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そして闇の栄光へ  作者: 瀬古剣一郎
第二章
11/24

恩讐は過去より来たりて

《登場人物》

ダズト

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。


リィナ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。


ロキ

闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。

  「アポロデア共和国」

 東大陸の南部に位置する大国である。温暖な気候に肥沃な平野が広がり、作物の収穫量は世界でも一、二を争う豊かな土壌を持つ。地下資源も豊富であり、何種類もの魔力鉱石や貴金属・宝石までも産出していた。

 かつては王政であり共和制に移行してからまだ日が浅く、王政の頃は強大な軍を組織していた事で有名であった。現在、軍は解体され国の防衛や国内の治安は「世界治安維持機構」が請け負っている。

 首都は「アポロン」王政が敷かれていた頃は王都と呼ばれていた。非常に巨大な城塞都市であり、その人口は現在世界第二位である。中心のアポロン城は共和制となってからは、議事堂や美術館として利用されており、果ては「世界治安維持機構」の東大陸本部までもが置かれているのだ。


「噂には聞いてたけど、すごい大きい(みやこ)ね~……人も多いし、こんなに栄えてる国初めてだわ」

アポロンに入城した一行はメインストリートを歩きながら、中心に在るアポロン城を目指している。ここまで世界各地を廻ってきた一行だが、貧しい地域もそれなりにあった中でアポロデアは兎に角も景気が良かった。

 リィナが(せわし)しなくキョロキョロと辺りを見回していると、何事か苛ついたダズトが半ば呆れた面持ちで睨み付けた。

「おいリィナ……テメェ、物珍しくても立ち寄るのは後にしろよ」

「……分かってるわよ、()ずはお仕事場所の下見を優先でしょ。……でも、その後ならいいわよね♪」

建ち並ぶ多様なお店に気を取られてしょうがないリィナに、ダズトがピシャリと釘を刺す。

 「ダーク・ギルド」からもたらされた情報により、「神の欠片」は「世界治安維持機構」東大陸本部の一室に在ることが分かっていた。その為ダズト達は到着したその足で、真っ先に本部のあるアポロン城へと向かっていたのだ。

「……それにしても警備がヤバいわね、物々しいとか……そういうレベルじゃないんだけど」

 一行がアポロン城に近付く程に、明らかに周囲の警備が強固になっていくのが分かる。ホウオウ諸島の欠片も奪われ、相手側ももう後が無いという事であろう。それでもこの場所から移動させないという事は、余程防衛に自信があるからなのか、もしくは奪いにきた者を捕らえようとしているのか、その両方なのかと言った所か。

「ホワイト・ダガー最強の戦士、サリバン……か。これだけ雑魚共で固めてるって事は、そいつも大したこと無いんじゃねぇか?」

観光客を装い城の前を通り過ぎたダズトがつまらなさそうに吐き捨てた。

「サリバンがどうかは判らないけど、この警備は異常よ。城の中は(おろ)か敷地内でさえ、忍び込める想像が出来ないんだけど……」

「邪魔する奴は全員ぶっ殺せばいいだけじゃねぇか」

「何人いると思ってるのよ……幾ら何でも無理に決まってるじゃない。何か作戦を考えましょう」

当初一行はいつも通りの強行突破を予定していた。しかし予想を遥かに超えた守備体制を敷かれており、流石にこれは断念せざるを得ない。

 ダズト達は善後策を講じるべく、少し移動して郊外のレストランに入って行った。


「……ダズト、気付いてる?ロキ君アポロンに着いてから一言も喋ってないのよ」

「ああ?」

レストランに入ったダズトとリィナが先に席に着くと、リィナが小声でダズトに耳打ちする。

 そう、ロキは首都に入った時より努めて目立たない様に行動しており、今も外套のフードを被って素顔を外に晒さない様にしていた。

「もしかしてサリバンって人との因縁に気負ってるのかもしれないわ。何か声を掛けてあげなさいな」

「はあ?何でオレが」

「先輩でしょう?(たま)にはらしい事してみなさい」

 少し遅れてロキがゆっくりとダズトの向かいの席に腰を掛ける。しかし、やはりフードは彼ったままであった。

「……チッ、おいロキ。テメェもしかしてビビってんのか?」

「……む?」

「ちょっと、言い方!」

ダズトの言葉にロキが顔を上げる。リィナが不躾(ぶしつけ)な台詞を諫めてダズトの肩を強く叩いた。

「ああ、もう!えっとロキ君……もし悩みがあったら、先輩に相談してもいいのよ?」

「これはこれは……御心配をお掛けして申し訳ありません」

二人の意図を理解したロキが、普段と変わらぬ穏やかな笑顔を作る。

「実はアポロデアは私の故郷でして……。多分大丈夫だとは思うのですが、もし私の顔を知っている者が居たら、少々面倒な事になるやも……と思ったものですから」

ロキはフードを脱ぐ事は無かったが、いつもの顎を摘まむ仕草を交えて理由を述べた。

「……ふ~ん、ロキ君に限って(すね)(きず)を持ってるようには見えないけど。まあ、人生色々あるわよね」

思っていたより明るく答えるロキに、リィナはホッと息を()く。

「さあ、折角レストランに入った事ですし何か頼みましょう。アポロデアは肉も野菜も一級品が揃っておりますから」

ロキは何事も無かったかのように振る舞い、二人に食事を促した。だがこれは考え過ぎか、ダズトにはロキがまるでこの話題を逸らしたように思えたのであった。


「ん~美味し~!私こんなサラダ食べた事ないわ☆ドレッシングは勿論、お野菜の風味も最高よ♪……その分お値段もまあまあ張るけど、これ経費で落ちるのかしら?」

「確かに肉も酒も旨いな……金なんぞ気にするな。経理はどうせグッツェだ、また剣で脅せばいいだろう」

「それもそうね♪」

運ばれて来た料理の味に舌を驚かすリィナだったが、同時にその値段にも驚いていた。ダズトはこの前宿代を踏み倒した時の様に、事務員のグッツェを恫喝する事をサラリと提案。リィナも自然とそれを受け入れる。

 美味しそうに食す二人をロキは嬉しそうに眺めていたが、ふと視線を落とし自分が食べているカレーライスを見つめた。

「以前はこれほど物価は高く無かった筈ですが……これで(たみ)は食べていけるのでしょうか?」


 一行は大いに舌と腹を満足させた所で、漸く本題に入る事にした。当然どのような手段で城内の「神の欠片」を奪取するかである。

「城の外側だけでも容易ならざる警備よ、多分敷地内はホワイト・ダガーの部隊も配置されているでしょうし……。私は正直お手上げね、彼我(ひが)戦力が違いすぎるわ」

アセロラジュースを片手にリィナは首を横に振った。先程、軽く偵察しただけだが、戦意を軽く挫くには十分過ぎる陣容であったのだ。

「テメェ……いきなり話を終わらせるんじねぇよ。配置の穴や交代時の隙を突くとかあるだろうが」

ダズトは椅子に深く座り背もたれに寄り掛かると、目の前のテーブルに置かれたロックウイスキーの入ったグラスに手を伸ばす。

 知っての通りダズトは自信家であり又ある程度の無茶もするが、それは蛮勇ではない。普段の強引さも、ちゃんと本人には勝ち筋が見えていての事なのだ。

 しかし今回はそんなダズトにも、直ぐには勝機を見い出せずにいた。仮にも国際的な機関が本気で事を成そうとしているのだ、たかが非合法の闇の組織……その(いち)エージェントが抱えるには余りにも大きな課題にも思える。

「ま、その辺りは今後の調査次第かしら、今は情報が少なすぎるわ。……やっとアポロデアに着いたけど、今回はかなり長丁場な任務になりそうね」

そう言うとリィナはアセロラジュースを口に含ませる。

 この状況で自分達に有利な点は、何時(いつ)どのタイミングで仕掛けられるか選べる所だろう。相手は二十四時間常に襲撃に備えなければならず、時が経てば疲弊した所を突けるかもしれない。

 しかし一見長期戦になった方が良さそうにも思えるが、相手もそれは承知している筈である。反対に此方の動きを捕捉される可能性もゼロではない。もしかしたら先程の軽い偵察でも、公安からマークされている恐れもあるのだ。気を張りつめたまま、長期に渡って潜伏活動を行うのは面白いものではない。

「そういう事だな……チッ面倒臭ぇ」

ダズトは目を瞑り思いっ切りウイスキーを煽り、空になったグラスをテーブルに激しく置いた。音の大きさからダズトの苛つきが想像出来る。

「ふぅむ、要は突破口と退路を確保出来れば良いのですね。私に心当たりがあります、一つ任せて頂けないでしょうか」

急に切り出したロキが顎を摘まみ二人を見つめた。

「……どうにかなるっていうの?ロキ君ってホント何者よ……いや、詮索する訳じゃないけどさ」

リィナはダズトと見合わせると、身を乗り出してロキの言葉に耳を傾ける。

「ではこれからある場所へ赴きましょう、上手くすれば文字通り突破口を得る事が出来ると思います。……後はダズトさんとリィナさんの実力が有れば、きっと事を成せるでしょう」

ロキはリィナの疑問を微笑んで受け流し、今後の動向を説明した。

 二人は今の話にロキ自身が含まれていない事が少し引っ掛かったが、敢えて其処は触れない事にする。

「そりゃあ……ね、そこまでお膳立てしてくれたらやってみせるわよ」

最も難しいと思っていた問題がこうも簡単に解決の兆しを見せて、リィナは気持ちを追い付かせるように頷く。

「ただ流石に『神の欠片』の場所までは判りません。ある程度の予想は可能ですが、細かな位置はダズトさんの共鳴に頼るしかないのが現状ですね」

「……いいだろう、それで十分だ」

リィナに追従してダズトも無表情ながら、納得したように頷いた。

 付け加えておくと、ホウオウ諸島で手に入れた「神の欠片」は既にダーク・ギルドに回収されている。先の戦いの直後にオアシスのアジトにて、ブラッチーと再び会見した際に渡してきたのだ。

 今回もダズトに共鳴した欠片は回収されず、其方は未だダズトの手の内にある。


 レストランを出た後一行はロキに案内され、最も外側の城壁に向かって行った。城塞都市ではよくある事だが、中心部から離れる程治安が悪くなり、住人も貧困層が多くなってくる。

 途中で一行はある存在に気が付いた。

「何の臭いかしら、これ……」

「向こうの方から漂ってきますね……あれは、まさかスラム街?」

今居る所からは結構離れているが、都市の一番低い場所に明らかにそれと見える一帯が広がっている。

「ふん、そのようだな」

憮然(ぶぜん)たる面持ちのロキに、ダズトはスラム街を冷めた目で一瞥した。

「私が居た頃はあの様な場所は無かったが……」

「そんなに不思議な事か?それがどれくらい前か知らねぇが……人が集まる所にああいう場所は、普通は在って当然だ」

「……そう、ですね」

ロキはスラム街を(けわ)しい目で見つめる。()を置かずロキはダズトが自分に気を揉ませない為に声を掛けてくれたのでは……と思いダズトを見たが、当のダズトは既に関心を無くし余所に目を向けていた。

「すみません、急ぎましょう」

ロキは再び前を向いて歩き出す。その表情は何か思い決めた様でもあった。


 ロキに案内されて辿り着いたのは、都市の最外郭に位置する(さび)れた一帯であった。その中の一軒の家の前に来るとロキは二人に向き直る。

「申し訳ありませんが、お二人は此処で暫く待っていて下さい」

そう告げるとロキは塀の内側へ入って行った。

「此処が目的地?普通のお庭が広い家に見えるけど……」

お世辞にも綺麗とは言い難く、どちらかと言えばボロ家に近い建屋であった。しかし庭だけは広く高い塀の中には生垣が植えられ、各所に様々な作物の畑も見て取れる。庭の中心には柵で囲まれた井戸もあった。

「何じゃ!貴様ら!」

ロキが入ってから二、三分経過した頃、敷地の手前で待っていたダズトとリィナの背後から怒鳴り声が降ってくる。

「何だこのジジイ」

振り返ると其処には老人の男性が一人、激しい剣幕で二人を睨んでいた。

「儂の家にどんな用件だ!用が無いなら立ち去れい!」

「この家の人かしら……困ったわね、ロキ君と行き違っちゃたみたい」

リィナはロキを探して敷地内を覗いたが、まだロキの姿は見えてこない。

「……貴様ら、カタギの人間じゃないな?事と次第によっては容赦せんぞ!」

ダズトとリィナの雰囲気や立ち振る舞いから、只ならぬ気配を感じ取ったか。老人は杖代わりに持っていた錫杖を槍の様に構え直す。

 武術の心得があるのであろう、なかなかに隙の無い構えである。加えて、その老練な気迫はダズトの気分を逆撫でするのには十分過ぎるものだった。

「へぇ……どう容赦しないって?」

触発されてゆらりと剣に手を掛けようとするダズト、しかし直ぐにリィナが手を挙げて制止に入る。

「ちょっと止めなさいな、此処はロキ君に任すって言ったでしょ。……お爺さん誤解しないで、私達は怪しい者じゃなくてよ」

苛つくダズトを抑えてリィナは老人に弁明したが、どう見ても不審者なので苦しい言い訳であるのは否めない。

「ナタ!」

その時、丁度間に合ったロキが誰かの名を叫ぶ、そしてそれはこの老人の名前であるのは明白であった。

「あ、ロキ君」

「儂の名を知っているとは……何者だ!?」

リィナがホッと安堵の声を漏らしたと同時に、老人が新たに出現した不審な(やから)誰何(すいか)した。

「御無沙汰しておりますナタ老……私です」

被っていたフードを外しロキが素顔を老人に晒す。それを目にするや老人はみるみるうちに眼の色を変え周章狼狽した。それはまるでこの世に存在しないモノを見る目つきであった。

「……!そんな馬鹿な!こんな事が……そうか、これは幻術だな!曲者めが!儂がこんなまやかしに騙されるとおもうたか!」

「頑固で融通が利かないのは相変わらずですね、では我が槍を受けて真贋を確かめて貰うとしましょうか」

怒号を上げる老人をロキは何故か嬉しそうに見やり、槍を取り出すと同様に構え対峙した。

 お互いの構えを見たダズトが、この二人が同門であると気付く。

「キエェェーッ!」

猿叫を発してナタ老人がロキに躍り掛かる!ロキ程の速度は無いが、闘気と気迫は勝るとも劣らない勢いであった!老齢ながらもそれを全く感じさせぬ打ち込み!並みの者では到底太刀打ち出来ぬであろう!

「この剛気!やはり懐かしい」

錫杖による強烈な一撃!だがロキは闘気を纏わせた槍の柄で、衝撃を殺しつつ受け止める!

「何じゃとッ!?」

渾身の一撃を防がれ!老人は慌てて錫杖を引っ込めようと引き戻す!しかしそこをロキの槍に絡め取られ錫杖が宙を舞った!翻った槍が老人の鼻先に突き付けられる!

「チェックメイト」

武器を失った老人は呆然として、眼前の槍とロキの顔を交互に見つめた。

「……おおおぉ!」

途端、老人は大粒の涙を流して膝を折る。

「……後は朽ち果てるだけの人生で、最後の最後にこのような贈り物が与えられようとは……!」

「何を大袈裟な、その気概があればあと二十年は元気で居られるでしょうに」

槍を引いてロキが手を差し伸べると、老人は(すが)る様にその手を握り締めた。

「ロキ将軍!お久しゅう御座いまする!」

「……!?ロキ……将軍!?マジで!?」

「……ふん」

老人の言葉にリィナは驚きを隠せずダズトに目配せする。ある程度は只ならぬ身分ではないかと予想していたが、まさか一国の軍隊……その長たる者とは誰が想像出来ようか。ダズトも澄ました顔で腕を組んでいたが、内心は結構びっくりしていた事であろう。

 ナタ老人はロキの手を取ったままやおら立ち上がり、涙を拭うと辺りを見回す。

「ここでは人目に付きましょう……何も無い老人の一人暮らしで御座いますが、どうぞ中へお入り下さい」

こうして一行は促され、無事にナタ老人宅に訪問する運びとあいなった。


 通された部屋は外見と変わらず古めかしい感じではあったが、良く整理整頓されており老人の性格が窺える。質素な中に武具や甲冑が飾られており、とりわけ額縁に入れて壁に掛けられている大きな「龍の鱗」が目を引いた。

 居間の小綺麗なソファにナタ老人が座り、向かいのソファにはリィナが腰掛ける。ロキは二人を挟んだ横で簡易的な背もたれの無い椅子に座った。椅子はもう一つあるが、ダズトは立ったまま腕を組んで壁に背を預けている。

「将軍……」

「ナタ、私はもう将軍ではないのだ。ロキで構わない」

言いかけたナタ老人にロキが機先を制して(はばか)った。

「……ではロキ殿、此方の者達は?」

「彼らは今私がお世話になっているダーク・ギルド……その諸兄姉方です」

「ダーク・ギルド!あの悪名高い闇の秘密結社でありますか!?……誇り高いロキ将軍が!何故そのような組織に()みされるので!?」

ナタ老人の言い様にロキは苦笑いを浮かべ、非礼を懸念しダズトとリィナの様子をチラリと見る。

「……あら、事実だもの大丈夫よ。気にせず続けて続けて☆」

二人共特に気にする様子も無く、リィナがヒラヒラと手を振った。やはりと言うかこの二人、組織には何の思い入れもありはしないのだ。

 二人に軽く頭を下げてロキは話を続ける。

「お二人に御紹介致します。此方のナタ老人はかつて私の部下として、アポロン城守備隊の守将を務めておられた方です」

老人は少々不本意そうではあったが、ロキに(うやうや)しく紹介された事で、ダズトとリィナに向かって丁寧に頭を下げた。

「確かに、何も事情を知らぬ分際で無礼な発言であった。赦されよ」


 ロキは部屋中を見回して顎を摘まんだ。

「……さて、何から話したものでしょう。リィナさんはアポロデア内戦をご存知でしょうか?」

「えっと……詳しくはないけど、この国が専制国家から民主化する時に行われた戦いよね。二年間くらい続いて、終結して共和国となったのが十五年程前かしら?」

「その通りです。私はその戦いで王国軍を指揮しておりました」

「……そう言えば『魔将軍ロキ』って聞いた事あるわ、まさかロキ君の事だったなんてね」

「それは敵方の呼称じゃ、我らからは『神威将軍』と崇敬されたものじゃて……連戦連勝、向かう(ところ)に敵は居らなんだ」

「あらん?でも結局負けたんでしょ?そんなに勝ってたのに何でかしら?」

リィナの疑問にナタ老人は思わず口ごもった。

「……そ、それは……!」

その様子を見てロキはスッと眼を閉じ、一呼吸の間を置くと言葉を続ける。

「そうですね色々ありますが、理由の一つは敵……革命軍には世界治安維持機構が後ろ盾に居た事でしょう」

「曲がりなりにも国際機関が一方の勢力……しかも革命軍側に肩入れするのか?そんな事ありえるのかよ」

壁にもたれたダズトが訝しげに顔を上げた。

 仮にも世界の秩序を保つ組織が、そのような戦乱を起こす真似をするものなのか。ダズトにはどうも解せなかったのだ。

「折しも、当時は世界的な大不況の最中(さなか)……世界治安維持機構も例外では無く慢性的な資金不足に陥っていました。そこをあらゆる資源が豊富なアポロデアに目を付けたのでしょう。専制政治から民主化させるという大義名分の下、内乱の火種を煽り革命軍を全面的に支援したのです」

「あ~革命が成功すれば支援した見返りに、色んな権益がゲット出来るって事ね」

(しか)り、この国は世界経済を立て直す為の(にえ)にされました」

ロキは頷いてリィナを見る、その眼には僅かながら憤怒が宿っているようにも見えた。

「ふん、火消しならともかく……正義面して火種も蒔いてるとはな。ま、権力者がやる事など何処もそう変わらんか」

あからさまに気に食わないといった表情をして、ダズトも虚空を睨む。

「……しかしロキ将軍が健在な限りそのような暴挙が罷り通る筈も無し、将軍は着実に革命軍を鎮圧・平定していったのじゃ……あの時までは」

俯きながら老人は肩を揺らす。

「ナタ、公式には私はどうなったとされている?」

「は……ロキ殿は、突如として革命軍側に寝返った副将サリバン殿と一騎打ちの末に敗れ去った……と」

固く握り締めた拳を震わせ、老人は下を向きながら答えた。

「……なる程」

「あ!サリバンって例のホワイト・ダガーの?ロキ君の元部下だったのね。しかも肩書き的にナンバー(ツー)な感じ?」

「はい、私が最も信頼する一人でした」

「信頼」という言葉を発した後、ロキは僅かに口の端を噛み締める。

「トップの人間が急に居なくなって……その次に纏める筈の人が裏切ったら、精強な王国軍もそりゃ負けちゃうわよね~」

 ナタ老人が握った拳をテーブルに叩きつけ、ロキの眼を真っ直ぐに見つめた。

「将軍!どうか、どうか!真実を教えて頂きたい!将軍が一騎打ちで敗れるなどと!いや例え不意打ちであろうとも将軍が負けるなど有り得ぬ事です!王国軍が瓦解した後、サリバン殿は主だった他の将校を懐柔しようとしました!しかし全ての将に拒絶されると、その殆どを処刑したのです!」

「……それは聞き及んでいる、皆には本当に申し訳ない事をした。……あの日、私がサリバンに呼び出されたのは事実。しかしそこに居たのはサリバンだけでは無かった……」

「それは一体?」

 当時を思い出しているのか、ロキの表情は言葉を重ねる毎に厳しくなっていく。

「ヒュージ・ゲンダイです」

「な、何と!?」

「ちょっとヒュージってまさか……」

「あ?誰だそいつ」

驚きの声を発した二人に対して、ダズトは表情を変えずに何者か訊ねる。

「ヒュージ・ゲンダイ、特殊部隊ホワイト・ダガーの創設者で今現在の総司令官よ。時空間魔法の使い手で、当代最強の魔道士と呼ばれているわ」

「へぇ……ロキはそいつに一杯喰わされたのか」

最強の魔道士と聞いてダズトは眉を上げて反応した。もしかしたらロキをも出し抜いたかもしれぬ者に、興味を(そそ)られたようである。

「返す言葉もありません。ご丁寧に何重もの結界や魔法陣を敷かれた中に呼び出された私は、ヒュージ・ゲンダイの時空間魔法によって時空の狭間に飛ばされ封印されてしまったのです」

「ロキ君ってばメチャクチャ強いのに全く魔力持ってないものね~、魔力が無ければそりゃ気付きようがないわ」

リィナが頬に手を当てて気の毒そうに目線を流した。

「……(とき)すら静止する閉ざされた空間で、私は意識を保ち耐え続けました。その中で諦める事無く気を練り、そして蓄えて待ち続けたのです。いつしか私の闘気で満たされた空間は許容量を突破したのでしょう、亀裂が生じ始めました。その瞬間に一気にオーラを爆発させ、私は漸く封印を破る事に成功したのです。……それが今から半年程前、現実では既に十五年以上が経過しておりました」

「おお……!将軍!それで往時と全く変わらぬお姿なのですね!」

ロキの壮絶な体験に一同は驚きを隠せないでいる。ナタ老人は瞳に涙を(たた)えて、ロキの心情を思い嘆いた。

「異空間から脱出したものの、途方に暮れていた私に接触してきたのがダーク・ギルドでした。ダーク・ギルドは私に協力する事を引き換えに、組織の野望に手を貸すのを要求しました……そして私はそれを受け入れたのです」

 沈黙が不意に辺りを包んだ。

 ゴクリと唾を飲み込み、ナタ老人は真摯な眼差しでロキを見据える。

「それで……ロキ将軍は一体何を為さるおつもりなのでしょうか」

「……私が望むのはサリバンとの決着、それだけです」

ナタ老人の満を持した問い掛けに対して、ロキは毅然として言い放った。

「王室の復興やホワイト・ダガーへの復讐ではなく、サリバン殿個人との決着を望まれると?」

その返答に少し意外な面持ちでナタ老人は疑問を呈する。

「確かホワイト・ダガーの名前が世間に広く知られる様になったのって、アポロデア内戦からよね。アポロデア内戦の功績で一躍有名になって、戦後に得た利益で組織が増強されたのは確実じゃない?許せない気持ちは無いの?」

リィナもロキの心情を推し量りかねて首を(かたむ)けた。

 ロキは静かに眼を閉じると、ゆっくりと息を吐いた。そして穏やかな口調の陰に、金剛石の如き信念を垣間見せる。

「時勢の流れもあります、(たみ)が君主国家ではなく民主主義を求めるならば、それも致し方なし。ホワイト・ダガーやヒュージに関しては私の油断が招いた事、恨みは不甲斐無い(おのれ)自身に向けられるべきでしょう。しかしサリバンは違う……王国軍副将として王室の(ろく)()んでいたにも拘わらず敵に内通したばかりか、あまつさえ戦後に多くの同胞をその手に掛けるとは……決して赦せるものではない。奴を副将に信任したのは他ならぬこの私です、その責任を取る……などと言うのは浅ましい傲慢なのは解っています。しかし身勝手ではありますが、これだけは譲れぬのです」

ロキは自身の決意と覚悟を述べる。それは凡そロキらしくもない、感情論を全面に押し出した内容であった。

 そう、ロキといえども人間である。時には己の心情を精算せねば前に進めぬ時だってあるのだろう。

「……もう一つ、ナタに訊ねたい事があります」

「はっ……」

ロキの言葉にナタ老人は緊張して、これまで以上に身構えた。問われる内容を思ってか、その額には脂汗さえ浮かべている。

「ソフィーとクリストフはどうなりましたか?」

 質問を聞いたナタ老人は一度深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を紡いでいった。

「……戦争最後の戦い『アポロン城攻防戦』に於いて、城に詰めていた人々は軍民の区別無く鏖殺(おうさつ)されました……恐らくはその時に……誠に申し訳ございませぬ」

「……そうか、いやナタが謝る事では無い……しかし、そうか」

顔色に変化は無かったが、ロキの声にははっきりと動揺がみられた。初めて聞く名前に耳目をそばだてたリィナが会話に割って入る。

「うん?どなたかしら?」

「妻子です」

「!?」

唐突なロキの告白。リィナとダズトの表情が固まり、二人の間に巨大な感嘆符と疑問符が飛び出した。

「何処かで生きていてくれれば……と思っておりましたが、やはり亡くなっていたようです」

妻子が亡くなった事を知らされて誰よりもショックを受けている筈であるが、ロキは癖である顎に拳を当てるポーズを取りながら淡々と言葉を続ける。

 ダズトは努めて冷静さを装い無言であったが、リィナは只でさえ大きな瞳をパチクリとさせ唖然として口を開いた。

「ま、まあロキ君の年齢なら結婚して子供がいてもおかしくないんだけど……。今までそんな話し一言も聞かなかったから驚いちゃったわ」

「すみません隠していた訳ではないのですが。妻子に関しましては、常に(いくさ)に行く前は今生(こんじょう)の別れを済ませておりましたので。生き残ったのが私の方なのは想定外ですが、ある程度の踏ん切りはついております……ので、どうぞ気になさらないで下さい」

(……いやいや、めっちゃ重い話しなんですけど)

気にするなと言われても話しの内容が内容だけに、リィナですらどんなリアクションをしていいのか戸惑い無言になってしまう。


 それでも何とかして重苦しくなった雰囲気を少しでも軽くしようと、リィナが両手を叩き(わざ)(ほが)らかに口を開いた。

(いばら)の道を越えてきたのね~……でも安心なさい♪先輩である私とダズトが協力すれば、復讐も仇討ちもお茶の子さいさいよ☆」

「おい、勝手にオレを含めるな」

独断で一緒くたにされたダズトが、迷惑がって眉間に皺を寄せる。

 そしてリィナの台詞に感化されたナタ老人も、立ち上がってアポロデア軍式の敬礼でロキに向き直った。

「そういう事であれば将軍……いえ今はロキ殿!儂も協力させて頂きたい!」

その顔は年齢を感じさせぬ活力に溢れ、元軍人として溌剌(はつらつ)さを取り戻した様でもある。

 無事味方になり安心したか、ロキはそんなナタ老人を見て優しく微笑み頷いた。

「そもそも此処に来たのは、あのお城へ侵入する突破口を得る為よね~?あ!お爺さんが王城守将だったって事は……お城の弱点とか知ってるのかしら?」

「良い勘じゃな!じゃが弱点(どころ)ではないぞ、なにせこの家の井戸は城の地下と直接繋がっておるからのう。今ではこの存在を知っておるのはロキ殿と儂だけ……更に申せば迷路になっている地下道を熟知しているのは儂だけじゃ」

「城には緊急時に脱出する為の、秘密の地下通路があります。そしてその出口がこの家の井戸、それを利用し逆に侵入を図るのです」

ロキも椅子に座りながらナタ老人に相槌を打つ。

「城の内部構造も儂はすべて把握しておる!簡単な事では無いにせよ、人目を避けて目的地まで辿り着くのは十分可能じゃて!」

「マジで!?もうこんな任務楽勝じゃない☆」

意気揚々と拳を当てた胸を張るナタ老人に、思わずリィナがパチパチと拍手した。乾いた音が部屋に響き渡る。

「いやはや……そこまで上手くいくかは置いといて、これで大方(おおかた)攻略の目処(めど)が立ちましたね」

興奮したナタ老人を落ち着かせてから座らせると、ロキはダズトとリィナに目配せした。リィナは笑顔で首を上下に振り、ダズトは表情こそ変わらなかったものの、肯定的な目線を送る。

「……後は襲撃の日取りと時間だな」

ダズトがぶっきらぼうに言った。

「定石通りなら……やはり夜中から明け方にかけてでしょうか」

ロキの言葉にダズトとリィナから否定の意志は無さそうである。そして、ここでもまたナタ老人から思いも寄らぬ意見が飛び出してきた。

「それならば明日の正午頃が良い。明日は二ヶ月に一度の大隊の交代日……簡易的だが式も行われる筈じゃ、式の間は一時的にだが警備も薄くなるじゃろう。向こうもまさか真っ昼間から仕掛けてくるとは思いますまい」

「ふぅむ、欺瞞情報の可能性は?」

突飛な提案ではあるが、本当であれば一考に値する情報である。ロキは顎を摘まんでナタ老人に確認を入れた。

「無い訳ではありませんが、低いと思われます。但し、城内に詰めていると思われるホワイト・ダガーの動向までは流石に分かりませぬが……」

「なる程」と言わんばかりにロキが無言で首肯すると、横目でダズトをチラリと見やる。それにつられてリィナもダズトに顔を向けた。

「構わねぇ、そいつで行くぞ」

視線を感じたダズトが無愛想な表情のまま答える。長期戦にもつれ込むかと思われた任務が、まさか明日でケリが付くかもしれなくなったのだ。正直ダズト、そしてリィナにとって願ってもない事であった。


 差し当たっての大綱が決まり一段落した所で、リィナは興味本位で任務とは余り関係のない事柄を訊ねてみる事にした。

「……所でアポロデアの王様は革命でどうなってしまったの?」

リィナに悪意は無かったのだが、この質問はロキとナタ老人には鬼門であった。途端、ロキの表情は強張(こわば)りナタ老人の顔にも陰が差す。

「王は……その王族の全員が動乱の中で殺されるか、捕縛され処刑されてしまったわい。痛ましい事に、中には幼い王太子も居ったのじゃがな……」

 少しばかり「しまった」感を出しつつも、リィナは敢えて更にぶっ込んでみた。

「ふ~ん、あんまり人望の無い王様だったのね~」

言い方にややカドがあったが、実際に正鵠(せいこく)を射ていたのもあり、ナタ老人はその言葉を甘受する。

「……ロキ殿の前で滅多な事を言うものではないぞ(むすめ)。確かに当時の王は人柄こそ良かったものの、為政者としては優れてはおらなんだが……それでも代々王室に仕えてきた我々にとっては尊ぶべき存在なのじゃ」

「……ふん、窮屈な生き方だ」

まるで理解出来ないと言いたげに、ダズトは鼻を鳴らす。

「……それから革命を成し遂げた割に、大半の民衆は余り豊かな暮らしは出来ていないようだけど……どうしてかしら?」

一見すれば景気が良く豊かにも思えたこの国であるが、それは一部の者達のみが栄えているだけなのをリィナは勘付いていた。多くの人々は平均以下の暮らしを余儀無くされている様である。

「……此処に来るまでにご覧になられたじゃろう?あのスラム街を。時代に適応した富める者は更に富み、それ以外の者はどんどん貧しくなっていったのじゃ。革命当初は盛り上がっていた民衆も、今となっては王政の頃を懐かしむ者もいるくらいじゃて」

「当時は革命軍側に付いた世界治安維持機構のプロパガンダも激しかったですからね、民が過度に期待し過ぎてしまうのは仕方無い事でしょう。とは言え、当時政権に居た私にもその責任はあるのですが……」

昔を思い返す程にロキは、その広い肩を落として悲痛な面持ちになっていった。

 そんな自責の念に駆られるロキを擁護しようとしてか、ナタ老人は殊更(ことさら)にカラカラと笑い出す。

「ロキ殿は軍務に掛かり切りで、政務の方はからきしでしたからな。しかしロキ将軍が健在の頃はそのカリスマで、民も殆どが王政を支持していたのですぞ」

「だからこそ、私の不覚で国がこの様な有り様になったのが悔やまれるのです」

一層の悔しさを滲ませるロキにこれ以上掛ける言葉も無く、ナタ老人は再び難しい顔で口を真一文字に結んだ。

 妻子の一件もあり、これ以上ロキに精神的ダメージを負わせるのは忍びなくなったリィナも、どうにかロキをフォローしに掛かる。

「ほらほら過ぎた事をとやかく言っても仕方無いわ、ダズトを見習いなさい♪他人なんかお構いなし、自分のしたい事をだけをしながら毎日生きてるのよ☆」

「……テメェ、それ褒めてねぇだろ」

ムスッとしたダズトに睨まれると、リィナはおどけて舌を出した。

 苦々しい目線を戻しダズトも改めて口を開く。

「チッ、だがリィナの言う事も一理あるぜ。一々赤の他人に心を砕く必要なんかねぇ、今起きている事は今を仕切ってる連中に責任取らせりゃいいんだよ。全てが自分のせいだと考える方が余程傲慢だ。……だいたいテメェはそれを承知で、サリバンって野郎との決着だけを考えてるって言ってただろうが」

(……あらま!あのダズトが真面目にロキ君を鼓舞してるじゃない!少しは先輩らしくなってきたんじゃなくて?)

 意外にもまともにロキを励ますような台詞に、リィナは目を丸くして口元を手で隠した。

 そしてロキも……自分より一回り以上若い先輩達からこうも言われては、奮い立たぬ筈が無い。その気恥ずかしさが自然と笑いに替わっていくのを感じていく。

「……くっ……ふふ……いやはや全く。敵いませんね、お二人の言う通りです。不肖の身である私があれこれ考えても致し方ない事、今は全力でサリバンを討ち果たす事だけを考えましょう。……しかしダズトさんとリィナさんには助けられてばかりですね、いつかこの御恩は必ずお返し致します」

いつもの笑顔を取り戻したロキが立ち上がると、二人に向かって丁寧にお辞儀をした。

 このしっかりと感謝の念が込められた姿勢に対し、ダズトとリィナは真顔で一瞬顔を見合わせる。

「……別にオレは一般論を述べただけだぜ」

「あらあら、ダズトは『かわいい後輩が困っていたらフォローするのは先輩として当たり前だ』って言ってるのよ☆」

「言ってねぇ!」

「一般論の割にはとても想いが込もってたわね♪」

「あれは言葉の綾ってやつだろうが!」

 顔を上げたロキが二人の変わらぬやり取りを微笑んで眺めた。

 更にその様子をナタ老人が見つめる。一気に和やかになった雰囲気を不思議がっていたが、ロキの穏やかな顔付きを見て何か得心した様であった。

「ロキ将軍……良い意味でお変わりになられたのではないですか?あの二人、単なる闇の人間かと思っておりましたが……」

「ああ、彼らは確かに闇の者……とても善良とは言い難い人間だ。しかし私にとってはこの上ない先輩方なのだよ」

ロキの言葉にナタ老人は頷く他なかった。

(先輩後輩と言うよりは仲の良い友人同士に見える……。今のロキ将軍に必要な者は儂の様な忠実な部下ではなく、こういった友人達であるのかも知れぬな)

思いは声に出さず、ナタ老人は自嘲気味な表情で三人を見る。

 本当の所、ナタ老人の胸中はかなり複雑であった。これからテロ行為にも等しい悪事に手を染めるという中、この明るいムードに戸惑いを覚えている。しかもそれに加担する自身としても、これが決して悪い気分では無いのが尚の事混迷を深めていた。

(人の道を踏み外す瞬間とは……この様な心境なのか……?)

 まんじりともしない気持ちが年老いた武人の心をざわつかせる。しかし最早(もはや)、後戻りは出来ない。覚悟を新たにした老戦士は不安を打ち消すが如く、手の汗を固く握り締めるのであった。

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