リレー ⑩ 天界音楽
鳥船とミカは息を殺し、足音を忍ばせてゾンビたちの最後尾を追っていた。今はこちらに向かってこないとはいえ、いつ振り向いてあの腐った体で組み付いてくるか、歯を剥き出しにして噛み付いてくるかと、本当は気が気でない。
それでも鳥船がゾンビたちを追いかけているのは、ミカの破天荒な推測通り、奴らの目的がちとせとあの若い男たちのどちらか(あるいは両方)というカップルだとしたら、このまま放っておくのは寝覚めが悪いからだ。何の義理があるわけでもないというのに、鳥船にはそういうところがあった。
『天さんって、本当……』
「ん? なんだ?」
『いえ、なんでも!』
ミカはそう答えて優しい笑みを作った。
ミカは、憑依霊だ。
しかも記憶喪失で、いつから鳥船にくっついていたのかも、どうして彼のところにいたのかもわからない。そんなミカを鳥船は無理に除霊するのではなく、ミカが納得して成仏できるようにと、一緒に失くした記憶探しをしてくれているのだ。
いくら姿が見え、声が聞こえ、会話が可能だからと言って、いきなり押しかけてきて住居を半分乗っ取ってくるような人間をそのまま置くだろうか? いや、普通は追い出すだろう。いくらミカが幽霊で実体がなくても、赤の他人が四六時中側にいるのは大きなストレスだ。
それに、鳥船はミカに迷惑をかけることはないが、ミカには鳥船に迷惑をかけている自覚がある。怖がりで、しかもパニックになりがちなミカは、彼の仕事の邪魔にはなっても益にはならない。ご近所づきあいに若干トラブルを起こしたこともある。
それでも鳥船はミカを見捨てたりはしなかった。
お祓い、除霊を売りにした職業は多々あれ、そういうものの多くは本当にただ霊を取り除くだけであって、成仏まではさせてくれない場合が多い。なぜなら、大半の霊はただそこにあるだけの意思のないエネルギーの塊であって、ミカのように考えたり話したりはできない。何らかの未練があってこの世に残っている霊も、説得くらいで成仏してくれるはずはなく、力ずくで除霊、つまり殺してしまう方が手っ取り早いのだ。
霊自身が納得してあるべき方へと昇っていくことを浄霊と称することがある。鳥船のやろうとしていることはまさにそれだ。『自称・霊能力者』にしてその実『三流手品師』だった彼は、今では本当に霊能者になりつつある。
(ただ、こういう事態に慣れすぎてしまうことも問題、なんですよね……。今回はあたしが原因じゃなくて、トラブルに巻き込まれただけですけど、そもそもこんなトラブルに巻き込まれること自体が良くないんですぅ)
ミカは以前訪れた四国で出会った、その道五十年の僧侶の言葉がずっと心に残っていた。
その僧侶いわく。
『その男は今、なんの装備もなく山中に放り出されたも同然だ。今、その道はなだらかで足場も悪くないのかもしれん。だが、枯葉が積もって道に見えているところへ知らずに足を置いてしまったらどうする? 滑落しても救助を呼ぶ方法も知らんまま、死んでしまうやもしれんぞ。修行を積んだ者でさえそうなのに、心構えもない凡人を誘うものではない。
霊と人とには境界線があり、それを踏み越えて領域を乱す者は必ず引き込まれる。お前とていつ悪霊に転ずるかもわからん不安定な存在よ。いや、たとえお前が清きままであったとしても、周囲の悪霊に目をつけられて食い物にされるだろう。霊とは理屈ではない。共存など不可能だ』
この事態はミカのせいではない。
だが、ミカと親しみすぎた鳥船は、こういったトラブルに巻き込まれやすくなっているのかもしれない。鳥船も出会った頃に比べて知識や対処法を覚えつつあるが、それも結局は生兵法、きちんとした修行とは天と地ほどの差がある。慣れてしまえば油断に繋がる、油断は死を招く……。
(あたしはやっぱり、天さんにとってよくない存在なんでしょうか。一緒にいたいって思うのは、あたしのワガママなんでしょうか)
ミカが考え込んでしまったそのとき、ゴゴゴゴ…という地響きが聞こえてきた。それはだんだん大きく、近くなっていく。
『天さん!』
「ミカ……おっ!? うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
『天さぁぁあああああん!』
あっという間に鳥船の足元も崩れ、驚きの声と共に落下していった。
ミカは鳥船に手を差し伸べる。鳥船もまた手を伸ばした。
触れられるはずもない手と手。
しかし、ミカはその手を掴んだ。
『!』
たとえ一瞬だとしても、確かにその手を掴んだのだ。
大きな水音が連続している。闇をも見通すミカの目には、大きな地底湖が見えていた。
(せめて、瓦礫の少ない方へ……! 天さん、無事でいて!)
祈るような気持ちで、ミカは鳥船の体を投げた。
『どっせ~~~い!』
全身を使い、遠心力を頼りにした回転投げで。
鳥船はあっさり遠くへ吹っ飛ばされていった。
「ミカぁぁああああああ!」
『えっ? ひゃああああん!?』
もちろん、憑依霊であるミカは鳥船から離れることはできない。一瞬の間を置いて、鳥船にひきずられるようにしてミカもすっ飛んで行ったのだった。




