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そして闇の栄光へ  作者: 瀬古剣一郎
第三章
15/24

滅楽園

《登場人物》

ダズト

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。


リィナ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。


ロキ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。


ブラッチー

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の幹部。打算的な野心家だが、組織には忠誠を誓っている。

 真っ白な空から光の柱が四つ、天から降り注いで来た。それぞれの光柱が降り立った中から、ダズト達一行が姿を現す。

「う……くそが、何処(どこ)だここは?」

直ぐに気が付いたダズトが辺りを見回した。

「くっサリバン……!ナタすみません、私は……又しても……!」

横にはこれ迄に無く悲嘆したロキが、白い天を見上げて(いきどお)っている。ダズトは一瞬声を掛けるべきか迷ったが、いちいち気を使うのも面倒臭く思って構わずに口を開いた。

「おいロキ、あの髭面(ひげづら)の野郎がヒュージとかいう奴か?」

「……はい」

短く、ロキは答える。思い詰めた表情で、何処かも分からぬ白い空を強く睨みながら。そんなロキをダズトは少し苛ついた口調で(たしな)めた。

「ふん、テメェは何時も涼しい顔していやがるからな……偶にはそうやって感情を露わにしてろ。ムカつくんなら、今度こそ奴らをぶっ殺してやるこった」

「……そうですね、ダズトさんの言う通りです。取り乱しました……申し訳ありません」

ダズトの言葉にロキは即座に気持ちを切り替える、今嘆いても状況は何も変わらないのだ。つい先日ロキは決意したのである、どれだけこの手を汚そうとも、どれ程その身を闇に墜とそうとも、サリバンを討つ迄は進み続けると。

(ナタ……貴方の弔いはサリバンを倒した後で必ず……!)

心を思い決めたロキの顔が、普段通り柔和な物に戻った。礼を言おうとダズトに目を向けると、随分と負傷している事に気付く。

「……むっダズトさん、酷い怪我をされていますが大丈夫ですか?」

「あ?掠り傷だ、心配ねぇ……」

かなり深いと思われる肩口の刀傷と、右手小指の欠損をダズトは掠り傷だと称した。そして気を失って倒れているブラッチーにツカツカと近付くと、その臀部(でんぶ)を勢い良く蹴り上げる。

「チッ!起きろコラァ!」

「のわぁ!……はっ此処ここは何処だ?ヒュージは何処へ行った!?直ぐに逃げるぞ!」

飛び起きたブラッチーがズレたサングラスを掛け直し、あたふたと周辺を見渡した。

「クズが……何しに来たんだテメェは、役立たずめ。……リィナの奴は何処へ行きやがった?」

そんなブラッチーに辛辣な言葉を浴びせながら、ダズトは姿が見えぬリィナを探して辺りを見渡す。程なくして、少し離れた茂みに伏せっているリィナを発見した。

「おい、起きろリィナ」

近くまで寄せて来たダズトが、見(おろ)ろしながらリィナに呼び掛ける。だがリィナはピクリとも反応しない。

「チッ、いつまで寝てやがる!」

元々寝起きが良くないのを知っているダズトが、剣の鞘でうつ伏せのリィナを仰向けにひっくり返す。しかしそれでもリィナは眼を覚まさなかった。

「……!ふざけろテメェ」

業を煮やしたダズトが、リィナの息吹を確かめようと側で屈む。するとリィナは眼を閉じたまま手を広げ、瑞々しい柔らかな唇を突き出してきた。

「ん~……お姫様を起こすのは、やっぱり王子様のキスじゃない?」

 すくっと立ち上がったダズトは、無言で剣を鞘から引き抜く。そのまま逆手で持った剣を、リィナの顔面に向けて思いっきり突き降ろした。

「キャッ!ちょっと危ないわね、もう!可愛い冗談じゃない」

「黙れ、うぜぇんだよ」

グサリと剣が地面に突き立てられる。横に転がって危うくも剣をかわしたリィナがダズトに口を尖らせるも、当のダズトも明らかに苛ついてリィナを睨んでいた。これにリィナはイーッと口を横に広げて抗議し、ダズトは憚らず舌打ちして剣を鞘に戻すのだった。

「くっくく……」

そんな遣り取りを見たロキが、目頭を抑えて笑いを(こら)える。今や見慣れた光景なのだが、事態と場所も弁えず喜劇が行われた事に対して、ロキは不覚にも小さな感動と共にこのチームの頼もしさも感じていた。

「あ~あ、相変わらずムードが解ってないわねぇ……どう思うロキ君?」

服に付いた汚れを払い落としながら立ち上がったリィナは、俯いて笑いを漏らすロキを見る。

「いやはやリィナさん……先程ダズトさんは、本気でリィナさんを心配していたのですよ」

「そうかしら?確かにあの一突きは本気だったけど」

目尻から滲む涙を拭うロキに、リィナがムスッとした顔で首を傾げた。

「おい、お前達!夫婦漫才は後にして、どうやったら此処から脱出出来るのか考えろ!」

グルグルと周りを見ていたブラッチーが、頭を抱えてダズトらを見据える。

「テメェは此処が何処か判かんのか?」

忌々しくブラッチーに目を遣り、ダズトは不愉快そうに吐き捨てた。

「この場所は……恐らく封印世界だな!」

「その名の通り、オレ達は封印されたという事か」

「お、察しがいいなダズトぉ!」

 ブラッチーの封印世界という言葉に、一同は改めて辺りを見回す。曇っている訳では無いのに、何処までも続く白い空の下、深い緑の(もり)が四方に広がっていた。どことなくウル・ホルン遺跡の樹海に近い雰囲気があるのだが、何か違和感を感じる。

 注意深く観察して一行は気付いた。そう此処は風も無く鳥や動物は(おろ)か、虫の声さえも聞こえない無音の杜だったのだ。

 リィナが手近な樹木の幹をそっとで撫でる。自分達以外の動物が一切居ない森はやや寂しさを感じなくもないが、余り虫が好きでは無いリィナとってはむしろ居心地が良かった。

「ふ~ん……で、どうやって脱出するのよ?」

「さあ?生憎(あいにく)とオレは封印されたのは今回が初めてだからな、どうするんだろうな?」

両手を上に広げたブラッチーが、リィナからの質問を質問で返す。期待外れの答えに呆れたリィナが語気を強めた。

「あなた多少は時空間魔法使えるんでしょう?何とかなさいな」

「おいおい無茶を言うなよ……オレはせいぜいマーキングした場所に、自分が転移するくらいしか出来ないんだぜ」

「はぁ役立たずねぇ」

「全くだぜ」

ちょっと前の自分と同じ台詞を言うリィナに、ダズトが完全に同意して頷く。ここでリィナがよくよくとダズトを見ると、身体の至る所に手酷いダメージを受けている事に気が付いた。

「あらダズト、よく見たら大怪我してるじゃない。治療するからこの御札を剥がしてくれないかしら?自分じゃ取れないのよね~」

「……ふん」

リィナはこれ見よがしに胸を寄せてダズトに迫る。御札を剥がすには胸に手を伸ばさねばならず、ダズトがどうするのか悪戯っぽい笑みを向けた。見え透いたリィナの挑発。だがダズトは無感動に剣を居合いの如く一閃させ、見事リィナの胸に貼られた紙一枚のみを切り払う。

「わ~お、流石(さっすが)♪良い腕前ね☆」

あっさりと対処されたリィナが、少し残念そうにダズトの剣技を褒めた。そのままダズトの治療をしようと手を翳した時である。

「えっ?あれ?魔法が使えない……何で?」

リィナは何故か己に魔力を全く感じなくなっていた。つい先刻迄は体外で魔力を制御こそ出来なかったが、それでも膨大な魔力は自身の内に秘められていた筈である。

 焦ったリィナが必死に魔法を使おうと、その手に力を込めるが何も起こる気配は無かった。(はた)からは滑稽なポーズを取って、気合いを入れている様にしか見えない。

「おい、まだふざけてんのかよテメェ……」

「いえ本当よ?試しに皆もやってみなさいな」

苛立ったダズトの額に青筋が浮かんで来るも、リィナは髪を掻き上げながら不思議そうに答えた。憮然としたダズトだったが、横に居たブラッチーが早速両手を広げてみる。

「マジかよ……うげっ俺のエレガントな魔法が放てないだとぉ!?」

「エレガントな魔法って何よ……ダズトは?」

「チッ……確かに、魔法に加え能力も発動しねぇな」

想像以上に狼狽えるブラッチーを横目に、リィナとダズトは冷静に状態を分析していった。二人がダズトの掌を見つめる。いつもなら簡単に召喚する赤黒い地獄の炎が、今はその手に宿す事が出来ない。

 やはり此処は封印世界、外とは違い一行の能力に様々な制限が設けられているようである。

「困ったわ、魔法も異能(スキル)も封印されてるのね……」

「これでテメェも役立たずの仲間入りだな」

「まったくもう、又そんな憎まれ口を叩いて……あなたみたいな脳筋じゃ無いのよ私は」

ダズトからの多分に嫌味を含んだ煽りに、リィナが不服そうに言い返した。だが実際ダズトみたいな剣の腕前がある訳でも無く、リィナはアイデンティティの危機を感じずにはいられない。


「ふぅむ、私の闘気は変わらず練れる様ですが……」

ロキの思い掛けない一言に、一同が一斉に振り向く。

「そっかロキ君が居るじゃない!前に封印を破ってるのよね?もしかして此処も知ってる所?どうやったらこの場所から出られるのかしら?」

そう!ロキは一度ヒュージの封印を打ち破っているのだ。彼ならばこの状況を打破する事が出来ると……そう期待を込めたリィナが矢継ぎ早に質問する。

「ははぁ……それがですね、以前に私が封印された時とは、随分と様子が違っておりまして……」

質問責めにされたロキは、やや困惑気味に顎を摘まみ周りに目配せした。

「前は五感の全てが奪われ、意識だけが存在している様な所でしたが……ここはどうにも、なかなかに風光明媚な場所ですね」

漂白されたシーツの如く真っ白な空と、木々の深い緑のコントラストを眺め、ロキが感慨深気に遠くを見やる。これにブラッチーが思い出した様に顔を上げた。

「それは封印の種類によるな。前にロキが受けたのは、時空の狭間に閉じ込められる〝虚無封印〟と呼ばれる(たぐい)だろう。虚無封印は非常に強固な封印だが、外側からも干渉される事が無い。対して今回のは恐らく〝空間封印〟と云う物だ。こいつは術者……ヒュージの魔力で創り出した、現実とは別の空間に閉じ込められるタイプの封印だぜ」

「じゃあ、固い方の虚無封印を突破したロキ君が居れば、こんなのは楽勝に出れるのかしら?」

「そう単純な話でも無いぞ……空間封印は虚無封印と違って、術者に外側から干渉される可能性がある。それがどんな物か俺には分からないが、ともかくも一筋縄ではいかないだろうぜ」

知っている知識をドヤ顔で語るブラッチーに、ダズトとリィナは心無しか蔑んだ視線を送る。何せ肝心な脱出方法に関する情報は何一つ無いのだから。

「じゃあ魔法が使えないのは、その干渉のせいって訳かしら」

「有り得ん話では無いという事さ」

これ又あやふやな話だが、時空間魔法についてはブラッチーに一日(いちじつ)の長があるのも事実。ダズトは渋い顔で腕を組み、リィナは考え込む様に立てた人差し指を頬に当てた。

「……でも、なんでロキ君の戦技は封印されていないのかしら?」

リィナはふと思った疑問を口にする。同じ様に顎に拳を当てながら考えに(ふけ)っていたロキだったが、ゆっくりと顔を上げるとブラッチーの方へ向けた。

「関係が有るかは分かりませんが……ブラッチー殿、サリバンとヒュージは私の事を〝イレギュラー〟と呼びました。何かご存知では無いでしょうか?」

「え、何?イ、イレギュラーだって?初耳だなぁ……知らんぞ~そんな言葉は。いや、全く全然!」

「それ絶対知ってる態度でしょ、白々し過ぎるわ」

突っ込み待ちかと疑うくらい眼が泳ぎまくるブラッチーに、我慢できなかったリィナが結局突っ込みを入れる。

「テメェ……この期に及んでまだ情報を出し惜しみする気かよ」

ダズトも剃刀の如き眼光をブラッチーに向けた。ダズトの言う通り今は少しでも情報が欲しいこの状況で、知らぬ存ぜぬを決め込むのはお互いに不利益を被るだけであろう。

 観念したブラッチーはサングラスを押し上げ、()む無く口を開き話し出した。その大仰に勿体ぶった行動が鼻についたか、ダズトとリィナは不快そうに(いか)めしい顔を作る。

「……仕方無い、教えてやろう。以前にも話たが魔法を含め、お前たちのその能力の出所は何処だ?」

「出所って言うと……根本的な話しかしら?確か私達の魔力や異能(スキル)の力は『神の欠片』が由来って言ってたわね」

リィナが言葉を返すとブラッチーは被っているテンガロンハットを手に取った。すると初め重々しく口を開いた割に、少しづつ妙にテンションを上げ始める。

「その通りだ!オレ達のこの力は元々この世界に溶け込んだ『神の欠片』から得ているモノ。この世界に住まう万物が『神の欠片』に何かしらの影響を受けている」

「そうね魔法が使えない人であっても、魔力が全く無い(ゼロ)って事は無いわね」

「そう『神の欠片』の力が飽和したこの世界に於いて、その力を全く帯びていない事など有り得ない……その筈なのだ」

一度脱いだテンガロンハットを深く被り直したブラッチーが、サングラス越しでも判るくらいの勢いでロキを見つめた。

「ふん、まるでロキの戦技は『神の欠片』が(もたら)す力とは関係が無い様に聞こえるな」

ブラッチーにつられてダズトとリィナもロキに注目する。

「ちょっと待ってよ……という事は、まさか……」

「そのまさかさ!ロキはこの世界に生まれながら『神の欠片』の影響を一切受けていない、稀有な存在なのだ!当然その(わざ)は『神の欠片』に()っていない!全ては自己の研鑽による技術!どうだぁ凄いだろう!」

「まあ、凄いのはロキ君だけどね」

誇らし気に解説して胸を張るブラッチーに対して、リィナとダズトはさも当然の様に無視(スルー)を決め込む。

 ブラッチーとは逆に一同の視線を一身に浴びたロキであったが、当惑しつつも冷静に思慮を巡らした。当人でさえ知らなかった自身の正体を暴けば、ヒュージに危険視されたりサリバンが裏切った理由を知る事が出来るかもしれない。

「……ではイレギュラーとは『神の欠片』から力を受けていない存在、という意味なのですか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える……お前はそれだけで奇跡的な存在だからな」

ロキからの質問をブラッチーは答え(づら)そうに腕を組んだ。但しこれは話したくないからでは無く、上手く言葉にして説明するのが難儀だからか。

「……ロキは純粋な人間の身でありながら、その上で『神の欠片』に匹敵しうる力を持っているのさ、無自覚だとしてもな。半分以上を欠片に由って創られたとも言えるこの世界、その均衡を崩せるバランスブレイカー……それが〝イレギュラー〟の真の意味だ」

ブラッチーが解説した驚愕の事実に、ダズトとリィナそしてロキ本人迄もが、(にわか)には信じられぬ様な顔で一瞬黙りこくった。


「ふん、もしその話しが本当ならロキ……テメェは紳士ぶってはいるが、とんでもねぇ喰わせ(もん)だな」

一拍の沈黙の後、ダズトが口を開いた。ニヤリとした悪戯っぽい表情の為、台詞の割には嫌味な感じはしない。

「じゃあロキ君がその気になれば、この世界を滅ぼす事も出来るのかしら?なんか私よりよっぽど世界征服に近いのね、羨ましい限りだわ~」

リィナも立てた人差し指を顎に付けて、不思議そうにロキを見つめた。一般の人とは違う少しズレた感想と共に、その眼差しは驚嘆と羨望が窺い知れる。

 その二人の視線に苦笑したロキが、珍しくも照れを隠すかの様に頭を掻いた。

「いやはや全く……驚くべき話しでは御座いますが、私はそのような大それた人物ではありませんよ。そもそも私は世界を征服所か滅ぼす気など、毛頭も無いのですから」

「そりゃロキ君はそうでしょうね、でもその力を利用して良からぬ事を企む(やから)は大勢居ると思うわよ……うちの組織みたいにね」

ジト目のリィナから送られた視線に、ブラッチーはオーバーリアクションでギクリとしながら胸に手を当てた。

「おいおい!我が組織は危険人物として抹殺されそうだったロキを保護して、その力を有効に使ってやろうって言うんだぞ!云わばギブアンドテイクだ!」

まるで隠す気も無いのか、ブラッチーが半ば逆ギレ気味に声を荒げる。この態度にダズトまでも、呆れ蔑んだ目をブラッチーに向けた。

「それがいいように利用してるって事だろうが……別にロキならテメェらが手を貸さずとも、何とでも出来たんじゃねぇか?」

何ともダズトらしからぬ台詞に、ロキとリィナが内心でびっくりする。ダズト自身は深く考えずに発言しているのであろうが、余りにも普段のイメージとはかけ離れていた。もしかしたらダズトの心中にはしっかり仲間意識があるのかも知れない……そう思うとロキは口元を緩める。

「まあまあ、私は気にしておりませんよ。こうしてダズトさんやリィナさんとも出会えた事ですし」

「あら嬉しい事言ってくれるじゃない♪私もロキ君みたいな優秀な後輩が出来て鼻が高いわ☆ね、ダズト」

「……あ?知るかよ、そんな事」

言ったそばから普段通りのダズトの反応に、ロキとリィナが顔を見合わせて笑い出した。これにダズトは訳も分からずにむくれた表情となる。

「何が可笑しいテメェら……笑う暇があったら、とっとと此処から脱け出す方法を考えろ」

「そうだそうだ!ダズトの言う通りだぞ!空間封印ならば破れない筈は無いのだ!」

透かさず合いの手を入れダズトに賛同したブラッチーだったが、ダズト当人からはウザがられ、顰めっ面を向けられてしまった。

 さて置き、確かにこのままでは身動きが取れない。真顔に戻ったリィナは取り敢えず、現状の把握をする様に周りを見渡しつつ口を開いた。

「今分かってるのは……この空間内では魔法や異能(スキル)が使えないって事くらいよね」

「逆に私の闘気(オーラ)が発現するという事は、この場所で発生する力は阻害されない……?」

「……なる程な、つまりこの封印は外からもたらされる『神の欠片』の力を完全に遮断している……という訳か」

「いいぞ~お前ら!その調子だ!」

三人が意見を述べる中で、やんややんやと賑やかすだけのブラッチーをダズトとリィナが苦々しく睥睨(へいげい)する。当然ブラッチーは二人の視線など気にも留めないが。

「ふぅむ、百聞は一見に如かず……一度この周辺を歩いてみては如何でしょう」

ロキの提案にダズトとリィナが頷き、一行は周囲の探索に赴くべく歩き出した。


 丈の短い草で造られた緑の絨毯の上に、立派な大木が至る所に生えている。幹には蔦が蔓延(はびこ)り如何にも長い年月を経ている雰囲気があるのだが、やはり虫や哺乳類など動物の一切が見当たらなかった。風も吹かず日の光も射さぬ沈黙の杜。傍目には雄大な自然の風景であるが、どこか人工的に創られた様相を呈している。

「何て言うか……歩いても歩いても変わり映えの無い景色ね」

暫時歩いて回っていると、リィナが退屈した様に腕を伸ばした。虫がいないのはリィナに取って好ましい事であったが、余りにも変化に乏しい展望に飽きが来てしまったのか、どうにも眠たそうに欠伸をする。

「確かに……こうも同じ景色が続くと、元居た場所すら分からなくなってしまいますね」

几帳面なロキは一応迷わないように、時折槍で樹木に傷を付けて目印にしていた。

「ダズトの怪我の治療もあるし、早く出られるといいんだけど……」

「チッ!大した事ねぇつってんだろ」

「痩せ我慢しちゃって、ばい菌でも入っちゃったらどうするの」

「リィナさんの仰る通り、破傷風になったら大変ですよダズトさん。む?この空間、我々以外に生物が居ないのであれば……もしかして細菌も存在していないのでしょうか?」

ロキは思わず口にした疑問だったが、二人はこれには興味が無い様であった。 リィナが退屈を紛らわして、歩きながら長い髪の毛を手櫛で解き出す。

「あ~帰ったらお風呂入りたいわね~。髪のお手入れもしなくちゃいけないわ」

「何を呑気してるんだお前ら!下手したら一生この空間に閉じ込められるかも知れないんだぞぉ!」

焦りや危機感が全く感じられ無い、至って平常運転の部下達をブラッチーが叱り付ける。考えれば相手は現代最強の魔道士ヒュージである、やはり時が経つにつれて不安が増して来たのであろうか。最初の強気な姿勢から一転し、今は気が気では無く弱気になっていた。そんな頼り無い上司に対してダズトとリィナは、もう言葉すら失っており歯牙に掛けたりもしない。

「ブラッチー殿、心配は御尤もです。私も封印から脱するのに全力を尽くしますので、ここは普段通りにどっしりと構えて頂けたら宜しいかと」

「むう、ロキがそう言うなら……」

気を使って(なだ)めるロキの言葉に、ブラッチーも気を取り直す。同じヒュージの、より強固な封印を破った事のあるロキ。その台詞には中々に説得力があった。

 こうして更に二十分程も一行は歩き続けたが、周辺に変わった物は特段見受けられない。しかしダズトがここに来てある事に気が付いた。

「……おい、テメェら見ろ。これはどういうこった?」

「これは……私が付けた傷?ここは一度通った場所と言う事ですか?」

眼前にはロキが付けたと(おぼ)しき、目印を刻まれた樹木がある。確かに真っ直ぐ歩いて来た筈、ロキは不思議に思い後ろを振り返った。事実、見える範囲に於いて、目印は概ね直線的に付けられている。よくよく見ると傷の位置や感じから、かなり初期の頃に付けられた傷である事が分かった。

「あ~……これ何か嫌な予感がしてきたわ」

「ではこの場所を新たな起点として、今度は別の方角へ行ってみましょう」

リィナが言わんとする事が周囲にも伝わり、一同に不穏な空気が漂い出す。一先(ひとまず)ず今度は方向を変えて、再度進んでみる事にした。

「やっぱり……この場所、ループしているんじゃなくて?」

次はものの十五分くらいで印が刻まれた樹木に行き当たる。悪い予感が的中したリィナがげんなりと天を仰ぎ見た。

「ふぅむ、その様ですね……如何いたしましょうか」

「この際だ、(しらみ)潰しに調べるしかねぇだろ」

顎を摘まんで考えあぐねたロキだったが、ダズトの意見を受けて顔を上げた。

「なる程……そう広い空間でも無い様ですし、結果的に一番手っ取り早いかもしれませんね」

肯定的なロキに対して、リィナとブラッチーは明らかに眉根を寄せる。とはいえ他に代案がある訳でも無いので、渋々その意見に従わざるを得なかった。

(ダズトってちょいちょい変な所で、やる気を出すわよね)

大怪我をしているのに拘わらず、応急処置だけを済ませて元気に歩き回るダズト。ぶっちゃけリィナはスズキ君との戦闘で相当疲弊していたので少し休憩したかったが、自分よりも激戦を繰り広げたダズト(多分ロキも)の手前そういう訳にもいかない。先程は脳筋などと馬鹿にしたが、ダズトの壮健さを羨ましく思うのであった。


 かくして一行は手分けして、この場所から捜索する運びとなる。今度はスタート位置より等間隔・放射状に四人が別方向へ同時に出発した。

 歩き出して凡そ十五分、ダズトの前からリィナが現れ合流する。ダズトは周囲の警戒を怠らず、何やら嬉しそうなリィナに様子を訊ねた。

「どうだリィナ、何かあったかよ?」

「全然、同じ景色がずっと続いていただけよ。……でもダズトと最初に出会ったという事は、やっぱり私達は運命の糸で結ばれているのね♪」

「チッ……逆方向に行ったテメェが初めにオレと会ったのなら、やはりループしている仮説は正しいようだな」

頬に両手を当ててリィナは、上目遣いでダズトを見つめる。しかしダズトは一切リィナを相手せずに、淡々と状況だけを再確認した。

「さて、ロキの方はどうだったか……」

「ちょっと~無視しないでよ~」

「うるせぇな……テメェはもういいから、その辺で大人しくしてろ」

むくれたリィナにダズトが冷たく吐き捨てる。リィナは小腹を立てながらも疲れていた事もあり、手近な大木を背にして座り込んだ。

(もしかして、私が疲れてるの見越して休ませてくれたのかしら?……まさかね)

一瞬そんな考えが頭を過ったが、直ぐに打ち消すと頬杖を突いてダズトの背中を見やる。そして小さく息を吐き、ロキとブラッチーを待つのであった。

「おやダズトさん奇遇ですね、もうリィナさんとも御一緒ですか」

少し時を置いて現れたのはロキ。しかし、これといった成果は無かったみたいであった。

此方(こちら)側も何もありませんでしたね……後はブラッチー殿ですが」

「ふん、あいつに期待しても無駄だと思うがな」

言った傍からブラッチーのけったいな声がダズトの耳に入ってくる。

「おうい!お前ら~!こんな所に居たのかあ!捜したぞ!」

「これは噂をすれはブラッチー殿、首尾は如何でしたか?」

ダズトやリィナと違ってロキは、部下として礼を失せぬ様にブラッチーに御伺いを立てた。相変わらずのオーバーリアクションで、ブラッチーは腕を広げつつ寄せてくる。

「ダメだダメだ!全然ダメ!見渡す限り木と草しかないぜ!一体どうすりゃいいんだ!」

予想していた反応に、ダズトが無言でその場に唾を吐き出した。

「泣き言はいらねぇんだよ、その無い知恵だけ絞れ」

「じょ、上司に向かって何たる無礼な態度だ!給料減らすぞ!」

ダズトの不遜な行いに、ブラッチーもパワハラめいた発言で対抗する。何の手懸かりも得られなかった事に苛立つダズトが反射的に剣に手を掛けると、負けじとブラッチーも早撃ちの態勢か、腰を落としガンホルダーに手を降ろした。

「まあまあブラッチー殿、如何なる人材でも扱える事が有能な上官の器かと。ダズトさんもここは抑えて下さい、お互い仲間割れしている場合ではありませんよ」

この一触即発の事態にも慌てず、ロキが二人の殺気を遮る様に間に入る。これによりお互い納得した訳では無いが、直ぐに双方が臨戦態勢を解いた。確かに今はこの様な事をしている場合では無いのだ。

「御二方共、私の言を聞き入れて下さってありがとうございます」

依然として状況は何も変わらないも、ロキが柔らかな笑顔で軽く頭を下げる。

 それからどうするべきか頭を悩ませたロキが顎を手で隠すと、三人共が黙りこくってしまった。ダズトは仏頂面でズボンのポケットに手を入れ、ブラッチーは口を半開いて虚空を見つめる。

 その様子をリィナが一人、木陰より物憂げな表情で眺めていた。

「またケンカしてるのね~あの二人。でもロキ君が居ると、私が気を揉まなくて済むから楽だわ……ん?あらあら?」

リィナから見てダズト達とは反対側に、周りより少し背の高い(くさむら)が広がっている。リィナはその中より人工的に加工された岩を発見したのだった。

「ちょっと皆!こっちに来てご覧なさい!」


 リィナの呼び掛けに集まった一同が岩の前に会し、長年放置されたかの如く苔むした岩をしげしげと眺める。劣化は著しいが、切り出し口から判断して人工物なのは明らかであった。これを見て先ずはロキが口を開く。

「むむむ……これは、石版もしくは石碑でしょうか」

「……言われてみれば、その様にも見えるなぁ」

大きさはリィナの背丈より少し低いくらいであろうか、ロキの言葉にブラッチーが岩にこびり付いた苔を手で払った。

「何か彫ってあるみたいね」

苔を払った箇所より、岩に溝が刻んであるのが分かる。ブラッチーが確認しようと一所懸命に素手で苔を剥がす中、その後ろで腕を組んだダズトが徐に顎を上げた。

「おいブラッチー、テメェ読んでみろよ」

「何?どうれ、ちょいと待っていろ……はっ!ダズトお前!また上司を顎で使いやがって!」

「くくく……いい気味だぜ」

ついついダズトに踊らされた事に気付いたブラッチーが、唇を噛んで遺憾の意を表す。だがニヤついたダズトを睨んだ時、その手は既に泥だらけになってしまっていた。

「何コントしてるのよ!ブラッチーも人の事言えないじゃない……全く。で、何て書いてあるのかしら?」

夫婦漫才呼ばわりされたのを根に持っているのか、リィナが呆れてブラッチーに解読を急かす。しかし考えてみると、もしかしたらダズトにはそっち方面の才能があるのかも知れない。

「何々?……これは古代文字だな、オレでは読めんぜ」

「なんと古代文字ですか……いやはや申し訳ありません。私も考古学は苦手でして、お力にはなれそうにありません」

「ふん当然オレも無理だ」

石碑に刻まれた文字は、現在では使用されていない(いにしえ)の言語であった。(かぶり)を振るブラッチーに続いて、ロキも両手を上げるとダズトも無表情でそっぽを向く。

「大の男が三人、揃いも揃って教養が足りてないわね~。いいこと?このリィナさんが読んであげるわ♪感謝なさい☆」

この事態に於いて、リィナがブラッチーを退()かして前面に出て来た。意気揚々とした顔からは、解読に自信を覗かせているのが分かる。

「お、いい働きだぞリィナ!元貴族の令嬢なだけあるな!」

「はい流石はリィナさんですね、素晴らしい知識量です」

「けっ、活躍できる場があって良かったじゃねぇか」

ダズトの台詞には少し引っ掛かりを覚えながらも、リィナはどっしりと構えてから石碑の文字に指をなぞらせた。

「読むわよ、ええっと……【朝、は……四本、昼は……二本、夕は三本、これ……如何に】……何これ、どういう意味?誰か分かるかしら?」

『朝は四本、昼は二本、夕は三本、これ如何に』並べられた文字の内容に一行は一様に首を捻った。

「ふぅむ、謎掛けの一種でしょうか」

「チンプンカンプンだぜ!」

「くだらねぇ……」

俯き目を閉じて考え込むロキ、開き直って陽気な笑顔を見せるブラッチー、ウンザリとして関心を無くすダズト。頼りになりそうにもない反応を示す男達を、リィナは落胆を持った視線をジト目から発した。

「折角ヒントになりそうな物があったのに……ホントうちの男共は、こういう知的な事はダメねぇ……」


 その時である!リィナの嘆息が吐かれるとほぼ同時、突如として一行は魔力による時空の震えを感知した!

「時空震!?魔力が完全に遮断されたこの空間で!?」

「まさかヒュージの干渉か!?」

一足先に魔力を察知したリィナに続いてブラッチーが叫んだ!一行から四十メートル程離れた所に、巨大な光の柱が降り立つ!そして中から現れたるは三つの顔と六本の腕を持つ巨人!

「ヒュージからの刺客でしょうか」

「は!ごちゃごちゃ考えるより、こっちの方が余程分かりやすいぜ」

直ぐさま戦闘態勢を取り槍を翻すロキ!剣を抜き放つダズトに至っては、先刻までの仏頂面とは打って変わり笑みを浮かべていた!

「ではリィナさんは、謎解きの方をお願い致します」

「あいつをぶっ殺すまでには解いておけよ」

言うが早いか!ダズトとロキが巨人に向かって駆け出す!

「あ、ちょっと!もう!」

置いてけぼりにされたリィナが、走り行く二人の背中を目で追った。だが魔力を封じられている彼女が仮に随伴したとして、足手まといになるだけであろう。追考したリィナは石碑に向き直った。

「……ま、ここは男達に任せるわ」

「はははは!頑張れよぉ、お前ら!」

リィナと共に二人を見送るブラッチーが、他人事の様にエールを送る。そんなブラッチーの姿を、リィナはさながら溝鼠(どぶねずみ)を見る様に蔑視した。

「いや、あなたも行きなさいな!一番元気な筈でしょ!」

「何ぃ?オレも行かなきゃ駄目か!?結局、頼られてしまうんだなぁ」

せっつかれたブラッチーがぶつくさと呟きながらも、仕方なさそうに後を追って行く。実際、先程まで激戦を繰り広げていたダズトやロキと違い、ブラッチーはただ見物しに来ただけ。体力の損耗は勿論無い。

 今度こそ独りきりとなったリィナであったが、謎解きを考える前にある思いが心に浮かんでくる。

(ダズトとロキ君が向かったんだもの、この上ブラッチーは必要無かったかしら?でも、こっちに居ても正直迷惑だし……ダズト達の弾避けくらいにはなるでしょ☆)

とても上司に対する態度とは思えない痛烈な皮肉の後、リィナは漸く真面目に石碑の文言を解きに掛かるのであった。



 比較的開けた草地に降り立った三面六臂の巨人!身長は優に七メートルはあるであろう!六つの腕はそれぞれ剣・槍・弓矢・金剛杵(こんごうしょ)などの武器を携帯しており、背中には光背が火焔を噴き上げ火車の如く回転している!その姿は(まさ)に!正義を守護する伝説上の闘神に瓜二つであった!

 そして、この神将めいた巨人に対するは!悪鬼羅刹にも等しい二人の修羅!

「さてダズトさん参りましょうか」

「ふん、足引っ張るんじゃねぇぞ」

ロキは穏やかな笑みを、(かた)やダズトは不敵な笑みを浮かべて!巨人の足下に推して参いる!二人は既に己の武器を構えており、戦闘準備は万端であった!

 巨人は始め微動だにせず立ち(はだ)かるだけであったが、六つの眼のみがギョロギョロと動き回り!その眼光が遂にダズトとロキを焦点に定めるや!立所に三つの顔が憤怒の表情に変貌!牙を剥いて相対する二人に襲い掛かってきた!

「ダズトさん、お怪我の具合は?」

「舐めるんじゃねえよ、掠り傷だと言った筈だぜ」

巨人の動きは遅くは無いが直線的!初撃を難なく躱した二人が、それぞれ逆方向に回り込んで挟撃を図る!

 左手に回ったダズトには巨人の剣と弓矢が応戦!(からだ)が大きいのもあって、想像通りに巨人は剛力であった!しかしその様な敵など、幾度と無く撃破してきたダズトにとってはなんら脅威では無い!

 剣速は然程でもなく、容易く刃筋を見切るダズト!巨人が当たらぬ剣を振り回すが、当然捉える事は出来ない!ここで剣の動きと連携して、巨人が至近距離で矢を放つ!ダズトは顔色一つ変えずにこれも回避!だがこの行動を予測した巨人の剣が!遂にダズトを捉える!

「チッ……」

構えたダズトの盾に巨人の大剣が撃ち込まれた!しかしダズトに焦りの表情は無い!盾でしっかりと相手の力を受け流して威力を殺すと!逸なされた剣は勢い余って地面を斬り付けた!そして!その隙を見逃すダズトでは無い!巨人の伸びきった大剣を握る腕に!激烈な斬撃を放つ!

「素晴らしい……やはりダズトさんは異能(スキル)など使わなくても、剣の腕だけで超一流の戦士。何時か御手合わせ願いたいものです」

肘から先が切断され、巨人の腕が剣と共に落下!ダズトの剣技にロキが唸り声を上げる!かく言うロキも!巨人の剣と槍を相手に、互角以上の立ち回りを見せていた!

 ロキは正面切って巨人の剛力に挑み!これを圧倒する!旋回するロキの槍は巨人の剣と槍を全て弾き返し!そしてあろう事か!自身の槍一本で巨人の剣と槍、その両方を受け止めると!これを押し返したのだ!何と恐るべき技量と剛腕か!

 ロキはそのまま槍を横に一薙ぎ!巨人の片足膝上を切断!バランスを失った巨人が崩れ落ちる!瞬間!無防備となった巨人の胸中央に向けて!ダズトが刺突を繰り出した!紫電の一閃が巨人を穿つ!手応えを感じたダズトが、倒れた巨人を見下ろした!

「ふん、こんなものか……何だと!?」

仰向けに倒れた巨人が金剛杵を頭上に掲げると!存在しない筈の魔力が急激に渦を巻き出す!魔力は雷雲へと形を変え、手当たり次第に周囲を攻撃!ダズトとロキは直ぐさま跳ね退き、雷雲の範囲外へと脱した!

「むぅ、やはり一筋縄ではいきませんか」

ロキが僅かに柳眉を持ち上げる!魔力の雷雲の中で、巨人は再び立ち上がり二人を()め付けてたのだ!驚いた事に!ダズトに落とされた腕とロキに切られた足は、ひっ付いて元通りとなっている!再生を認めたダズトが、剣を肩に担ぎ(わずら)わしそうに吐き捨てた!

「かったりぃ相手だ」


「ありゃあヒュージの魔力人形だな……奴の干渉で外部から魔力を送られて動いてるんだ」

「ブラッチー殿、あれを御存知ですか?」

遅れ馳せながら登場したブラッチーに、ロキが巨人の正体を訊ねる。

「どっかに魔力の受容体がある筈だ、それを破壊する迄あの人形は再生し続けるぞ。どうれ……このオレも助力してやろう、有り難く思え!」

「クソうぜぇな……」

ブラッチーが帽子のつばを持ち上げ、反対の手でリボルバーを握り締めた。そしてダズトの小さな呟きは、果たして巨人に向けられた物なのか……それともブラッチーに対してなのか、判りかねる所である。


 ダズトとロキが再度巨人に接近した!既に元通りとなった巨人が、又しても巨体を二人に向け六つの眼で見下ろす!

「魔力の受容体……ダズトさんのお考えは?」

「こういうのは大概(たいがい)頭か……でなけりゃ、あの背中の輪っかだろ」

ロキに不満がある訳では無いのだが、ブスりとした顔でダズトが言う。応じたロキはニコリと頷いた。

「同感です。少々高さが有ります故、仕掛ける際は私の肩をお使い下さい」

 巨人が六本の腕を駆使して、各武器を振り回す!前面に出たロキが一身に巨人の攻撃を浴びた!二本の剣、槍、弓矢を一斉に引き受けながら!尚も戦況を優位に保つ!ロキの神槍が目まぐるしく翻り、全ての攻撃を見事弾き防いだ!流石はロキ、一度見た攻撃は全く持って通用しない!

 防御から一転、ロキが攻勢に出る!巨人の攻撃パターンを把握したロキが小さめに跳躍!闘気を纏った剛槍を水平に薙ぎ払うと!巨人の六本の腕の内、一度に五本の腕が切り落とされた!達人!

「借りるぜ」

この一瞬を逃さず!ダズトがロキの肩を踏み台にして更に高く跳躍!巨人の頭部に肉迫した!しかし未だ残る一本の腕には、雷雲を発生させる金剛杵が握られている!これは絶好の対空兵器!そして空中に逃げ場は無い!

 乾いた銃声が四回連続して聞こえた!巨人の三つの顔の内、ダズトを捉えていた二つの顔の眼が四つ同時に潰される!

「はっはー!見たかオレの早撃ちを!実にエレガント!格好いいだろう?」

自画自賛を口にするのは、銃口から硝煙が立ち昇るリボルバーを構えるブラッチー!何となく滑稽ではあるが!それなりに離れた場所から、的確に目標を撃ち抜くのを見るに!銃の腕前は確かな様だ!

「チッ、余計な真似を」

悔しくもブラッチーから援護を貰ったダズトが、気に入らない様子で舌打ちする!とはいえ今は目前の巨人を倒す事を優先!ブラッチーの射撃で怯む巨人!その中央の顔の眉間に、ダズトの鋭い刺突が撃ち込まれた!しかし巨人は止まる気配が無い!振り上げた金剛杵から、魔力の雷雲が立ち込めてくる!危ない!

「ふん、頭じゃねぇのか……ということは背中の車輪の方だな」

ダズトは直ぐに剣を引き抜き、そのまま巨人の肩も蹴り上げて背面上空へと跳ぶ!その際、ついでに金剛杵を握る手首にも斬撃を放った!切断にこそ至らなかったものの!魔力の流れが悪くなり、雷雲の展開速度が遅くなる!

 空中でもんどり打ったダズトが、巨人の背中にある輪っか「光背」を目掛けて剣を向けた!だが光背は火焔を噴き出しながら高速で回転している!おいそれと近づくのは危険だ!

「むん!」

巨人の側面に回ったロキが、回転する光背に向けて槍を投擲!直撃を受けた光背は、大きな亀裂を生じて動きを止める!その亀裂に寸分の狂いも無く!落下するダズトの剣撃が吸い込まれた!

 破竹が如く亀裂が光背全体に広がり空中分解!散らばった破片が草地にバラバラと転がる!今度こそ停止した巨人が、ゆっくりと倒れて地揺れを起こした!


「ダズトさんと共闘するのは何気に初めてですが、なかなかどうして上手く連携出来ましたね」

「ふん」

投擲した槍を拾い上げて、ロキが笑顔でダズトに語り掛けた。これに対してダズトは無愛想ながら否定はしない。

「失礼ながらもっと独善的かと思っていましたが、私の呼吸にタイミングを自然と合わせて頂けるとは……リィナさんも普段から、さぞやり易い事でしょう」

「あ?褒めても何も出ねぇぞ……そうした方が早く片が付くと思っただけだぜ」

何の感慨も無く、何時も通りのポーカーフェイスで剣を収めるダズト。普段と変わらぬ行動を取っているだけなのだが、ロキにはどうしてかダズトが照れ隠しをしている様に見え、微笑ましく思ってしまう。リィナから聞いていた、所謂(いわゆる)ツンデレっぷりを垣間見たからであろうか。

「おいおい見たかよ!オレの早撃ちを!」

「はい、ブラッチー殿もお見事な腕前でした」

自慢気なドヤ顔で駆け寄って来たブラッチーをダズトは鬱陶しそうに無視、勿論ロキがしっかりとフォローを入れた事で角を立てずに丸く収まる。二人はブラッチーとの会話でも、秀逸な連携を取る事に成功したのだった。

「……さて、リィナの奴は答えを出せたんだろうな」

一同が一人離れた場所で、石碑と睨めっこするリィナを望んだ。やや遠目からではあるが、様子からして未だ答えは導き出せていない様である。

文句か皮肉の一つでも言ってやろうと、ダズトが口を開きかける……その時であった!又しても巨大な光柱が周囲に舞い降りて来る!その数なんと二十近く!

「いやはや……どうやらもう少しリィナさんに、考える時間を与えて頂けるようですね」

「おいロキ、余りリィナを甘やかすなよ。……こいつらのぶっ壊し方は分かったんだ、面倒だが片っ端から全て破壊してやる」

「うへぇ……オレはお前達の武器と違って、銃の弾には限りが有るんだぞ」

 何十体と現れたるは、先程と同型の巨人!神仏めいた巨大な雄姿が立ち並ぶ光景は、ある意味壮観でもあった!魔を滅する伝説上の神将を模した外観!事実これらの魔力人形達は、ダズト達「闇の者」を調伏する為に送り込まれているのだ!

「さくっと終わらせるぞ」

ダズトの言葉を皮切りに、ロキとブラッチーも武器を構える!そして最も近場に出現した巨人の一体に向かって行くのであった!


「あらあら……また沢山湧いて来たものね、大変だわ」

何やら一段と騒がしくなってきた周辺を見て、リィナはしれっとしながらダズト達を眺める。しかし石碑に書かれた文字に目を戻すと、思案投げ首で深い息を吐いた。

「……でも私も、これを解かなきゃ立つ瀬が無いのよね~。早く答えを見つけないと、ダズトに何言われるか分かったものじゃないもの」

魔法が使えなくなり足手まといになっている事は、リィナとしても当然面白く無い。せめて頭脳プレーくらいは役に立って見せようと、それなりに躍起になっているのだ。

「大体この文章も意味不明だわ、もしかして何かを揶揄(やゆ)してるのかしら?」

この文章の他にも別の所に何か書かれていないか探してみたが、特段目に付くような物は見付けられない。腹を括ったリィナは、真面目に考察しようと思い決めて帽子を脱いだ。

 程遠くからはダズト達の戦闘音が聞こえてくる。石碑と睨めっこしながら首を捻っていたリィナは、先刻の戦闘で命を落としたナタ老人の事をふと思い出した。

「……そう言えば、ナタおじいさん亡くなってしまったわね。仕方の無い事だけど、せめて御冥福はお祈りするわ……でも折角だからもう少し甘えて、お小遣いでもおねだりしておけば良かったかしら」

リィナはナタ宅で額縁に入れられて飾られていた「ドラゴンの鱗」を想起する。あれだけの大きな鱗ならば、売れば半年近くは遊んで暮らせるであろう。

「……ま、遺品の整理はロキ君がやった方が良いわよね」

流石に図々しすぎるかと、眼を瞑り頭を振るリィナ。そのままナタ老人を思い浮かべ、少しの間静かに黙祷するのであった。


「これで五体目……今みたいに複数で連携されると、少し手間取りますね」

倒れて動かなくなった魔力人形を一瞥し、ロキが槍を振り上げた。

「まだ十体以上いるのか……気が遠くなるぜ」

もう弱音を吐き始めているブラッチーには気にも留めず、ダズトは既に次の標的に向けて殺気を飛ばし出す。

 そんなダズトの動静に、ロキは少し懸念を感じていた。

(気掛かりなのはダズトさんですね。現状は気を強く持っていらしてますが、重傷を負っているのは間違い無いのですから。聞けばあの盾の亀裂もヤマダ君に付けられたとか……ダズトさんの技術でどうにか保っておりますが、いつ壊れてもおかしくない状態です)

かく言うロキも、つい先刻までサリバンと死闘を繰り広げていた身である。如何に頑健さを誇る彼とはいえ、疲労の濃さは否めない。巨人の群れに苦戦している訳では無いのに、やや不都合な事態に陥りつつあるのをロキは憂慮していた。

 ロキの心配を余所に!ダズトは次に三体の巨人に狙いを付けると、剣を構え一直線に駆けて行く!勿論ロキもダズトに遅れを取らずサポートに向かった!

「けっ、木偶人形が……今度も纏めてバラバラにしてやるよ」

どうやら巨人はある程度の範囲内で動く物に反応するらしい!ダズトが接近すると、付近に居た三体の巨人の眼がぐるりと動いた!一体の巨人がダズトの前に進むと、他のニ体が援護する動きを見せる!

「打ち砕け!」

ダズトを包囲せんとする巨人達!そうはさせまいとロキが神速を以て崩しに掛かった!ダズトがその綻びを突いて、正面の一体に攻撃を仕掛ける!

「ちいっ……!」

だがこの攻撃は、別の一体が放った雷撃魔法によって阻まれてしまう!相互支援のプログラムが組まれているのか!巨人は複数体になる程に、その真価が発揮される様であった!光背を破壊して巨人を無力化するには、当然その背後を取るのが望ましい!巨人はお互いの背中を守り合う事で、自身の弱点をカバーしているのだ!

 仕切り直す為にダズトが一旦下がり、代わってロキが矢面(やおもて)に立つ!怪我を負っているダズトを気遣っての行動だが!もしダズトに悟られてしまったら不興を買ってしまうので、あくまで自然な流れで己に攻撃を集中させたのだ!しかしながら、巨人三体を同時に相手にしても!決して引けを取らないロキの槍捌き!それでも連戦の疲れもあってか!巨人同士の巧妙な連携を前に、ロキもイマイチ攻め手を欠けている!やはり油断はならない敵だ!

「……!っうらぁああ!」

目には目を!ロキの槍撃に合わせてダズトも剣を閃かす!ロキを狙って雷撃を発生させようとしていた金剛杵が一つ!巨人の手首ごと吹っ飛んだ!即興ながらダズトとロキも見事なコンビネーション!

「おらおらー!」

更に後方からブラッチーの援護射撃!銃弾が巨人達の顔面を撃ち抜いた!ここから二人は怯んだ巨人の懐に入り込むと、一体を挟み撃ちにして攻撃!ロキの闘気を纏った槍の一撃と、そこからダズトの刺突による追撃で!魔力の受容体である光背を破壊!一体を沈黙させる!

「ふん、人形風情が……チッ!しまった……!」

着地したダズトに向けて!残ったニ体が同時に矢を射掛けた!今し方倒した巨人の躯が陰となって、僅かに反応が遅れてしまう!咄嗟に盾で防いだものの、当たり所が悪く!ヤマダ君に入れられた(ひび)を起点に、とうとう盾が破壊されてしまった!

「クソったれ!」

痺れる左腕を振ってダズトが(ののし)る!

「ダズトさん無事ですか?」

「ああ……しかし段々腹が立ってきたぜ……」

直ぐにロキが割り込んでカバーに入り、ダズトの継戦能力を確認!新たな負傷も無く、戦闘は続行可能であったものの!いよいよダズトの苛立ちが最高潮に達してきた事がロキにも窺い知れた!気が短い事この上ない!

「ゴミ共が……塵も残さねぇぞ」

怒りを隠そうともしないダズトに、ニ体の巨人その一方が来襲した!そして!それとほぼ同時である!

 ……キィィィイーン……

 感情の昂ぶりに呼応して!ダズトの持つ「神の欠片」が共鳴した!欠片から溢れ出した力が、ダズトの異能(スキル)である地獄の炎を形成し!その心情を表現したかの如く、赤黒い炎がダズト周囲に渦を巻いて立ち昇る!

「……!ダズトさん!そのお力は……!」

「は!丁度()い……全て燃やし尽くしてやるぜ」

荒ぶるダズトが全身に炎を纏わせた!剣を振り上げただけで火柱が上がり、眼前の巨人を炎に包む!その火勢は凄まじく!背中の光背ごと、文字通り塵も残さず焼き尽くした!

「くくく、何故だかな……悪くねぇ気分だ」

戻った異能(スキル)に気持ちも昂揚しているのか、ダズトが愉しそうに口角を上げた。

(何時もはダズトさん御自身の生命力を消費して発動する異能が、今は『神の欠片』のエネルギーを介して発揮されている……)

ダズトと欠片の共鳴を目撃してロキは思う。魔法に始まり全ての異能や特殊能力が「神の欠片」由来であるなら、欠片に魅入られたダズトがその気になれば、無制限にその力を使用出来るのではないかと。

 一瞬ではあるが動きを止めたロキに、残った一体の巨人が覆い被さって来る!そんな余所事を考えながらも、ロキは槍に闘気を充填していた!その槍を!向かってきた巨人に対し全力で投擲!擲槍は巨人の胸をいとも簡単に貫通し、背中の光背を粉砕!ロキの強さは「神の欠片」に由るものでは無い事を、これでもかと見せ付ける!

「おいおいおい……マジかよ、ほんのり魔力が戻ってきてるぜ」

ブラッチーがダズトの欠片から流れ出す魔力に驚愕した!欠片から溢れるエネルギーは、乾いた海綿に染み込む水が如く!魔力が涸渇した空間にじわじわと広がっていく!

「はっはー!凄い、凄いぞぉ!矢張り『神の欠片』こそが、世界を制する力なのだ!欠片に選ばれしダズト!そしてイレギュラーであるロキ!この二人を部下に持つオレは出世絶対間違い無しだぁ!」

声高らかにブラッチーが興奮した雄叫びを上げた。そんなブラッチーをダズトは振り返り忌々しく睨んだが、取り敢えず今は未だ十体以上残る巨人を殲滅すべく再び前を向く。

(気に入らねぇな……ブラッチーの野郎は勿論だが、ここぞとばかりに力を押し付けてくる欠片もな……)

先程ダズトは戻った異能……「神の欠片」の力に不覚にも一瞬だが昂揚した。しかし早くも落ち着きを取り戻し、この力は自分のものでは無いと再認識する。(あま)邪鬼(じゃく)な性格のダズトにしてみれば、「神の欠片」から与えられる力は借り物の強さに感じるのかもしれない。

 これまでもカゲムラの自爆攻撃と深海に放り出された時、ダズトは二度もピンチを「神の欠片」に助けられていた。そんな事実も相まって、何処か借りを作っている様な気持ちもあるのであろう。しかし魅入られたとはいえ、何故この欠片はダズトにここまで執着するのであろうか?そこに意味や意義を考えても、ダズト自身は疎か人間には到底その理由を見い出す事は不可能である。欠片の真意はそれこそ、神のみぞ知る所なのだ。

「ムカつく事ばかりだが、背に腹は代えられんか……仕方ねぇ、今はこの力を有効に使ってやる」

そうボソりと呟くダズトの剣に、赤黒い炎が宿った!今のダズトなら炎のみならず地獄の岩石や土砂も、この封印された地に召喚出来るであろう!

 この場の敵全てを滅ぼすべく、ダズト達は新たな巨人を求めて躍動して行くのであった!


 問答無用で強いロキはさて置き。「神の欠片」に因って異能を取り戻したダズトと、僅かながら魔法が使用可能となったブラッチーの活躍もあって、あれから一行は然したる苦労も無く、全ての巨人……ヒュージの送り込んだ魔力人形を破壊し終えた。

 こうして石碑の所に帰ってきた一行を、リィナは笑顔で出迎える。

「思ったよりお早いお帰りだったわね、魔力が若干戻ってきたからもしや……と思っていたけど、やっぱり『神の欠片』の仕業だったわけね~」

現在はエネルギーの発散は殆ど収まっているも、ダズトの持つ「神の欠片」から滲み出るエネルギーを目の当たりにして、リィナはそれだけで状況を大体理解した。

「言っとくが使いたくて使った訳じゃねぇぞ」

「まあ、そうでしょうね。ほら治癒魔法も少し使えるから、早く傷の手当てするわよ」

「チッ……」

欠片から出たエネルギーの一部はリィナの魔力に変換され、ブラッチーと同じくリィナも魔法が多少使える様になっている。これで漸くダズトはヤマダ君との戦いで負った傷を、回復させる事が出来た。

「こんな事で誤魔化せると思うなよリィナ……答えは解ったんだろうな?」

ちゃっかりリィナから治療を受けつつも、ダズトは兼ねてより託しておいた謎掛けの解答を尋ねる。

「んふふ~♪良くぞ聞いて下さいました☆」

ダズトの言葉に得意満面となったリィナが、嬉しそうに一行を見渡した。

「おや、それでは答えが解ったのですね」

「ほほう、やるじゃないかリィナ!」

そんなリィナの態度を見て、ロキとブラッチーも期待感を募らせる。恐らくはこの答えが封印の真言となっており、ヒュージが魔力で創った空間のキーワードとなる言霊なのだ。

「一々勿体ぶってんじゃねぇよ、さっさと教えろ」

「んもう……急勝(せっかち)さんね。いいわ、やってあげる☆見てなさいな」

気の短いダズトに急かされたリィナが、自信を覗かせながら石碑にそっと触れる。

「答えは……」

艶っぽい薄ピンク色をしたリィナの唇から、優しい声がゆっくりと紡がれていった。

「……〝人間〟よ」

その瞬間、周囲の風景がぐにゃりと歪む。封印された時と同じ様な感覚が、ダズト達一行を取り巻いた。


 ………………

「……此処は……何処だ?」

次に一行が目を開けた時、頭上には蒼い空が、眼下には穏やかな海が広がっていた。湿った潮風が磯の香りを伴って、全員の顔にぶつかる。ただ一つ石版のみが、その姿を変えずに一行の前に鎮座していた。

「……海?私達、封印世界から出られたの?」

「ふん、どうだかな」

まだ二重の仕掛けが張り巡らされているかも知れない。空間が歪曲する不快な感覚が抜け切らぬ中、一行は油断せず辺りを注意深く(さぐ)った。

「いや、この場所見覚えがあるぞ……此処は多分オレイヌ岬だ」

そう手を打ったのはブラッチーであった。ダーク・ギルドの幹部として世界中を飛び回っているブラッチーは、このメンバー中では一番地理に詳しい。

「オレイヌ岬?確か東大陸最南端の地でしたね」

アポロデアも東大陸の南方に位置する国であるが、オレイヌ岬は更に南西へ三千キロ以上離れていた。一行は一気に遙か遠くまで運ばれた事になる。

「そうだ……ああ間違い無い、オレの転移マーカーもオレイヌ岬を指している」

「時間は?封印されてから十年以上経っているとかイヤよ」

リィナの心配は尤もであった。何せかつてロキが封印を破った時、外の世界では十五年が経過していたのである。ウラシマ効果という言葉は知らなくても、似たような現象を危ぶんだのだ。

 ブラッチーは自身が転移魔法を使う時に併用する、専用の地図版と睨めっこしていたが、やがて眉を開いて顔を上げる。

「大丈夫だ。今、組織のシステムとリンクしてみたが……あれから三日しか経っていないぜ。時刻は正午過ぎってとこだ」

この報告を聞いて一同は胸を撫で下ろす。特にロキは二度目の封印という事もあり、その安堵はひとしおであった。幸いな事に今回の空間封印は虚無封印と比べて、かなりマイルドな封印であるらしい。

「しかしリィナさん、よく答えが解りましたね」

正答を導き出したリィナを称えて、感心したロキは自分の顎を摘まんだ。

「『朝は四本』は赤ちゃんがハイハイする様子を『昼は二本』は大人が歩く姿を『夕は三本』は老人が杖を突いてあるく様を表しているのよ♪」

「ほう、なる程……」

「……実はこれ、初めてナタおじいさんと会った時の姿をヒントに思い付いたのよね」

時にロキはナタ老人の出で立ちを思い起こす。確かに出会った当初は錫杖を杖として持っていた。

「……それはそれは、ナタもリィナさんのお役に立てて喜んでいるでしょう」

リィナの言葉に、往時のナタ老人の姿を目に浮かべるロキ。ナタ老人を偲ぶと共に、サリバンへの雪辱の念を一新するのであった。


「さて、これから如何致しましょうか?」

無事に封印を破り一段落した所であるが、結局サリバンとの決着を付けるどころか「神の欠片」の回収でさえ失敗してしまった一行である。果たして、これからの善後策を講じる必要があった。

「今からアポロデアに蜻蛉返り……という訳にもいかないわよね」

「そう……ですね」

リィナの意見にロキも難しい顔で頷く。アポロン城に戻ったとして、もう何もやれる事は無いであろう。そもそもここからアポロデアに行くには、非常に険しいミネガン山脈を越えねばならず、余り現実的では無い。ブラッチー単独ならば転移魔法で簡単に行けるかも知れないが。

「はぁ~オレは正直帰りたい気分だぜ~……どうすっかな~」

ブラッチーがへたばって、その場に座り込んだ。本音は撤収したいのであろうが、任務が失敗したとなれば己の経歴に傷が付きかね無い。その為、このまま手ぶらで帰るのも躊躇(ためら)っているのだ。

「ダズトの意見は?」

リィナはブラッチーのキャリアなどどうでもいいので、差し当たってダズトに合わせようと見解を尋ねる。

「やられたらやり返す、当然の事だ。奴らの本拠地……確か此処から近いんじゃねぇか?」

「ダズトめ!まさか治安維持機構の統合本部をやる気か!?」

ダズトの発言にブラッチーが目を丸くした。

 世界治安維持機構の東大陸本部こそアポロン城内に存在するが、東西大陸の統合本部は同じ東大陸のミネガン山脈の西側に設けられていた。距離的にはオレイヌ岬から決して遠くは無く、特殊部隊である「ホワイト・ダガー」の司令部も無論その場所に在る。

「意趣返しって事ね……いいわよ、付き合ってあげる。私も今回はストレスが溜まっちゃったし、ここらで大きく発散させて貰おうかしら」

「ふぅむ……もしかするとホワイト・ダガー司令部の方にサリバンが戻っているかも知れませんしね」

「……こいつら!何を無謀な……!」

予想外にもダズトに同意して、士気を高めるリィナとロキ。それに対してブラッチーが阿呆らしそうに首を振った。

 実際とてつもなく無謀な目論見だが、野心家であるブラッチーの脳裡に一つの考えが浮かぶ。

(いや、待てよ……此方(こちら)には『神の欠片』に魅入られたダズトと、イレギュラーたるロキが居るのだ。ヒュージの封印すら破れたし、戦力的には不可能では無いのかもしれん……)

思い直したブラッチーは、格好を付けてサングラスを指で押し上げながら思案を重ねた。

(もし統合本部を攻略出来れば、今回の失敗などお釣りがくる。ひょっとすれば『神の欠片』も移送されて統合本部に在るかもだし、万が一失敗してもオレだけは転移魔法で逃げれるな……よし!)

「ダズトの言う通りだぁ!オレ達は闇の秘密結社ダーク・ギルドの精鋭!やられたらやり返す!そうだ倍返しだ!」

既にやる気十分な三人を前に、ブラッチーは大声を出してダズトの案に乗っかる。それは見事な手の平返しであった。

「では、決まりですね」

急に吠え出したブラッチーに、ダズトとリィナの視線は相変わらず冷たい。返事をしない二人に代わり、ロキが賛同して首を縦に振るのであった。



 全ては振り出しに戻ったのか?(いな)、一行が其処に向かうは必然であろう。この世界は「神の欠片」の導くままに回天しているのだ。

 一行はゆくりなく、世界を終わらせに行くのか。「神の欠片」はダズトに何を為させようとしているのか……その意志は、真意は一体何処に……。

 それが判るのは世界が終焉を迎える時なのか、はたまた新たな秩序が創造される時なのか……今、答えを知る者は居ない。

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