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リレー ⑯ 天界音楽

 金色に輝く全裸の男、()。自称キイチの守護霊であり、隣に立つ細身の霊、(うん)の相棒である。阿が全裸で常に自信に満ちた笑みを浮かべているのに対し、吽は無表情で上半身を露わにしているものの着物を身に着けている。


 この二人の強力な霊たちは、今からまさに儀式を始めようとして見える。普通に考えれば邪魔になりえるキイチや鳥船(とりふね)は排除されそうなところだが、霊たちはなぜか彼らを歓迎している風であった。


 キイチがハッとした表情になる。


「えっ、誰?」

「いや、お前に憑いてた霊だろーがっ!? 殴られて気絶してたじゃねぇか!」

「いやいや、記憶にないしー」


 鳥船が思わずツッコミを入れるが、キイチには本当に記憶がない。彼はこれまで一切、見えない聞こえないの『ノー霊感』として生きてきたのだ。


『いいから、さっさと降りて来いって。儀式の性質上、生きた人間にやってもらわないとダメなんだが、タケルの方は案外ガードが固くて困ってたんだよ』

「は?」


 キイチがマヌケな声を出す。だが、鳥船とミカはその言葉の意味をすぐに悟った。儀式には生きた人間の協力が必要、逆に言えばあの霊二人だけならタケルとちとせに今すぐ害はない。そこへ渡りに船とばかりにやってきてしまったのが自分たちというわけだ。


「マズイ! さっさとここを離れるぞ!」

「えっ?」

『キーちゃん、早く!』


 タケルとちとせを取り戻すためにも、ひとまずここから離れて態勢を整える必要がある。だが、いつの間にやってきたのか、鳥船の目の前には吽が、キイチとミカの前には阿がそれぞれ立ち塞がった。


 鳥船は息を飲み、腰のベルトに挟んだ除「霊」剤に手を伸ばす……が、引き抜いた瞬間に右手ごと吽によって蹴り飛ばされた。


「くっ……!」

(たかし)さん!』


 悲鳴を上げるミカを阿が嘲笑った。


『はははは! さてと、やっぱりキイチに協力してもらおうかな。その面倒なピアスも何故だか外れてるし、今ならいつもより出力が上がってるだろう』

「どういう意味だよ、わけわかんねー! ちとせちゃんにナニしたんだよ、この変態ヤロー!」

『ははは! ナニしたのはタケルなんだけどな』

「え、何それ詳しく」

『キーちゃん! そんな場合じゃないんですよ!? この霊たちは明らかにあの二人やあたしたちに危害を加えようとしてます!』

『そうだねぇ。……でも、おとなしく言うことを聞いてくれれば、悪いようにはしないよ? 私たちの目的はあくまで、ここの土地神から解放されることだけなんだから。そのために協力してほしい。もちろん、君たちの意思なんか聞いてない!』


 言うが早いか、阿はキイチの胸板に腕を突き立てた。


「っ!?」

『キーちゃん!』

「キイチ!」


 駆け寄ろうとする鳥船の動きをすかさず吽が封じる。キイチは思わず胸元に手をやり、そして気の抜けた声を出した。


「あ、れ……痛くない?」

『当り前だろ。さあ、私に身を任せろ。さあ!』

「え、ヤなんだけど。なんでヤローなんかにそんなコト言われなきゃなんねぇの!? 離れろよ、気色悪ぃ!」

『うるさいなぁ。タケルがどうなってもいいのか?』

「はあっ!? タケルよりオレの貞操の方が大事だわ!」

『そりゃそうだ。だが、そうは言っても本当はタケルのことが大事なんだろう? お前のその態度は、コンプレックスの裏返しだものなぁ!』

「なっ……」


 キイチの心の隙を衝いて、阿はキイチの体内に這入り込んだ。ピアスが外れて霊力が上がっていたキイチは、無意識のうちに阿の侵入を阻んでいたのだ。だが、前世はともかくとして今のキイチはただ霊力があるだけの一般人に過ぎない。少しの動揺ですぐに防御が薄くなる。


「はははは! ほら、この通り! チョッロイねぇ~!」

『……遊んでいないで早くしろ、阿』

「はいは~い。わかってるってぇ!」


 ようやく口を開いた吽は、口数少なに相棒に釘を刺した。キイチの体を乗っ取った阿は軽妙な態度を崩さずそれに答えると、一気に石柱に開いた穴に身を躍らせた。そして、物理法則を捻じ曲げるような動きで祭壇の上にストンと着地した。


「さぁて。始めるとしますかぁ! 人々の絶望と無念を餌とし、怒りと恨みを力に変える異形の神よ、顕現したまえ。この乙女の肉をへし折り砕き、魂を啜れ!」


 本来あるべき招来の祝詞(のりと)を無視し、阿はただ謳う。天を仰ぎ、手を差し伸べて。儀式とも呼べないでたらめ。だが……。


 ソレ(・・)は応えた。




 ザァッと水を割り、大小の蛇のようなものがうねりを上げて現れる。いびつで節くれ立ったそれらは肉色をしており、その先端はまるで男性器のようにも見える。見渡す限りの湖面に幾つも幾つも、おびただしい数の触手たちが屹立し、またうねる。


「何なんだアレは! あんなものが神だと!? ふざけるのも大概にしろ!」

『……大いなる力を持ち、崇められればそれすなわち神だ。どんなに邪神悪神であってもな。生贄を捧げて己の邪な願いを叶えてきた、お前たち人間が作り上げたものだ』

「そうだとして、今の俺たちには関係ないだろう! 生贄だなんて冗談じゃない、今すぐやめさせろ!」

『……騒ぐな。しゃしゃり出ていって男のお前の血が流れたら、こちらの計画が狂う』

「なっ……か、体が……!」 

(たかし)さん……!』


 吽がサッと手を振ると、鳥船の体は金縛りにあったように動かなくなった。頭はハッキリしているし、言葉を話すのにも支障はない。だが、どうやっても体の自由は取り戻せなかった。


 その間にもどんどん儀式は進行している。阿はグッタリと意識を失ったちとせを抱き上げ、祭壇の端まで連れて行った。そしてふわりと宙に浮き上がらせる。


「クソッ、このままじゃあのちとせって子は……おい、タケル! 起きろ! キイチでもいい、お前らあの金色を止めろ!」


 だが、タケルは倒れ伏したまま。操られているキイチにも、変化はない。


「そら、久々の食事だぞ、エセ龍神!」


 阿がそう言い放つと、ソレらは歓喜に震え躍り上がった。宙に浮かんでいたちとせの体が、そちらに向って放り込まれる。


「よせぇえええええ!」


 鳥船の絶叫をよそに、ちとせの体は塊となった肉色の無数の触手に飲み込まれていった……。

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