リレー ⑧ 貴様 二太郎
僕は最低だ。
礼拝堂でキイチに手を伸ばすこともできず、落ちていくあいつをただ見ていた。その後も助けに行かず、うずくまって泣いてただけ。ちとせちゃんに見つけてもらわなかったら、きっと僕は今もあそこで何もしないで泣いてたと思う。
僕は、最低最悪の人間だ。
キイチはトラブルもたくさん持ってきたけど、いつも僕を助けてくれてた。なのに、そんな大事な友達がピンチな時に、僕は……
熱病みたいな興奮が冷めてしまえば、空虚な胸に残るのは苦く苦しい自己嫌悪だけ。
僕が、消えればよかったのに。
知識もない、コミュニケーション能力もない、何も持ってない僕こそが消えるべきだったんだ。友達がヤバいってときに、盛って腰振ってるようなクズなんて死んじゃえばよかったんだ。
「タケルさん、どうして泣いているの?」
背中に柔らかな重みと、甘い温もりが押し付けられた。それにさっきの熱狂を思い出してしまい、僕はますます自分を殺したくなった。
「僕なんて……僕こそが消えるべきだったのに。僕みたいなクズなんて死ね――」
死ねばいい。
けどその言葉は、熱くうねる彼女の口に飲み込まれてしまった。蔦のように絡み付く細い腕に囚われ、僕は彼女に捕食される。呼吸も、言葉も、心さえも……僕の全部はちとせちゃんに咀嚼され、溶かされ、彼女のものになる。
「ダメ。許さない」
濡れた彼女の唇は、蠱惑的な三日月を浮かべていた。
「約束、したでしょう? 『わたしを守って』って」
「でも、僕は……」
友達を見捨てて盛ってた、死んだ方がいいような最低野郎で。そんなクソみたいな僕が、ちとせちゃんを守るだなんて……
「ダメ。言い訳も許さない。タケルさんはわたしを守る。誰よりも、何よりも、最優先でわたしを守る。約束、したでしょう?」
「約束……僕は……」
高すぎず低すぎず、柔らかく耳に心地よい彼女の声は、霧がかってぼうっとした僕の頭を侵食していく。自己嫌悪で疲弊した僕の心を、優しく易しく支配していく。
「わたしを守って……ね?」
柔らかく熱い彼女に再び包み込まれ、僕は――――
※ ※ ※ ※
金色に輝く全裸の細マッチョ――自称キイチの守護霊こと阿は、少し先に見える複雑怪奇な建物をじっと見上げていた。
『結界が、消えた?』
捕まえた悪霊に腰を打ち付けながら、首をかしげ阿はつぶやく。
『ま、好都合か。アレがある限り、私はあそこへ入れなかったしな』
ニヤリと。とても守護霊とは思えないような悪い笑みを浮かべ、悪霊を喰らい尽くした阿はキイチたちの向かったショッピングモールへと飛んだ。
※ ※ ※ ※
僕はちとせちゃんを守る。
何よりも、誰よりも……自分よりも。
「あいつら消えたみたい」
ドアの隙間からそっと外をうかがい見ていたちとせちゃんは、振り返るとうなずいた。
「行こう。ここに引きこもってても仕方ないし、アレもなくなっちゃったしね」
まるで生まれ変わったみたいな気分だ。頭の中の霧はすっかり晴れていて、さっきまでなんであんなに悩んでいたのかわからない。
「鬱陶しいな、これ」
他人と目を合わせるのが苦手で伸ばしてた前髪。でも今は、もういらない。
「ヘアピンあるけど、使います?」
「うん。ありがとう」
ちとせちゃんに花の飾りがついたかわいいヘアピンを貸してもらい、鬱陶しい前髪を全部上げた。クリアになった視界に気分もスッキリする。
僕は今まで、なんであんなに他人の視線が怖かったんだろう?
部屋を出て出口を探す。さっきの影みたいなやつらは今いないらしい。助かるけど、あいつらなんだったんだ?
「あれ? ここ、もしかして最初の部屋か?」
「みたいですね」
出口を探してたはずなのに、気づけば僕らは最初の暖炉のある部屋へと戻ってきてしまっていた。まあ、ここからなら入ってきたドアとそんなに離れてないからいいけど。
「おーい、誰かいるー?」
けど、部屋の中はもぬけの殻。あったのはちとせちゃんのキャリーだけ。オッサンもミカちゃんも、ボロボロの女の子もいない。もちろん、キイチも。
「鳥船さんたち、どこまで探しに行ったのかしら?」
「もしかして迷ったとか? かといって僕らまで動き回っても仕方ないし、ここは出口も近いから、ひとまずここで待とうか」
どかりとソファに腰を下ろすと、ちとせちゃんも僕のすぐ横にぴったりと座ってきた。柔らかくて温かい感触と甘い彼女の匂いに、僕の一部がむくりと起き出す。
さっきあんだけヤりまくったってのに、まだまだ全然足りない。もっと、もっともっと欲しい。
「キャリーの中に、まだあるよ」
ちとせから、メスの匂いが漂ってきた。僕は彼女に言われるがまま、キャリーからソレを箱ごと取り出す。
僕は、ナニをしてるんだろう?
キイチを探さなきゃいけないのに。ここから出なきゃ、帰らなきゃいけないのに。ワケのわかんないのがそこらをうろついてるのに。いつ、誰が戻ってくるかもわからないのに……
けど、熱く締め付けてくる彼女の中はやっぱり気持ちよすぎて、そういうの全部どうでもよくなっていた。ヤればヤるほど、僕は僕でなくなってく気がしたけど、それももう、どうでもいい。
溺れてる――自覚はあった。けど、知ってしまったキモチイイことに、ぼくの理性は役立たずで。
無我夢中で狂ったようにちとせを味わう。だから、僕はソレに気づけなかった。
貪りあう僕らを、ドアの隙間から見ているヤツがいたってことに……




