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そして闇の栄光へ  作者: 瀬古剣一郎
第三章
13/24

死戦

《登場人物》

ダズト

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。


リィナ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。


ロキ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。


ヤマダ君

特殊部隊「ホワイト・ダガー」のA級戦闘員。秀麗な外見だが気弱な性格。酒癖が悪い。


スズキ君

特殊部隊「ホワイト・ダガー」のA級戦闘員。ヤマダ君の相棒。魔道具の扱いに長けている。

 日の光とは無縁の地底、常世(とこよ)の闇とは()くもこの様な物か。その深淵を切り裂き赤黒い炎が一つ走って行く、但しその光を放つのは深淵よりも黒い魂を持つ男であった。

 剣先に火を灯し地下道を駆け抜けるダズト、その後ろを更に三つの影が追走する。

「あ~頭痛~い……完全に二日酔いだわ、これ」

「ふん!当たり前だ、クズが」

すぐ後ろを走るリィナが呟くと、振り向きもせずダズトが眉をひそめた。

 リィナは昨日の酒が抜けきっておらず、何なら記憶の方でも朧気(おぼろげ)な部分があった。少なくともダズトに啖呵を切ったのは覚えていないらしい。

「大丈夫ですか?リィナさん。少し速度を緩めましょうか」

「大丈夫よ~……走って汗を掻けば良くなると思うわ」

その横を走るロキが心配そうにリィナを見るも、ダズトが甘やかすなと言わんばかりに速度(ギア)を一段上げた。

「若いの、次の路地を右じゃ!」

「……チッ」

ナタ老人は最後尾から、ダズトに道順を指示している。必要な事なので仕方ないが、命令されているようでダズトは面白く無いみたいであった。

 そのままナタ老人の指示の(もと)、一行は暗闇をひたすら駆け続けた。その途中でロキが口を開く。

「ただ走るだけなのも勿体ないので、もう一度作戦を確認致しましょう」


 作戦の概要はこうだ。

 昨日ヤマダ君とスズキ君から得た情報では(信頼出来るかは置いといて)敵戦力は(およ)そ七十人程。散開させているのかグループで行動しているのかは不明だが、効率的に防衛網を敷いていると仮定するならば、ある程度の広い空間が必要だと考えられる。

 王城内の「世界治安維持機構」が受け持つ区画で、その様な広い部屋は二つ。一つは大会議室、そしてもう一つは謁見の間であった。警備のし易さという観点から本命はおそらく「謁見の間」であったが、大会議室も無視は出来ない、この二部屋はそこそこ距離が離れていたのだ。万が一「神の欠片」が無い方へ突入してしまった場合は、何も得られぬまま一気に包囲されてしまうであろう、そうなっては目も当てられない。

 そこで一行は二方面作戦を展開する事にした。大会議室にはダズトとリィナが、謁見の間にはロキとナタ老人が向かう。この人選は勿論、本命である謁見の間の方にサリバンが居る確率が高いと考えたからであった。

「しかし、物量で押し切られたりしませんかな?」

ナタ老人から戦力を分ける事への懸念の声が上がる。これは在る意味当然の危惧でもあった。

「突破力という点に於いて、ダズトさんとリィナさんならば問題ありません」

かつての上官であるロキに、そう即答されてはナタ老人も頷く他は無い。

「そうね……むしろ問題はサリバンが私達の方に居た場合じゃないかしら、その時はどうするの?」

「そん時は……オレがサリバンをぶっ殺す前に、ロキが急いで駆けつけて来るしかねぇな」

ダズトは冗談で言っているつもりは無いのであろうが、逆にそれがリィナとロキを笑いに誘った。

「ふふ……それは困りましたね。私が到着する迄の間、ダズトさんには手加減して頂かないと」

 一行の遣り取りを(つぶさ)に見ていたナタ老人が、何か物を言いたげにロキへと顔を向ける。

「……命を賭した戦いの前だというのに、ロキ殿が笑うとは。……彼らとは何時(いつ)もこうなのですかな?」

「常に自然体でいること……それがダズトさん、リィナさんの持ち味であり強さなのです……気に入りませんか?」

 ロキもそうだが、ナタ老人は元々職業軍人。それも精強と誉れ高く、厳格にして方正と有名なアポロデア軍の将帥の一人なのだ。それこそ現役時代は剛毅将軍と呼ばれた事もある。

 温厚で気さくな人柄のロキでさえ、軍として行動を起こす時は、厳正な態度を崩す事は無かった。

 これまで厳粛な空気感の中で武を振るってきたナタ老人が、この無秩序な集団に順応する事が出来るのだろうか……と、ロキは一抹の不安を感じている。

「まさか!郷に入れば郷に従え……儂もまだまだ若い所を、見せてやりますわい!」

ロキの不安を消し飛ばす様に、ナタ老人は顔中の皺を集めて破顔した。

「さあ、お若いの!現地に着いたら突入の先陣は儂が務めよう!矢でも鉄砲でも弾き返してくれるわ!」

隣を行くリィナと先頭を走るダズトに対し、ナタ老人は威勢良く言い放つ。

「あらあら元気なおじいさんだこと☆じゃあ、お言葉に甘えさせて頂こうかしら♪」

「……ふん」

リィナは人差し指を口元に寄せて好意的な視線を送るが、ダズトはどうでもよさそうに一顧だにせず走り続けるのであった。


 現地に到着した一行は数分程息を整える。この時ダズトが「神の欠片」に反応を示せば、何処に欠片があるのか判るかも知れないと期待もされた。だが、事はそう上手くは進まない。近くに存在感は有れど、磨り硝子の向こう側の様にはっきりしなかったのだ。恐らくは結界を施されているのであろう。

「時間だ……行くぜ」

 そして遂に!正午の合図を以て一行は城内に突入した!

 直後から暫くの間、誰と出会う事も無く順調に目的地へと迫って行く!しかし!とうとう巡回していたホワイト・ダガーの哨戒部隊と遭遇!数は五人!

 当初、敵部隊は此方(こちら)を侵入者と疑わず!別の区画から迷い込んできた、関係者と勘違いしていたようだ!まさか真っ昼間の、しかも正面から乗り込んで来るとは!夢にも思わなかったのであろう!

 初動の出遅れ、その隙を突き!ナタ老人が吶喊(とっかん)!突撃!手にするは昨日の錫杖ではなく、年季の入った大戦槍!瞬く間に前衛二人の喉笛を貫いた!

「わお!やるじゃない」

「ふん、露払い程度には使えそうだな」

元アポロデア軍、王城守将の肩書きは伊達ではない!年老いても尚!その戦闘能力は並みの者を遥かに凌駕していた!

 抜刀した三人目がナタ老人に切り掛かる!ナタは闘気を纏わせた槍で応戦!三合程打ち合うと一気に敵の胸部を貫き絶命させた!これで四対二!

 状況を不利と見たか!残る二人が本部に連絡、もしくは合流しようと撤退してゆく!だがそれを許すダズト達ではない!

「逃がすかよ」

ダズトが稲妻の如き速度で追撃!敵も魔法で火炎弾をバラまき妨害を試みる!ダズトが盾で火炎弾を打ち払い肉迫する中!突如として敵の動きが止まる!リィナの氷雪魔法で足が床に固定されてしまったのだ!一閃!ダズトの剣が背中から敵の心臓を貫く!もう一人の敵は既にロキが投擲した剛槍により!頭蓋を粉砕されていた!

「ナタ、余り飛ばし過ぎると後が()ちませんよ」

「なんのなんの!この程度!準備運動にもなりませぬわ」

ロキの気遣いにナタ老人がカラカラと笑う。

 ロキは気付いていた。ナタ老人が死に場所を求めて、此処に来ているという事を。しかし、それを止める権利はロキには無い。ナタ老人をこの死地に引き摺り込んだのは、他ならぬロキ自身なのだ。ナタ老人の武勇と生き様をこの眼に焼き付ける……今、ロキに出来る事はそれしか無かった。


「儂とロキ殿は次の丁字路を北へ曲がる!お主達は道なりに真っ直ぐ進むがよい、突き当たりが大会議室じゃ!」

 一行は難無く分岐点まで到達した。とっくに侵入は察知されている筈だが、最初の会敵以来戦闘は行われていない。遠巻きに視線を感じる事はあっても、此方の動きを補足するのみに留まっていた。これは間違い無く待ち伏せされているであろう。

 とはいえ、そんなのは元より承知の上。何なら「一カ所に集まってるなら好都合だ。纏めてぶっ殺してやる」とダズト辺りは思っているか。

「じゃあね☆頑張ってロキ君♪」

「ありがとうございます。ダズトさん、リィナさんもお気を付けて」

「せいぜい上手くやるんだな」

 これから別行動を取るロキ達に、リィナが笑顔で手を振った。その間にダズトは一言だけ残すと、リィナを置き去りにしてさっさと行ってしまう。慌てたリィナが、急ぎ後を追いかけていくのをロキが見送っていた。

「さてナタ、我々も行きますよ」

「は!」

手に持った槍の石突きを床に打ち立て、ナタ老人は勇ましく応えた。

 そしてロキ達も再び駆け始める。

(この先に奴が……サリバンが居るのだ)

そう思うとロキの心は、抗う事の出来無い激情に渦巻くのであった。



 走り続ける事暫く、ダズトの眼前に一際大きい両開きの扉が現れた。タイミング良く追い付いてきたリィナが、楽しそうにダズトに問い掛ける。

「あそこが大会議室ね、絶対罠が張ってあると思うけど……どうするの?」

「関係ねぇ……ぶち抜く!」

「それじゃあ、ド派手にいきましょうか」

走りながらダズトが剣の柄に手を添え、リィナの両手には魔力が収束し出した!

 轟音と共に扉が砕け散り粉塵が舞う!直後!ダズトが内部に躍り出た!その瞬間!ダズトに雨霰(あめあられ)とあらゆる攻撃魔法が撃ち込まれる!しかしそれらは当然、リィナのバリアで到達前に消失!破竹の勢いそのまま!ダズトは跳躍すると、手近に居た戦闘員数人に斬り掛かった!雷光の閃きが如く!斬られた全員が心臓を一突きにされるか、頸動脈を切断されてほぼ即死!この惨劇を見た魔道士部隊が、再びダズトに照準を合わせる!刹那!いきなり魔道士部隊が爆発!炎上!魔力探知モードに切り替えたリィナが、魔力が反応した箇所(かしょ)全てに巨大な火球を撃ち込んだのだ!

 瞬く間に十数人の尊い生命が奪われる地獄の様相!一連の猛攻の後、ダズトは会議室の最奥部に鎮座する台座に目をやった!

「あれか?」

炎と煙が立ち込める中で、ダズトが台座に素早く近づく!リィナもそれに(なら)い台座に向かった!

「それっぽい物は在るけど……ダズト、反応は?」

「何も感じねぇ……偽物(ダミー)だなコイツは」

御丁寧に施された結界は本物、見事にダズト達はハズレを引かされた。とはいえこれも想定内、直ちに反転してロキ達の下へ向かうだけである。

 入口では生き残った戦闘員達が包囲する動きを見せていた。

「雑魚共が……うじゃうじゃ群らがりやがって」

ダズトの周りに地獄の炎が燃え盛った!一気に殲滅するつもりか!

「待って、時空震よ」

リィナが制止すると、包囲する戦闘員とダズト達の間に光柱が舞い降りて来る。聞き慣れた声と共に、見知った顔がそこに出現した。

「遅くなってすみません、この人達の制圧は僕らに任せて下さい。皆さんは人命の救出・救命を最優先にして、大会議室の封鎖をお願いします」

現れたスズキ君はこの惨状を見るや、他の戦闘員達に指示をとばした。始めは戸惑っていた戦闘員達であったが、やがてスズキ君の指示に従い仲間を助けに戻りだす。

 ダズトは黙ってその様子を眺めていたが、剣を肩に担ぐと確認がてら周囲を見渡した。

「スズキ……テメェ一人か?ヤマダはどうした、まさかテメェだけでやる気かよ」

「あーヤマダ君は……あれです。まあ、その内来ますよ」

歯切れ悪く答えるスズキ君はダズト達に向き直ると、二人の姿を見て酷く落胆する。

「嫌な予感はしてたんだ……やっぱ姉さん達でしたか」

「ごめんなさいねスズキ君、ショックだった?」

公々然と残念そうな顔をするスズキ君に、リィナは笑顔を崩さず顔色を窺うような仕草を見せた。

 スズキ君から少し離れた所に、もう一条の光柱が降り立つ。ゆっくりと光が消えると、最初から床に膝を突いて(うずくま)るヤマダ君が出現していた。

「おえっぷ……気持ち悪っ……帰りたいな~」

「は!ざまぁねぇなヤマダぁ……二日酔いか?だが、手加減なんてしねぇぞ」

ダズトはニヤリと笑うと、ヤマダ君に向け剣を構える。これでもかと殺気をぶつけられたヤマダ君は、青い顔したままふらふらと立ち上がった。

「そんなぁ多少はお願いしますよ……それでは今日こそ、その身柄を確保させて頂きます」

「そいつは無理だ。死ね」

 ヤマダ君が正眼に剣を構えたのを認めた瞬間!ダズトが一気に肉迫し、有無を言わさず強烈な突きを放つ!予測していたヤマダ君は二寸五分、身体を逸らし!カウンターを狙ってダズトの顔面に片手で剣を振り下ろした!所が突きを放った直後!ダズトは直ぐさま剣を引き戻し軸足を中心に身体を回転!ヤマダ君の懐に潜り込むと!盾でヤマダ君の斬撃を(はた)き弾く!無防備な身体を晒したヤマダ君の心臓を目掛けて!今度こそ必殺の一撃を放った!

 ヤマダ君は剣を弾かれた勢いを利用!ダズトと同様に身体を回転させ、紙一重で突きを回避!更にダズトの背中へ水平に剣を閃かせた!刺突を避けられたダズトだが突撃は一層加速!ヤマダ君の剣も空を斬る!行き違い(たい)を入れ換えた二人が!再び構え直し相手を見据えた!

「存外に動けるじゃねぇか」

「ホントですね、ウップ……あ~気持ち悪い……」

息吐く間も無い火の出る様な攻防!二人は確実に命を奪いに技を放っているが!それでも尚!お互いに底は見せてはいない!まだまだ戦いは始まったばかりなのだ!

「この前見せた、あの技は使わねぇのか?」

ダズトが言っているのはコシーネを倒した時に見せた、水魔法と剣技の混成奥義の事であろう。最後に放った背部への一閃は、あの技を使えばひょっとしたらダメージが入った可能性もある。

「ダズさんこそ……炎や岩石は出さないんですね」

「まだそこまで興が乗ってねぇんだよ」

「どちらの剣技が優れているのか……確かめたい気持ちは僕にもあります」

 まずは自身の技量のみを以て、相手の力を推し量るつもりだったのか。しかし何時(いつ)しか、それは意地みたいになっている様であった。双方が己の特殊能力ではなく、鍛え研鑽してきた(わざ)をぶつける……そこに途轍もない喜びを感じ取っているのかも知れない。

「ふん……なら、もう少し遊んでやる」

「恐縮です」

ダズトは盾を前面に押し出し前傾姿勢を取った!対してヤマダ君は八相の構えで迎え撃つ!

 剣の達人同士!その意地とプライドを賭けた死合!その第二ラウンドのゴングが打ち鳴らされようとしていた!



「二人とも元気ね~……私達もお互いの相棒へサポートに入る?」

白熱した戦いを繰り広げるダズトとヤマダ君を眺め、リィナとスズキ君は援護に入るかどうかを相談する。

「うーん、何か邪魔したら悪い気もしますし……こっちはこっちで楽しみましょうか」

「あらやだ、うふふ……それはお姉さんを誘ってるのかしら~?よくってよ♪けど、ちゃあんと満足させてよね☆」

背伸びしたスズキ君の発言に、リィナは妖婦の笑顔を浮かべる。美しくも空恐ろしい微笑(ほほえ)みは、スズキ君に「闇に咲く華」をイメージさせた。

「ひぇっ、顔怖いッスよ姉さん」

「綺麗な華には(とげ)がつきものよ」

不敵な笑みを浮かべると同時に、リィナの周囲に魔力が渦を巻き始めた!

「あ、姉さん!ちょっと待って!ストップ!ストップ!」

「何よ~、焦らしてくれるわね」

いきなり待ったを掛けたスズキ君が、慌てて自分の懐を探り始めた。出鼻を挫かれたリィナは、仕方無く一度中断する。しかし、決して気は緩めてはいない。

「先に渡しておきます、昨日の写真です」

「写真?あ~!」

スズキ君は無防備にリィナに近づくと、封筒を一つ手渡した。写真と言われ、二日酔いで霧がかったリィナの記憶が、だんだんと晴れて呼び起こされてゆく。

「そう言えば……そんなの撮った記憶あるわね。……でもわざわざ戦場に持って来てくれるなんて」

リィナは封筒を開けると、中に三枚の同じ写真が入っていた。その内一枚を取り出すと、リィナは思わず顔を(ほころ)ばせる。

「そうそう思い出したわ!うふふ……やっぱり良い写真ね☆スズキ君ありがとね♪」

「どう致しまして!」

リィナにお礼を言われて、スズキ君は元気良く応える。ここでリィナは封筒の中にもう一枚、別の紙が入っているのに気が付いた。

「あらん?紙がもう一枚、何かしら?……きゃっ!」

リィナがその紙に触れた途端!紙が急激に熱を帯び飛び出すと、そのままリィナの胸に張り付いた!

「ちょっ……何よこれ!スズキ君!?」

「その御札は、貼り付いた対象の魔力コントロールを阻害する効果があるんですよ!ちなみに貼られた人は自分じゃ剥がせない仕様です」

スズキ君の策にまんまと嵌まった事に気付くも、最早(もはや)手遅れ!リィナは御札を剥がそうと試みるが、全く暖簾(のれん)に腕押しで終わる!本当に一瞬の油断であった!迂闊!

「……乙女の純情を(もてあそ)ぶだなんてイケナイ子、これは少しお仕置きが必要ね」

後方に飛び退()き大きく距離を空けたスズキ君に、リィナが悔しさを滲ませた!表面上は落ち着き払って見えるが、胸の内は如何ばかりであろうか!

 対して!してやったスズキ君は得意気な笑みを作る!

「その御札むちゃくちゃ高いんですよ。でも姉さんくらい素敵な女性を落とすには、これくらいのプレゼントは必要経費だと思ってます」

「光栄ね。じゃ、私も何かお返ししないと」

リィナは両手に魔力を集めようとするが、御札の効果によりコントロールが上手くいかない!魔力をその場に留めて置く事が出来ず、すぐに離散させてしまう!まるでザルに水を溜めようとするが如く!ならば!と、今度は体内で魔力を圧縮!それを直接掌から撃ち出そうと図るも、矢張りこれも失敗!例えるなら壊れたシャワーヘッドか!

(魔力を身体の外で全然制御出来ない!これはちょっと不味いわね……)

態度にこそ出さなかったが、リィナは内心で冷や汗を掻く!そんなリィナを見るやスズキ君は手早く短弓に矢を(つが)えた!

「では姉さん、胸をお借りさせて頂きます」

スズキ君は七本の矢を一斉に速射!態とバラけさせ一本でも当てていく作戦だ!

「……くっ!」

リィナは意外な程俊敏に、どうにかこれを回避!魔法使い同士の戦いには機動力も重要な為、リィナもそれなりには動けるのだ!加えて魔力は身体の外側では制御不能であるが、内部では操作する事が出来た!リィナは自身に身体能力を強化する魔法を掛けてスズキ君の攻撃に対抗する!

「流石は姉さん!魔力を内に封じられても、一筋縄ではいかないなぁ」

「もう、スズキ君ったら……勝手に御札を貼ったり借りたり、そんなに私のお胸をどうこうしたいの?とんだムッツリ助平ね」

 既にスズキ君は次の矢を準備している!そしてリィナが自身の身体能力を如何に魔法で強化しようと!素より優れた身体能力を持つスズキ君が相手では!良くて互角がいい所であろう!

「姉さんの為に用意したプレゼントはまだまだ他にもあるんです、僕の想い受け取って下さい!」

叫んだスズキ君は次なる矢を番えた!矢尻には短冊に似た御札が付けられている!それは矢に誘導性を持たせる魔道具「兵破」であった!

 スズキ君の一斉射撃!十本以上の矢がリィナに向かう!一部は大きく迂回して背後から飛来!ホーミングして迫る矢が全方位からリィナを襲った!

「モテる女は……(つら)いわねっ!」

為す術が無くなったか!リィナがその場にしゃがみ込んだ!しかし「兵破」には確実に捕捉されている!その程度では避けられない!数多の矢がリィナを針鼠にしようと迫ったその時!突如としてリィナの真下の床が爆ぜた!

「えっ!?どうやって!?」

有り得ぬ事に驚くスズキ君!爆発自体はそこまで大した威力では無かったが、爆風と破片に遮られ殆どの矢が弾かれるか失速する!

 リィナは体内で圧縮した魔力を撃ち出し、外気と接触する瞬間に雷撃を生成!魔力が離散する前に攻撃魔法に変換し、触れていた床を爆発させ破壊したのだ!言うなれば物に触れて発動させる零距離魔法!但しこれは非常にリスクも大きい!己の放った魔法で自分にダメージが入るのは明白!しかしリィナはこの問題を自身の肌表面!魔力が離散するギリギリの位置でバリアを張る事で解決!決して強固なバリアでは無いが、このバリアで防げるくらいの威力であれば!それを可能にしたのである!

「世界征服を豪語するだけある……やっぱり姉さんは凄い人だ……!」

スズキ君は理解しているのだ!このバリアは到底並みの魔法使いでは不可能だという事を!通常は球形に展開するバリアを、動き続ける自身に添わせて発動するとは!何という尋常ならざる魔力コントロールか!ゴクリと唾を飲み込んだスズキ君が、爆煙の向こう側に居るリィナを見つめる!

「ケホッ……(いった)~い、もう最悪~!……とは言え上手くいって良かったわ。即興の割には、結構効果があったわね」

徐々に煙が晴れて姿を見せたリィナ!迎撃には成功したものの、完全に防げた訳では無い!背中に一本!肩にもう一本!破片と失速を免れた矢が突き刺さっていた!しかし、それなりに威力を殺されていたのに加え!己の魔法から自分を守る為に張った、体内バリアの副次効果により!矢はリィナに十ミリ前後しか刺さらず!殺傷力をほぼ無効化されていたのだ!これは僥倖(ぎょうこう)

 刺さった二本の矢を抜いたリィナは直ちに治癒魔法を唱え、体内から浅い矢傷を治す!直立してスズキ君を見下ろす様に顔をあげると、立てた人差し指を唇の前に寄せた!

「アハ☆本当に素敵なプレゼントの数々をありがとねスズキ君……この借りは高くつくわよ♪」

恐ろしく優しい口調の下、ゆっくりと人差し指をスズキ君に差し向ける!指先から雷光が迸った!眩しいくらい笑顔のリィナから、不動明王を思わせる怒りのオーラが立ち昇るのが分かる!スズキ君は今の攻撃で仕留め切れなかった事を存分に後悔した!

「当たり前だけど姉さんめっちゃ怒ってる!ヤバいよヤバいよ~!」

弓を手にしたままのスズキ君は、未だ自分が圧倒的有利な筈なのに戦慄する!

騙し合い、知恵を絞り、相手の考える先を行く!リィナとスズキ君の戦いは次なる段階へと移行しようとしていた!



 ダズトが低い前傾姿勢でヤマダ君に稲妻の如く突進!八相の構えで迎え撃つヤマダ君は、ギリギリ迄ダズトを懐に呼び込む!突き出した盾がヤマダ君の顔に迫り視界を奪った!千変万化にして研ぎ澄まされたダズトの刺突が繰り出される!

「ふっ!」

「えいやぁっ!」

ヤマダ君は足捌きでダズト切っ先を逸らすと同時に!剛剣を振り下ろした!ここでダズトは躱された突きを水平に振り胴を薙ぎにいく!ヤマダ君の剛剣がダズトの盾と衝突し火花が散った!余りの衝撃に威力を殺し切れず!ダズトが押し戻される!

「ちいっ……!」

この為!ダズトが薙いだ剣もヤマダ君の(ころも)を裂いたのみ!

 ここでお互いに一歩下がり少し距離を取る!

「やけに向こう見ずに我武者羅(がむしゃら)な剣だな……そんな戦い方だったか?」

左手を振って痺れを払うダズトが、ヤマダ君の戦闘スタイルの変遷に疑問を抱いた!以前から「後の先」を取りにいく戦型だったが、今は積極性が段違いである!まるで自身が傷付くのを恐れていないかのよう!

「いやぁ痛いのは嫌いなんですけど、ダズさんと剣を交えるのは楽しくてつい。ロキ先生の助言もあって、ここ最近は練習も真面目にしてるんですよ」

「は!そいつは殺し甲斐があるな!」

ヤマダ君の台詞にダズトは目を爛々とさせた!殺気と渇望の入り混じった闘志で身体が熱くなるのを感じずにはいられない!それはヤマダ君とて同じであろう!

 ダズトが再び姿勢を低く構えた!これにヤマダ君はいつも通り正眼の構え!即!一足飛びで接近したダズトから突きが繰り出された!今度は必殺の一撃では無い!眼や関節部を狙って!浅いが速度のある刺突を連続して放つ!さながら流星群めいた凶刃がヤマダ君を襲った!

「わっ!(はや)っ!」

単純な剣速ではダズトに分がある!しかし!ヤマダ君は類い稀なる動体視力を以て切っ先を見切り!必要最小限の動きでこれを防いだ!

「ここまでは褒めてやる!だが、いつまでもつか!?」

先手必勝!兵は神速を(たっと)ぶかの如く!嵐の様なダズトの突きは!更に勢いを増してヤマダ君に浴びせられた!

 ヤマダ君との戦いで最も脅威なのはその「剛剣」!電光石火の剣速と破砕槌(はさいづち)を思わせる威力を併せ持つ一撃は、これまで幾度と無くダズトの予想を上回り苦しめてきた!かつて戦ったキラーハイジも恐るべき速度と膂力(りょりょく)の持ち主であったが、ヤマダ君の攻撃はその質が全く異なっている!理に適った攻撃と防御!研鑽された技量と技巧!その総てに裏打ちされた太刀筋はまさしく境地の至り!彼は確かに不世出の天才だったのだ!

 ならば!その剛剣を使わせなければよい!ダズトが辿り着いたのは単純にして明快な答えであった!以前も怒濤の攻撃でヤマダ君の動きを固めた事がある!だが今回は前回よりも浅く迅く!しかし急所を的確に狙う事に拠って!ヤマダ君に刃の内側に身を置く反撃を許さなかったのだ!深く踏み込まない浅い動きはダズトに体力を温存させ!かつ迅い攻撃速度はヤマダ君の体力を削っていく!手数のアドバンテージをこれでもか、と詰め込んだダズトの戦略!天晴(あっぱ)れとしか言いようがない!

「……っ!」

精妙な剣捌きと軽快な足捌き!そして驚異の動体視力でダズトの猛攻を凌ぎ続けるヤマダ君!だが!もはや声も出せない程に余裕を無くしていた!しかしながら!その闘志が些かも衰える事は無い!

(迅すぎる!……でもダズさんの最終的な狙いは分かってるんだ!そこに全てを賭けるしかない……!)

剣と剣がぶつかり弾け合う音が絶え間なく響く!ダズトの剣は一層苛烈に!その速度を迅めていった!

 正面!そして左右から揺さぶりを掛けるダズト!そして遂に!ヤマダ君は対処能力の限界を超えてしまう!そんな状態でも!何とか急所への攻撃を避けるべく!ヤマダ君は無理やり体勢を変えた!

 その隙をダズトは決して見逃さない!これ迄より一歩!踏み込みを深くした一撃がヤマダ君に撃ち込まれた!

「しぃっ!」

「ここだあっ!」

死中に活路を見出すべく!ダズトの呼吸を読んだヤマダ君の剣もほぼ同時に閃く!果たして結末は!?

 ダズトの剣がヤマダ君の太腿に深々と突き刺さり!そのまま外側に斬り抜ける!これはダズトが狙いを外したからでは無い!ダズトはヤマダ君の強さは足捌きにあると考え!機動力を奪うべく!敢えて足に斬り掛かっていた!但し外腿(そともも)では深手と云えども!致命傷にはならず!機動力の低下も限定的か!

「あぅっ!痛い!」

「ぐっ……!」

ヤマダ君に痛烈なダメージを負わせるがダズトも苦悶の表情!ヤマダ君の狙いはダズトの小手!その手首ごと切断しようと斬り放っていたのだ!

 ヤマダ君はダズトが喉か心臓を狙ってくると予想していたが実際は足!これによりヤマダ君の剣は目測を外し!ダズトの剣の柄に直撃!衝撃でダズトの剣も目標より大きく逸れた外側に突き刺さったのだ!もし!ダズトが真っ直ぐにヤマダ君の命を目掛けていたら!ダズトの手首は無くなっていたのかも知れない!

 咄嗟にダズトは盾でヤマダ君を強打!ヤマダ君は剣でガードするが押し飛ばされる!二人の距離が大きく開いた!

「はっ!はっ!……うぐぐ痛いよ~!」

肩で息をするヤマダ君は涙目であったが!構えを解こうとはしない!左足からは酷く血が流れ!太腿より下を真紅に染めていた!

「クソったれめ……!」

一方!ダズトからもハタハタと血が滴り落ちる!柄に当たったヤマダ君の剣が!ダズトの右手の小指を殆ど根元から切断していたのだ!僅かに残った皮膚で垂れ下がった小指を!ダズトは邪魔だと言わんばかりに(みずから)らの手で引き千切る!

「ふ、くくく……やはり面白ぇなテメェはよ。そろそろ本気で行くか?」

それでも尚!この上無く愉しそうなダズトの周囲に!赤黒い地獄の炎が渦を巻き出した!

 ヤマダ君も痛みで目に涙を浮かべながらもコクリと頷き!秀麗な顔に決意の炎が宿ると、袖で涙を拭い払う!握った剣の刀身が水で濡れて輝きを増した!

 剣の技量はほぼ互角!ここから先はお互い持てる力と技の全てを駆使して!更なる壮絶な殺し合いが始まるのだ!



 リィナの怒りをもろに買って、スズキ君はいたく動揺!青ざめた顔で数歩引き下がる!げに恐ろしき笑みを湛えるリィナが、じりじりとスズキ君に迫って歩みを寄せた!合わせてスズキ君も一歩、又一歩と後退(あとずさ)り!間合いをしっかりと開けるよう心掛ける!

「うふふ、何でそんなに遠巻に離れてるのかしら?思い切ってお姉さんの胸に飛び込んで来なさいよ。天国へ連れて行ってあげるわ」

「えっ!?本気(まじ)ッスか!じゃあ御言葉に甘えて飛び込ませて貰おうかな……こいつを」

スズキ君は新たな矢筒を手にすると、中から一風変わった(やじり)をした矢を五本取り出した!それを見たリィナの顔色が豹変する!

「げっ破魔矢!……大盤振る舞いねぇスズキ君。でも幾ら私が良い女でも、ちょっと奮発し過ぎじゃないかしら?採算合わないんじゃなくて?」

魔法障壁(バリア)を無効化する魔道具「破魔矢」!これはリィナはもとより!魔法使いには天敵ともいえる魔道具であった!流石のリィナもこれには顔を強張らせる!バリアが効かないのであれば!当たり所に拠っては、一発で致命傷になりかねない!

「物理的にも魔力的にも、ガードの固い人を落とすのにはもってこいですから。それに女性にはプレゼントで攻勢を掛けるのは、かなり有効だと聞きましたので……こいつで姉さんの心臓(ハート)をズキューンと撃ち抜きますよ!」

「ふ~ん……なかなか勉強してるじゃない、感心するわ。その姿勢をダズトにも見習わせたいわねぇ」

「そうそう、サプライズ感も忘れずに」

そう言うとスズキ君は丸い物を地面に投げつけた!忽ち煙幕が辺りを包み込み、スズキ君とリィナは煙に巻かれる!前回は攻撃魔法の威力減衰に使用した魔道具だが、単なる煙幕としても当然有用である!これではリィナは飛んで来る矢を視認出来ない!勿論スズキ君も狙いを定められないが、スズキ君の矢は追尾性能付き!勝手に当たってくれるのだ!

「あらやだ☆素敵な演出じゃない♪でもね……その程度の贈り物で、私は落とせなくてよ!」

 リィナは一瞬だけ思索した後、一気にスズキ君に向かって走り出した!リィナとしては取り敢えず距離を詰めるしかない!煙の中で弦音(つるおと)が幾度かすると、四方から風切り音が聞こえた!ここでリィナは迷わず弦音がした前方の床に手を付く!

 先程と同じ様に床が爆ぜたか!煙霧の中で爆音が発生した!続く爆風で少し煙が薄まり、僅かながらお互いの影が確認出来る様になる!同時に!矢が柔らかいモノに刺さる音が、スズキ君の耳に何度か入った!リィナの影が揺れ動き、接近する速度が鈍る!

「やったかな!?」

手応えを感じたスズキ君が肩の力を弛めた刹那!崩れ落ちるかと思われたリィナの影が急加速!

「あっしまった!自分でフラグを立てちゃったよ!」

「アハ♪やっと捕まえた☆」

驚くスズキ君の右手首を掴んだリィナが零距離魔法を発動!爆炎がスズキ君の腕を包んだ!たまらずスズキ君は絶叫する!

「どわぁー!」

「?どういう事かしら……手首くらいは吹き飛ばせると思ったんだけど……きゃッ危ない!」

反射的にスズキ君が反対の左手でナイフを握り!リィナに閃かせた!思わずスズキ君の右手首から手を離すリィナ!一間(いちげん)半程の間合いで両者は対峙する!

 二度の爆発で煙幕の煙は完全に流された!見ればリィナはその背中に四本、肩に一本、そして足に一本の矢が突き刺さったままである!いずれも体内バリアで防せぎ、大したダメージでは無いが痛々しい姿であった!一方スズキ君も右手首は繋がってはいたが、皮膚は爆ぜ肉が剥き出しになっている!肘から先が丸焦げな為、血は流れてはいないが!どう見てもかなりのダメージ!もう右手はこの戦闘で使い物にならないであろう!


 一体!煙幕の中でどのような駆け引きが!攻防があったのか!少しだけ説明せねばなるまい!

 ()ず持ってリィナは一つの予測を打ち立てる。スズキ君程リィナは魔道具に精通してはいないが、それでもある程度の知識は有していた。踏まえてリィナは「破魔矢」はその特性から「兵破」を乗せる事が出来ないのではないかと考えたのだ。つまり破魔矢に追尾機能は無く直接撃ち込むしかない。スズキ君はそれを悟らせぬ為に、わざわざ煙幕を張ってから矢を射ったのだ。

 事実リィナに射掛けられた矢は十二本、破魔矢はその内の五本全てが真っ直ぐにリィナを目指していた。残る七本は追尾するが普通の矢。態と狙いを外し、後方からリィナを撹乱する様に放たれたのである。

 もしリィナが全方向に対して床を爆ぜさせて防御していたら、それだけ爆風が薄まり、下手したら突破して来た破魔矢で深手を負っていたかもしれない。しかし、リィナは爆破を正面に集中した。普通の矢は体内バリアで耐え、破魔矢だけを確実に迎撃する……リィナのプランは見事に的中したのだった!


「うわっ(いった)た~!右手が丸焦げだ」

悲痛な面持ちでスズキ君は、炭化した右手を見つめた。

「……知ってたんですか?破魔矢が追尾出来ない事」

「知らないわよ~、ただ何となく女の勘が光ったのよね」

「ははっ勘って……マジで凄いや姉さんは!本気で惚れちゃいそうだけど、それ以上に怖ろしいよ」

勘と言われてスズキ君は笑うしかなかった。そして改めてリィナに肝を冷やし、身震いしながらナイフを構え直す。

「スズキ君こそ……私の事を散々ガードが固いなんて言っておいて、自分はどうなのよ?」

確かに普段より各段に威力は落ちているとはいえ、腕を吹き飛ばすには十分な規模の爆発である。では何故(なにゆえ)スズキ君の腕は無事とはいかないまでも、原形を留めているのであろうか。

 兼ねてよりスズキ君は自身に強力な対魔法防御そして対物理防御を施しており、その効果はセイン達が繰り出す破壊的合体攻撃「トリゴノメトリッカー」をダイレクトに喰らいながらも生還を果たした程であった。これはかなり高度な防衛術式である。但し既に右手の術式は機能しておらず、もう一度同じ箇所に攻撃されれば、今度こそ右手は爆散するであろう。

「ま、いいわ……この際だし全部丸裸にしてあ・げ・る☆」

「ひゃ~!まさか姉さんと接近戦(インファイト)をするとはね」

 リィナが魔法で身体能力を強化した事により、機動力は伯仲!リィナは相手に触れてしか攻撃魔法を使えないが、スズキ君も右手を封じられている!戦況は凡そ五分(ごぶ)!どちらが先に相手を捉えるか!ここからは速度と判断力が求められる戦いとなる!



「そりゃっ!」

ヤマダ君の水魔法を駆使した遠隔斬撃がダズトに放たれる!その威力にして切れ味は凄まじかった!距離が近ければ、盾ごとダズトを両断しかねない程である!そこでダズトは地獄の炎を召喚!当然!炎は切断されてしまうが、水分を蒸発させる事により!盾で防げるまで威力を低下させるのに成功していた!

「僕、この技に名前付けたんですよ」

「あ?」

ヤマダ君突然の報告!赤黒い炎を身に纏わせ!ヤマダ君の攻撃を回避・防御に専念していたダズトが、興味無さそうに眉間に皺を作った!

「その名もヤマダストラッシ……」

「ダメだ」

「えー!どうしてですかー?」

「うるせぇ、ダメな物はダメだ」

ヤマダ君の台詞に被せてダズトは即却下!更にヤマダ君がブーたれて抗議するも頑なに拒否!しかしどうしてここまで強烈に否定するのかは、ダズト自身でも不明である!

(チッ!矢張り厄介な技だな……だが付け入る隙はある)

ヤマダ君の巧みな剣技に防戦一方のダズト!しかし、その間も観察し続け反撃の糸口を掴む!長大な射程と威力を併せ持つ奥義であるが!剣を振りきらなければならない為、一旦懐に入り込めば小回りの利くダズトの方が有利か!だがヤマダ君もそんな事は百も承知!剣を翻して二の太刀をチラつかせ、ダズトの飛び込みを牽制する!加えて!ダズトは剣の持ち手である右手の小指を無くしていた!これでは斬撃を放つには安定しない!攻撃方法は刺突に限られるであろう!


「ふん、(らち)が明んか……物は試しだな」

行き詰まった状況を打破するべく!ダズトは地獄の炎を燃え盛らせた!

(……来る!)

そうヤマダ君が警戒するよりも迅く!岩石のカタパルトで射出されたダズトは、劫火を放ち凄まじい速度でヤマダ君を強襲!身に纏う猛火が、通り過ぎた跡に炎の軌跡を描く!交錯するダズトとヤマダ君!剣戟の音が激しく鳴り響いた!

 余りの迅さにヤマダ君は二の太刀での迎撃が間に合わず、刺突の切っ先を逸らすので精一杯!ダズトはその勢いのまま通り過ぎ、再びヤマダ君との間合いが開く!

「危なかった~!返り討ちにする所か、そのまま串刺しにされるかと思ったよ」

「……チッ、外したか。流石にこの速度では狙いが定まらん」

人間離れした突撃!喰らえばもれなくBBQと化す脅威の技だ!そのかつて無い突進力(ゆえ)に、狙いの正確さには欠ける様でもある!ダズトが右手の小指を欠損している為、しっかりと握れていないのも要因であろうか!そして!この攻撃には大きな欠点もあった!

(……クソが!予想以上に生命力の消費が激しい、長引けば不利か?)

ヤマダ君の遠隔斬撃を防ぐために、常に炎は展開せざるを得ず!少しずつダズトの生命力は削られていっているのだ!更に攻撃で大量の炎を発現し、高速で岩を隆起させては!生命力の消費が跳ね上がのるは想像に難くない!この状況が続けば、いずれダズトの生命力は限界に達してしまうであろう!


「つまらないな……」

「……!何だと!?テメェ!」

ダズトに向き直ったヤマダ君の呟きに、ダズトが激昂!怒髪が天を衝いた!

「このまま続けてもダズさんの生命力が尽きるのが先か、僕が失血で気を失うのが先か……そんな決着つまらないですよ」

そう!ヤマダ君の足の傷は思いの外に深く!血が止まらずにいた!出血の量を見るにヤマダ君も時が経てば!ダズトと同様に体力の限界を迎えてしまう状態だったのだ!

「チッ!じゃあ、どうするってんだ?勝負を預けるつもりは無いぞ」

苛つきながらダズトは、ヤマダ君を睨み付ける。だがヤマダ君の(げん)にも一理あるのを感じたのか、一先ず攻撃を止めて返答を待った。

「簡単ですよ。お互いまだ余力がある内に、相手を倒せばいいだけさ」

そう言うとヤマダ君は剣を上段に構える。

「どういうつもりだ?」

訝し気にダズトはヤマダ君に訊ねた。

「今から僕は真っ直ぐダズさんに対して必殺ヤマダストラッ……ゲフン!を放ちます。ダズさんはさっきの技で僕を攻撃するのはどうでしょう?正面から撃ち込めばダズさんも狙いがブレる事も無いでしょうし、この距離ならお互い互角……フェアだと思うんですが」

ヤマダ君の提案にダズトは無愛想な表情を崩さない。

「……悪いがオレは命令されるのが嫌いでな」

「これまでの戦い方を続けても構いませんけどね。どちらにせよ勝つのは僕だし」

「は!言ってくれる……!いいぜ、時間を掛けたくないのは同感だ。但し、負けて死ぬのはテメェだぜ」

上手く乗せられた感じもするが、最終的にダズトは提案を了承する。

「念仏でも唱えておくんだな」

「後で勝ち鬨を上げるから大丈夫です」

「ふん、言ってろ……吠え面をかかせてやる」

お互いがお互いを見つめつつ、そして双方がニヤリと不敵に口角を上げた。


 上段に構えるヤマダ君に、ダズトは盾を突き出し身を低く構えた!灼熱の炎がダズトを覆い隠す程に燃え盛りヤマダ君の奥義に備える!かく言うヤマダ君もダズトの凄絶な一撃に備えて精神を統一させた!掲げた刀身からぬらりと水が滴り落ち、炎の光を美しく照り返す!

 果たして!その体勢を取ってから数秒!余りの緊張感にそれは、数分間にも感じられた!

 瞬間!両者は激突!至近距離で振り下ろされたヤマダ君の太刀は、振り切る前にダズトの盾に接触!本来の威力の半分も出せて無かった!しかし!あれだけ燃え盛っていたダズトの炎でも!ヤマダ君の奥義を消し飛ばすには至らず!頑丈な盾に深い亀裂が入り弾かれる!炎と水が反応し高温の水蒸気が立ち昇った! 

 これで遠隔斬撃は防いだが、ダズトの突進力も落ちる!だが遂に!ダズトの刺突がヤマダ君の胸部を捉えた!そうはさせまいと!ヤマダ君が実剣でダズトの肩口を斬り抑える!ここで!ヤマダ君の足が怪我により、ダズトの圧に耐えきれずバランスを崩した!馬乗りになったダズトが、ヤマダ君の右胸にゆっくりと剣を沈めていく!

「ぬうぅぅッ!」

「うぎぎぎ……!」

必死でダズトを剣で押し止めるヤマダ君!ダズトの剣がヤマダ君の胸に突き刺さる(ごと)に!ヤマダ君の剣もダズトの肩に食い込んでいった!

「うぎっ!ぐぐぐ……ッ!」

ヤマダ君の顔に苦痛の表情が浮かぶ!上になり重力を味方に付けたダズトが、徐々に形勢を有利にしていった!深さが肺にまで達したか!ヤマダ君の口から血が流れ始める!逆にヤマダ君の剣がダズトの肩口を抜け、首に入るのはもう少し掛かりそうか!

「オオオオ!」

ダズトが咆哮した!ダズトは自分の喉元にヤマダ君の刃が迫るのを(いと)わず!確実に仕留めようと、左手まで柄尻に当てて剣を押し込んでいった!

「……がはっ!うっぎぎ!ぐぐぐ!……僕、僕は……ッ!」

ヤマダ君は必死にもがき足掻くも!口から流れる血の量もどんどんと増えていく!もはやこれまでか!?

「……僕はッ!まだっ!死にたくないッ!」

「!!チィーッ……うがっ!?」

最後の死力を振り絞り!ヤマダ君が両手に力を込めた!火事場の馬鹿力的な腕力に押され!本当に僅かながらダズトの力が弛まったその一瞬!怪我をしていない方の足でダズトの下腹部を蹴り上げる!不意の痛撃を喰らったダズトは、ヤマダ君に押し飛ばされ脱出を許してしまった!

「ぐがが……!テ、テメェ!ぶっ殺すぞ……!」

今し方ヤマダ君を葬り去ろうとした事を棚に上げ!ダズトが恨み節を叫ぶ!身を屈め後腰を叩く姿はどうにも痛ましい!

 そして何とか絶体絶命のピンチから脱出したヤマダ君だが、その傷はかなり深く!これ以上戦闘を続行するのは不可能であろう!放っておけば命の危険さえある!所がヤマダ君は逃げる事無く!又してもダズトに向かって正眼に構えたのだ!かつてのヤマダ君なら考えられない行為!

「ぐふっ……!まだまだ……次こそは!」

足と口そして胸からも、血を流しながら!ヤマダ君の闘志は未だ衰えず!その精神的な成長ぶりにダズトでさえも感嘆の意を表した!

「ふん、覚悟は誉めてやる……テメェの技量もな」

漸く鈍痛が治まってきたか!ダズトが背筋を伸ばしヤマダ君へ向き直った!当然!ダズトも深手を負ってはいるが、まだ余裕が感じられる範疇である!

「ふへへ……強い人と闘うって楽しいですね」

「……は!本当はこっち側の人間なんじゃねぇか?テメェはよ」

血を流し過ぎて少し意識が朦朧としてきたヤマダ君!治安維持という職責を忘れてか、自身の闘争心を満たすかの如き発言!ダズトは嘲り嗤ったが!そもそもヤマダ君は出会った時から、そんなに真面目でも無かった事を思い出した!


「それなりに愉しかったぜヤマダぁ……あばよ」

ヤマダ君が失血で気を失う前に止めを刺すべく!ダズトが剣先に力を込めた!

 その時である!

「……!何だ!?この光は!」

突如として謎の光が舞い降り!ダズトを包んだ!途端に身体が魔力で拘束されてしまい、自由に身動きが取れなくなる!

「あ……この光は、もしかして……」

思い当たる節があるのか。ぼんやりとその様子を眺めていたヤマダ君の口から、ぽつりと呟きが漏れ出た。


「何!?時空震!?これは……転移魔法の光ね!でも何で!?」

同様の事がリィナとスズキ君の方でも起こっていた!

 リィナの零距離魔法とスズキ君のナイフ術!お互い捉えられたら負けという、死の鬼ごっこを繰り広げていた二人であったが!急に現れた光にリィナが包まれると、スズキ君にも動揺が走る!

「……この光は!まさか司令官?ここに来てるって事!?」

スズキ君の言う司令官とは特殊部隊ホワイト・ダガーの創設者ヒュージ・ゲンダイの事であろう!そう!昔日にロキを封印した現代最強の魔道士である!


「動けねぇだと……!クソがっ!ふざけんじゃねぇぞ……!」

「魔力密度が高過ぎる!こんなのっ……今の状態じゃあ防ぎようがないわ!」

ダズトとリィナが抗えぬ魔力に拘束される中!ヤマダ君とスズキ君もどうする事も出来ずに只々眺めるのみ!本来であれば又と無い攻撃のチャンスの筈だが!予期せぬ事で動けぬ相手を、ここぞとばかりに追撃する気にはなれなかったのだ!

 その様なヤマダ君とスズキ君の行動は、不幸中の幸いではあったが!ダズトとリィナの状況が好転する訳ではない!二人を包む光はより一層輝きを増していく!そして直視出来ぬ程になった時!遂に二人は何処かへ消え去っていった!


 急遽平静に戻された大会議室には、ヤマダ君とスズキ君だけが取り残される。破壊の爪痕著しい中で二人は、呆然とするしか為す(すべ)を持たず、ただ立ち尽くすのみ。ここで重傷を負ったヤマダ君の意識がブラックアウトして倒れると、慌ててスズキ君が駆け寄るのであった。

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