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オープニング① 櫻井 ちとせ

(’-’*)♪

 寂れた農道の脇に白いセダンが停まる。

 夏空が暮れ始めた午後六時五十分。


 助手席から降り立ったのは、田舎の町に不似合いな若い女だった。ハイネックのサマーニットに、ツルリとした素材のAラインスカート、編み上げサンダルという出で立ち。肩までのミルキーベージュの髪をハーフアップに編み上げる彼女は、コンパクトなキャリーケースの取っ手を引き上げ、車の窓を覗き込む。


「送ってくれてありがとう。ホントに行っちゃうの?」

「それはこっちのセリフだよ、ちとせちゃん。本当に考え直すつもりはないのかい? こんな廃村で夜を過ごすなんて、正気の沙汰じゃないよ。今なら駅まで送ってあげられる、一緒に行こうよ」


 運転手は四十絡みの痩せ型の男で、苦笑いを浮かべながら彼女を説得するように言った。だが、ちとせと呼ばれた女は柔らかそうな唇を吊り上げて首を横に振る。


「ん〜ん。ここだからイ・イ・の! 絶好の撮影スポットだもん」

「わかったよ……。それじゃあ、今日は楽しかったよ。ありがとう。終わったらこれでタクシーでも呼んで」


 男は財布から壱万円札を三枚取り出すと、ちとせの手に押し付けた。ここから駅までと考えると、深夜料金の割増分を考えても少し多い。ちとせはそれを遠慮なく受け取って微笑む。


 彼はべつに彼女の恋人というわけではなかった。しかし、ただの行きずりの相手というわけでもない。それなりにつきあいのある男だ。体だけの関係ではあるが、ちとせとしてはパパ活ではなく、少し早すぎる就職活動のつもりなのだが。


「ありがとう! わたしも楽しかったぁ! また、ね……」

「うん、また連絡するよ。じゃあ、気をつけて」


 男はちとせに手を振ってセダンを発進させた。それを同じく手を振り笑顔で見送って、ショルダーバッグから取り出したスマートフォンを確認したちとせは顔色を変えた。


「ゲッ、圏外じゃ〜ん。サイテー」


 それもそのはず、ここは近畿地方の外れも外れ、特になにもないと言われているこの辺り一帯で、なおかつ居住区ですらなくなってしまった廃村なのだから。


 どうして村が棄てられてしまったのか、それはよくわからない。ただ、不気味な噂がいくつかあるだけである。曰く、疫病で滅んだとか、祟りがあるとか。


 ちとせはむ〜っと唇を尖らせた。

 だが、言葉と態度に反してちっとも不機嫌そうには見えない。


 ぽてっとした唇も、左下に泣きぼくろのあるタレ目がちな瞳も、豊かな胸部も、すべてが彼女を柔らかで可愛い存在に仕立て上げていたからだ。


「まぁ、いっか。とりあえず、真っ暗になる前に拠点を作らなくっちゃ」


 誰に言うともなくそう宣言し、ちとせは歩きやすいとは言い難い道を歩き出した。





 彼女はこの春から念願の一人暮らしを満喫している大学一年生だ。この廃村へやってきた目的は、自分のサイトに載せるための写真を撮ること。


 廃村、廃墟、廃病院……ちとせが渡り歩くのはそういう場所だ。はっきり言って不法侵入なのだが、彼女の場合はさらに悪い。彼女の被写体は彼女自身、それもかなりキワドイポーズで。


 その筋では有名人であるちとせは、今回も自分をより良く引き立ててくれる場所を探していた。キャリーケースの中には演出に使う小物にメイク道具、デジカメ、三脚、それにビデオカメラに簡易照明まで入っている。


 良さそうな建物を見つけたら、カメラをセットして照明を調節、それからポーズをとって写真におさめていく。ビデオカメラを回して一部始終を撮影しているのは、そちらで良い()が撮れていた場合にキャプチャするためと、ついでのお遊び(・ ・ ・)に夢中になってしまって、肝心の写真を忘れてしまった場合のためだ。


 ちとせは撮影を始めるときのことを考え、舌舐めずりした。

 服をはだけて露出していくときの興奮を。


 普通であれば絶対に外では露わにしない場所を晒していく背徳感に、ちとせは酔いしれる。素肌に触れる夜気の冷たさ、秘部を見せつけるようなポーズをとるときの羞恥心。それからカメラを通してそこにはいない獣欲に目のくらんだ男たちの視線を意識する瞬間。


 それらすべてが彼女の官能を押し上げ、快楽の絶頂へと導くのだ。撮影の手はいつしか止まり、淫靡な水音とはしたない喘ぎ声が上がるのみになっていく……。

 

 打ち棄てられた場所とはいえ、誰かに見つかってしまえば一巻の終わりだ。だというのに、危険と隣り合わせのこの舞台は、ちとせの心を惹きつけてやまない。


 もはや取り憑かれていると言ってもいい。


 ちとせは一人、田んぼの畦道を歩いていく。

 色褪せた前掛けをしたお地蔵さま、古びたバス停、木造の納屋に窓の割れた一軒家。


 しかし、どれもピンとこない。


「う〜ん、せめてお寺とかないかなぁ。予定じゃ、もう始めてる頃だったのに……」


 ちとせがサッと辺りを見回したとき、大きなサイレンが鳴り響いた。

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