダズト×ヤマダ君のカップリングが、おじゃんになったのは勿論残念だけど……それだけじゃないのは、私にとっても彼らが友人だったからなのかしら?」

集合写真を眺めながらリィナは、感情を整理しようと自らに問い掛けた。スズキ君ならば「姉さん、また腐った事考えてますね!」とツッコミが入ったであろうが、感傷的な気持ちもまま有るのが救いである。

「……まぁダズトも言っていたけど、お互い生きていたら、また会う日も来るわよね☆」

リィナは早々に自問自答を切り上げると、天に昇りつつある太陽を疎ましそうに見上げた。

「まだ朝も早いっていうのに、もう日差しが強くなってきたわ……今日も良く晴れそうじゃない。……さ、私も急がないと」

日焼けするのを恐れたリィナが、帽子を深く被り直す。どうやら先行する二人には、大きく水を開けられてしまったらしい。後を追い掛けるべく踵を返したリィナが、迷いを払う為にひらひらと手を振る。

「ロキ君、ヤマダ君、スズキ君……皆、いつかまた笑顔で会いましょう♪」

リィナは澄み切った青空を仰ぐと、その向こう側に別世界の空を見た気がした。それは遥か彼方に在りながら、直ぐ隣に存在する筈の世界。求めようと焦がれようと、手の届かない場所にリィナは心を馳せる。そして漸くこの世界の空の下を、ゆっくりと歩き始めるのであった。



 東雲(しののめ)に、違えた道は、揺れ霞、別天(ことあまつ)世に、征くか(ともがら)


 ヒュージは言った「神の欠片」を全て集めた時、世界は終焉を迎えると。ヤマダ君とスズキ君の目論見は破綻し、とうとうこの世界が「神の欠片」の呪縛から解き放たれる事は無かった。ロキの起こした行動により、虚しくもヒュージの意志は潰えてしまう。ともすればこれが世界を救う、最後の機会であったのかも分からない。

 ダーク・ギルドに集められた「神の欠片」が示す力とは如何なる物か、そして世界に及ぼす影響は……全ては在るべき所に行き着くだけ。運命は収束に向けて、急激に加速していくのだった。

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