第5話 思いやりからかけ離れた上司
眠い∩^ω^∩
お久しぶりです。何日振りでしょうか。
更新してなかったことをお詫び申し上げます。
いつもより文量は多めです
でも、話は終わらずですね、近日中にまたアップします。
テントで俺がテンの衝撃的な告白を聞き絶句していたその頃―
ここでもある男が狼狽していた。
「ああ、退屈なんだけどー。どこの誰か『表』の壁を綺麗に破壊してくれる奴とかいねぇかな。 居たらマジで尊敬するわー」
「そうしたら、僕らの仕事が増えて、ただでさえ行くことが難しい外回りのお仕事が減りますよ?」
「ああ、そういえばそれ最近やってなかったな、んじゃ行くか」
「…え、まさかのまさかじゃないですけど、今から行くとか言いませんよね?」
「ああ、そのまさかの、まさかだが?」
「じ、冗談じゃないよ、姉さん。この仕事の山が見えてる?」
そう言って男は慌てた表情で、机の上に置かれた書類の山を指差す。
対して、「姉さん」と呼ばれた女は愉快に笑っている。おそらく、彼女は仕事の山なんて気にしない性格なのだろう。
「姉である前に私は隊長だぞ? 誰が『姉さん』と呼んでいいと言った? やり直せ」
「え……」
「や・り・な・お・せ」
「……はい、では、お姉様。しかし、仕事が残っておりますがどう処理されるおつもりで? まさか、部下にやらせるとか言いませんよね? 『表』では、他者を思いやることが当たり前なのですが?」
「……じゃあ、アラン、お前に尋ねるが、この仕事の大半はなんだと思う? あと、『お姉様』じゃねぇ、『隊長』だ!!」
「あー、はいはい、隊長殿。…およそ半数が、軍関係ではなく、機械修理とか、『表』の壁の点検ですね」
「よろしい。……ではなぜ私が仕事をしたくないか理由を答えよ」
有無を言わせぬ口調と目で告げられ、アランは渋々彼女の呼び名を変える。
そんな彼に満足したのか、彼女は笑みを浮かべて次の質問をなげかける。
(相変わらずマイペースで強引だ……)
と、アランは思うがいつも通りのことなので、いちいちツッコミを入れるのに飽きてしまった。
「俺は、姉さんが思っていることを言い当てたくもありませんし、理解したいとも思わないのですが」
「うーん……弟よ。私は生まれるべき世界を間違えたかもしれない」
おそらく軍関係者なら誰でも知っていることだとアランは思う。少なくとも、この第3部隊の彼女の部下は全員このことを知っているだろう。
なぜなら、毎日彼女がこうして机の上の書類と向き合いながらぼやいているからだ。もはや、この第3部隊の誰もそれを指摘することはなくなった。唯一、副隊長である彼女の弟、アランだけが、それが仕事であるかのように彼女の愚痴に付き合っているのである。
そんな日常が壊れることなど、彼女が望むように『表』の壁が壊される限りない。
戦闘狂である彼女を愉しませることのできることなど、人類にとって厄介事でしかない。
やはり彼女の言う通り、彼女は生まれるべき時代と、世界を間違えた子と表現するのが正しいようだ。
「……では、姉上。警護兵の稽古をつけて差し上げてはいかがでしょうか?」
「うん、そうだな……仕方ない。久々に修練場に顔を出そうか。アラン、お前はどうする?」
アランは『姉上』はいいんだとホッとする。
が、内心「仕事はいつ終わるのか」ということが心配で仕方がなかった。だが、ひとりでこの仕事をさばくのは不公平である。
「――では、俺も参加させていただきましょう」
■■■
「お久しぶりだな。皆の衆」
「お、姉御じゃないっすか」
「修練はどう? 順調?」
「姉上、どうみてもチェス大会じゃないですか」
「あぁ、アランはまだここに来たことなかったんだな」
と、頭の痛いことに、アランが知らないだけで修練場はいつもこの有様らしい。
「他の部隊だともう少しまともなことしてますよ?」
「あぁ、しってるよ。だが、これも修練の一環さ」
「これが?」
彼女は「そうだ」と頷く。彼女のいう、修練とは何を指しているのか、それは本来の意味と異なるものではないのかと、アランは思う。
そして、ひとりの兵が言う。
「ヴィクターなら、いつものとこです」
■■■
「ヴィクター、入るぞ」
そう言ってマリはドアをノックして入る。
「あぁ、隊長久しぶりじゃないですか。お元気でしたか?」
「あぁ、元気さ。紹介しよう、コイツが私の弟のアランだ。今後、コイツが副官になると思う、よろしく頼む」
「例の弟殿ですか。噂はかねがね。第一部隊では優秀な成績だったとか」
副官の席は3年前から空席だったらしい。顔は見たことないが、いつもフードで身を隠していた彼の通り名は〈ブラックジャック〉、第二部隊出身でないのに諜報や、隠密に長けていることで有名だった。
だが、謎は多く、女のように長髪だとか、『裏』出身で肌が小麦色だとか、まぁ素顔を晒していないため沢山の噂が流れていた。
彼は今や行方不明とされているが、一騎当千と呼ばれるくらい『表』にとって脅威であったそうだ。
「いや、そんなことないですよ。姉上のように戦術の知識に富んでいるわけではありませんし……」
「またまた、謙遜を。貴殿の姉上を変えられぬのは私たちも共々。これからよろしくおねがいします、副官殿」
「アラン、彼がヴィクターだ。基本うちの頭脳だから、ちゃんとコンタクト取って置いたほうがいいと思ってな」
「では、軽く手合わせを願えますかな?」
「ああ、こいつをよろしく頼むよ、ヴィクター」
「あれ、姉上は? ヴィクター殿と手合わせしないのですか?」
「……ちょっと野暮用だ」
「ではアラン少佐よろしくお願いします」
「ああ」
そう言って握手した彼の手の皮は顔に似合わず、厚かった。
■■■
「できればお風呂に入りたいですね」
「そうだなぁ、我が弟よ」
「ところで仕事の山はどうされるおつもりで?」
「……」
「姉上、聞いておられますか?」
「聞かなかったことにしたい」
そんなことを言いながらマリ達の足は大浴場へ向かっていく。
一応、軍の施設では男性と女性で浴場が分かれているのだが、実質女性の軍従事者は限られており、マリと第1部隊の〈主席〉と、諜報部の2人しか現在在籍していない。そのため時間が被ることがなければ大浴場を独占できるわけだ。
入浴が仕事の次に大好きなマリが軍に所属しようと思ったのも、この大浴場の貸切に魅力を感じたかららしい。
だが、問題はこの後で、3人のうち誰かが入っていると彼女は心底機嫌が悪くなる。マリは一番風呂より独り風呂を好む。だからこそ、早めのお風呂は彼女の機嫌を損ねる可能性が1番少なく、アランは安心して彼女を風呂場に送り届けることができるのだ。
しかし、そんな風呂場から出てくる人影がみえた。
「やぁ、アラン。そして、マリ大佐。」
彼女の名は、凛。諜報部の2人のうちの1人である。
「こんにちは、凛。貴方がここにいるということは、玲も?」
「いや、今日は別行動よ。彼女は別件でとある調査に行ってもらってるわ」
第二部隊所属の凛と玲は、2人でコンビを組んでいる。彼女らのトークスキルと、隠密行動の実力は軍のトップを争うレベルだ。
「どんな案件だったんだ?」
「あら、アラン聞いてないの?」
アランは知らないとばかりに首を傾げる。
「そんなに変な案件だったのか?」
「まぁ、変といえば、変かも知れないけれど……」
彼女の目が泳いでいき、それはマリの目の前で止まる。
「……!! まさか、依頼者は姉さん!?」
「口を慎め、アラン。今は『姉上』だ」
「否定しないということは、肯定と受け取っていいんだね?」
「……変わり者だらけの第三部隊の副隊長である、少佐は大変そうね。私なら絶対ついていかないわ」
「てか、その姉上は何を頼んだんだよ!?」
「何って、調査だよ、調査」
「だから、なんの調査か聞いてるんですよ、こっちは」
「なんか見てて不憫な気持ちになるわ……」
「そんなこと言うなら、助けてくれると嬉しいんだけど。同期のよしみとして、ね? 凛さん?」
「私に彼女の翻訳士が務まると思う?」
変わり者の第三部隊。軍は特殊な人間が集まるというが、その中でも厳選された人達が集まる場所。つまり、トップオブトップ。だが、実力はなく、軍部全体では「落ちこぼれの第三部隊」として知られている。
その隊長が、僕の実の姉である、マリ大佐――戦闘狂なのである。
彼らは平和な世の中に似つかわしくないくらい、戦いを好み、戦略を練ることに長けている。周りからは怠惰と罵られるが、それは『能ある鷹は爪を隠す』といったところか。上層部は恐れている、眠れる獅子と。
「とりあえず、一旦部屋に戻って話を聞こうか」
「いいけど、弟くんは?」
「……俺も行きます」
アランは事情を把握しなければと即決し、頭を縦にふった。