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リレー ⑫ LED

 鳥船は意識を取り戻した。


「うー……痛ててて……」


 全身擦り傷だらけ。だが床を突き破って落っこちたにしては、骨折もなく身体もどうにか動かせる。

 本来であれば、地下に広がる湖の中に真っ逆さまだったろう。何十年も放置された汚水の中に浸かれば、霊がどうとか以前の問題で深刻な感染症に悩まされる恐れもあった。

 それを免れたのは、ミカが「物理的に」鳥船の身体を放り投げたからだ。全く不可解な事態であったが、とにかく助かった。


「何なんだここは……臭いし……」


 床下がこんな巨大な地底湖に繋がっているとは。洋館の建設時に問題は起きなかったのだろうか。

 辺りは薄暗く、上を見ても元々どこから落ちたのかさっぱり分からない。幸い近くに転がっていた懐中電灯を発見できなければ、完全に詰んでいただろう。


「おいミカ。ミカ!」

『はい~……すみません(たかし)さん。今はちょっと話しかけないで……』


 不安になった鳥船が呼びかけると、やや遅れてミカの返事があった。しかし声は消え入りそうで、ミカの顔も心なしか青ざめている。


「おい、大丈夫か? なんか深刻な怪我でも……」

『嫌ですねぇ、幽霊が怪我なんてする訳ないじゃないですか。

 (たかし)さんをえいやって投げ飛ばした時、一緒にあたしも引っ張られて乗り物酔いっぽくなっちゃっただけです』

「乗り物酔いかよ!? ちょっと心配して損したわ!!」

『そんな事より、歩くとき気をつけて下さいねぇ。あたしの見立てでは、あちこち深い水たまりだらけですからぁ』


 結局鳥船は、ミカの案内のお陰で、危険な地底湖の中をどうにか歩く事ができた。

 いつもいつも役に立たないと思っていたが、今日に限って鳥船は二度も、彼女に助けられた形となる。


「……ありがとな、ミカ」

『……えっ。普段からつっけんどんな(たかし)さんがお礼とか、気持ち悪っ』

「う、うっせーな! 俺だって感謝する時は感謝するわ!」


***


 鳥船が暗がりの中を進むと、うつ伏せに倒れている人物が目に映った。


「あれは……確かキイチ、だっけか? なんでアイツまで地底湖の中に……?

 おい、大丈夫か。しっかりしろ!」


 タケルと一緒にいた金髪のチャラ男。気を失っている。

 だが見たところ、ゾンビに危害を加えられた形跡はなく、落下による外傷もないようだ。


『あっれぇ~。さっき彼と一緒にいた変態悪霊さん、いませんねぇ……

 よく見ると、彼の耳についてたピアスも2つ、無くなってますぅ』


 幽霊のミカも首を傾げている。彼女は意外と、細かい所にも気がつく。鳥船はキイチのピアスの数など確認すらしていなかった。


「悪霊ってお前……でも確かに妙だな。キイチの守護霊だというなら、こいつから離れるなんてまず無理な話のハズだが」


 鳥船は考え込んだ。

 地縛霊ならぬ『自』縛霊であるミカの方が、よっぽど守護霊らしい振る舞いをしている。

 筋肉モリモリマッチョマンの変態幽霊――彼はひょっとすると、最初からキイチを守護などしていなかったのではないか?


「キイチがここにいるって事は……ゾンビが襲おうとしているのは、タケルとちとせって事になるのか」

『ですねぇ~きっとそうですよ! ゾンビって基本、非リア充ですからぁ。

 リア充たちを見ると末永く爆発させたくなって、襲いかかっていくんですよぅ』


 ミカの言う事が正しいとすれば――霊感のないキイチは、直接ゾンビと遭遇しない限り、襲われる心配はないだろう。

 むしろ今は、地上にいるタケルたちの方が危ない。


「だが今更、俺一人が駆けつけてもなぁ……」


 鳥船は差し迫った危機を感じ取り、今更になって恐怖に震え上がった。

 TV番組では霊媒師を名乗っていたものの、鳥船の本職はただの手品師あがりの芸人だ。除霊の知識などもにわか仕込みであり、本職には到底及ばない。

 そもそも今回の敵は悪霊ではなく、ゾンビだ。物理で殴ったり燃やしたりしなければならない。要は肉体労働である。残念な事に鳥船の体力は中年相応の平均的なものでしかなく、人より誇れるのは少々、手先が器用な事ぐらいである。


(たかし)さん。立ち止まっちゃって大丈夫です?』

「いや、その……ミカ。この屋敷、なんか構造的に不自然なカンジするよな?

 地底湖の上に建ってるって点を除いても」

『えっ……まあそりゃ、やたらと階段の段数やロウソクの数が13だったり、あちこち道が行き止まりになってたり、不便だなぁって思いますけど。

 でもなんか、やり方に不自然なモノを感じるんですよね』

「やり方が不自然……? どういうこった」

『デタラメに建て増したってカンジじゃなくて、何かを隠したくて塞いでる、みたいな?』


 ミカは幽霊であるためか、観察眼は鋭い。人が気づかないような違和感にもすぐ気づく。臆病なせいで些細な事にも悲鳴を上げる欠点さえなければ、探偵稼業くらいやっていけるのではないか、と鳥船は思った事がある。

 ただ問題なのは、記憶力と観察力はあるのに、本人の思考力がポンコツであり、情報の重要性に気づかないケースが多々ある、という事だが。


 ともあれ、鳥船はミカの抱いた違和感を無性に考察したくなった。


「ミカ。この屋敷の見取り図とか構造、記憶してるか?」

『ええ、そっちはバッチリですよ~。こう見えてもあたし、幽霊になってから一度見たものは絶対忘れないんですよ。えっへん』


 鳥船は早速、ミカの記憶を頼りに――この一見無軌道に思える屋敷の部屋割りを、メモ帳に書き出していった。

 いくら大きな屋敷といえど、ここはウィンチェスター・ミステリーハウスではない。屋敷の敷地は一般より少々広いというだけで、全てを書き記すのにさほど時間はかからなかった。


 そして――ついに鳥船は、当初から抱いていた違和感の正体に気づいた。


「……なんてこった。この屋敷の滅茶苦茶な建て方には『理由』があったんだ。

 俺たちを『この部屋』に近づけさせない為、だったんだな」


 屋敷の見取り図が完成すると、一箇所だけ不自然な空白地帯が出来上がる。

 奇しくもそこは、あの喋れない少女の住人(?)が案内した「安全な部屋」と、壁ひとつ隔てただけの隣にある場所だった。


『えっとぉ、つまり……どういう事だってばよ?』

「ここまで証拠揃ってまだ分からねーのかアホ幽霊! 要はゾンビ騒ぎを鎮める為のカギが、この侵入不可の地点にあるってこった!

 恐らくまっとうな方法じゃ入れねえから、壁を無理矢理にでもブチ破る必要があるだろーけどな!」


 そうと分かれば、この事実を皆に教えなくてはならない。

 キイチを連れ、今頃ゾンビに襲われているであろうタケルとちとせを、まずは探し出す必要がある。


 そして今ひとつの問題として、完成した屋敷の地図は地上部分のみ。このやたらと広い地底湖の全貌は把握しきれていないという点だ。


「くそっ。一体どこを辿れば地上に出られるんだ……?」

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