リレー ④ 天界音楽
荒れた廃村を、ちとせの持つ撮影用のトーチが照らしていた。あの場にいた誰一人としてマトモな明かりを持っていなかったのだ。
ちとせは片手にトーチ、ショルダーバッグには無理やり引っ掛ける形で鳥船から渡された市販の消臭スプレーを提げている。
気絶したキイチとちとせのキャリーケースは、タケルと鳥船が交互に運ぶことになった。最初はキャリーケースを持っていくことに難色を示した鳥船だったが、持ってきたカメラなどが高価であったこと、明かりを提供したのがちとせだということがあって妥協したのだ。
『こっち、こっちです!』
ミカの声が行く道を示す。
不気味に赤い月とちとせのトーチ以外に、相変わらず明かりはない。
(それにしても、考えれば考えるほどヤラセくさいわね……)
不気味な音に急かされるように走り出したものの、先頭を行く鳥船は落ち目どころか画面から消えた芸能人である。旅番組の撮影と言っていたが、それにしては時間も場所もおかしいし、撮影用のクルーもいない。
脅しの割には何も起きないし、ちとせには段々、これは手の込んだ心霊番組の撮影なんじゃないかと思えてきた。若い男二人も実はグルで、たまたま居合わせた彼女を面白半分に巻き込んだだけなのではないかと。
例の金色の光を放っていた男も、浮かんで道案内している半透明の幽霊も、最新の映像技術だと考えるとシックリくる。
(ということは、そろそろ何かあるわね)
前を行く男たちを照らしていた彼女は最後尾にいた。つまり、それだけ狙われやすいということだ。
そして、ちとせの予想通り、何者かの手が彼女の足を掴んだ。
「きゃあああっ!」
ちとせはここぞとばかりに叫ぶ。
そしてわざと転んでみせた。
これが撮影なのだとしたら、紅一点の自分が盛り上げなくてどうするのだ。ちとせの悲鳴に先を行っていた男二人も戻ってくる。
「ち、ちとせちゃん! 大丈夫?」
「どうした、何かあったのか!」
「あ、足がぁ……」
しおらしく返事をしてみせたが、男二人の反応は思っていたのと違った。
「うわっ……」
「あっ、こりゃヤベー。ほら、あれかけてかけて」
「はぁ……?」
いくらヤラセとはいえあんまりにもきつく足を握りしめてくる手に若干嫌な気持ちになっていたちとせは、自分の足元に改めて目をやり、息を飲んだ。
それはもはや手ですらなかった。
グズグズに腐った肉がこびりついた骨だった。
「は……」
明かりに照らされたそれにはワイヤーの仕掛けも何もなく、ギュッとちとせの足首を掴んでいたその骨はさらに彼女の足を引く。そして地面についていた左手の側でまたボコッと音がして、新たな手が彼女を拘束した。
「いやっ、いやいやいや、いやぁあっ!」
「ほら早くかけろ! ああもう、いい、俺がやる!」
キャリーケースを置いた鳥船がちとせの側にしゃがみこみ、彼女のショルダーバッグから引き抜いた消臭剤もとい除霊剤を勢いよく撒き散らした。
「よし取れた! これでいいだろ? そら、行くぞ! 立て、走れ」
「もうヤダ、もう無理ぃ!」
『あとちょっとで目的地ですよ!』
「ほら、ミカもこう言ってる」
「うう〜〜!」
泣く彼女の腕を鳥船が引っ張るが、へたり込んだちとせは動かない。しかし彼女たちに猶予はなかった。
ボコォッ……
「な…に……? 何の音?」
『は、はははは早く行きましょう!』
「えっ? あの手はもう追い払ったんだよね?」
怯えるちとせ、急かすミカ。
タケルが遠慮がちに尋ねると、ちとせを無理やり立たせながら鳥船が言った。
「だから、あくまで追い払うだけなんだよ。今の音、聞いたろ? 逆効果で怒らせちまった!」
「へっ!?」
「つまりだ、逃げろーー!」
「うわぁああああっ!」
ボコボコボコボコ……ボコボコボコボコ…… ……
音はどこまでも増え、大きくなり、走る彼らを追う。
足を取られやすい柔らかい土の上を、それでも懸命に彼らは走った。
誰も、後ろを振り返ることはしなかった。なぜなら、背後のナニモノカの存在の手がすぐそばまで来ていることを示すように、鼻に突き刺さるような腐臭が漂ってきているからだ。
ボコボコボコボコ……ボコボコボコボコ……!
不気味な音が聞こえる……。
ただでさえ暗い中、揺れる明かりのみが頼り。
視界も足場も最悪だ。
『こっち! こっち! 木の間を通ればアイツらは追って来られないから!」
「ちょ、待って……重……」
「くそ……代わろう!」
ここまでキイチを支えてきたタケルにも限界が来ていた。すかさず鳥船が交代する。タケルはその場に崩れるように尻餅をつき、肩で息をした。
『ここを抜けて登れば着きます。モタモタしてると、根っこを食い破って追いついてきますよ?』
「そんな、だって今、追ってこられないって言ったのに……」
ちとせがミカを責めるように見上げた。
ここまで走ってきただけでもうすでに彼女の足には疲労が蓄積しており、タケルの側に座り込んでしまっていたのだ。
それなのに、さらにこの雑木林を登れと言われる。しかも、かなりの傾斜がある坂だ。無理にも程があるとちとせは思った。
「俺は先に行く。泣き言より足を動かせ、止まると動けなくなるんだぞ」
そう言う鳥船はすでに、月明かりを頼りに木々の間を抜けながら坂を登り始めていた。ミカが心配そうにタケルとちとせを振り返る。
鳥船がいなければミカもいなくなる。
ミカがいなくなれば、誰が道案内してくれるのか。
ちとせは目許を乱暴に拭って立ち上がった。
「タケルさん、大丈夫?」
「あ、うん、平気だよっ……」
「わたしたちも、行きましょ。……あの、このキャリーなんだけど……お願い、してもいい?」
「う、うん! わかってる、僕が持つよ!」
まず間違いなくタケルなら言うことを聞いてくれるとわかってはいたが、ちとせは念のために上目遣いで彼の目を覗き込み、そっとボディタッチで「お願い」するという技を使っておく。タケルのようなタイプはこういうのに弱いのだ。
「ヤバい、い、急ごう!」
タケルが慌てて言う。
ヤツらの腐敗臭がまたしても漂ってきていた。
二人とも競い合うようにして鳥船を追い、坂道を登った。
そしてパッと拓けた場所に見えたのは、確かにそびえ立つ洋館であった。
だが、それは玄関部分がそれらしいと言うだけ……。
全容はおそらくかなり大規模なショッピングモールだったのだろう。店舗にしてワンフロアに三十ほどが入るほどの敷地面積になる予定だったのが、傾いた看板からわかる。
しかも二階建て構造だ。
改装どころか、これではほぼ別物である。
先程のサイレンはここから発せられたのだろうか?
それは何故? 何者が?
「んあ……オレぇ……? っげぇ、オッサン! 何してんだ!」
「気がついたのか」
開店する前に放棄されたショッピングモールの前で立ち止まっていると、自分の守護霊に気絶させられたキイチが意識を取り戻していた。
だが、事情を説明するより前に、
「い…え……」
「は?」
濁った女の声がして、四人と一体は振り向く。
そこには、汚れきった襤褸のワンピースを着た小柄な女がいた。伸び切った髪の毛と垢じみた手足。
女は彼らに手を伸ばした。
「いええ……!」




