リレー ⑪ 貴様 二太郎
暗闇の中、貪りあう獣が二匹。それをドアの隙間から凝視していたのは……
――よしよし、ヤってるな。第一の封印はこれで解けた。次は……
自称キイチの守護霊こと、阿。彼は本来守るべき対象であるキイチの不在などまるで意に介すことなく、闇の中で絡み合うタケルとちとせをじっと観察していた。
『……って、お約束かよ』
不快さもあらわに阿の眉がひそめられた。彼は顔を上げると暗い廊下、その奥をねめつける。
『今いいとこだからさぁ、邪魔されると困るんだよね』
沈殿する澱のような闇に向かってつぶやくと、阿はやれやれと首を振った。そして――
※ ※ ※ ※
吐いて吐いて吐き出して、その度に薄らいでいく自我を繋ぎ止めることができなくなってって……僕は今、知らない誰かに体を取られてしまっていた。
「どうしたの?」
扉の向こうをじっと黙って見据えるもう一人の僕を、ちとせちゃんが気怠そうに見上げてきた。
「来る」
僕じゃない僕はそうつぶやくと、ちとせちゃんのボディシートでさっと体を清めて服を着る。そして暖炉の上にかけられていた斧を迷いなく手に取ると、それに件の消臭剤を吹き付けた。
「穢れが、来る」
直後、本震のような大きな揺れが僕たちのいる部屋を襲った。正確には扉の向こう――廊下が震源地みたいだけど。壁一枚隔てた向こうでは、ガシャンとかメキメキとかグチャッとか、固い何かに柔らかいものが潰されるような音、あとは液体かなんかが飛び散るビチャビチャって音が絶え間なく続いていた。
「タケルさん!」
ちとせちゃんの呼びかけを完全無視して、僕はじっと扉を見つめ続ける。もうすぐそこからやって来る、何かに備えて。
『すまない! 肉体持ちの相手はあまり得意じゃないんだ』
扉をすり抜け飛び込んできたのは、キイチの変態守護霊。キイチを守るべきはずのそいつは、なぜか一人でここにやって来ていた。
「きゃああああ!」
背後からちとせちゃんの悲鳴が聞こえてくる。でも僕の視線はまっすぐ前を向いたまま。扉からのろのろとなだれ込んでくる、そいつらに固定されていた。
「手伝え、阿」
『もっちろん! 久々だねぇ、こうやって2人で暴れるの』
「無駄口叩くな。働け」
『はーい』
もう一人の僕と変態守護霊は、どうやら友達(?)だったらしい。いや、友達っていうか、変態がもう一人の僕を一方的に慕ってるって感じ?
それにしてもあの変態、名前あったんだ。
のろのろと動くそいつらに、僕はためらいなく斧を振り下ろしていった。ぐずぐずの腐肉に刃が食い込み、脆い骨がへし折れる。体は動かせないってのにその感触や腐臭はモロに伝わってきて、正直めちゃくちゃ気分が悪かった。
ちなみに変態の方は幽霊じゃないやつにはいつもの直接攻撃ができないらしく、ポルターガイストでゾンビたちに応戦していた。さっきの廊下の音はこれだったらしい。
「やだやだやだ、こっち来ないでぇぇぇ!」
ちとせちゃんの悲鳴が聞こえてるってのに、僕の体を動かしてるやつはそっちを見もしない。消臭剤は今僕が持っちゃってるから、ちとせちゃんは丸腰だってのに!
「タケルさん、約束し――あ、いやぁぁぁぁぁ!!」
――ちとせちゃん!
ちとせちゃんが襲われてるってのに、この僕はガン無視。もちろん変態もガン無視。こいつら最悪だ。
――すぐそばで、あんなか弱い女の子が襲われてるんだぞ!
めちゃくちゃむかつく。弱い僕にも、サイテーなこいつらにも。
――約束したんだ。だから!
ムカツクムカツクムカツクムカツク、ムカツク!! ムカつく、情けない、だけど――
「僕はもう、これ以上ゴミ野郎になんてなりたくない!」
瞬間、体の支配権が僕に戻ってきた。
「ちとせちゃん!」
彼女を押し倒していたクソゾンビの頭に、渾身の力で斧をフルスイング。すかさずそいつの胴体蹴っ飛ばして、ちとせちゃんの上からどかした。
「大丈夫? ケガは?」
「だい、じょうぶ」
よかった。約束、守れた。
「こっち」
ちとせちゃんの手を取って、僕は入り口の扉へと走った。消臭剤付与の斧でゾンビを殴り倒しながら、廊下を目指して。
「行って、ちとせちゃん」
「でも――」
懐中電灯を持った彼女に消臭剤を投げつける。そして、
「走れ!」
怒鳴った。普段出すことのないような大音量で。
一瞬躊躇したけど、ちとせちゃんは消臭剤を受けとると、くるりと背を向けて走り出した。
『タケル……か』
「悪いね。さっきの人には引っ込んでもらったよ」
『まあ、いいさ。さて、では私たちも逃げるとしようかね。こんなの全部相手になんぞしていられないからな』
「うん。それに、キイチも助けに行かなきゃだしね」
そうだよ、僕はまだこんなところで死ねない。死んでる場合じゃない。
キイチを助けて謝らなきゃだし、ちとせちゃんとはできたらまたヤりたいし。だから僕は、まだこんなところで死ぬわけにいかない。
「ちとせちゃんと反対方向に逃げたい」
『わかったわかった。少し面倒だが、致し方あるまい』
変態は肩をすくめると、またさっきのポルターガイストを起こした。壁からはがされた燭台や額縁に入った絵、割れた壺の欠片や照明器具……そんな一切合切が飛び交う中、僕は斧を振り回しながら残ったゾンビの群れへと突っ込んだ。




