リレー ⑱ LED
事態は最悪だった。これは現実の出来事なのか?
巨大な触手を持つ化け物が現れ、女の子――ちとせを飲み込んだ。
今までのゾンビや心霊現象も奇怪極まりなかったが、今起きている事はそれらも超越し、鳥船の理解の範疇から外れていた。
為す術がない。鳥船は除霊師ですらない、ただの三流手品師だ。そんな非力な人間ひとりに、一体何ができるというのか。
マッチョ幽霊たちの計画通りなのだろう。生贄? 時代錯誤もはなはだしい儀式。
罪もない人間を犠牲にするなど間違っている。心の中ではそう思ったものの……圧倒的な恐怖を前に、鳥船はまったく動けずにいた。
化け物に異変が起きた。
生贄というからには、本来であれば清らかな処女でも捧げるべきなのだろう。
だが今回喰われたちとせは、おおよそ清純とか純粋といった言葉とは無縁の存在。己の性欲に忠実である、という一点においてはまっすぐと呼べなくもないが。
生贄に相応しくない供物を食したら、一体どうなるのか?
化け物の悲鳴に似た咆哮が、地底湖全体を震わせる。腐った食物を腹に入れれば、腹痛を生じる。それと似たような事が今回は起こった。
マッチョ幽霊の阿と吽だけが、この事態を予測していた。
ただの非処女では、そもそも口に運ぶ事すらされず、怒りを買う。不埒な神使は土地神の逆鱗に触れ罰を受けただろう。
だが今回は違った。ちとせはただの非処女ではなく、この土地に馴染み深い神使たるタケルの「一部」を体内に取り入れた存在なのだ。
だからこそ誤魔化せた。数百年に渡って飢え続けた土地神は、もはや餌の質を吟味できるような理性を、持ち合わせてはいなかったのだ。
体内の異変に気づき、七転八倒の苦痛にのたうち回る土地神。
人間ですら、ずっと飢えた状態で大量の食事を摂れば、胃痙攣を起こして死に至るという。
阿吽はほくそ笑んだ。長い年月を生き続けた化け物の事だ、この程度で死にはすまい。だが異物を取り込んだ反動で、ただでさえ弱った力はさらに減じるだろう。あわよくば力づくで息の根を止められるかもしれない。そうなれば晴れて自分たちは自由の身だ。
身動きの取れない鳥船。倒れたタケル。操られたキイチ。先ほども言ったように、彼らに為す術はなかった。
が――苦し紛れに暴れ回る土地神の触手は、彼らの想像を遥かに越えて振り下ろされた。
弱るどころか、力強い一撃。無軌道に見えて、「それ」は明らかに狙いすましたものだった。
しかもこの地底湖は、本来干渉できないはずの霊体にすら物理的な影響を及ぼす。
自由と解放を夢見た邪悪、阿と吽。彼らの頭部は、猛り狂った神の洗礼を受け――この世はもちろん、あの世からも消し飛んでしまっていた。
ある意味、彼ら長年の悲願は今この瞬間、達成されたのである。




