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リレー ⑭ 貴様 二太郎

 腐った血肉でベタベタになった斧を振り回して、僕はほぼヤケクソでゾンビたちを壊していた。


『霊体だけならもっと簡単なんだがな』


 変態守護霊のぼやきに、僕は思わず笑ってしまって。


『へぇ、こんな状況で笑えるなんてずいぶんと変わったな、お前。ちょっと前までは、ぴーぴー泣いて逃げ回るしかできなかったってのに』


 余計なお世話だっての、変態幽霊が。

 今だって充分すぎるほど怖いよ。でも、こいつらはまだマシだ。物理攻撃が効くってことは、僕でも対処しようがあるから。


『道が拓けた! こっちだ、タケル!!』


 変態に導かれ、ゾンビの群れの中を走り抜ける。こいつら動きはめちゃくちゃ遅いから、僕の逃げ足なら道さえできれば余裕余裕。

 で、なんとか逃げられたのはよかったんだけど……


「ここ、どこ?」


 迷った。

 って、この建物作りが複雑すぎるんだよ! 案内板はないし、明かりはこの変態の放ってるオーラしかないし、他の人とは全然会えないし……どうしよう。

 物置みたいな小さな部屋の中、僕はひとり途方に暮れる。


『さて、あいつらの脅威もひとまず去ったことだし、私はちょっとキイチでも探してこようかね』

「えっ、待っ――」


 そんな僕なんておかまいなしに、変態はつぶやくといきなり消えてしまった。いや、キイチを探しに行ってくれるのは願ってもないんだけど、なんで今なんだよ! だって、変態が消えたってことは……


「嘘、だろ」


 明かりが、なくなった。

 窓がないこの部屋は、正真正銘の真っ暗闇。密閉された濃密な闇は、自分の手さえ見ることができない。外の廊下も同じ。この建物は、異常なほどに窓が少ないから。


 重く澱んだ闇の中、僕はじっと息を殺す。ヤツらに気づかれないように、見つからないように。だってのに僕の心臓は全然言うこと聞かなくて、ドクドクドクドクと、さっきから盛大に鼓動を刻んでくれてる。

 静まれ、静まれ、静まれ。あいつらに気づかれたら、僕は――


 きいっ


 耳に飛び込んできた音に、僕の肩が盛大に跳ねた。


 きいっ、ぎぃ、きいっ


 無音だったはずの部屋に、異音が生まれていた。


 きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ


 幽かな、なのに耳を塞いでも聞こえてくる異音。それは規則正しく、まるで振り子のようにきいきいと、延々と。


 ――顔を上げるな。目を合わせるな。気づいてることに気づかれるな。


 膝を抱え顔を埋め、固く目を閉じる。何も見ない、聞かない、気づかない。気づいちゃいけない。

 そうだよ。僕が前髪を伸ばしてたのは、こいつらを見たくなかったから。視線を合わせたくなかったから。あいつらとの間に、境界を作りたかったからだ。

 なのに、僕はなんでその境界をなくしちゃったんだろう。小さな頃からずっと、そうやって自分を守ってきてたのに。なんで――


 きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ


 生温かった空気が、冷蔵庫みたいに冷たくなった。これはヤバイ。マジでヤバイ兆候だ。逃げなきゃ。今すぐ、ここから逃げなきゃ。


 きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ、きいっ


 だから、覚悟を決めて顔を上げた。


「あ……あぁ」


 きいっ、ぎぃと。規則正しく、そいつは暗闇の中で揺れていた。何も見えないはずの闇の中で、そいつはやけにくっきりと浮かんでいた。


「あああああああ!!」


 赤黒く腫れ上がった顔から舌を垂らし、ピンポン玉みたいに飛び出した眼球をこちらに向け、伸びきった首に太い縄を食い込ませ……そいつは無言で、ゆらゆらと僕を見下ろしていた。


 きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ


 腰が抜けて這い回る僕の背中に、その音はゆっくりとついてきた。手探りで出口を探す僕の背中に、ゆっくりと、ぴったりと。


「あああああ、誰か! 誰かぁぁぁ!!」


 見つからない、見つからない、見つからない。ドアが、入ってきたはずのドアが見つからない!

 近づいてくる音に、僕はもう完全にパニックになっていて。手当たり次第に目の前の壁を叩きながら、出口を求めて這いずり回っていた。


 きいっ、ぎぃ、きいっ、ぎぃ……どさっ


 ふいに、音が止まった。止まったけど、でも……

 直後、首にひやりとしたものを感じて、僕は振り返ってしまった。


『おあ、えり』


 赤黒い顔の浮かべた歪な笑顔。それを最後に、僕の意識は途切れた。


 ※ ※ ※ ※


「う……ん……」

「お? ようやくお目覚めか。ったく、いいご身分だよな」


 礼拝堂の崩落に巻き込まれ気を失っていたキイチが意識を取り戻すと、鳥船は背負っていた彼を下ろした。やれやれと腰を叩き、背を伸ばす。


「なに、ここ?」

「俺にもわからん。それよりお前、歩けるか? 歩けると、俺的におおいに助かるんだが」

「あー、平気。なんかあちこち痛いけど、全然歩ける」


 立ち上がると、キイチは改めて周囲を見回した。


「あー、よかったー! てっきりオッサンと二人かと思ってたけど、女の子いんじゃーん」

『え? うぇえ!?』


 先程まで自分の守護霊も見えていなかったキイチが、ミカを見て嬉しそうに駆け寄った。


「お前、こいつが見えるのか?」

「見えるよ……って、あ! わかった、この子オッサンの彼女でしょ。ちぇっ、ざんねーん。でも彼女見られただけで突っかかってくるとかさ、オッサン余裕無さすぎじゃね?」

『ちがっ、違いますぅぅぅ! あたしと(たかし)さんは、まだそんなんじゃ――』

「まだも何も、俺とミカじゃ未来永劫そんなことにはならねぇよ」


 勘違いするキイチに即否定を入れた鳥船。そんな鳥船に、ミカは不服とばかりに口を尖らせていた。


「そんなことはどうでもいいんだよ。それより早くこっから出て、他のやつらと合流しねぇとヤバそうだぞ」

「他のやつらって……タケルか!?」

「今んとこ、そいつとちとせってのが一番ヤバイだろうな」

「なら、ソッコー行ってやんないと! で、オッサン。どっち行けばいいの?」


 目の前の分かれ道を指差し、キイチが首をかしげた。すると鳥船は先程書き出した見取り図を取り出し、落ちた場所から今いる自分達のだいたいの場所を推測して――


「こっちだ」


 あの閉ざされた部屋の方へと続いてそうな、右の道へと進んだ。

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