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エンディング① 櫻井 ちとせ

 鳥船(とりふね)は壊れたサイレンの前で腕組みをする。「心を込めて」鳴らせと言われても、特段、あのゾンビたちに対して思い入れがあるわけではない。


『さて、ソッチはソッチで片付けてもらうとして、コッチも最後のお掃除をしておきますかぁ』

「なんだ? ……おわっ!?」


 ()の声に振り向いた鳥船の目に、部屋の隅に蹲った人影が映る。ギョロリと剥いた目玉が鳥船を睨んでいた。


「アレは……?」


 その問いには、ほとんど喋らない吽の方が答える。


『妄執だ。この男もまた、土地神とこの地の呪いに縛り付けられた存在と言える』

「男?」

『洋館の持ち主で、前回の生贄の父親だ。娘の魂を守るため、外道に堕ちた。あの込み入った建築の洋館も、この男が土地神やその手下を娘に近づかせまいとして作った結界だ。実際の建物はもう、この小部屋と手前のエントランスを除いて残っていないがな』

「なるほどな」


 ゾンビたちのような存在を作り出したのも、もしかしたらあの少女の父親なのかもしれない、と鳥船は思った。うつむいてオドオドしながらも、自分たちを結界の中に入れてくれたあの少女はどうなったのだろう。


 すべての魂が救われることを願って、鳥船は今度こそ鎮魂の祈りを込めて壊れたサイレンにスイッチを入れた。





◇◆◇





 ちとせは小さくクシャミをした。

 湖岸に焚いた火にあたり暖を取ってはいるものの、体を覆うためにもらった布の下は相変わらず全裸であるし、濡れた髪はなかなか乾かない。まだ夜中ということもあり肌寒さに拍車がかかっていた。


「大丈夫、ちとせちゃん」

「うん、ちょっと……」

「オレの体であっためてあげよっか」

「黙れキイチ! それくらいなら僕がやる。ほ、ほら、おいでよ、ちとせちゃん……」

「声ちっさ」

「うっさい!」


 女一人に男が二人、取り合いに(こう)なるのは自然であり必然と言えた。ちとせは満更でもない思いで微笑みながら、後ろから抱いてきたタケルに背中を預ける。


 彼女としてはどっちでも構わなかったのだが、体を重ねたアドバンテージの分、タケルの方を尊重したのだ。むしろ、ここでキイチを選んでいたら、それこそ彼らの関係にヒビを入れていたかもしれない。


 僅かな時間を一緒に過ごしただけではあるが、チグハグな彼らの友情を壊したくない。ちとせはそう思った。高校、大学、他の場所でも、似たような会話をしながら、殺伐とした空気を漂わせて本気で互いに潰し合うような男たちを見てきたからこそ。


(まぁ、性格的にタケルさんの方が御しやすいですしね〜)


 偽悪的な彼女は心の中で舌を出し、そんな自分の在り方に満足して笑った。


「あ、そうそう。ちとせちゃん、せっかくだからID交換しねぇ? 普段どこ使い?」

「あ、僕も僕も」

「いいよ〜、って、わたしのスマホないし! それどころかカバンもキャリーもない〜! はぁ、最悪……。全部買い直しなんて……」

「あちゃ〜! やっちゃったね〜」

「保険入ってないの?」

「ないです〜」

「ちとせちゃん、実家住み? 賃貸? 火災保険のオプションに付帯してないか見てあげようか?」

「タケルさん、ありがと〜! さすが、頼りになる〜!」

「いやぁ、そんな……」

「ヤベー、コイツちゃっかり部屋に上がり込む気じゃ〜ん! 気ぃつけなね、ちとせちゃん。ドーテーはしつこいからさぁ」

「童貞言うな! そんなんじゃないから、もうホントに黙ってろおまえ!」


 タケルがキイチの裸の胸を押すと、キイチはわざとらしく転がりケタケタ笑った。ちとせもそれを見て笑い、タケルも笑った。


「それにしても、写真、残念だったね。なんか、サイトにアップしてるんだっけ? 廃墟マニアだったりするの?」

「ん〜、まぁ、そんなとこですかね〜」


 タケルに問われて、ちとせは答えを曖昧にして誤魔化した。廃墟での無許可露出撮影写真なんて、見られたら一発アウトな代物を載せたサイトを教えるわけにはいかない。彼女は自分の趣味の悪さについてはしっかりと理解していた。


 防水仕様で無事だったタケルのスマホに自分の連絡先を登録しながら、ちとせは考えていた。不思議な集団に助けられたまでは良かったものの、これからどうなるのだろうか、と。


「わたしたち、ちゃんと、帰れますよね?」

「えっ。多分、大丈夫なんじゃないかと思うけど……」

「だって、あのひとたち結局、何者なんでしょう。素性もよくわからないし……口封じにこのまま沈められちゃったら?」

「いやいや、あの人たち呼んだの一緒にいたオジさんの知り合いみたいだし、まさか殺されたりとかはないと思うよ」

「そういやあのオッサンどこ行った?」


 キイチの言葉に、ちとせたちは辺りを見回した。湖のあちこちに散らばっていた明かりは、いつの間にか僅かになっている。彼らもそろそろ目的を達して引き上げるのだろうか。


「まさかオッサン、一人で帰っちまったのかな」

「べつにスキャンダルになるわけじゃないでしょうに。水臭いですね〜」

「いやぁ、今のちとせちゃんの格好は、充分スキャンダルだと思うケド……」


 そんな雑談をしている三人の下へ、黒子の衣装を身に着けた男が一人、びしょ濡れのバックパックを二つぶら提げて歩いてきた。それはタケルとキイチには見覚えのあるものだった。


「あっ、それオレの〜」

「僕のだ。……濡れてグッチャグチャだけど」

「ええっ、わたしのキャリーはぁ〜?」


 黒子の男は黙って首を横に振ったが、代わりに背負っていた黒い風呂敷を広げて、そこから緋袴の巫女服を取り出した。誰かの予備だろうか。


 ちとせは裸の上にそれを羽織ると、タケルたちに手伝ってもらって白足袋を履き、草履を踏みしめた。


「可愛い……」

「ありがとう」


 生憎と条件を満たしてはいないものの、ふぅわりと微笑むちとせは本物の聖職のようなオーラを放っていた。


「じゃあ、行きましょう」


 ちとせの声が現実へいざなう。

 帰還の時間だ。

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