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プロローグ〜偽物だらけの星

この作品は、「空想科学祭2009」参加作品です。


 ――あれは、どなたの御代でしたか。

 帝に仕える女官の中に、熱烈な寵愛を受けた女性がおりました。


 物語は、そこから始まります。


 帝の寵愛を受けたのは、桐壺の更衣と呼ばれる美女。しかしこのべっぴんさん、致命的なまでに心が弱く。

 他の女どもの妬みや恨み、えげつないまでの意地悪に、日に日にやつれて行きました。そして、ついには儚くなってしまったのです。美人薄命と悲しむべきか、弱肉強食を生き残れなかった心の弱さを哀れむべきか。

 それでも桐壺の更衣は帝の子種を頂き、男の子をひとり産み落としておりました。

 この御子がまた母親に似て、たいそうな美少年。成長するにつれ、ますます美しく育ちます。


 これぞ、天下一の女たらし。

 イケメンの草分け。

 みやびやかなる、ケダモノ。

 そう、かの有名なプレイボーイ、源氏の君でございます。

 みやこの女性達はみな、源氏の君に夢中。ウインクひとつで、十人が卒倒してしまうありさまです――


 ――ここからは、後日談。

 物語の中でついに源氏の君が亡くなってからも、世の女性の妄想は止まらず。

 あれやこれやと、続編を書く始末。

 枕を濡らしながら、悲恋の物語を読み、描き続けたのでございます。


 それは、まじないが普通に行われていた頃。

 はるか、千年も昔の物語――



 今日も、夢の中の人はそんな話をおもしろおかしく聞かせてくれた。

 最近、よく見る夢だ。夢の中ではひとりの女性が、コウに話を聞かせてくれている。

 四季折々の花が咲く庭があり、庭の真ん中には小川が流れていて、赤い橋がかかっている。

 その人は、映像でしか見たことがない「和服」を着て、漆黒の髪を長く垂らし――まるで、時代劇の女の人のような格好をしている。

 夢の中でコウはその人の膝の上に座って、物語を聞いている。

 それがどこだかは、解らない。解るはずがない。

 コウが生まれたこの星に、そんな場所は存在する筈がないのだから。


 コウ・サオトメは、ハイスクールに通う学生だ。火星生まれの火星育ちだと、育ての親である叔母が教えてくれた。

 火星が地球人によって改造され、植民が始まったのは今からほんの三十年ほど前だ。惑星上に作られたドームの中で、人は地球に住んでいた頃と同じように生活をする。

 火星には、大小様々なドームが存在するが、その中でもコウの住むD―4ドームに居住するのは日系人がほとんどだった。

 元々、日系人は閉鎖的人種だという偏見の目で見られていた所に、この始末。「日本の猿は地球を出ても群れたがる」という失笑が必然としてわき起こったが――どんな陰口が聞こえようとも、D―4ドームを訪れる日系移民は後を絶たなかった。そこには合理性を第一とする諸国の人に「無駄」で「無意味」だと呼ばれる、独特の「郷愁」があったから。

 D―4ドームには、火星にはありえない、「四季」があった。

 もちろん偽物だ。見せかけに過ぎない。

 例えば、ドームの天井に映し出される「空」に浮かぶ雲の形や空の色が、季節によって違う。

 太陽暦の六月から七月にかけて、曇天が多かったり。「夏」には温度調整をわざと高く設定され、「冬」になれば低く設定される。

 二月にはものすごく冷え込む日があり、やがてゆるやかに春が訪れる。

 言い出せばきりがない。とりあえず、本当に無意味な事に様々な趣向が凝らせてあるのだ。

 快適な生活を手に入れながら、何故そのような無駄をするかと問われた時に、このドームの設計者は答えた。

 「それが、生活のメリハリだ」と。

 そんなD―4ドームでコウは生まれた。

 火星生まれで十七歳のコウに、そんなメリハリや郷愁は必要ない。無駄で無意味だと思う。空の色も雲の形も、所詮は作り物に過ぎないのだから。

 空も、緑も、四季も、ぜんぶ作り物、偽物だ。本物は、天文台から見えるあの「青い星」にしかない。

 それでも、コウは夢に見る。

 火星にはありえない、四季折々の花が咲く庭の情景を。

 流れる水の音や、風鈴の音。虫の音、鳥の声。朝夕の公園で聞くことの出来る「鳥の声」でも聞いた事がない、「テッペンカケタカ」と啼くのは、後で調べるとホトトギスの啼き声だった。

 音つきの夢、しかも聞いたことがない鳥の声までついてる夢を見られるのは、火星では自分ぐらいのものじゃないかなと、実はコウは思っている。

 コウは小さな頃に両親を亡くして、今は叔母に引き取られていた。

 だから、コウには両親の記憶はない。それどころか小さかった頃の記憶が、不思議なほど綺麗に、ない。

 父親が死んだショックで、忘れてしまったのだと叔母に聞かされていた。

 本当だろうか。

 たまに、考える。

 自分は火星生まれではなく、かつてあの青い星に住んでいたのではないかと。あの青い星が、自分にあんな夢を見せてくれるのではないのかと。

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