Battle of dead end
《登場人物》
ダズト
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。自己中心的な無頼漢。「神の欠片」に魅入られている。
リィナ
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」のエージェント。決して善人ではないが、ノリの良い明るい女性。
ロキ
闇の秘密結社「ダーク・ギルド」の新人エージェント。常に紳士的で冷静な男。その槍捌きは神業である。
閃光と爆発……からの衝撃と激震、そして闇と静寂。
カゲムラの自爆に因って、洞窟内は天地がひっくり返ったかの様な激しい落盤に見舞われる。一行はただ亀の如く身を固く防御を尽くし、爆発と崩落の両方に耐えうる他はなかった。
ある程度振動が落ち着き、これ以上の崩落は無いと踏んだ頃、漸く一行は自分達の置かれている状況を確認する余裕が出来てきた。
「みんな!無事かしら!?」
リィナの声が小さく反響する。どうやらそう大きくない空間に、閉じ込められているらしい。
「私は大丈夫です……しかし、これはリィナさんのバリアですか?今の爆発と崩落でビクともしないとは……」
暗闇で姿は見えないが気配から察すると、どうやら全員無事の様であった。
しかしカゲムラの命を賭した自爆攻撃は、それは凄まじいものだった筈。魔力を持ち合わせていないロキでも如何にリィナのバリアとは云え、あの爆発の規模を考えるとそう簡単に防ぎきる事が出来るとは思えなかったのだ。
「……確かにバリアを張ったのは私だけど……この魔力は……」
困惑しているのかリィナは何処か歯切れが悪い、これは何か予想外の事態が起こっているのか。
「こいつは……!どうなってやがる」
ダズトの声が聞こえると共に、青緑色をした光が闇の中を淡く照らし出す。ダズトが懐から「神の欠片」を取り出したのだ。その光により徐々に周囲の状況が明るみになってゆく。
リィナを中心に半径十メートル程のドーム状にバリアが展開され、崩落してきた瓦礫はおろか砂埃でさえをも遮り一行を護っていたのだ。
リィナは爆発の瞬間、確かにロキとダズトの間に入ると、二人も護るようにバリアを展開した。しかしバリアは範囲を広げる程その強度は低下していく、それを補う為には魔力を逐次つぎ込まなければならない。リィナの魔力を以てしても、これだけ広くバリアを展開し、かつこれ程の質量とエネルギーを防ぐなど不可能な筈なのだ……そう、本来は。
「ダズト!あなた『神の欠片』の力を引き出したの!?」
驚いたリィナがダズトに詰め寄る。
自身が造り出したバリアが崩壊しないよう、ダズトもとい「神の欠片」から強大な魔力が溢れ出してこれを支えていたのだ。
「……チッ、オレがそんな事するかよ」
以前に「欠片には頼らない」と啖呵を切った手前、ダズトは少々決まりの悪い顔で手にした欠片を見つめる。しかし実際「神の欠片」は発光し、こうして膨大な魔力を放っているのだ。
ではダズトは無意識に「神の欠片」から力を引き出したのだろうか?
「『神の欠片』自身が己を護る為にリィナさんに手を貸した……とは考えられませんか?」
片手で顎を摘まみながらロキが私見を述べる。しかしリィナは何か深く考え込んでいる様子であった。
「それも在るかもしれない、でもこれは多分……」
リィナはある仮説を立てる。今回、僅かではあるが「神の欠片」の魔力がリィナにも流れ込んできた。魔法使いとして非常に優秀なリィナは、それにより欠片の機微を感じ取ったのだ。勿論、人ならざる欠片の気持ちを真に理解する事など不可能ではあるのだが。
「……この『神の欠片』ひょっとして、あなたの事が好きなんじゃないかしら?」
「テメェ……とうとう本格的に頭がイカれちまったか?」
ダズトを見つめて、これまた妙な事を言うリィナ。対しダズトは蔑むような、もしくは憐れむような表情でリィナを見やった。
「そりゃ半分くらいは勘だけどさ、女の勘ってなかなかバカに出来ないモノよ?ダズトだって実の所、心当たりがあるんじゃなくて?」
正直リィナもこの仮説にはかなり無理があると思っている。だが欠片の魔力に触れ察知した、リィナの感覚ではそう表現する他は無かったのだ。
一方ダズトの方も二度目の夢を見た以降は(そもそも炎の夢と、欠片の因果関係は定かでは無いが)この「神の欠片」はダズトにとって不快な共鳴は一切行わなくなっていた。それ所か偶に懐から出してやると、まるで意思があるかの如く、優しい柔らかな光を放つようになっていたのだ。言われてみれば、それは喜んでいる様に見えなくも無い……のかも知れない。
「……ふ~ん、あるんだ?心当たり」
ほんの数秒であったが無言になっていたダズトに、リィナがジト目で顔を覗き込んできた。
「チッ、くだらねぇ事言ってんじゃねぇよ」
ハッとしたダズトは何故か慌てた様に横を向き、リィナから目線を逸らす。
「あ~あ、恋のライバルがまさか神様だなんて……ダズトも罪な男よね」
その態度にうすら察したリィナが、大仰に両手を上に広げるのだった。
「くっ……ははは!いやはや、何とも。もう少し見ていたいのは山々ですが……お二人とも今はそれくらいにしておいて、当面はここからどうするか考えましょう」
まるで夫婦漫才。二人の掛け合いに遂に堪え切れず、ロキが吹き出しながら仲裁に入ってきた。事実、現在一行は地下深くに生き埋めになっているのだ。爆発と崩落こそやり過ごせたにせよ、未だ予断を許す状況ではない。
「ふん……全くだ、このままではいずれ空気も無くなっちまうからな」
溜め息を吐きながらダズトがそう言い終える直前、手にした「神の欠片」の発光が次第に弱まっていき、辺りは再び闇へと包まれた。
同時にバリアが解かれ岩盤が軋み、遮られていた砂埃が漂ってくる。一行は空間の崩壊を警戒したが、どうやら心配は無さそうであった。
粉塵爆発に注意しながらダズトが剣先に火を灯し、リィナも照明代わりに火球を掌の上に作り出す。残りの空気を気にしてか、どちらも極小さな炎であった。一行は最小限の明かりを頼りに、この空間を調べてみる。
「……どうやら床が陥没して、さっきまで居た場所よりも深くまで落ちちゃったみたいね~……あ!この横穴、通れそうじゃない?」
リィナが調べていた側に大きな岩盤が二つ、それぞれ凭れ掛かる様になっていた。そしてその二つの岩盤の境目に、人一人がギリギリ通り抜けれる程度の隙間が開いている。
横に居たロキがおもむろに中の様子を窺った。
「……これは地上ではなく、おそらく更に地下深くへと続いているようですね」
「ふん、だからと言っても行くしかねぇだろ」
ダズトの言葉に三人は顔を見合わせ、リィナとロキが頷く。
そして剣に火を灯すダズトを先頭に、ロキそしてリィナが続いて隙間へと入って行った。
どれくらい進んだのであろうか、もうかなり深くまで来た筈だが、一向に先が見えない状況が続いていた。しかし、行き止まりでは無いのは希望にも思える。幸いにも隙間は何とか通れるくらいには、その幅を維持していた。
尚も暫くの後、余りの息苦しさにリィナが弱音を吐こうとした瞬間。ダズトの剣先の炎が突如として掻き消える。
「どうしたの?」
「光が見える……しかし、何だ?」
「ふぅむ……確かに青色に光っていますね、一体何の光でしょう」
最後尾のリィナからは見えなかったが、二人の目には出口らしき物が映っているらしい。一行は慎重に光の方へと向かって行った。
「え?何よ此処!」
最後に抜け出したリィナが、思わず驚いた声を上げた。
「どうなっているのかしら?」
「まさか海の底に繋がっているとは。しかし何故、空気が……そしてこの光は一体?」
ロキも興味深気にこの水中トンネルを内側から見回す。
其処は不思議の空間。地面は海底であり、他三方は海そのものに囲まれているにも関わらず、どういう訳か空気が存在していた。詳細は不明だが、かなりの広さがあるドーム状の空間の様だ。
「ちょ、あれ見て!すご……!」
リィナの遥か頭上……天井と言っていいのであろうか、大きな魚が悠然と泳いでゆく。また他の場所では魚群が走りキラキラと光を反射させていた。
これは何らかの力場が発生し、海底に空気溜まりが留まっているのか。光の方は此処の空気に含まれる魔力が、何らかの作用で発光している様である。
「……驚く事はねぇ全て『神の欠片』の仕業だ。間違い無い、在るぜ此処に」
ダズトは冷静に答えると、警戒を怠らず空間の中心部へと歩みを進めて行く。それに倣いロキとリィナも即応出来る体勢を取りながら、ダズトの後ろに付いていった。
水中ドームの中心部に一人の少女が佇んでいた。生気の無い虚ろな表情で、何処を見ているのか只ぼうっと一点を見つめている。
「……テメェがアーデルハイドか『神の欠片』を渡して貰うぞ」
少女は余りにも微動だにしないため、蝋人形かと勘違いしそうであったが、ダズトの言葉に反応するとゆっくりと此方に振り向いてきた。
「あたしを知ってるの?オジサン」
オジサンと言われ、ダズトの眉がピクリと少し上がる。これに後ろのリィナが必死で笑いを堪えて頬を膨らませては、ロキを慌てさせた。
このアーデルハイドという少女。ボブカットの金髪にカチューシャを付け、赤と白の刺繍が入っているシャツにフレアスカートを履いた、至って普通の町娘らしい装いである。
「『海の泪』を取り返しに来たのね……大方、島の住人の手先でしょ」
「島の住人なんぞ関係ねぇが、やることは変わらんか。ともかくもそいつは頂いていく」
「……あんたはあたしと同じ力を持っているのに海を汚すの?」
「海なんぞ知った事か、テメェらだけで勝手に争ってろ」
無表情で話す少女に、ダズトは面倒臭そうに返答した。こうして会話している分には「神の欠片」に魅入られたとはいえ、一見精神までは取り込まれてはいないように見える。
しかし、次の瞬間。急に俯いた少女は呻き声を上げ、頭を激しく左右に振りだすと髪を掻き毟り始めた。
「……うう……誰も!殺したく無い!……けど!あたしの中の殺意がっ……もう!ああ……ダメ!もう!……抑えっ!られない……!ああ!」
「……ふん、少しはマトモかと思ったが、やはり蝕まれてやがるな」
当たり前の事。「神の欠片」の力に、年端もいかぬ少女が耐えられる訳が無いのだ。
これにはリィナも「あちゃ~」と言いたげな顔を、ロキは悲哀の籠もった眼差しを少女に向けた。
「殺っ……!ああ!いやっ!全部……全部!殺す!殺して……!いやだ!殺して、殺してしまえば!海は!……救われる!海を!……海を救うには!それしか!ああ……そうだ……殺して……殺してしまえば!」
「……チッ、キラーハイジめ」
錯乱する少女、アーデルハイドをダズトは〝キラーハイジ〟と呼んだ。言い得て妙である。
振り回していた頭がピタリと止まった。興奮し過呼吸になっているのだろう、上下に肩だけを喘がせながらゆっくりと顔を上げてゆく。その明らかに常軌を逸し血走った眼は、ダズトですら咄嗟に身構えさせる程の殺気を放っていた。
「……は?嘘でしょ……!」
ダズト達とは反対側、キラーハイジの後ろにあった岩と思っていた黒い塊が緩やかに動き出す。
「海竜!」
リィナを始め、一行に緊張が走った。
竜もしくは龍と呼ばれる生物は魔物の中でも最上位に位置する。その強さは一国の軍隊にも比肩し、古来より人々から恐れられてきた。
種類も様々であり、その生息域は海の中や森に空、土の中から果ては火山までと幅広く、人と生活圏が被る事もままあった。その為、人は古より竜に挑み戦ってきた歴史がある。
「海竜……まさか竜族を使役するなんて、ここまで来ると『神の欠片』ってほんと何でもアリよね~。こんなに強大なら、私に少し分けて欲しいくらいよ☆そしてこの魔力……やっぱりシーグリフォンを操っていたのも、あの津波もこの娘の魔法だったんだわ」
軽口を叩きながらもリィナは、両手に魔力を集めて臨戦態勢を整える。
「ああ……さあ!命を……あんた達の命を!この海に捧げなさい!」
いつしかキラーハイジはその手に戦斧を握り締め、海竜に号令を言い放った!呼応した海竜が咆哮し一行に迫る!
「ここは私にお任せを、過去に二度ほど竜を討伐した経験があります故」
そう言ってロキが一人抜きん出た!
「竜を一人で?大丈夫なの?」
「さて、どうでしょうか……しかし出来ぬとは申しません」
すれ違いざまリィナが気に掛けるが、ロキは依然一人でやる気であった!
「ふん、良いだろう。あのトカゲはテメェがやれ」
「承知致しました。ダズトさん、リィナさんもどうかお気を付けて」
ダズトの許可を得たロキは、圧倒的な闘気を放つと海竜にぶつける!海竜は一瞬だけ僅かに怯んだが、直ぐに怒りを露わにしてロキに襲い掛かっていった!
ロキはまず海竜を二人から引き離すべく、一旦背を向けて走り出す!怒り狂った海竜がそれを追う!その最中!ロキは過去を思い出す様に独り言を噛み締めていた!
「以前に討伐したのはボロポス火山に棲まう炎龍だったか……あの時は私の指揮の下二百人余りで挑んだが、我が不明により三十人程の犠牲者を出してしまった……しかし、この海竜はあの炎龍より二回り以上も小さい……」
満足のいく距離まで引き離した事を確認すると、ロキは槍を振りかざし迫り来る海竜に向き直る!
「……ならば、私一人でも十分に勝機はあろう!」
反転したロキの槍は神速を以て、逆鱗に触れたかの如く襲い来る海竜の額を穿つ!しかし竜の鱗は硬く、ロキの槍ですら一寸突き刺さるのがやっとであった!この思いも寄らぬ反撃に、驚いた海竜が激しく首を擡げる!ロキは突き刺さった槍ごと上空に舞い上がった!
「やはり硬い……生半可な攻撃では倒し切れぬな」
槍を貫き通せなくともロキは冷静である!海竜が首を振った勢いで抜けた槍と共に吹き飛ばされるが、しっかりと受け身を取ってすぐさま立ち上がった!直後!海竜が大きく息を吸い込む!
「吐息が来るか!」
ロキは槍を横一文字に構え、海竜の攻撃に備えた!
竜は爪や牙は勿論の事、吐息も非常に危険である。その効果は多岐に渡り、火炎や吹雪に雷などオーソドックスな攻撃もあれば、中には腐食させる酸や猛毒などを吐き出す種も存在していた。
ゴオオッ!
海竜のブレスがロキを目掛けて放たれる!ロキは真横に跳んでこれを回避!吐息を浴びた地面が粉々に粉砕され巨大な穴を作り出した!
基本的にブレスの威力や範囲は躯の大きさに比例する。竜(龍)は死ぬまで大きく成長していく為、齢を重ねた竜ほど体躯が大きく、ブレスも危険性が高かった。この海竜はそこまで大きくない所を見ると、まだ若い個体なのだろう。
「むぅ凄まじい威力……この衝撃は振動?……そうか音、超音波のブレスか!」
ロキの見立て通り、海竜は基本的に水中に棲む竜族だ。水の中で音による攻撃は効果は抜群であろう。しかしこの場所は海中とはいえ陸上とほぼ同じ環境下である、すなわちブレス元来の威力その四分の一以下にまで低下している筈であった。
「減衰してこの威力とは……いやはや恐ろしい、水中でなくて助かりました」
口ではそう言いながらも、ロキが泰然とした態度を崩す事はない!更に立て続けに吐き出された超音波のブレスを紙一重で回避し続ける!
ブレスは予備動作が大きく、加えてこの威力と範囲であれば、ロキ程の手練れならば見切るのは容易い!その応酬によって地面には無数の穴が空いていった!
(さて、幾つか倒す手立ては思い付きましたが……)
避けながら策を思案していたロキが、思い切って海竜に接近していく!けたたましい鳴き声を上げた海竜が、より強いブレスを吐こうと頭を起こした!すかさずロキが一気に距離を詰め、刺突の射程内に収める!海竜がブレスを吐こうと口を大きく開けた!そのタイミングを見計い地を蹴って飛翔!ロキの神槍が竜の口腔内を貫かんと迫る!
「ぬぅっ!しまった!」
竜のブレスと槍を覆うロキの闘気が錯綜!零距離でのブレスの威力はロキの予想を超えて闘気を消し飛ばした!衝撃に耐えきれず槍が破砕!咄嗟に槍から手を離したが、持っていた左腕が激しく痺れる!
ロキは決して油断した訳では無かった!先だってのカゲムラとの死闘!その余波がここにきて、ロキの闘気に綻びを生じさせたのだ!万全な状態であれば、また違った結果だったであろう!
海竜から少し距離を置いて着地したロキは、左手を握り込み問題の無い事を確認する!そして腰に佩いていた普段は滅多に使わない、やや長めの短剣を手に取った!その顔はいつも通り冷静そのものである!
「これもまた一興、かくなる策は」
抜剣したロキが再び海竜に肉迫する!海竜も唸りブレスでロキを迎え撃つ!今度のロキは海竜の背後を取るような、回り込む動きで回避しつつ接近!
海竜は長い首を旋回させロキを狙うが、相応に回り込まれるとブレスが自身にも及ぶ為、迂闊に放つ事が出来なくなる!しかし替わりに海竜の尾がロキを襲った!長く撓やかな硬い尾が、鉄鞭の如くロキを何度も打ち叩く!
「むっ……はあっ!」
闘気を纏わせた短剣で迫り来る海竜の尾を幾度も打ち払い、遂には刃が届く所まで辿り着く!そしてロキはそのまま海竜の背中を駈け上がって行った!
(私の記憶が確かであれば……!)
かつて炎龍を討伐するにあたり、ロキは他の様々な種類の龍・竜族についても調べていた。過去の文献や資料を読み漁り、その中には海竜の弱点に関する記述が在ったのを覚えていたのだ。それは「左の肩甲骨から七本目と八本目の肋骨の隙間」そこが海竜の急所と記されていた。其処を突けば一撃で倒す事も可能と書かれていたが、古文書故に信憑性が定かではないのもあり、ロキは初撃では狙わなかったのだ。
しかも海竜の大きさを考慮すれば、今ロキが持つ短剣は全て刺し込んだとしても、急所まで届くかどうか微妙な長さであった。
「……!ここだ!」
文献に記載された通り、その箇所のみ鱗が逆立っており隙間が空いている!狙いを見据えたロキが硬い鱗の狭間に短剣を突き立てた!剛力を以て短剣が柄部まで深々と押し込まれる!
「むうっ……!」
ここでロキは海竜の尻尾に打ち据えられてしまう!両腕でガードするも、海竜が仰け反ったのもあり、叩き落とされてしまった!直ぐに受け身を取るが、とっくにブレスを吐く準備を完了していた海竜の口が、ロキに向けて開かれている!
「手応えが有ったので少々油断しましたか……私もまだまだ未熟ですね」
ロキがそう言うと海竜はブレスを吐く事無く、口を開けたままダラリと舌を垂らし白目を剥いて卒倒!ロキが立ち上がった時、既に海竜は絶命していた!
「悪くはありませんでしたが、やはりカゲムラ殿と戦った時の様な昂揚感には敵いませんね。……惜しい武人を亡くしました」
海竜を屠ったその場で、ロキは改めてカゲムラの死を悼んだ。
いとも簡単に海竜を斃したかにも思えるが、これはロキだからこそ成し得た偉業である。そもそも常人には竜のブレスを見切り、紙一重で避け続ける事は疎か、その背を駈け上がるなど到底不可能なのだから。
この男、一体何処まで強いのか。カゲムラの言葉を借りて言えば、当に鬼神の如き強さである。
ロキが海竜を引っ張っていった直後に話は戻る。
睨み合うダズトと少女。暫くの間お互いの耳には、ロキの足音と海竜の這いずる音が聞こえていた。音は少しずつ遠ざかっていき、やがて辺りを静寂が包み込む。その静けさを破り少女が口を開いた。
「産まれし命は蒼き奔流、捧げし命は赤き血潮……全てはこの美しい碧海の為に……」
目に鬼火を燃やした少女ことキラーハイジ!その白く細い腕の何処からそんな力が出てくるのであろうか!大の大人が両手で持ち上げるのもやっとであろう巨大な戦斧!それを片手に一つずつ、両手で二挺持つ!そして!あろうことか軽々と振り回すとダズトに刃を向けた!
「あんたを殺せば少しは海も綺麗になるのかな?なるんだよね?……ついでにあんたの力も海を綺麗にするために使ってあげるよ」
「ほざけ」
キラーハイジの言葉にダズトは只それだけを返すと、剣を引き抜いて相手と同じ様に刃を向けた!二人の間を激しい殺気が飛び交う!それはまるで陽炎の如く空気が揺らめいて見える程であった!互いの殺気で肌がピリ付き、再び一瞬の静寂!刹那!キラーハイジが跳び込み、ダズトの胸部を薙ぎ払いに掛かった!
「いぃやああああ!」
キラーハイジの叫声が響く!ダズトは頭を屈めてこの猛襲を回避!更にもう一方の戦斧が、ダズトを叩き斬らんと頭上から振り下ろされる!
「チッ!」
予想以上の迅さにダズトは反撃の糸口を掴めず即座に数歩後退!何とか二撃目も回避に成功!振り下ろされた戦斧がそのまま空を切って地面をかち割った!砕石が辺りに飛び散り、幾つかの破片がダズトに向かう!
「舐めやがって!」
盾で砕石を払い除け直ぐに付け入る隙を窺うが、キラーハイジもダズトの打ち込みを既に警戒していた!
或いは重そうな見た目の割に、少女でも持てるような軽い戦斧かとも思えた!ところが現実は見た目以上の質量を有しているらしい!それが驚異的な速度で振り回されれば、どれ程の破壊力を生むのか!筆舌にし難い!
「なかなか死なないのね、思ったより殺すのって難しいんだ」
キラーハイジは怪訝な顔でダズトを見やるとそうぼやいた。
動きや太刀筋は全くの素人!しかし!それを補って余りある膂力と迅さ!ダズトの小盾でもしも、この大質量の戦斧を正面から受け止めようものなら!おそらく防ぎきれずに叩き潰されてしまうであろう!
「……チッ面倒臭ぇな」
ダズトは当然その事実を理解している!つまりはキラーハイジの攻撃は躱すしかないのだ!加えて先のシャッツォ一派との戦闘で、かなり生命力を消耗している!多少は回復していたものの、大掛かりな異能を発動する事はまだ不可能であった!
「ああ!早くっ……!早く死んでよぉ!あたしが殺してあげるからさあああ!」
キラーハイジが真っ赤な目を見開きながら絶叫する!胸の前で戦斧を持った両手をクロスさせると、ロキにも匹敵しうる高速で一気にダズトに迫った!
「クソったれめ……!」
片方の斧は間一髪で回避したものの、余りの迅さにダズトは体勢を崩してしまう!これではもう一方の戦斧を躱す余裕が無い!背に腹は代えられず、ダズトは咄嗟に盾を前面に押し出した!
「……!?なんでよ!なんで死なないのよ!ねえええ!」
キラーハイジの激烈な一撃は、ダズトを盾ごと叩き斬るのも十分可能な筈であった!だが結果としてダズトの盾は正面からキラーハイジの戦斧を受けて押し止めている!
明らかに不自然な現象!何らかの方法で戦斧による攻撃エネルギーを吸収・分散したのであろうか!それこそ強力な魔法障壁でも無ければその様な事は不可能であろう!
「……新しい玩具を手にしてはしゃぎたい気持ちは分かるげど、ちょっとおいたが過ぎるわね♪お嬢ちゃん」
後ろに控えていたリィナがクスクスと笑いキラーハイジを牽制した!
「……礼は言わんぞ」
「そんなの要らないわ。そもそも私はあなたの相棒なんだから当然よ☆」
「……ふん」
少し悔しそうに歯噛みするダズトに、リィナは得意気な笑顔を向ける!
この二人!長くコンビを組んでいるのは伊達ではない!距離の制限はあるが、ダズトの盾にはリィナの魔力でバリアを張れる仕掛けが施されていたのだ!これはリィナが近くに居れば盾前方の守りはほぼ鉄壁になる事を意味する!
当初より敵が一人であれば「直接戦闘に優れるダズトを、リィナの魔法で強化・援護し撃破する」という戦法で、これまで如何なる強敵も退けてきたのだ!ここ最近はロキの加入や対多人数戦が多かったのもあり、使用する機会を失っていたに過ぎない!
「せっかく殺せそうだったのに!邪魔しないでッ!あんたこいつの何なのさ!」
必殺の一撃を防がれた理由に気付いたキラーハイジが、溢れ出す殺気を乗せてジロリとリィナを睨んだ!その殺伐とした視線をさらりと受け流し、リィナはキラーハイジにも笑顔で応える!
「ごめんなさいね~お嬢ちゃん。そう簡単に私の良い人を殺らせる訳にはいかないのよ☆」
「あっははは!そういう関係なんだぁ!ならしょうがないね!」
「違う」
リィナとキラーハイジの妙な女子トークを聞いたダズトが渋い顔で短く否定!
「じゃあ寂しくないように、あんたも一緒に殺してあげる!」
キラーハイジの持つ「神の欠片」から溢れた光が彼女を包み込んだ!オーラめいたエネルギーが増幅していくのがダズト達にも目にも分かる!
「はああああ!」
戦斧を持つ両手に力が入りギッと音が鳴った!キラーハイジが数歩下がりダズトとリィナ両方を視界に捉える!そして右手を思いっきり振り下ろし、ダズトに戦斧を投擲!空を切り裂きながら高速回転する戦斧が迫る!続いて左手の戦斧を振りかぶりリィナを強襲した!
「調子に乗るなよ!」
ダズトは魔法盾で素早く戦斧を弾き飛ばす!一方!魔力の大部分をダズトに割いているリィナは、自身の防御に回す魔力が足りていない!
「こっちに来ちゃったか、仕方ないわね」
とはいえそこは織り込み済み!自身の直掩として事前に展開していた雷撃魔法が、キラーハイジを迎撃すべく撃ち放たれる!しかしキラーハイジを包むオーラに阻まれ、雷撃は多少の衝撃を与えたのみ!
「あはははは!くすぐったいねえ!ちょっと痺れるけど、この程度であたしは止まらないよ!」
「……でしょうね、でもそれで十分なのよ」
確かに雷撃はキラーハイジを一瞬たじろがせただけ!だがその一瞬によって、押っ取り刀で駆け付けたダズトが間に合う!
「余所見してんじゃねぇぞ、テメェの相手はオレだ」
逆にダズトがキラーハイジを側面から強襲!完全に虚を突かれたキラーハイジは、ダズトの剣を戦斧でなんとかガード!
「今度はあんたが邪魔するの!?それならやっぱり!あんたから死んでよおおお!」
充血した目で再び目標をダズトに切り替え、キラーハイジがヒステリックな声を上げた!ガードした戦斧をそのまま振り上げダズトを狙う!
「ダズト!横からも来てるわ!」
リィナが危険を叫ぶ!この時!ダズトの注意はキラーハイジの振り上げられた左手にしか無いように思えた!
キラーハイジが投擲しダズトに弾かれた筈の戦斧が、ブーメランめいて投げた本人に戻ってきている!丁度ダズトの真横から迫り来る戦斧!まさに一人十字砲火!
「問題ねぇ……!」
ダズトはまず正面から振り下ろされた戦斧を紙一重で見切り躱すと、右手の剣で恐るべき迅さの突きを放つ!……と見せかけ!敵の注意がダズトの剣先に向いた所を、左手の魔力を帯びた盾で裏拳の如く、キラーハイジが振り下ろした戦斧に強かにぶつけた!
「あううっ!」
横から盾に弾かれた戦斧は、そのまま飛来してきた戦斧と衝突!激しい音と共に衝撃がキラーハイジを襲う!
「やるじゃない!流石ダズト♪」
「ふん、こいつの力量は大体判った。そろそろ終わらせる」
ダズトはキラーハイジに引導を渡すべく、改めて剣を構え直した!
「……うう!ああ!なんでっ……!なんで死なない……!殺せないの……!?これじゃあ海が……海が救えない!」
キラーハイジが俯いてゆらゆらと立ち尽くす!その両手にはまた戦斧が戻ってきていた!
「……あたしは……殺せっ……いやあ!殺す!殺す……!殺せない……誰かっ!殺す!殺す!もうっ!……誰か、たすけ……殺す!殺す!殺すッ……!」
意識が混濁し出す少女!もはや完全に「神の欠片」に呑まれようとしているのか!
「は!ざまぁねぇな……楽にしてやるよ」
ダズトが身を低くして突進!直後!キラーハイジの震えがピタリと止まり、幽鬼の如き眼を爛々と光らせダズトを見据えた!
「ああああああああ!」
狂気めいた叫び声!並みの者が聴けば、それだけで失神しかねない強烈な叫喚!そして二人の激しい攻防が始まった!
キラーハイジの猛攻!猛攻!そして猛攻ッ!余りの迅さの為に遠目からは黒い竜巻にも見えたであろう!その荒れ狂う戦斧の暴風を、ダズトは全て瀬戸際で躱し続ける!リィナの魔法で身体能力も強化されたダズトは、キラーハイジの攻撃を巧みにあしらい!相手の力をも利用していなし続けた!
如何に「神の欠片」からロキにも劣らぬ膂力と迅さを得たとしても、太刀筋や技術は素人となにも変わらないのだ!只々がむしゃらに!益々むちゃくちゃに!実際よく見ればキラーハイジは両手の戦斧を振り回しているだけである!
「お互い人間の動きじゃないわね……よくやるわ」
二人の動きを目で追うのを諦め、リィナは嘆息した!例え無節操な攻撃でも、その迅さと破壊力は脅威には違いない!ダズトは冷静に太刀筋を見極め、いなし、回避する!
「……漸く限界か」
どれくらい戦斧を避け続けたのであろうか!キラーハイジの攻撃速度が極限を迎え、本人にすら制御不能となった瞬間!ダズトの剣が一筋の閃光となる!キラーハイジの纏うオーラを穿ち、稲妻の如くその心臓を貫いた!
「あっ……!」
ビクンッ!と、虚空を見つめキラーハイジの動きが一瞬停止!次の瞬間!ダズトは一気に胸から剣を引き抜く!鮮血がキラーハイジの胸に真っ赤な華を咲かせた!
「……!ああああああ!」
再び絶叫!致命傷を負ったにも関わらず!キラーハイジはまたもや戦斧を振り回し始める!
「……チッ!最期まで悪足掻きを!」
ダズトは舌打ちし、躱しながら距離を取った!
キラーハイジは何も見ずに、只その場で戦斧を振り回し続ける!しかし、徐々に速度を落としていき最終的には戦斧を手に握ったまま仰向けに倒れた!
キラーハイジの充血し見開かれた眼に、何処までも広がる蒼海が映る!忘れていたが此処は海の底なのだ!
「……はっ……はっ……ああ……海が……はっ、海が……綺麗……あたしは……なんで、もう……何も……分からない、はっ……もう、何も……!」
キラーハイジ……いや、今や普通の少女アーデルハイドか。その目に涙が溢れる、そしてゆっくりとその瞼が閉じられていった。流れた涙が頬を伝わって海底の土に染み込んでいく、この涙もいずれ海の一部となるであろう。
「……ふん、手こずらせやがって」
ダズトは剣を鞘に収めると、アーデルハイドに近づきその亡骸を見つめる。その眼差しは僅かだが憐憫めいたものであった。
「神の欠片」から出ていたオーラが少しずつ弱まり消えていく。全てのオーラが失われた時、少女の体から「神の欠片」が転がった。
「己に過ぎた力は身を滅ぼす……そういうことだ」
ダズトは欠片を拾い上げると無感動に懐へしまう。
勝負が決したのを見届けたリィナが、アーデルハイドの顔を覗き込む様に横でしゃがんだ。先程とは打って変わり、少女の顔は今や穏やかなものである。
「自業自得とはいえ可哀想な事をしたわね」
「誰も殺さずに死ねたんだ、感謝されても恨まれる覚えはねぇぜ」
「そうね『神の欠片』にあそこまで呑まれちゃ、もう長くは保たなかったでしょうし……この小さな身体では既に限界だったのかもね」
せめてもの贐にリィナはアーデルハイドの顔に残る涙の跡を拭き、ボサボサになった髪も丁寧に整えてやる。こうして見れば本当にあどけない普通の少女なのだ。
「どうやら其方も終わったようですね」
ここで海竜を撃破してきたロキが合流を果たす。
「相変わらずタイミングいいわねロキ君……もしかして測ってた?」
「これは手厳しい、全くの偶然ですよ。……しかし御都合主義の観点から言えばそう思われるのも栓のない事でしょうか」
リィナの皮肉混じりの冗談に、ロキもネタを混ぜた冗談で返した。立ち上がったリィナは、ロキに自分の教育がよく行き届いていると思いふふっと笑う。それにつられてロキも口角を上げた。
「おいテメェら……」
不機嫌そうなダズトの言葉が二人を真顔に引き戻す。だがダズトは二人に構う事無く何かを警戒しているのか、しきりに付近の様子を気にしていた。言葉を続けないダズトに、リィナは訝しげに口を開く。
「どうしたっていうのよ」
「……この場所を造った奴が亡くなり、それを維持していた力が失われたらここはどうなると思う?」
「……そりゃあ、ねぇ」
ハッとしたリィナがロキと顔を見合わせた、まさにその時!天井(目には見えないが)の至る所に穴が開いて海水が侵入してくる!空間を形成していた力場が崩壊しつつあったのだ!ダズトの危惧した通りこの場所が潰れるのも時間の問題であろう!急速に上昇してきた水位は、一行に危機感を持たせるのに十分であった!
「だろうと思ったぜ」
ダズトは既に足首まで上がってきた海水を苦々しい顔で見やる!
「ちょっと……どうするのよ」
「さあな、死にたくなきゃ死ぬ気で泳げ」
「いや、どっちよ!」
ツッコミを入れながらリィナは内心慌てた!何せ立て続けの戦闘で、魔力はかなり乏しくなっていたのだ!しかもそれはダズトも同じ!平常を装ってはいるが体力や生命力は限界に近い!
「むぅ……これは些か困りましたね」
二人の様子にロキも思いあぐねる!ロキはダズトやリィナほど体力に余裕が無い訳ではなかったが、重い甲冑を着込んでおり今は櫂代わりの槍も無い!仮に甲冑を脱いだとしても、二人を引き連れて海底から泳ぎ浮上するのは流石に自信が持てなかった!如何にロキと雖も相手が人や魔物ではない、大自然ではその対応に限界もあるのだ!
瞬く間に水位は嵩を増していき、早くもダズトの胸下まで来ている!リィナは不安気にダズトの肩に掴まった!
そして!とうとう完全に空間が潰れ、全てが海中に沈む!四方を水で囲まれた光も殆ど届かぬ海底に一行は放り出された!
此処が水深何メートルなのかは不明だが、恐らく百メートル近くはあると思われる!直ちにリィナがバリアを張り水圧に対抗!とはいえ呼吸が出来ない状態で、果たしてどれくらい持ち堪えられるのであろうか!
一行はロキの先導で少しずつ浮上を開始!しかし!程なくしてリィナが窮してしまう!どうにかバリアは維持していたが、それも時間の問題!ダズトも苦悶の表情!もはや限界ギリギリであった!
(いけない!このままでは……!)
ロキが必死に打開策を考えるも、良い案はなかなか浮かんでこない!一歩間違えばロキ自身も危険に陥りかねない状況!このまま一行は海の藻屑となり果ててしまうのであろうか!?
――キィィィイーン――
「……!」
この絶体絶命のピンチにダズトの持つ「神の欠片」が突如反応!一行はダズトを中心とした、柔らかな光に包まれた!
「……ガハッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「大丈夫ですかダズトさん!リィナさん!」
咽せて水を吐き出すダズトとリィナ、その背中をロキは交互に摩り労る。
「ケホッ……ケホッ!私は平気、ケホッ!……でも、何がどうなった訳?」
「解りません。ダズトさんから不思議な光が現れたと思ったら、気付いたらこの場所に……」
其処は砂浜であった。海を隔てた少し向こうに、薄い煙が立ち上るシチボシ島が朝日の中で浮かび上がって見える。どうやらこの砂浜はシチボシ島近くの小島らしい。
「ゴホッ!チッまたコイツがでしゃばったようだな……ま、結果助かったがよ」
咽せつつもダズトは懐から二つの「神の欠片」を取り出す。アーデルハイドから回収した欠片は何の反応も示してはいないが、ダズトと共鳴した欠片は微かに淡い光を放っていた。
「ふぅむ、この欠片がダズトさんに好意的なのは間違い無いようですね」
「なんだかんだラブラブじゃない、妬けちゃうわ」
「……テメェら、実は面白がってんだろ」
ロキからは好奇の目を、リィナからは呆れた視線を向けられたダズトが、うんざりとして言い返す。ダズトにしてみれば不可抗力なので、どうしようも無いと云うのがまた、苛立ちを募らせる原因なのだった。
美しい朝焼けが美しい海を白く照らし出す。コシーネ、カゲムラ、そしてアーデルハイド。この戦いで散って逝った者達が決して観ることの叶わぬ光景は、この一行にはどう映っているのであろうか。思うに普段の早朝と何も変わらないのだろう。そう、彼らの旅はまだ続いて行くのだから。
数多の敵を打ち払い、幾多の困難を乗り越えて、遂に一行は新たな「神の欠片」を手に入れた。だがそれはこの世界に生きる人々にとっては甚だしい凶報であろう。なぜなら世界はまた一歩、終焉へと進んだという事なのだから。
次なる目的地はアポロデア共和国。因縁めいたこの土地で、次は如何なる惨劇が幕を開けるのであろうか。
ダズト達「ダーク・ギルド」を待ち構える「ホワイト・ダガー」の精鋭、そしてロキとサリバンの確執。数々の燻る火種を抱え、運命の時は刻一刻と訪れようとしていた。